スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
暗躍する者は
黒い炎の中をしばらく歩いていると、先の方から話し声が聞こえてきた。セリクスは咄嗟に目くらましと消音の呪文を己に重ね掛けした。魔法の膜が肌に
慎重に部屋へ足を踏み入れると、石造りの奥行きのある空間が広がっていた。高い天井から垂れ下がる鎖の音が、微かに響いている。
部屋の奥に大きな姿見がある。その前でクィレルが熱心に鏡を覗き込んでいた。セリクスは壁に身を寄せながら慎重に進み、クィレルと姿見の様子を
あの鏡──セリクスは記憶を
「『石』が見える……。私の手の中に赤い『石』が……。でもいったい本物の『石』はどこだ?」
クィレルの呟きが石の壁に反響する。その声は普段の気弱な教師とは似ても似つかない、欲望に歪んだ響きを帯びていた。
あの鏡は映った者の望みを映すだけ。クィレルは鏡の中の幻影に心を囚われているのだろう。セリクスは冷静にその様子を分析した。
(隙だらけだ)
クィレルの背中に向けて、奇襲を仕掛けることも可能だった。だが、万が一顔を見られてしまえば計画が頓挫する。セリクスは一旦様子を見ることに決めた。
しばらくして、黒い炎が再び揺らめいた。その中から現れたのは───
(ポッター?)
ハリー・ポッターが1人で現れたのを見て、セリクスは内心で驚愕した。1年生がここまでの仕掛けを1人で突破したのか。難易度を考えれば、相当な実力か幸運──もしくはその両方が必要だったはずだ。
ポッターはクィレルの姿を見て息を呑んでいた。明らかに予想外だったのだろう。
「あなたが!」
「私だ。ポッター、君にここで会えるかもしれないと思っていたよ」
クィレルは邪悪な笑みを浮かべて振り返る。いつもの気弱な教師の面影は微塵もない。
「でも、僕は……スネイプだとばかり……」
「セブルスか? 確かに、セブルスはまさにそんなタイプに見える。彼が育ちすぎたコウモリみたいに飛び回ってくれたのがとても役に立った。スネイプのそばにいれば、誰だって、か、かわいそうな、ど、どもりの、ク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」
(育ちすぎたコウモリ……。確かに、言い得て妙だな)
セリクスは変なところで感心した。スネイプ教授は見るからに陰険で嫌味な風貌をしている。自寮の寮監だが、庇う余地がなく深く納得してしまった。
2人の会話はどんどん不穏な方向へ進んでいく。
ポッターが、クィディッチ戦でスネイプ教授が自分を殺そうとしていたと未だに勘違いしていることも分かった。セリクスは少し呆れる。スネイプ教授は憎まれ役をわざと買っているのだろうか?
クィレルが指を鳴らすと、魔法の縄がポッターの体にきつく巻きついた。ポッターは必死に抵抗してもがくが、動けば動くほど縄が食い込んでいく。
(《
セリクスは疑問に思った。基本的な防御呪文すら使えないとは、ポッターの実力は大したことがないらしい。《プロテゴ》が基本的に難しい部類の魔法だという認識が、セリクスには薄かった。
クィレルが語り始める。ハロウィンの日にトロールを城内に侵入させたのも、自分だったと。
クィレルは先程の部屋にいたトロールを倒したと言っていたが、セリクスが部屋に入った時は元気に立っていた。いやよく思い出してみれば、どこかに怪我でもしていたのかもしれない。セリクスが来るより早くクィレルから攻撃を受けていたから、異常に攻撃的だったのだろう。
「さぁポッター、大人しく待っておれ。このなかなか面白い鏡を調べなくてはならないからな。この鏡が『石』を見つける鍵なのだ。ダンブルドアなら、こういうものを考えつくだろうと思った……。しかし、彼は今ロンドンだ……。帰ってくる頃には、私はとっくに遠くに行ってしまう……」
(ダンブルドアはロンドンにいるのか。好都合だ。……だが、グズグズしていたら戻ってきてしまう)
セリクスは内心で焦りを感じた。しかし『賢者の石』を手に入れる算段がまだついていない。今は忍耐の時だった。
ポッターが必死な形相でクィレルに話し掛け始める。恐らく確たる策があるわけではなく、時間稼ぎだろう。ダンブルドアの救援を待っているのだ。
ダンブルドアが到着するのが先か、クィレルが『賢者の石』を手に入れるのが先か。セリクスは杖を握りしめ、機会を窺いながら息を
会話の中で、ヴォルデモートの話題も出た。ポッターはどこか別の場所に闇の帝王が潜んでいると思っているようだが、セリクスには既に分かっていた。クィレルのターバンから漂う死臭──あれがその正体だ。
ふいに縛られたままのポッターがじりじりと動き出す。だが足首まで縛られているため、上手くいかずに石床に倒れ込んだ。クィレルはそんなポッターになど見向きもせず、鏡の謎解きに夢中になっている。
「この鏡はどういう仕掛けなんだ? どういう使い方をするんだろう? ご主人様、助けてください!」
「その子を使うんだ……。その子を使え……」
クィレルのターバンの中から、おぞましい声が響いた。その声を聞いた瞬間、セリクスの背筋が総毛立った。反射的に杖を握りしめる。体の奥から湧き上がる不可思議な感覚に、彼自身が困惑していた。
「分かりました……。ポッター、ここへ来い」
クィレルが手を打つと、ポッターを縛っていた縄が落ちた。ポッターはのろのろと立ち上がる。
「ここへ来るんだ。鏡を見て何が見えるかを言え」
ポッターは蒼白な顔でよろよろと鏡の前に立った。その引き
「どうだ? 何が見える?」
「僕がダンブルドアと握手をしているのが見える。僕……僕のおかげでグリフィンドールが寮杯を獲得したんだ」
「そこをどけ」
明らかな嘘だった。クィレルが吐き捨てるように言うと、ポッターの体を力ずくで押しのけた。
「こいつは嘘をついている……。嘘をついているぞ……」
「ポッター、ここに戻れ! 本当のことを言うんだ。いま、何が見えたんだ?」
「俺様が話す……。直に話す……」
「ご主人様、あなた様はまだ十分に力がついていません!」
「このためなら……使う力がある……」
まるでクィレルの一人芝居のように見えた。だが、セリクスには分かっている。クィレルが1人で話している訳ではない。
おもむろにクィレルがターバンを解き始めた。そしてゆっくりと後ろ向きになる。
そこには──もう一つの顔があった。
白い蝋で出来たような蛇のような面。血走った目で苦悶の表情を浮かべている。見るだけで吐き気を
その顔を見た瞬間、セリクスは先程と同じ感覚に襲われた。これは畏怖ではない──嫌悪だった。突然胸の奥から暴力的な破壊衝動が湧き起こる。
やつを野放しにしてはいけない。ここで滅さなければ───
その説明のつかない衝動に、セリクスは一瞬呆然とした。
セリクスは個人的にヴォルデモートに対して恨みつらみなどない。母親は病死だが、それはヴォルデモートとは無関係だ。他の家族は皆健在で、ヴォルデモートが活動していた時期、セリクスの家族はイギリスにすらいなかった。
(今ならやつも弱っている。ここで仕留めておけば……)
セリクスには許されざる呪文の知識があった。どう唱えて、どう杖を振れば発動するのかも知っている。普段は、その闇の魔法を使いたいと思ったことはない。しかし──やつに使うのであれば?
(駄目だ。私は今何を考えている? 落ち着け、セリクス・ゴーント。お前の目的を忘れるな)
セリクスは奥歯を噛み締めて自制した。己の内に潜む暗い衝動と葛藤している間に、ポッターとの会話が終わったらしい。
クィレルがいきなりポッターに襲いかかった。
一瞬、セリクスはポッターを守るために杖を振り上げようとした。しかしそれは必要なかった。ポッターの腕を掴んだクィレルの手が、突然焼け
「ああっ!」
クィレルが悲鳴を上げて手を離す。その手は見るも無残に爛れ、煙が立ち上っていた。
何が起こっているのか、セリクスには理解出来なかった。ポッターが何かしたようには見えない。彼は杖も使わず、呪文を唱えた様子もない。
クィレルは何が起こったか理解が追いつかない様子で、苦痛に顔を歪めている。
「それなら殺せ、愚か者め、始末してしまえ!」
ヴォルデモートが鋭く叫んだ。クィレルは震える手を上げて死の呪いを掛け始めようとする。
その瞬間、ポッターが飛びかかってクィレルの顔を鷲掴みにした。
「あああアアァ!」
クィレルが転がるようにポッターから離れた。顔面が炭のように変色し、皮膚が溶けかかっている。焦げた皮膚と鉄の匂いが、熱気と共に波のように押し寄せた。ポッターは何かを覚悟したような表情で、更にクィレルに追撃しようと飛びかかった。
クィレルの後頭部からヴォルデモートの叫び声が響く。
(このまま、やつを殺してくれるのか?)
セリクスは固唾を呑んで見守った。ポッターの手が触れる度に、クィレルの体が崩壊していく。
クィレルの胴体から腕が落ちた。それを皮切りに、どんどん体が崩れていく。間違いない──やつは今ここで死ぬ。
当時1歳だった魔法界の英雄ハリー・ポッターが、再びヴォルデモートを打ち破るのだ。
セリクスはクィレルの体がヴォルデモートと共に
だが──予想外のことが起きた。
ヴォルデモートが
(逃げた……)
セリクスの奥歯が軋む。仕留め損ねた、という感覚ではない。あの衝動が、まだ胸の底に
ポッターは気絶して石床に倒れ込む。
その傍らに、血のように赤い『石』が転がっていた。
セリクスは周囲を見渡し、まだダンブルドアが来ていないことを確認する。音もなくポッターの傍らに歩み寄った。
顔を覗き込むと、真っ青だが大きな怪我はしていないようだ。胸が規則正しく上下しており、生きている。
「予定とは違ったが、まあいい」
セリクスは今日の昼に、フクロウ便で送られてきた包みを取り出した。袋の中から、真っ赤な『石』が現れる。
『賢者の石』の精巧な
セリクスは偽物の『石』をポッターの傍らに置き、本物の『石』を鞄に大事にしまった。手に取った瞬間、石から温かな魔力が伝わってくるのを感じる。究極の錬金術の産物──永遠の命と無限の富をもたらす宝石が、今、彼の手の中にあった。
「さて、急いで戻らねば」
黒い炎を振り返ったが、先程飲んだ薬の効力は既に切れていた。魔法で無理やり中和することも出来るが、万が一ダンブルドアに出くわしたら逃げ切れる保証はない。
視線を反対に向けると、部屋の奥に扉が見える。ほんの一瞬迷った末に、セリクスはそちらへ足を向けた。
通りすがりに、『石』が封じられていた姿見が目に入る。目くらましの術が施されているはずなのに、鏡には銀髪の少年がはっきりと映っていた。その少年を挟むようにして、大人の男女が立っている。
セリクスの視線が女性に吸い寄せられる。柔らかなシルバーブロンドが揺れ、慈しむような笑みがこちらに向けられていた。
「……母上」
微かな声が唇からこぼれた。それは自分の耳にも届かないほどの小さな囁きだった。
セリクスはすぐに視線を逸らし、迷いのない足取りで扉へと進んでいった。
扉には鍵がかかっていない。慎重に中を覗き込む。蒼白い石の廊下が続いている。どこか見覚えがあった。長い廊下を進むと、突き当たりに柱時計がある。
やはり見たことがあった。
「……《
柱時計が静かに開く。セリクスは中の暗闇に向かって歩いていく。そこは2年生の時に辿り着いた地下聖堂だった。部屋の奥に、曾祖父オミニス・ゴーントの肖像画が変わらずある。
「……そこにいるのは誰だ。目くらましを掛けていても俺には意味がないぞ。名を名乗れ」
オミニスが警戒心に満ちた声を発した。セリクスは諦めて肖像画に近寄った。
「曾お祖父様。私です」
「曾孫か。なんだ、また来たのか。もう来るなと言ったはずだが」
「私も来ようと思って来たわけではありませんが」
「ふん。生意気なやつだ。俺の曾孫は悪巧みの最中か? 友人には迷惑をかけるなよ」
「私1人の悪巧みなので心配はご無用です」
「……本当に悪巧みなのか。面白いやつだな。もし誰かに聞かれても黙っといてやるから、さっさと帰れ。……まぁここには誰も来ないがな」
「……あの三枚絵ですね。あれって本当にどこでも任意の場所に行けるんですか?」
「そのはずだ。まぁ試してみればいい」
「はい。では曾お祖父様、またいずれ」
「もう来るな」
オミニスはつんとそっぽを向いたが、やはり曾孫が気になるのかこちらを窺うような様子を見せた。セリクスはうっすらと口角を上げた後、背後を振り返った。
セリクスは肖像画の向かい側にある三枚絵に向き合い、杖を振った。
「《
光に照らされた絵の中に、間違いなくセリクスとコーウェンの寝室が映っていた。セリクスはそのまま静かに絵の中へ足を踏み入れる。
薄暗い寝室に戻ってきた瞬間、セリクスは深く息をついた。ベッドカーテンの隙間から、安らかに眠るコーウェンの寝顔を確認し、更にほっと胸を撫で下ろす。
先程『石』をしまった鞄を片手で軽く撫でて、薄暗闇の中で薄く微笑んだ。
ゴーント家の復興に向けた、最初の一歩が踏み出された───
【あとがき】
●裏話
クィレルが崩壊していく描写を書く時が、一番難しかったです。当初『焼け爛れ』という表現を3回も使ってしまって、いやいやさすがにくどいわと書き直しました( ̄▽ ̄;)
個人的にはクィレルのことは嫌いじゃないです。ドラマ版のクィレル役の俳優さんが、イケメンでちょっと嬉しかったり(笑)
●曾祖父登場
オミニス・ゴーントの再登場です。ホグレガキャラの中で一番好きなので、また出せて嬉しいです。次回いつ出るのかは未定ですが……。私の書くオミニスは少しツンデレかもしれません。まぁセリクスもちょっと似てますけどねꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)