スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
その男、触れるべからず
翌朝、セリクスが大広間で朝食を摂っていると、両隣にドラコとセオドールが座ってきた。
普段は特に仲良しというようには見えない2人だ。セリクスは少し物珍しく感じながら、手にしていたトーストを皿に戻した。
「セリクス先輩見てください。昨日の変身術で作ったボタンです。コガネムシを完璧なボタンに変えられたのは、そう何人もいませんでしたよ」
よっぽど機嫌がいいのか、セオドールは普段より
「よかったらセリクス先輩に差し上げます。一晩経っても元に戻らないから大丈夫だと思います」
その台詞で、コートにつけたボタンがいきなりコガネムシに戻る様子を想像してしまったセリクスだった。服の上を緑がかった光沢のある虫が這い回る光景は、あまり愉快なものではない。
(まあ、後で状態固定の魔法を重ね掛けしておこう)
「あのグリフィンドールの女よりも多く作れました。学期末の総合成績では負けましたが、やっぱり実技では僕の方が上ですね」
自分はセリクスの認めた後輩なのだから首席は当然と言っていたセオドールだったが、どうやら蓋を開けてみれば次席だったらしい。長い前髪の隙間から覗く瞳には、勝ち誇ったような光が宿っている。
("あのグリフィンドールの女"と言うのはハーマイオニー・グレンジャーのことだろうか)
「そんなボタンいくら作れたって自慢になんかならないだろ」
反対隣から、人を小馬鹿にしたように言ったのはドラコだ。もうすっかり食べ終わり、食後にかぼちゃジュースをのんびり飲んでいるらしい。金色のゴブレットを片手に、優雅に脚を組んでいる。
セオドールはむっとしたようだ。前髪の隙間から鋭い視線をドラコに突き刺している。空気が僅かに張り詰めた。
「実技も筆記もなに一つ僕に敵わないやつに言われたくない。そういう君は何個作れたんだ?」
「だから、ボタンなんか自慢にならないって言ってるだろ? やっぱりクィディッチ出来ないとね。金曜日の選抜は僕が選ばれるに決まってる。もう父上もそのつもりで『ニンバス2001』を7本も寄贈してくれる予定なんだ」
セリクスはドラコのその言葉を聞いて眉をひそめた。
まだ選抜は始まってすらない。なのにもう既に決まったかのように言う。去年ヒッグスが言っていた、マルフォイ家の権力のことを思い出した。あの時のヒッグスの浮かべた苦々しい表情が脳裏を過ぎった。
「ドラコ、何故決まってると言い切れるんだ。まだヒッグスと勝負していないだろう」
セリクスたちより少し離れた位置に座っていたヒッグスの顔色が、どんどん悪くなっているのが視界に入った。彼のそばにいたピュシーたちは非難がましい目付きでマーカス・フリントを睨んでいる。まさか権力に屈したのか? フリントは全力で首を振っていた。どうやら冤罪らしい。
「ふん、そんなに疑わないでくれないか? セリクスに言われたから正々堂々と勝負するつもりさ。でも去年の飛びっぷりを見ていると僕の方が速いんじゃないかってね。それにポッターにスニッチ取られてたしね」
権力で圧力をかけた訳ではなさそうだ。おそらく『ニンバス2001』があるから負けないと思っているのだろう。
ズルをしないならセリクスの出る幕ではない。ヒッグスは実力で頑張ればいい。
セリクスは冷徹に判断を下した。ヒッグスは『ニンバス2001』という単語に絶望していたし、他のチームメイトは歓喜に顔を輝かせていた。フリントなどは拳を握りしめて「これで優勝だ!」と叫んでいる。
あっさりと同級生を見捨てたセリクスは食事に戻った。早く食べないと授業に遅刻してしまう。まぁ次は『闇の魔術に対する防衛術』なので、出なくてもよさそうな気もするが。
「セリクス、次は『DADA』かい? あの胡散臭い教師は本当にインチキだったよ。昨日は酷い目にあった……」
うんざり顔のドラコに、珍しくセオドールが同意した。遠い目で呟く。
「本当にあれは酷かった。教室中にピクシー小妖精をたくさん解き放って本人は逃げるなんて。あいつは本当に教師なのか?」
「教室中がぐっちゃぐちゃさ。まぁロングボトムの間抜けがシャンデリアから吊り下げられているのは面白かったけど」
「ああ、あれは笑えた。あれだけな。先輩からいただいたインク壺をひっくり返されたんだぞ。──割れなくて良かった」
セオドールが心底安堵したように呟いた。セリクスは去年何の気なしに渡したホグズミードのお土産を未だに大事に使ってるらしいことに、むずがゆいような思いがした。胸の奥が僅かに温かくなる感覚を、セリクスはとりあえず無視した。
「ロックハートには気を付けた方がいい。あいつ自分より有名なポッターが気に入らないらしい。セリクスも多分あいつの嫌いな部類の人間だと思う」
「僕もそう思います」
ドラコとセオドールが珍しく意見を一致させてセリクスに忠告してきた。2人が揃って真剣な表情を向けてくる。
セリクスは食後の紅茶を味わいながら、肝に銘じることにしたのだった。琥珀色の液体が喉を滑り落ちていく。ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐったが、この後の授業を想像するとあまりリラックスは出来なかった。
◆ ◆ ◆
結局セリクスはコーウェンたちに引っ張られる形で『闇の魔術に対する防衛術』の教室へやってきた。
ドラコとセオドールから聞かされたことで、ますます授業を受ける気がなくなってしまったが、無断欠席を続ければ留年も有り得る。セリクスは渋々教室の1番後ろに座った。
コーウェンも先程の会話をずっと聞いていたので、分厚いロックハートの著書7冊をセリクスと自分の前にどんどん積み上げた。まるで要塞を築くかのように、本の壁が視界を遮っていく。コーウェンは隠れるように頭を低くしたが、セリクスは逆に椅子にふんぞり返り足と腕を組んだ。
普段よりも圧倒的に偉そうな姿勢だ。まるでドラコのように。
周りのスリザリン生たちはみんな目を見開いてセリクスに注目した。彼がこんなに分かりやすく偉そうにするのは初めて見る光景だ。ピュシーとモンタギューが顔を見合わせ、ヒッグスは息を呑んでいる。セリクスは目を細めて冷徹な視線を教室の出入口へと向けた。まるで獲物を待ち構える肉食獣のように。
次の瞬間、ロックハートがバターン! と爆音を立てて扉を開いて入ってきた。随分と派手なご登場である。
「皆さん揃ってますか! 『闇の魔術に対する防衛術』の教授、ギルデロイ・ロックハートです! 勲3等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞──もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
ロックハートは歯をキラリと見せびらかすかのようににっこりと笑った。白い歯が光を反射して眩しい。しかしスリザリン生の誰1人──お調子者のモンタギューでさえ──にこりともしなかった。グリフィンドール生で愛想笑いをしたのは、せいぜい数名だけだった。気まずそうに視線を逸らす者もいる。
「教科書は皆さんきちんと揃えたようですね? いいでしょう! さて、教科書『狼男との大いなる山歩き』の349ページを開いてください」
セリクス以外の生徒がのろのろと仕方なさそうに教科書を開いた。ページをめくる音が教室に響く。ロックハートは教室の後ろで微動だにしないセリクスにはまるで気が付かず、自分がいかに素晴らしい手腕で凶暴な狼男を手懐けたかを語り出した。身振り手振りを交え、時折マントを翻して見せる。
確かにそれが真実であるならば称賛すべき業績だが、ピクシー小妖精ごときに
「さてさて、それではその素晴らしい大捕物を皆さんで実演してみましょう! もちろん私が本人役である勇敢な魔法使いです! 狼男が出た村の村人を……フレッド・ウィーズリー君いってみましょう!」
「げぇっ!」
突然名指しされたフレッドはカエルが潰れたような声を出した。ロックハートはそれをまるきり無視した。満面の笑みを浮かべたまま、次の指名へと移る。
「では、狼男に襲われていた美しい村娘役を……アンジェリーナ・ジョンソンさん!」
「え〜? 私ぃ?」
ジョンソンは美しい村娘役を振られて満更でもないような声を出した。ジョージが「そんな柄じゃねーだろ」と呟き、強烈なエルボーを叩き込まれている。鈍い音にグリフィンドール生がサーッと蒼褪めた。憐れジョージは机に突っ伏して起き上がらなくなってしまった。
「え〜では、1番重要な狼男役を───」
教室を見回していたロックハートだったが、教室の1番後ろでふんぞり返っているセリクスに目を留めた。その瞬間、ロックハートの目が気味悪く輝く。
「えー、君のことは──知っていますよ? 君はこの学年で1番の有名人だ。セリクス・ゴーント君。満点超えの学年首席。完全無欠の優等生と先生方の間でもっぱらの噂だそうですね?」
セリクスは冷徹な瞳で見返すだけだ。表情一つ変えず、じっとロックハートを見据えている。
「えぇ、えぇ、こうしてきちんと見ると、まあ確かに──ほんの少し──有名になるのも分からなくはありません。ですが! だからこそ学生のうちは謙虚にならないといけません! 周りにチヤホヤされると、人間駄目になってしまいますからね!」
ロックハートの語りがどんどん熱くなるが、セリクスは反応すら返さない。まるで彫像のように動かず、ただ冷たい視線を向け続けている。教室の空気が次第に重くなっていく。
「よろしい! あなたには栄誉ある狼男役を任命いたします! 狼男は村の食料を根こそぎ奪い、立ちはだかった村人を噛み殺し、卑劣にも村娘まで襲おうとしたのです! その狼男を優秀な首席であるあなたなら完璧に演じてくれるでしょう!」
トルコ石色のローブを翻し、ロックハートは芝居がかった仕草で、セリクスへ誘うように片手を差し出した。
教室中の生徒の顔色がみるみるうちに蒼褪めていく。コーウェンは顔を両手で覆い、ヒッグスは硬直している。生徒たちのロックハートを見る目が、まるでこれから噛み殺されるだろう村人を見るような目になっていることに本人だけが気付けない。
「ギルデロイ・ロックハート───教授」
セリクスの静かな声が響いた瞬間、教室の温度が比喩ではなく5度は下がった。ロックハートの腕に意志とは反して鳥肌が立つのが分かった。窓ガラスが微かに震え、空気が凍りつく。
「この私に狼男をやれと───。なるほど。それで村人と村娘と魔法使いを噛み殺せと。──そう、言うんだな?」
「え……? いえ、狼男は魔法使いに手懐けられて……」
ロックハートの声が
「狼男は理性なき猛獣。手加減はしない、そうだな? 無論私も教授であるあなたに手加減は無用、という訳だ」
「い、いえいえ……。ゴーント君? 私の話聞いてますか?」
セリクスの周りに魔力の波が可視化されていく。淡い光が揺らめき、大気がゆっくりと歪む。次の瞬間、彼の座っている机と椅子から床、そして窓枠までもが、ピシピシと不穏な音を立てながら凍り付いていった。
薄氷が這うように広がり、冷気が教室中に満ちていく。生徒たちの吐息が白く揺らめき、空気が凍り付いたかのように静まり返った。
やっと状況を理解したのか、ロックハートの顔色が見る間に土気色へと変わる。
「もう一度聞く。この私に狼男をやれと? ──後悔、しないな?」
その時のセリクスの表情がどうだったかは、生徒の誰に聞いても誰も口を割らなかったという。
「…………お───っと、私ちょっと勘違いをしていました! やはり狼男に相応しいのは、そう! 体躯の大きなワリントン君! 君しかいませんね!?」
「お、俺?」
ロックハートが態度を180度変えて突然ワリントンを指名したので、教室中が唖然とした空気になった。しかしセリクスから
それからの闇の魔術に対する防衛術は、ロックハートの著書の名場面を再現する演劇会になったが、ロックハートは二度とセリクスを指名しようとはしなかったという。授業中、何度もチラチラとセリクスの方を窺っては、慌てて視線を逸らすロックハートの姿があった。
◆ ◆ ◆
その日の昼休み、大広間にて。
セリクスの周りの席はコーウェン以外誰も座らずガラガラであった。事情を知らない他学年も空気を読んだように誰も近寄らない。
「セリクス……。さっきのあれはどうしたの……?」
コーウェンはセリクスの顔色を窺いながら、恐る恐る聞いてみた。今のセリクスは普段と全く同じに見える。普段通りの無表情だ。
(あいつは勇者か?)
聞き耳を立てていたピュシーたちは内心でそう思った。
「コーウェン。私は『DADA』に限り不良になる」
「ええぇ……。いやあれ不良っていうより魔王……」
「ああ言っておけばもう下らないことに私を巻き込むことはないだろう」
「ぶっちゃけ殺す気だったよね……?」
「まさか」
セリクスは優しげな微笑みを浮かべた。だがそれをたまたま間近で目撃した生徒は、メデューサに睨まれたかのようにしばらくの間固まってしまった。
「あんな人目に付くところで殺す訳ないだろう?」
「そ、それって人目に付かないところでは……?」
「コーウェン」
コーウェンが思わずといった様子で口を閉ざす。つかの間キョロキョロと目線を泳がせた後、話題を変えることにしたらしい。賢い判断だ。
「あの偉そうな態度、最初マルフォイ君の真似かと思ったけど、なんかちょっと違ったよね?」
「あぁ、あれは父上の真似だ」
「えっ? マウリシオさんの?」
コーウェンはマウリシオがああいう態度を取るところを見た事がなかった。
「私が幼少期の頃、酷い悪戯をしたときに目にしたきりだな。……命の危険を感じたのは後にも先にもあの時だけだ」
「…………」
セリクスの幼少期。どんな悪戯をすればそこまで怒らせるのか。実際どのような様子だったのか。聞きたいことは色々あったが、その全てにコーウェンは口を閉ざしたのだった。
賢明な判断である。
◆ ◆ ◆
スニッチの行方
金曜日の放課後。
セリクスは授業が終わり次第、そのまま寮室へと戻るつもりでいた。『賢者の石』の研究と、ついでにオルクスの世話をしようと思ったのだ。
去年はしつこかったコーウェンも根っからの動物好きだからか、オルクスの世話と聞くと引き下がるのだ。なんならたまに世話の手伝いまで申し出てくるほどだ。今回は1人で行くつもりだが。セリクスは誰にも邪魔されることなく、まっすぐ戻れる予定であった。
しかし───
「なぁ、頼むよ! ちょっと来て観ててくれるだけでいいから!」
「断る。離せ」
「そんな冷たいこと言うなよ! 僕たち友達だろ!?」
「人聞きの悪いことを言うな」
「僕と友達なことって人聞きの悪いことなの!? 嘘だろ!?」
テレンス・ヒッグスである。
教室からさっさと去ろうとするセリクスの足にしがみついて、全力の抵抗を見せている。魔力強化なしのセリクスのフィジカルでは、現役クィディッチ選手のヒッグスには僅差で敵わず、引き離すことが出来ないでいた。セリクスの片足を両腕で抱え込み、まるで溺れる者が浮き輪にしがみつくかのような必死さだ。セリクスはだんだんと苛立ちがこみ上げてきた。踏み付けたらさすがにまずいだろうか。
「去年約束しただろ!? マルフォイが何か卑怯な真似をしたら、家の権力でなんとかしてくれるって!」
「言ってない。記憶を
「そんなの誤差だろ!?」
「誤差という文字を辞書で引き直せ」
「あとで引く!」
「嘘をつくな」
教室のど真ん中での攻防である。これ以上になく目立っていて、スリザリンの同級生のみならず、合同授業だったハッフルパフ生たちも2人に注目していた。ヒソヒソと囁き合う声が四方から聞こえてくる。遠目にセドリックが苦笑しているのが視界に入って、セリクスは口端が引き
「いい加減にしろ。お前は私が人目を全く気にしないとでも思ってるのか?」
「気にするの!? 君が!?」
遂にセリクスのこめかみにピキリと血管が浮いた。2人の様子を
「2人とも喧嘩しないでよ。セリクス、こんなに言ってるんだし、ちょっとだけでも行ってあげたら?」
コーウェンはセリクスの耳元に口を寄せて囁いた。
「彼の世話なら僕が代わりにしておくから。それなら時間あるでしょ?」
セリクスはオルクスの世話はついでで、『賢者の石』の研究が本命だとは言えず、黙り込むしかなかった。コーウェンとヒッグスがこちらを懇願するように見つめている。ヒッグスは最近背が高くなってきたので、そんな仔犬のような目をされても可愛くはない。むしろ図体のでかい犬に懐かれて困惑している気分だ。ちらりとコーウェンの薄いブルーの瞳を見て、セリクスは一瞬目を
何度も言及しているが、セリクスはクィディッチに微塵も興味がない。箒を使ってボールを追い掛ける意義が見い出せないのだ。彼が普段試合を観戦するのは、親友のコーウェンとセドリックが大のクィディッチ好きだからである。それでもレイブンクロー対グリフィンドール戦は観に行かないというのに。
セリクスは盛大な溜息をついた。
「少しだけだ」
「ありがとう!」
ヒッグスの顔がぱあっと明るくなった。コーウェンもほっとしている。セリクスは、自分1人が選抜を観に行ったからといって結果が変わる訳でもないのに、と納得がいかなかったのだが。
ヒッグスがにこにこと笑いながら立ち上がる。セリクスからしたら、駄々をこねるために地面に這いつくばるなど考えられないが。やけに慣れているように見えたので、もしかしたら家で兄──この前卒業していったプルヴィス・ヒッグスだ──に対してやっているのかもしれない。想像もしたくないが。
「ヒッグス。ドラコは確かに傲慢なところのある子だし嘘もつく。だが根っから腐ってる訳じゃない。選抜も不正はしない──はずだ」
「そこは断言してほしかったな〜!」
ヒッグスは苦笑いをしながらも頷いた。表情には諦めと、それでも最後まで戦おうという決意が混ざっている。
「コーウェン。あれは時間をずらしてやるから気にしなくていい。選抜の見学、楽しみにしていただろう」
「うん。じゃあ一緒に観よう」
少し遠目に様子を見守っていたピュシーたちも、問題が平和に解決したのを見て取ってそろそろと近寄ってきた。また総勢7人でぞろぞろとクィディッチ競技場へ向かうのだった。廊下を歩く黒いローブの集団は、相変わらず他の生徒たちに道を譲らせている。
◆ ◆ ◆
スニッチキャッチ3本勝負で、結果は2対1でドラコの勝利であった。
ドラコは得意満面で高笑いをしている。金色のスニッチを掲げ、『ニンバス2001』に跨ったまま勝利のポーズを取っていた。
ヒッグスは悔しさから顔を上げられないようだ。拳を握り締め、地面に視線を落としたまま立ち尽くしている。肩が小刻みに震えていた。
それでも『ニンバス2001』を使用したドラコから1本は取った。ヒッグスが飛行術で劣っている訳ではないだろう。むしろ箒を揃えていたら勝てていたかもしれない。それでも負けは負けだった。
セリクスはなんとも言えない顔で見守っていたが、落ち込んでいるだろうヒッグスを珍しく励ましてやろうと近付いた。だが、ヒッグスはセリクスと目が合った瞬間、はっと瞳を見開いた。セリクスの肩を力いっぱいに掴みかかる。
「ヒッグス、痛い。なんだ。離せ。──近い」
「ゴーント! 君、箒めちゃくちゃ上手かったよな!?」
「苦手ではないが」
「キャプテン! 僕の代わりにゴーントにシーカーの選抜を受けさせてください!」
セリクスはヒッグスが悔しさのあまりとち狂ったのかと思った。それは他の連中も同様のようだった。周囲がざわめき、困惑の視線が交錯する。
「テレンス・ヒッグス! 卑怯だぞ! 僕に負けたんだから素直にシーカーを譲ればいいじゃないか!」
セリクスはドラコの憤りも尤もだと思った。セリクスは例え選抜を通過したとしてもクィディッチをやる気はさらさらない。しかしそういう問題でもないらしい。
「選抜の前に『ニンバス2001』を7本も寄贈するなんて言う君は卑怯じゃないのか。それに例えゴーントが選抜を抜けても僕がシーカーを続投する訳じゃない。そこはさすがに諦めるさ。でも2歳も歳下に負けたって言われるのは
「な、なんだよ、それ……関係ないだろ……」
『ニンバス2001』の寄贈のことを突かれると強気に出られないのだろう。賄賂ではないとは言っても、全くその要素がないかと問われると即答出来ないからだ。気まずさか羞恥か、ドラコの顔が赤くなる。
「色々言いたいことはあるが、とりあえず"スリザリンの氷王"とはなんだ。意味の分からないあだ名を増やすな」
「あ、ごめん。でもそれ僕が付けたんじゃないから。昨日教室を氷漬けにしたじゃん? それで誰かが言い出したんだよ。ゴーントはスリザリンを
「……誰だそれは。本当に凍らせるぞ」
「まぁまぁまぁまぁ」
ことの成り行きをポカーンと間抜け面で見ていたマーカス・フリントが、ハッと我に返るとセリクスとドラコの顔を交互に見てから一つ頷いた。
「まあ、確かに噂でゴーントの飛行術が素晴らしいと聞いたことがある。1度見てみたい」
「……」
呆れて二の句が継げないうちに、そういうことになってしまった。
「なんだこれ。なんの茶番だ。なんで僕がセリクスと勝負しないといけないんだよ」
「同感だ。何故私がこんなことを」
ドラコとセリクスは意見を一致させて小さくブツブツと文句を垂れていたが、見学者たちは大いに盛り上がっているようだった。"スリザリンの
「よーし! 準備始めっ! ──GO!」
2人が同時に勢いよく上空へと舞い上がった。『ニンバス2001』を使っているドラコの方が速いかと思えば、まさかのセリクスが先に上空へと到着していた。一拍遅れて追いついたドラコが目を瞠って驚愕している。口を開けたまま、信じられないといった表情だ。
「スニッチを放すぞ! 用意はいいか! ──GO!」
金色の小さなスニッチが解き放たれた。ドラコが箒を握る手に力を入れて前傾姿勢を取り、勢いよくスニッチに向かって飛び込もうとした。
その瞬間───
なんとスニッチがまるで意思があるかのように、セリクスの元へ一直線に飛んでいき、そのままセリクスの胸元に懐き出したのだ。まるで雛鳥が親鳥の元へ戻るように。
セリクスは一瞬だけ目を見開いた後、溜息をつきつつスニッチをそっと手のひらで包み込んだ。スニッチは落ち着いたようにセリクスの手のひらの上でリラックスを始める。羽根が静かに畳まれ、もう逃げる様子はない。セリクスは無表情のまま、手のひらの上でスニッチを転がした。
開始たった3秒での出来事であった。
「な……」
スニッチを掴もうと腕を伸ばした状態のまま固まっていたドラコが唖然としている。箒の上で身動き一つ出来ず、呆然と宙に浮いたままだ。
「「「「「……………………」」」」」
地上で見守っていた生徒たちからも何も聞こえない。風が吹き抜ける音だけが競技場に響く。その中でただ1人、フリントが腕を組んで何事かを考え込み始めた。
「ゴーントがいれば試合には勝てる。勝てるが、これでは試合にはならない……。いやでも、優勝は確実だが……」
2人は空から地上へと戻ってきた。スニッチはセリクスの肩に移動して、頬にイチャイチャと懐いている様子だ。まるで本物のスニジェットのようだ。セリクスは少しうざったそうにしている。ドラコはセリクスとスニッチのことを薄気味悪そうに見ていた。動揺しているのか、箒から降りる足元がおぼつかない。
「うーむ……。これは勝負無効だな」
「そ、そんな……」
遂にヒッグスは地面に崩れ落ちてしまった。四つん這いになり顔を伏せてしまっている。背中が小さく震えていた。
セリクスは内心では"自分のせいではない"と思いながらも、ヒッグスに対して多少気まずい思いもした。
「……ヒッグス……」
「いや、いいんだ……。これは君のせいじゃない。君が僕のために選抜を受けてくれただけでもありがたいと思ってる」
"君のためではない"という一言を、さすがに呑み込んだセリクスだった。
こうして新シーカーにドラコ・マルフォイが決まったのだった。
◆ ◆ ◆
「よし! 『ニンバス2001』で次も優勝だ!」
「……やっぱりあれ賄賂だったんじゃ……?」
「シッ! 言っちゃだめだ」
チームメイトたちの声が遠くから聞こえる。セリクスはその輪から少し離れたところで、相変わらず肩に乗っているスニッチを見下ろしていた。
「なんでもいいからこのスニッチ誰か引き取ってくれ……」
セリクスの小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。
【あとがき】
●学年順位
ハリー世代の順位表(1学年100人想定)はちゃんと決めてないです。何せ名前あり公式キャラが40人もいるので……。でも一応、ハーマイオニーが1位、セオドールが2位、ドラコが8位、ネビルが65位(ごめん!)とは決めてます。独自設定です。ハリーやロンは何位くらいなんでしょうかね?
●幼馴染みだけど仲良しではない
ドラコとセオドールは同じ聖28一族ですけど、すごく対称的な存在です。ドラコは父親からきつく言われているから勉強も頑張ってますが、それよりもクィディッチが上手い方が偉いという男子小学生メンタル。セオドールは箒なんかよりも勉強が出来た方が上だと思ってます。まぁ価値観の相違ですけどね。2人がわちゃわちゃ言い争っているのを、セリクスは生温い目で見守っています。
●魔王セリクス
セリクスは普段こんな力をひけらかしたり、無駄に周りを威圧するようなことはしません。今回はよっぽどロックハートにちょっかいを掛けられるのが嫌だったんです。この時だけ「触るもの皆傷付ける」レベルでしたね(笑) ワリントンが被害に遭ってますけど、多分彼が1番狼男役にハマり役だと思います( ̄▽ ̄;)
●あだ名を考えるだけで3時間
あだ名は他の生徒たちが勝手に言ってるだけです。ドラコのあだ名は下級生や同級生のスリザリン女子からは憧れ混じりで呼ばれますが、上級生や他寮生からはちょっと嘲笑入ってたりします。ドラコは一切気が付いてません。ちなみにセリクスのは完全に畏怖込みです。
●ヒッグス兄
ヒッグスの兄はプルヴィス・ヒッグスといいます。4歳年上。なので、4章時点で卒業済みです。性格はクィディッチ馬鹿の熱血チェイサーです。まぁでも完全なるモブなんで、気にしなくても全然大丈夫ですꉂꉂ(ˊᗜˋ*)