スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
セドリックの秘密
コーウェンとセドリックが来るまでの1週間は、セリクスにとってあっという間だった。2ヶ月分の──『天文学』以外の──宿題をさっさと片付け、合間にせっせと『賢者の石』の実験を行ったり、オルクスの世話に精を出していた。もちろんレオからのスパルタ教育も、手を抜かなかった。
ちなみに三頭犬を引き取るという話を事後報告したら、マウリシオは頭を抱えて微動だにしなくなり、レオは遠い目をして空笑いをしていたのは余談である。セリクスの言い分では、魔法の鞄の中で世話をするので誰の迷惑にもならないということだった。
──閑話休題。
約束の日、応接室で待っていると、
2人はセリクスを見つけると明るい笑顔を向けてきた。
「やあ! お待たせ」
「ごめん、遅れちゃった?」
セリクスは首を横に振った。約束の時間ぴったりである。
「いや、さっき来たばかりだ」
「そう、良かった」
安堵の表情を浮かべるコーウェンを見て、セリクスは軽く頷いた。
3人は早速ティータイムに入った。ノクティがにこにこと笑顔で給仕している。テーブルには3人が好みそうなスイーツばかりが並んでいた。彼女は大変優秀な屋敷しもべ妖精なので、ご主人様とお客様の好みをきちんと把握しているのだ。
コーウェンはレモンタルトを選び、セドリックはチョコレートケーキに手を伸ばした。セリクスは軽くスコーンを取っただけで、主に紅茶を味わっている。
「君たち、宿題は全て持ってきたか?」
セリクスが
「うん! レオさんが教えてくれるって聞いたけど、いいのかなぁ? 申し訳ない気がするな」
「出来る限りは進めてきたよ。でもまだまだ手付かずだけど……」
コーウェンが苦笑いを浮かべながら答える。
「レオさんには、私からお礼するから気にしなくていい」
セリクスがなんでもない風に言うが、それは本当に気にしなくていいものだろうか。コーウェンとセドリックは、思わず目を見合わせてしまった。
セドリックは例年通り、一緒に宿題をしたり遊んだりするつもりでいるようだが、コーウェンは夏季休暇に入る前にセリクスから言われた台詞で、今回のお泊まり会が平穏無事に終わる気がまるでしていなかった。
(閉心術……。調べてみたけど、大人の魔法使いでも習得が困難な、超難易度の高等魔術じゃないか。僕に出来るのかな……)
テンションが高めのセドリックとは対照的に、コーウェンは内心で溜息を
◆ ◆ ◆
翌日、コーウェンとセドリックは、セリクスに連れられて屋敷の一室に案内された。2人は初めて入った部屋を見回し、不思議そうに首を傾げた。
部屋は大広間よりは狭いが、客室よりは広い。立派な暖炉があるが、今は火が入っていなかった。1人掛けのソファが4つと、繊細な細工が施されたティーテーブルが1つ。それと壁にいくつかの風景画、それだけのシンプルな部屋だった。
コーウェンは、風景画をなんとはなしに眺めながら言った。
「ここでなにするの?」
「閉心術の特訓だよ」
突然聞こえた大人の男性の声に驚いて振り向くと、扉のそばにレオが立っていた。コーウェンはレオの気配のなさに顔を引き
「……あっ、レオさん、こんにちは。お邪魔してます」
「ご機嫌よう。昨日は出迎えられなくてすまなかったね。所用で出掛けてて、今さっき帰ってきたんだ」
「そうだったんですね」
セドリックがレオ相手に背筋を正しながら、しかし困惑した様子で質問をした。
「閉心術って? ホグワーツでは、まだ習ってませんけど」
「うーん、まぁそうなんだけどね。でも覚えておくと便利だよ」
曖昧に答えるレオに2人は怪訝な顔をするが、学校外で魔法を使える数少ないチャンスである。2人は大人しく習うことにしたようだ。
「閉心術の習得には、開心術を掛けてもらってそれを防御する必要がある。もちろん防御に失敗すれば、心の内を相手にさらけ出すことになる。私相手よりはまだレオさんの方が気が楽だろう」
開心術を掛けられると、過去の恥ずかしい黒歴史などが全て暴かれてしまう。セリクスは同級生でこれからも毎日顔を合わす自分よりは、休暇にしか会わないレオの方がまだマシだと判断した。
「もし隠したいことを見ちゃったとしても、絶対誰にも漏らさないよ。セリクス相手にもね」
「心の内……。なんだか怖いな」
新しい未知なる魔法の習得に前向きな姿勢だったセドリックも、少し怖気付いたような表情をしている。
「大丈夫大丈夫。もし掛かっちゃったとしても、痛いことはないからね。まずは、私とセリクスで実演してみせるから見ててごらん」
「レオさん、お手柔らかに」
そういうセリクスだったが、表情はどこか余裕ありげだ。彼は開心術はそうでもないが、閉心術に関してはダンブルドアでさえも打ち破ることが出来ないほどの熟練者である。
セリクスが1人掛けのソファに座った。釣られるように、コーウェンとセドリックも空いているソファに座る。レオは1人座らずに、セリクスの前に立った。
「開心術の呪文は《レジリメンス》。ちなみに杖の振り方はこう。そして閉心術に呪文はないんだ。杖もいらない。閉心術に大事なのは心の在り方だけだよ」
「初めはおそらく開心術を拒絶出来ないだろう。倒れてもいいように、最初から座っている方がいい」
レオとセリクスの説明に、コーウェンとセドリックは生唾を飲み込んだ。今まで習ったどの魔法とも、様子が違う気がしたからだ。
レオがセリクスのことを、冷たく細めた瞳で見つめた。ついで杖をごく小さく振る。
「《
レオのいつもは優しい灰青色の瞳が、不気味に光った。しかし杖からは普通の魔法のように光線は出なかった。セリクスは黙ったまま静かにレオを見返す。
魔法が発せられているとはとても思えない。しかし双方の魔法は正しく作用しているようで、お互い視線を合わせたまま微動だにしなかった。
それから何分経ったのか。4人の微かな呼吸音しか聞こえなかった部屋で、レオの深い溜息が落ちた。おもむろに杖を下ろす。
「駄目だね。やっぱりセリクスの閉心術はもう破れないようだ」
「ホグワーツ入学前までは、レオさんが1番開心術が上手いと思っていましたが、ダンブルドアの方が数段強いですね。気が付かないうちにあの老人に鍛えられていたようです」
過去の攻防を思い出したのか、セリクスの冷たく見える無表情が僅かに歪んだ。だいぶ忌々しい思いをしていたようだ。
「え? ダンブルドア先生? なんで校長先生が、セリクスに開心術なんて掛けるの?」
セドリックが素っ頓狂な声を出した。偉大な魔法使いが何故一介の学生に開心術なぞ掛けるのか。全く理由が思い付かない。
コーウェンは、セリクスがダンブルドアをそこはかとなく嫌っている理由がこれかと思い至った。
「知らん。聞いたことはない。──入学してすぐから、私が1人でいるときに限ってふらっと現れて、無害そうな顔して世間話を振りながら開心術を掛けられていた」
「えぇ……。本当に? 校長先生、何考えてるんだろう……」
信じて疑わなかった清廉潔白なはずの校長が、 罪のない学生の心を日常的に覗いていた──その事実に、セドリックの優しい心は強く傷付けられた。
「さあな。とりあえず今は閉心術だ。まずは、セドリックやるか?」
「うっ……。僕か。……分かった、頑張ってみるよ」
数回深呼吸した後、セドリックは気合いを入れるように口を引き結んでレオの方を見た。レオも優しい笑みを浮かべてセドリックを見返して、杖を向けてきた。
「私が《レジリメンス》と唱えたら、何か得体の知れないものが君の心に忍び寄ってくる気配がするはずだから、それを自分の中から弾き出してみて。心には扉がある。それを閉じて強固な鍵を掛けるつもりで。平常心が大事だからね」
セドリックは黙ったまま一つ頷いた。ソファの肘置きの先を強く握りしめる。
「いくよ。……《レジリメンス》」
「うっ……!!」
やはり杖からは光も何も出ない。しかししっかりとセドリックに開心術が掛かったようだった。術を掛けられたセドリックは、苦悶の表情を浮かべて冷や汗をかき始めた。呼吸が荒くなり顔がどんどん蒼褪めていく。
「ううぅっ……! ──ああっ!」
遂に耐えかねたセドリックが、仰け反ってソファの背もたれに頭を打ち付けた。しかもそのまま失神してしまう。コーウェンが慌てて立ち上がって、セドリックに駆け寄った。
「セド!? セドリック! 大丈夫!? 目を覚まして!!」
コーウェンが肩を掴んで揺さぶっても、セドリックは目を覚まさなかった。コーウェンの目尻に涙が滲んでいく。セリクスが2人の横に立ち、静かに杖を振った。
「《
杖の先から穏やかな光が発せられ、セドリックの胸あたりに当たった途端に、彼の体が震えゆっくりと目を覚ました。セリクスが安心したように軽く息をついた。
「……うぅ……。あれ? 僕……」
「セド、大丈夫? どこか痛いところはない?」
「……あぁ、そっか。開心術掛けられて……。うん、どこも痛くないよ」
セドリックは少し血の気の引いた顔で、それでもコーウェンに心配をかけないようにか、優しく微笑んで言った。だがその後、頭を抱えてしまった。
「セド? どうしたの? やっぱり具合悪い?」
「……いや、そうじゃないよ。開心術って、掛けられてる時に覗かれてる記憶が見えるんだね……。すっかり忘れてたことを思い出したよ……」
「忘れてたこと……? どんなこと? ……あっ、言いたくないことなら言わなくていいからね!」
セドリックは恥ずかしそうに、首の後ろに手を当てて呻いた。その様子にセリクスも少し興味が湧いた様子で、セドリックをじっと見つめている。
「大したことじゃないよ……。あれは4歳か5歳頃かな。おねしょしてさ、母さんが庭の真ん中でマットレスを乾かしてて、それを僕が家の中から見てるんだ。そしたら庭の生垣の外から、あの双子に見られてね。すごく馬鹿にされて……」
「う、うわぁ……。い、いやでも4歳くらいでしょ? よくあることだよ」
コーウェンが状況の悲惨さに引いた声を出したが、懸命にフォローをしようとした。しかしどうやら続きがあるようだ。
「いや、それで僕、恥ずかしくて恥ずかしくて、でもそれ以上にそんな双子に腹が立ってさ。魔力が暴走して、家中のガラスが割れたんだ。しかも双子が僕の魔力で空高くまでふっ飛んじゃって……。地面に落ちる前に父さんが助けたけど。あれが生まれて初めての魔力暴走だったな。───あ、双子はその後双子のお父さん、アーサーさんにめちゃくちゃ怒られてたよ」
「……わぁ……」
更に悲惨な状況である。しかし幼子の魔力暴走としては、ままあることでもあった。現にセドリックも、今の今まで忘れていたくらいだ。確かに過去の黒歴史と言われればそうだが、重大な秘密というほどでもなかった。
(小さい頃の可愛い思い出だよね……)
コーウェンは内心でほっと胸を撫で下ろした。
レオが微笑ましそうな顔でセドリックを見ている。
「小さいセドリック君とても可愛かったね。体をぷるぷるさせて双子の男の子に怒ってたよ」
「はは……。でも開心術ってすごいですね。1秒も耐えられませんでした。これを防げるようになれるとは、ちょっと思えないな」
「うーん、慣れかな? まぁ後は誰にも知られたくないっていう固い気持ちだね」
セドリックは苦く笑った。まだ1回目であるので、習得に至らなくてもそれは仕方ない。しかし習得する頃には、レオにセドリックの全てが把握されてしまいそうだと思った。
レオは疲れ切っているセドリックをソファで休ませ、コーウェンに向き直った。コーウェンも慌ててソファに座り背筋を伸ばした。
「さあ、次はコーウェン君の番だよ。準備はいいかい?」
(どうしよう……。隠すほどのことは何もないけど。──でも、ちょっと怖い、かも……)
コーウェンが唾を飲み込んだ音が、微かに部屋に響いた。
【あとがき】
●幼児セドリック
セドリックの可愛いプチ黒歴史を捏造しました。いやだって、セドリックって正直ほとんどバックボーンが分かってないキャラクターだから、捏造するしかなかったといいますか(ゴニョゴニョ)
ちなみにセドリックのご近所さんや幼馴染みは、何人かいる設定です。フレジョは有名かもしれませんが、他にも考えています。でもチョイ役すぎてこれから先、そのキャラを出せるかも分からないので伏せときます。でも頑張って掘り下げたので、いつか出せたらいいなー:( ;´꒳`;):