スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
茶番の大逆転劇
学期末の大広間は、緑と銀の旗で埋め尽くされていた。スリザリンのシンボルである蛇が巨大な横断幕の中で優雅に舞い踊り、勝利の栄光を謳歌している。天井から吊り下がったタペストリーが微かに揺れ、蝋燭の光を受けて絹のような光沢を放っていた。
スリザリンテーブルに座った生徒たちの顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいる。7年連続の寮杯制覇──その重みを噛み締めるように、彼らは胸を張っていた。
「例年よりこの晩餐会の日が遅くなったじゃない? なんかハリー・ポッターが目を覚ますのを待ってたって噂だよ」
コーウェンが小声で呟くと、隣に座るセリクスの眉がほんの僅かに動いた。
「なんだそれは。とんだ特別待遇だな。では私が体調不良だった場合も延期してくれるのか?」
「しないだろうね」
コーウェンは苦笑いを浮かべながら、教員席のダンブルドアを
コーウェンの胸に、妙な違和感がわだかまっていた。スリザリンが寮杯を取って嬉しいはずなのに、どこか落ち着かない。宙に浮かんだエメラルドの砂時計を見上げれば、確かに緑の砂がぎっちりと詰まっているのが見える。さすがにここからの逆転はない、はずだ。
大広間の扉が重々しい音を立てて開いた瞬間、空気が一変した。
黒い髪を無造作に跳ねさせた少年が姿を現す──ハリー・ポッター。満を持しての英雄の登場に、グリフィンドールテーブルから歓声が上がった。他の寮の生徒たちも、好奇心に駆られて身を乗り出している。一部のスリザリン生──中にはデリックとボールもいた──までもが立ち上がり、背伸びをして彼の姿を確認しようとしていた。
セリクスの冷たい視線がスリザリン生たちを薙ぎ払うように流れた。その瞬間、立ち上がっていた生徒たちは慌てたように席に戻る。まるで氷の鞭にでも打たれたかのような表情だった。
やがてダンブルドアが立ち上がった。両腕を大きく広げる仕草は、まるで舞台俳優のように芝居がかっている。その笑顔に、セリクスは微かに眉をひそめた。
「また1年が過ぎた! 一同、ごちそうにかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう。何という1年だったろう。君たちの頭も以前に比べて、少し何かが詰まっていればいいのじゃが……」
ダンブルドアの声が大広間に響く中、スリザリン生たちは勝利を確信した表情で優越感に身を預けていた。緑の旗が頭上で誇らしげに揺れ、蝋燭の灯りがエメラルドの装飾を美しく照らし出している。その中でセリクスとコーウェンだけが眉を寄せていた。
「新学年を迎える前に、君たちの頭がきれいさっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。それではここで、寮対抗杯の表彰を行うことになっとる。点数は次のとおりじゃ」
大広間に緊張が走った。どの生徒も固唾を呑んで、校長の次の言葉を待っている。
「4位 グリフィンドール 312点。3位 ハッフルパフ 352点。レイブンクローは426点。そして──スリザリン 512点」
───爆発的な歓声がスリザリンテーブルから巻き起こった。
手を叩く音、足を踏み鳴らす音、ゴブレットがテーブルを叩く金属音──全てが混じり合って、勝利の交響曲を奏でている。少し離れた席では、ドラコがゴブレットをテーブルに叩きつけながら雄叫びを上げていた。その余りの行儀の悪さに、セリクスは内心で貴族としての作法について考えを巡らせる。
しかし───
「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も、勘定に入れなくてはなるまいて」
ダンブルドアの一言で、大広間の空気が凍り付いた。
スリザリン生たちの笑顔が引き
「えへん。駆け込みの点数をいくつか与えよう。えーと、そうそう……」
ダンブルドアの瞳が、まるで獲物を狙う鷹のような光を宿していた。
「まず最初は、ロナルド・ウィーズリー君。この何年間か、ホグワーツで見ることが出来なかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに60点を与える」
グリフィンドール生が狂喜乱舞した。テーブルの向こうで、ロン・ウィーズリーの顔が髪と同じくらい真っ赤に染まっている。パーシー・ウィーズリーの自慢げな声が、騒音の中にも響いているのが聞こえた。
(あの巨大チェスか。彼の成績についてはよく知らないが、頭が良いということだろうか……)
「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢に……。火に囲まれながら、冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに60点を与える」
(スネイプ教授の論理パズルか)
セリクスは内心で首を傾げた。あの問題の難易度を考えれば、60点という配点は明らかに過大評価だ。まるで──無理矢理グリフィンドールを首位に立たせようとしているかのような……。
「3番目はハリー・ポッター君……」
大広間が再び水を打ったように静まり返った。針が落ちる音すら聞こえそうなほどの静寂の中で、ダンブルドアの声だけが響く。
「……その完璧な精神力と、並はずれた勇気を称え、グリフィンドールに80点を与える」
今度の歓声は、先程を上回る爆発的なものだった。天井が崩れ落ちるのではないかと思うほどの
セリクスは思わず隣に座っているセオドールを見やった。予想通り、彼は両手で耳を押さえてうずくまっている。顔は蒼白く、細い体が小刻みに震えていた。
「セオドール。大丈夫か。《
防音呪文が静かに発動し、騒音が和らいだ。セオドールが震え声で顔を上げる。
「し、死ぬかと思いました。ありがとうございます……」
「ああ。しかしこれで同点か。……いや、まだだな」
セリクスの視線がダンブルドアに向けられた。校長は相変わらずにこやかな表情を浮かべているが、まだ何かを言いたげな様子だった。その青い瞳に、底知れない計算が宿っているのを、セリクスは見逃さない。
「勇気にもいろいろある。敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし、味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ」
ダンブルドアの視線が、グリフィンドールテーブルの一角に注がれた。
「そこで、わしはネビル・ロングボトム君に10点を与えたい」
今度こそ大広間が爆発したかと思った。
スリザリン以外の3寮が総立ちになり、大喜びではしゃぎ回っている。帽子が宙に舞い、テーブルが揺れ、食器がカチャカチャと音を立てて踊っていた。グリフィンドールの追加点を貰った4人は、人だかりに埋もれて見えなくなってしまった。
セリクスは大いに呆れ果てた。寮杯そのものには
セリクスが教育機関の意義について考えていると、隣のコーウェンの様子がおかしいことに気が付いた。
声もなく──泣いていた。
薄いブルーの瞳から、透明な涙がはらはらと頬を零れ落ちていく。その静かな
「コーウェン。泣くな」
セリクスの声は優しかった──普段の冷淡さとは全く違う、友を想う温かさがそこにあった。
「こ、こんなのってないよ……」
コーウェンの声が震えている。涙で潤んだ瞳が、セリクスを見上げた。
「みんな頑張ってたのに……。ヒッグスたちは毎日必死に練習してクィディッチで優勝したし、セリクスだって、ほとんど毎日授業で加点貰ってて……」
流れる涙を拭うことも忘れたように、コーウェンは言葉を
「チェスって何? 火に囲まれての論理? い、意味が分かんない……。そんなので僕たちの1年が台無しになるの? ──こんなのっておかしいよ!」
最後の言葉を吐き捨てると、コーウェンはセリクスの胸元に泣き付いてきた。セリクスは何も言わず、ただ黙ってそれを受け止める。制服の胸元が、友の涙でじわじわと濡れていくのを感じながら。
周りでは、他のスリザリン生たちも同じような感情に支配されていた。
「僕たちの頑張りってなんだったんだ……」
ヒッグスの声が
「ダンブルドアはさすがに
「普段の努力の意味がないじゃん」
「私だってたくさん手を挙げて問題解いて加点貰ったのに!」
「他の寮のあの喜びよう……。そんなに俺たちのことが嫌いなのかよ」
不満の声が、スリザリンテーブルのあちこちから上がってくる。それは他の3寮の歓喜の声とは正反対の、静かな怒りだった。
「酷いわ! 私の! 私の寮杯だったのに……!」
「ジ、ジェマ……。落ち着いて……。君のではないよ?」
「うわぁ———ん!」
「あっ、しまった。失言した……。ごめん、ジェマ……」
今年卒業するのジェマ・ファーレイが、テーブルに突っ伏してさめざめと泣いている。それを相方であるハーマン・ウィントリンガムが、懸命に慰めようとしているようだ。
彼女たちの代は、今年も寮杯を取れば、在学した7年間全てで寮杯を獲得するはずだったのだ。ショックも大きいのだろう。ファーレイの泣き声に感化されたのか、7年生の女子生徒たちもハンカチを顔に当てて泣き出してしまった。
セリクスは、未だにすがりついてくるコーウェンの背中を軽く叩きながら、深い溜息をついた。
この理不尽な茶番を──決して忘れることはないだろう。
◆ ◆ ◆
帰省の準備をしている寮の寝室でも、コーウェンは暗く落ち込んだ様子だった。トランクに衣服や教科書を詰める手が、何度も途中で止まってしまう。まるで気力を失ったかのように、ぼんやりと窓の外を眺めてばかりいた。
見かねたセリクスが杖を振ると、《
屋敷しもべ妖精に紅茶を頼むと、空気を読んだらしい妖精は、気持ちを落ち着ける効果のあるカモミールティーを淹れてくれた。甘い香りが部屋に漂い、張り詰めた空気を僅かに和らげてくれた。
「ほら、飲め」
「ありがとう……」
コーウェンは力なく頷いて、カップを手に取った。一晩中泣いたのだろう──目尻が赤く腫れて、痛々しい。
セリクスは溜息をつきながら杖を向けた。「《
「いつもは1週間くらいだが、今年は1ヶ月くらい来ないか?」
セリクスの突然の提案に、コーウェンの瞳に僅かな光が宿った。
「えっ、僕は嬉しいけど、どうして?」
「まだレオさんがいてくれるんだ。宿題もそうだが、レオさんは色々高等魔法を教えてくれる。コーウェンとセドリックも一緒に習わないか?」
「わぁ! 本当に!? 絶対に行く!」
コーウェンの表情が、やっと明るくなった。セリクスの口元にも、僅かな笑みが浮かぶ。
「よし。それで、その1ヶ月で閉心術を覚えてくれ」
───だが、次の言葉で空気が一変した。
「……えっ? なんで?」
コーウェンの声が裏返っている。以前に本で読んだことがあった。閉心術──心を読む魔法から身を守る高等魔法。なぜそれを覚える必要があるのか?
「それは……必要だからだ」
セリクスの口角が、ゆっくりと上がった。それは普段の無表情とはまったく違う──計算され尽くした、底知れない笑みだった。
コーウェンの背筋を、氷のような寒気が駆け抜けた。全身がぶるぶると震え、顔が蒼褪めていく。
「怖い……。何するの……?」
「来てからのお楽しみだな」
セリクスの不気味な笑みと、コーウェンの蒼白な表情が見つめ合った。湖底の窓から差し込む蒼白い光が、2人のやり取りを幻想的に照らし出している。
コーウェンは、果たして無事に4年生に進級できるのだろうか?
その答えは、夏休みの向こうに待っていた───
【あとがき】
●ツッコミどころ
原作を読みながら「こんなのってありかよ!?」とツッコミが炸裂した場面です( ̄▽ ̄;) いや、普通にスリザリン生たち可哀想すぎるやろ! もっと前もって加点しておくとか、他にやりようはなかったの? ……なんて、物語に対して身も蓋もない考えですけどね。
●独自設定
ホグワーツ生ってやっぱり若いからか、何かあるとすぐ大騒ぎしますよね。独自設定で聴覚過敏のセオドールが騒音に苦しむ場面がありますが、実際にも音に敏感な学生が「うるさい〜(*>Д<)」ってなりそうだなと思って書きました。今後も《マフリアート》はちょいちょい出番あります。便利な魔法ですよね(*´ω`*)
●セドリック
3寮は大はしゃぎですが、公平なセドリックあたりは複雑な顔をしてそうですよね。でも周りの友人たちが嬉しそうにしてるので、水を差さないように空気を読んで曖昧に苦笑いして拍手してそうだなと妄想しています。他にも少数、冷静な目をダンブルドアに向けている生徒もいただろうな〜( ⌯᷄ω⌯᷅ )