スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第4章 第5話 ダイアゴン横丁の午後

 

ダイアゴン横丁の午後

 

コーウェンとセドリックが帰ってしまってから数日後、セリクスは新学期の買い物に追加で買わなければいけない物があることを思い出した。3人でダイアゴン横丁に買い出しに行った時、『闇の魔術に対する防衛術』の教科書がちょうどコーウェンとセドリックの分だけで売り切れてしまったのだ。

 

2人は揃ってセリクスに自分の分を譲ろうとしていたが、セリクスは首を振った。2人と違ってゴーント家はダイアゴン横丁への直通の煙突飛行ネットワークがある。後日買い直せばよいと判断した。

 

セリクスは少しだけ考えた。わざわざ自分の買い物だけで友人を誘うのは気が(とが)めたし、多忙な父親やレオに同行を頼むのも気が引けた。この歳になって屋敷しもべ妖精に一緒に行ってくれと頼むのは、なんだか気恥ずかしい気もする。

 

屋敷しもべ妖精以外の使用人がいれば買い物を頼むなりするが、ゴーント家は人間の使用人を雇っていない。セリクスは初めて1人で行くことにした。

 

『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』にも、そろそろ追加で入荷されている頃合いだろう。セリクスは外出着に着替え、いつもの鞄を肩に掛ける。その上からシンプルな黒のコートを羽織った。

 

「ノクティ。ダイアゴン横丁へ行ってくる」

 

応接室の暖炉(だんろ)の前で、セリクスが静かに告げる。

 

「坊っちゃまお1人でですか? ご主人様は知っているのですか?」

 

ノクティは途端に心配そうな顔になった。雇い主の大事な跡取り息子が、たった1人でゴミゴミとした街へ行くなんて。言葉はなくてもノクティの顔にはそう書いてあるかのようだった。

 

「父上に知らせる必要はない。私も今年で15になる。いつまでも子供ではないんだ」

「大きくおなりになって……。奥様がお知りになったら喜ばれます」

「ノクティ。今はそういう話ではないんだが……。とにかく行ってくる」

 

セリクスは長くなりそうなノクティとの会話を打ち切って、煙突飛行粉(フルーパウダー)を暖炉へと投げ込んだ。緑の炎が勢いよく立ち上る。その炎の中へと足を踏み込んだ。

 

「ダイアゴン横丁」

 

一瞬で姿を消したセリクスのことを心配したノクティは、しばらくの間じっと緑の炎の残り火を見つめていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

今まで『漏れ鍋』ではそのまま通過して中庭へ行っていた。しかし今回はそれは無理そうだった。何故なら店内がいつもより混雑していたからだ。

 

カウンター席は全て埋まり、テーブル席でも魔法使いや魔女たちが賑やかに談笑している。セリクスは店内の客をかき分けて進んだ。

 

「失礼。通してくれ」

 

あと少しで中庭に通じる扉につくタイミングで、目の前に立っていた赤毛の男性が振り向いた。

 

「おや? 君は、ゴーント君じゃないか」

「ウィーズリー先輩」

 

男性はパーシー・ウィーズリーだった。久しぶりの邂逅(かいこう)であるが、特に会話の必要性を感じなかったセリクスは、挨拶だけして通り過ぎようとした。しかしパーシーはセリクスを引き留めてきた。

 

「待ってくれ。君、ハリーを見なかったか?」

「ハリー? ハリー・ポッターのことですか? いえ、私は今来たところなので見てませんが……」

「そうか……。いや、ハリーが煙突飛行を失敗して違う暖炉に出てしまったらしくて。もし見掛けたら声を掛けてやってくれないか?」

 

パーシーの声には明らかな焦りが滲んでいた。

 

「彼が私の言うことを素直に聞くとは思えませんが……。まぁ分かりました」

「頼む。僕以外のみんなはもう探しに行ってしまった。僕も行かなければ……」

 

パーシーはそう言うと急ぎ足で『漏れ鍋』を出て行ってしまった。セリクスも一歩遅れて中庭に出る。そして数週間ぶりのダイアゴン横丁へ出た。

 

夏の終わりの午後の陽射しが、石畳を明るく照らしている。店々の看板が風に揺れ、様々な匂いが入り混じって漂っていた。

 

セリクスは本屋へ直行するのではなく、少しだけウインドーショッピングをすることにした。

 

『高級クィディッチ用具店』には『ニンバス2001』が堂々と展示されていた。子供たちが展示の窓に張り付いて盛り上がっている。流線型の美しいフォルムが、ガラス越しに輝いている。

 

この前来た時はその中にセドリックもいたなと思い出して、セリクスは微かに口角を上げた。セドリックは「これはハリー・ポッターの箒より速いんだ。でも金額がなぁ……」と嘆いていた。セリクスは箒の相場を知らないので、金額を聞いてもいまいちピンとこなかった。だがやはり学生がおいそれとは手が出せないほどには高いらしい。

 

魔法薬の材料を売っている『スラッグ・アンド・ジガーズ薬問屋』は、前回も来たが今回も寄ることにした。扉を開けると、薬草や鉱物、動物性素材の独特な匂いが鼻をついた。前に来た時にはなかった、様々な素材が新たに入荷されているようだった。セリクスは時間を忘れて色々と見て回った。

 

「ほう。『月の雫』か。……安いな」

 

棚の一角に、派手なポップが貼られていた。

 

【月の雫・・・10gで10ガリオンが150シックルに! お買い得!!】

 

おどろおどろしい文字で書かれている。どうやら割引セール中らしい。もうすぐ夏季休暇が終わるので、最後の学生狙いの商戦かもしれない。

 

ちなみに150シックルは8.8ガリオンくらいである。通常価格の12%引きということになる。(※8.8ガリオンは日本円で約8,400円)

 

以前3人で『三本の箒』へ行った時、マダム・ロスメルタが「特別製のバタービールですわ」とウインク付きで提供してくれた物が、いつもより甘みが濃かったのだ。コーウェンが喜んでいたのを思い出す。

 

マダム・ロスメルタによると、特別製にはこの『月の雫』が少量隠し味で入っているらしい。ホグワーツの屋敷しもべ妖精にバタービールを頼んでも、特別製ほど甘くはない。しかしこの『月の雫』を差し入れして作らせれば、もしかしたら特別甘い物が出来るかもしれない。

 

セリクスはコーウェンの喜ぶ顔を想像した。薄いブルーの瞳が輝き、柔らかい笑顔を浮かべる姿が目に浮かぶ。

 

購入することに決めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

材料店を出たところで、セリクスは『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』に向かうことにした。しかし書店は信じられないくらい混雑していて、セリクスは面食らって店の前で立ち止まってしまった。

 

何故か妙齢の魔女ばかりが店内にすし詰め状態になっている。セリクスは店を間違えたかと看板を見返した。

 

看板の上の窓には大きな横断幕が掲げられている。【サイン会 ギルデロイ・ロックハート 自伝「私はマジックだ」 本日午後12:30〜4:30】と書かれていた。

 

セリクスは己の失敗をそこで悟った。今日来るべきではなかった。

 

(一旦帰るか。……いやしかし)

 

もう店の前まで来ているのに出直すのは、何故か負けた気になる。セリクスは人混みには全く慣れていなかったが、気合いを入れて足を進めた。

 

店内は魔女たちの興奮した囁き声と、化粧の匂いと、ロックハートの写った写真で埋め尽くされていた。セリクスは頭痛を(こら)えながら群衆をかき分けて進んだが、慣れていないせいでどんどんと目的地から()れていってしまう。

 

目の前に2階へ繋がる階段があったので、そのまま登ることにした。

 

2階は1階とは違い、ほとんど人がいなかった。階段の上から下を見ると人がうじゃうじゃといて、セリクスはもう1回あそこに突っ込んで行く気がなくなってしまった。しばらく様子見することにする。

 

「セリクス?」

 

階段の下からこちらを見上げているのは、輝くプラチナブロンドの少年──ドラコであった。ドラコはセリクスと目が合うと、パッと顔を明るくして駆け上がってきた。

 

「セリクス、久しぶり! 君も教科書を買いに来たのかい?」

「ドラコ、久しぶりだな。ああ、そうなんだが、この人混みではな」

「ああ、ロックハートね。そこらの魔女はあんなのにお熱だけど、僕の母上は全く興味がないみたいだ」

「ナルシッサ様か。彼女はブラック家の出だったな。ならばロックハートに興味がないのも頷けるというものだ」

 

ドラコは敬愛している母親を褒められて、照れ臭そうな顔をした。コートのポケットから紙切れを出してくる。新学期の教科書一覧のようだ。それを読んでドラコは鼻白んだ。

 

「ふん、こんなロックハートの本なんか、何冊も用意しろとか正気を疑うね。泣き妖怪バンシーとのナウな休日? グールお化けとのクールな散策? これのどこらへんが『DADA』の役に立つって言うんだ」

「なんだと? ドラコ、その紙を見せてくれないか?」

 

セリクスはドラコから受け取ったリストを読んで、愕然(がくぜん)とした。自分の物と内容がまるきり同じだったからだ。2年生と4年生の教科書が同じ? そんなことがあるのだろうか。

 

セリクスはもう一度階下を覗いた。杖を1階に向ける。階下の棚と自分のあいだに誰もいないのを確かめ、杖先で軽く弧を描いた。

 

 

「セリクス? 何をするつもりだい?」

「《アクシオ(来い)》──泣き妖怪バンシーとのナウな休日」

「うわっ」

 

ドラコの顔の横スレスレに、重そうな革装丁の本が飛んできた。セリクスはそれを受け止めるとパラパラとめくり、内容を手早く読んでいく。しかし少しして本を閉じてしまった。

 

「セリクス、当たるところだったんだけど。一言言ってからにしてくれよ」

「やめた」

「え?」

「こんな物買うだけ無駄だ。なんだこれは。ただの児童書じゃないか」

 

セリクスは心底がっかりした。今年1年の『闇の魔術に対する防衛術』はろくでもないものに決定だった。これで2年連続の外れである。いや、去年より更に悪いかもしれない。去年は教科書だけはまともだったのだ。

 

2階にいた店員へその児童書を手渡すと、セリクスは溜息をついて階段に足を向ける。このまま帰ってしまおうか。

 

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

 

1階から大きな声が上がった。セリクスが反応するより早く、ドラコが素早く動いて階段の手すりから身を乗り出していた。見事な反応速度だった。

 

見ると明るいブルーのマントを羽織ったブロンドの男性が、小柄なポッターらしき少年の肩を掴んで何やら演説のようなことをしている。カメラマンが興奮した様子で写真を連写していた。カメラから謎の煙が立ち上っている。

 

「またポッターだ。いつもそうだ。あの出しゃばりめ」

 

隣でドラコが歯を食いしばるような音が聞こえてきた。どうしてドラコはあんなにポッターに執着するのだろう。セリクスは呆れと疑問を抱いた。

 

階下からは未だにロックハートの演説が聞こえてくる。

 

「まもなく彼は、私の本『私はマジックだ』ばかりでなく、もっともっと良いものを貰えるでしょう。彼もそのクラスメートも、実は、『私はマジックだ』の実物を手にすることになるのです。みなさん、ここに、大いなる喜びと、誇りを持って発表いたします。この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けすることになりました!」

 

群衆が興奮したように拍手している。しかしセリクスは先程以上のショックを受けた。

 

ロックハートが『闇の魔術に対する防衛術』の教授? あの児童書の著者が? セリクスはダンブルドアが遂に耄碌(もうろく)したのだと、半ば確信したのだった。

 

セリクスが額に手を当てて衝撃をやり過ごしている間に、ドラコが階段を降りていってしまった。見るとやはりポッターに絡んでいるではないか。セリクスはまた溜息をついた。

 

「ここまでくると、逆にポッターのことが好きなんじゃないのか?」

 

セリクスが成り行きを見守っていると、ポッターとドラコのそばにどんどんと人が集まってきた。ルシウス・マルフォイが現れてドラコを止めているようだ。セリクスは(喧嘩にはならなさそうだ)と内心思ったが、ルシウスが赤毛の男性──特徴からしておそらくアーサー・ウィーズリーだろう──と会話を始めると、雲行きが怪しくなってきた。

 

ルシウスがそばで不安そうに様子を見守っていたマグルらしい服装をしている男女を見て、底意地の悪そうな笑みを作ったのが見えた。

 

「ウィーズリー、こんな連中と付き合ってるようでは……君の家族はもう落ちるところまで落ちたと思っていたんですがねぇ──」

 

1番初めに大鍋が飛んだのが見えた。その後はもうしっちゃかめっちゃかな殴り合いの大喧嘩である。まさかの大の大人がだ。

 

セリクスはもう帰りたかったが、喧嘩をしている場所が書店の出入口である上に、ルシウスのそばにいるドラコが蒼白になっているのが見えたので帰るに帰れなかった。

 

セリクスがこれをどう収拾付けようかと頭を悩ませていると、大男が人垣をかき分けて登場した。大きな手でルシウスとアーサーの首根っこを引っ掴む。そこで大人の喧嘩は物理的に強制終了となったのだった。

 

ルシウスとドラコが店から立ち去ったのを見て、セリクスも後を追った。

 

店から出る瞬間、セリクスはポッターの前を横切った。ポッターをこれほど間近で見るのは初めてだった。セリクスはやはり大多数の人が注目するであろう額の傷に視線をやった。

 

ヴォルデモートが付けたであろう傷。先入観のせいか、何故か嫌な気持ちになった。

 

ポッターはセリクスの顔を見たが、一瞬不思議そうに首を傾げただけですぐにロン・ウィーズリーの方へと向き直っていた。

 

店を出ると先の方で2人を見つけた。セリクスが早足で歩み寄る。

 

「ルシウス様。ドラコ」

「──ああ、セリクスじゃないか。来ていたのかね」

「ご機嫌よう。……いえ、あまりご機嫌麗しくはなさそうですね」

 

セリクスがルシウスの目の周りの殴られた痕を見て意味ありげにそう言ったので、ルシウスは気まずそうな顔をした。

 

「見ていたのか……」

「ええ、たまたまですが。……《エピスキー(癒えよ)》」

 

治癒魔法を掛けてやると、目の周りの赤みと腫れが引いたようだった。ルシウスはホグワーツで習わないはずの治癒魔法を使いこなすセリクスに、驚きを隠せないようだ。

 

「驚いた。君は治癒魔法まで使えるのか」

「いえ、苦手分野なのでかすり傷くらいしか治せませんが……」

「いやいや、充分だろう。ゴーント家の英才教育には驚くばかりだよ」

「父が聞いたら喜びます。──それより、先程の茶番の意図を聞いてもよろしいですか?」

「なに?」

 

ルシウスのこめかみが、ひくりと動いたのが見えた。先程まで口元に浮かべていた微笑を消して、セリクスのことを(いぶか)しげに見ている。

 

「茶番とは? 先程のことか? あれは、アーサー・ウィーズリーが先に手を出してきたから応戦しただけだが」

「ドラコと同じことをおっしゃいますね」

「──そこで僕に振るのは話が違くないか!?」

「冗談だ、ドラコ。──ルシウス様ならわざわざ素手でやり返しますかね? 何か意図があって、わざとウィーズリー氏を挑発して騒動を起こしたのかと思っていましたが……」

「買い被り過ぎだよ、セリクス。……お恥ずかしい話だが、アーサーとは因縁深い相手でね。彼と話していると普段の冷静な私がどこかへ行ってしまうのだよ」

「……そうですか」

 

ルシウスの表情から明らかに何か隠しているのは分かったが、ここで粘っても意味がないと結論付けて引き下がることにした。視界の端でドラコが不安そうな顔をしているのが見えたせいもある。

 

「お引き留めして申し訳ありません。──ドラコ、また新学期に会おう」

「あ、ああ。またな、セリクス」

 

セリクスは2人に背を向けて『漏れ鍋』の方へ歩き出した。本当は夜の闇(ノクターン)横丁まで足を伸ばすつもりだったが、気疲れしてしまったので素直に帰ることにした。脳裏に心配そうにしているノクティの姿が浮かぶ。あまり帰りが遅くなるとマウリシオに密告される可能性もあった。

 

結局購入したのは『月の雫』だけだった。セリクスは溜息を堪えつつ、ダイアゴン横丁を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
●ロックハート
原作ではハリーが煙突飛行ネットワークで噛んで、迷子になる話のセリクス視点です。今話、セリクスからしたらだいぶうんざりする流れですよね。
「ロックハートがDADAの教授!?工エエェェ(´д`)ェェエエ工」って感じでしょうか。
DADAの教科書、原作でも全学年同じリストなんですかね? もしそうなら生徒を舐めすぎだよなぁって(笑)

個人的にロックハートの学生時代の逸話は大好きです。なんか自分に対してバレンタインカードを大量に書いたり、クィディッチ・ピッチにめちゃくちゃ大きな文字で自分のサインを刻んだりして「俺モテてますよ!」ってやったらしいです。面白すぎるでしょ。本編で出してほしかったです。゚(゚ノ∀`゚)゚。

●スラッグ・アンド・ジガーズ薬問屋
初めて聞いた方もいらっしゃるかもしれませんが、決して私の創作店名ではございません! れっきとした公式設定にあるダイアゴン横丁のお店です。映画に出てくるお店の看板や、としまえん跡地の「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京」に再現されたダイアゴン横丁にもお店があるらしいですꉂꉂ(*ノ∀`)ノ”
私はネットで調べて知っただけですが、それを見つけてくる方々がすごいなと( ̄▽ ̄;)
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