スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
虚飾の英雄譚
翌朝、珍しくセリクスは寝坊した。
いつもなら規則正しく目覚める彼が、陽光が高い位置まで昇ってからようやく重い
朝食すら摂らず、昼近くまで惰眠を
寝ぼけ眼を擦りながら杖を振ると、制服が瞬く間に体を包み、銀髪が整った。深い緑色のベルベットリボンで横に結ぶ。刺繍の蛇が満足気にちろりと舌を出した。誰もいない談話室を素早く抜け、昼食を摂りに大広間へと足を向ける。
扉を押し開けた瞬間、昨日のほのぼのとした空気とは全く違う熱気に包まれた。生徒たちが興奮して喋り散らしており、食事もそっちのけで身振り手振りを交えて語り合っている。
「あっ、ゴーントやっと起きたか! こっち来いよ!」
モンタギューの遠慮のない声が響いた。いつもの5人組とコーウェンが、スリザリンテーブルに固まって座っているのが見える。セリクスがそちらに向かうと、有無を言わさず肩を掴まれ、モンタギューとコーウェンの間に押し込まれた。
無遠慮さにセリクスの眉間に微かな皺が寄る。
「セリクス、ごめんね? ぐっすりだったから起こすの忍びなくて……」
コーウェンが申し訳なさそうに謝る。
「いい。それよりこの騒ぎはなんだ?」
セリクスが大広間を見渡すと、どのテーブルでも生徒たちが食事をそっちのけで興奮している。特にグリフィンドール生が酷かった。リー・ジョーダンやウィーズリーの双子が立ち上がって演説めいたことをしており、周囲の生徒たちが拍手喝采を送っている。
「やっぱりお前はまだ知らないよな? なんかホグワーツの地下で『賢者の石』を守ってたらしいんだよ!」
モンタギューの言葉に、セリクスは内心で驚愕した。表面上は軽く目を見開いただけだが、心臓の鼓動が早くなる。
(何故『賢者の石』のことが知れ渡っている?)
一瞬、己の企みが全校生徒に発覚したのかと考えたが、周囲の様子からしてそうではないらしかった。皆が語っているのは、別の物語のようだった。
「それで、それをクィレルが狙ってたって話だ。クィレルは闇の魔法使いだったんだな。人は見かけによらないよなぁ。でもそれをあの英雄様が守り抜いたって噂だ。ほら、あそこの馬鹿3人組が嬉しそうに話してるだろ?」
モンタギューがグリフィンドールテーブルを指差す。確かに意識を向ければ、3人が自慢げに語る声がよく聞こえた。
「──そこで俺たちの弟が、マクゴナガルの巨大チェスを打ち破ったんだぜ! 見直した! さすが俺たちの弟!」
「能ある鷹は爪を隠すって言うもんな!」
「ハリーはクィレルのことをコテンパンにしたらしい! 魔法界の英雄は一味違うね!」
3人が話すたびに、周りのグリフィンドール生たちが拍手している。まさに見事な手のひら返しだった。
「……昨日まで、あいつらポッターのことを無視してなかったか?」
ワリントンがぼそりと呟く。
「グリフィンドール生って調子いいよな。ああはなりたくないぜ、俺は」
モンタギューが軽蔑するように言った。
「英雄様はまだ医務室で高いびきですよ。闇の魔法使いと戦ったにしては、ずいぶんと情けない結末ですね」
ブレッチリーが意地悪そうな笑みを浮かべて、
(ポッターがまだ昏睡中なら、誰が『賢者の石』のことを? そもそもたった一晩で、噂がここまで出回るのは早すぎる……)
セリクスはこの英雄譚を広めた人物が、誰だかすぐに思い至った。──ダンブルドアだ。それしか考えられなかった。ハリー・ポッターを英雄に仕立て上げて、どうするつもりなのか。セリクスの脳裏に、霞になり逃げ去った邪悪な存在が
そもそも昨日の一連の罠は、難易度自体そこまで高いものではなかった。セリクスが1人で全て突破出来るレベルなのだ。噂を聞く限り、ポッターも仲間に助けられてあそこまで来たのだろう。本来の護りは、恐らく最後の鏡だけだ。それもポッターはなんなく解いていた。
最初からクィレルには解けず、ポッターには解けるように設定されていた。ポッターがあそこに来なければ、それでもダンブルドアには問題なかったのだろう。全て仕組まれていたことだった。──唯一の誤算はセリクスの存在だろうが。
「それでその『賢者の石』なんだけど、どうやらダンブルドアは砕いちゃったらしい」
ピュシーが横から口を挟んだその瞬間、セリクスは内心で大いに安堵した。
(あと1日遅ければ、本物の『賢者の石』が砕かれていたところだった)
ダンブルドアの判断を愚かだと思う一方で、結果的には好都合だった。『石』を砕くなど世界の宝の損失に等しいが───
(しかし、ダンブルドアめ。たまには良いことをする)
セリクスは当初、ほんの少しの間だけ誤魔化せればいいと考えていた。ニコラス・フラメルが『命の水』を作成しようとすれば
計画以上の成果だった。
「……ゴーント。何か企んでる? 君の笑顔ってなんか怖いんだけど……」
真向かいに座っていたヒッグスが恐る恐る言った。セリクスは無意識のうちに口元を緩めてしまっていたらしい。慌てて表情を引き締める。──しかし随分と失礼な言い草である。
「別に。……ただ、ダンブルドアは思ったより賢くないんだなと思っただけだ。『賢者の石』を砕くなど、愚かな所業としか思えない」
「あー、確かにもったいないよね。だって富と永遠の命が手に入るんでしょ?」
コーウェンが同調する。
「億万長者だな。そしたら俺なに買おうかな〜」
モンタギューが夢見るように呟く。
「俺、菓子屋を買う。店ごとな。そしたら好きなだけ食えるだろ?」
「店を買っても、仕入れるお菓子が無料になるわけじゃないと思いますが。ていうか売らないんですか?」
モンタギューがお菓子を好きなだけ食べたいという子どもっぽい夢を語るが、ブレッチリーが冷たく却下した。
「僕はニホンに別荘が欲しいな。庭にサクラの木と池があるやつ」
「またニホンかよ」
「いいだろ別に! そしたら僕のヤマトナデシコと暮らすんだ……」
「トリップしちまった。こいつはもう放っておこう」
ピュシーは日本に夢を見ているらしい。皆、ロマンチスト野郎のことは放置することにしたようだ。
「僕なら世界一周旅行かな。各国のクィディッチを見て回りたい。前に『豪華客船で行く世界一周クルーズ旅行100日間!』ってポスター見たんだよね」
「どこでそんな物見たんですか……? 僕は豪邸ですね。庭に専用のクィディッチ練習場も造ります。……いえ、億万長者なら、クィディッチチームのスポンサーをするのもいいですね。どのチームにしましょうか……」
「お前らだけ妙に現実的だな。でも無限の富だよなぁ。まだまだ余りそう……」
富を手に入れたら何を買うかという話題に移行した。しかし5人組は庶民出身のため、莫大な富の使い道がよく分からないらしい。ああだこうだと言い合っていると、トリップ中のピュシーの後ろに大きな影が差した。
「そんなもん決まってる! 最新式の最速の箒だ! さぁお前たち、クィディッチの練習するぞ!」
「うわっ! キャプテン、びっくりした! えっ!? 練習? 今からですか!?」
マーカス・フリントが突然顔を突っ込んできて、あっという間にピュシー、ヒッグス、ブレッチリーを連れ去ってしまった。セリクス、コーウェン、モンタギューは唖然として見送る。皿の上には、食べかけの昼食が寂しく取り残されていた。
それまでずっと黙って下を向いていたワリントンが、おもむろに顔を上げた。3人は思わず彼の顔を凝視する。いつも通り眠たげな瞼を上げて、決意に満ちた顔をしている。
「うん、やっぱりこれだ。俺は腹いっぱい、ステーキとプディングが食いたい」
「いや聞いてねぇよ!」
即座にモンタギューが突っ込む。何のことかと思えば、ずっと『賢者の石』が手に入ったら何をしたいか考えていたらしい。あまりの平和さに、セリクスの肩がガクッと下がったのだった。
◆ ◆ ◆
翌日はレイブンクロー対グリフィンドール戦だった。スリザリンでもハッフルパフでもない試合なので、セリクスに観戦する気はなかった。クィディッチ好きのコーウェンが最後まで引っ張って行こうとしたが、頑として首を縦に振らないセリクスに、とうとう諦めたようだった。
「本当に来ないの? 面白いと思うんだけどな」
「興味がない。勝手に行ってくれ」
コーウェンが残念そうに部屋を出ていくのを見送ると、セリクスは寝室に置いてある鞄を開いた。中に入り込むと、そこは彼専用の調合室兼書庫である。魔法薬を調合するための設備と、禁書に近い専門書が所狭しと並んでいる。
鞄はセリクスが承認した人間にしか開けられない。ホグワーツ内ではコーウェンとセドリックのみがアクセス権を持つが、今は誰も来ないはずだ。クィディッチが終わるまでは完全に1人の時間が保証されている。
セリクスは何重にも保護魔法を施しておいた『賢者の石』を取り出した。
その瞬間、彼の瞳が不気味に
赤い石が手のひらの上で微かな温もりを放つ。これこそが永遠の命と無限の富をもたらす、究極の錬金術の産物。フラメルが600年余り守り続けてきた秘宝が、今、セリクスの掌中にある。
(さて……)
セリクスは調合台に向かい、様々な魔法薬の材料を並べ始めた。トロールの血液、ドラゴンの卵の殻、三頭犬の爪、フェニックスの涙の結晶……これまでコツコツと収集してきた希少素材と、『賢者の石』を組み合わせることで、一体何が生み出せるのか。
理論上は無限の可能性がある。だが、まずは小さな実験から始めるべきだろう。
研究に没頭していると、時間の感覚が薄れていく。セリクスの手が淀みなく動き、複雑な魔法薬の調合を進めていく。普通の魔法使いなら一生かけても到達出来ない領域に、彼は着実に歩を進めていた。
───突然、天井の一部が開いた。
「セリクス! クィディッチ終わったよ! すぐ出てきて!」
コーウェンの異常なハイテンションぶりに、セリクスは一瞬呆気に取られた。ちょうど実験も一段落ついていたので、手早く『賢者の石』を保護魔法の中にしまい、調合台を片付けてから鞄の外に出た。
「どっちが勝ったんだ?」
「レイブンクローだよ! ポッターが試合に出られなかったから、レイブンクローが圧勝したんだ! これでスリザリンのクィディッチ優勝が決まったよ! やったー!」
コーウェンはよほど嬉しいのか、両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねている。年齢の割に少し子供っぽい行動を黙って見守っていたセリクスだったが、親友が嬉しそうなのを見てほのかな笑みを浮かべた。
「そうか。良かったな。それならこのまま寮杯も決まりか?」
「うん! また今年もぶっちぎりだよ!」
談話室に戻ると、緑と銀の装飾の下で上級生たちが歓声を上げていた。グリフィンドールの敗北は、スリザリンにとって格別の酒の肴だ。ドラコを筆頭に1年生たちも肩を組んで飛び跳ねている。
「スリザリン! スリザリン!」
「また今年も優勝だぞ!」
コーウェンは、3年生たちの輪の中に自然と吸い込まれていった。無邪気な笑顔で、声を枯らしてまで優勝を叫んでいる。同級生たちと肩を組み、心の底から喜びを分かち合う姿がそこにあった。
その姿を少し離れた場所から見つめながら、セリクスは微かに目を細めた。
彼にとって勝利も歓声も名誉も、それほど意味を持たない。スリザリンが寮杯を獲得しようがしまいが、彼の人生に大きな影響はないのだ。
だが──コーウェンが楽しげに笑っている光景だけは、心のどこかを温めてくれる。
(……愚かだな。だが、悪くはない)
セリクスは静かに肘掛け椅子に腰を下ろし、友人たちの
永遠の命と無限の富。それらを手に入れる術を、彼は既に握っている。だがその一方で、目の前で無邪気に喜ぶ友人たちの笑顔が、何故これほどまでに貴重に思えるのか。
セリクスは親友の笑顔を見失わないように、無言のまま座り続けた。
だがその胸の奥では、微かなざわめきが芽を出し始めていた。
───この笑顔が、永遠ではないことを、どこかで悟っていたのかもしれない。
【あとがき】
●原作裏
グリフィンドールの馬鹿騒ぎをスリザリン生たちが冷ややかな目で見ていますが、原作の裏側でもきっとこんな感じだったんだろうなとꉂꉂ(ˊᗜˋ*)
原作で、ハリーが目を覚ました時には『賢者の石』の秘密が全校生徒に知れ渡っていたの、絶対にダンブルドアがわざと広めたやろ( *¬ω¬)と私は思っています(笑)
作中でセリクスが心の声でダンブルドアに辛辣な評価を下していますが、個人的にはヘイトのつもりはないです。でも「ダンブルドア校長、もう少しハリーに優しくしてくれればいいのに……」とは原作読みながらずっと思っていました( ̄▽ ̄;)
●錬金術師?
セリクスって魔法使い兼錬金術師なんですかね? よく分かりませんが、とりあえず魔法薬調合と錬金術は大好きっぽいです。ちょっとのめり込み方がマッドサイエンティストっぽくて怖いですが。授業程度の魔法薬なら、セリクスは全然平常心で調合しちゃいます。本人にとっては、そこまで難易度が高くないので。
●5人組の夢
「宝くじ当たったら何買う?」みたいな会話ですよね。庶民が考える精一杯の夢(魔法使いver.)を一生懸命考えました。5人組の知性が現れていると思います。まぁ1人だけ様子のおかしい男がいますが。ちなみにヒッグスが見たポスターは、実際に私が昔居酒屋のトイレで見た、あの青いポスターがモデルです(笑) 「あれ、怪しい(;¬_¬)」って思ってましたけど、ちゃんと実在する真っ当な船旅らしいですねꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)