スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~   作:如月斎

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第4章 第10話 未完成のパズル/第11話 ハロウィンの日の悲劇

 

未完成のパズル

 

翌日、土曜日。

 

セリクスはコーウェンと共に、談話室で(くつろ)いでいた。そして何故かそこにはヒッグスの姿もあった。他のメンバーはクィディッチの練習に(いそ)しんでいる。今回も選抜でビーターを希望していたが、落選してしまったモンタギューとワリントンですら、補欠として練習に参加しているというのに。

 

「ヒッグス。練習に行かなくてもいいの?」

「いいんだ。昨日はマルフォイとバチバチにやりあっちゃったし、ちょっとしばらくは参加しづらい。時間をずらして個人練習するさ……」

「あれは選抜だし誰も気にしないと思うけど……」

「いいじゃないか。それとも僕がここにいるのはやっぱりまずい? ごめんって。君たちの逢瀬(おうせ)の邪魔をしてるのは分かってるけど……」

 

ヒッグスがとんでもないことを言い出したので、読書をしていたセリクスが顔を上げた。

 

「逢瀬? お前何か勘違いしてないか? 私とコーウェンはただの友人だが」

「えっ! あー、そっか。ごめんごめん。こっちの話」

「ごめんじゃないよ。誰がそんなこと言ってたの? 僕は普通に女の子にモテたいのに!」

 

コーウェンがぷんすか怒りながら詰め寄る。ヒッグスは眉を下げて、己の失言に後悔している顔をした。彼は悪気はないが、常日頃から失言が多い。実はセリクスから圧をかけられるのも、彼が1番多かったりする。ちなみに次点はブレッチリーだ。ブレッチリーはセドリックに対しての失言が多く、たまにセリクスから無視されていたりする。

 

「もしかして、そんな下らないことを言うのはモンタギューか?」

「グラハムに対する熱い風評被害。君、グラハムのことどんな目で見てるの? ……違うよ。誰だかは忘れたけど、他寮の女子だったと思う。こそこそと噂話してたよ」

「そいつの妄想だ。鵜呑(うの)みにするな」

「あ、はい……。すいません……」

 

乙女の腐った夢を容赦なく一刀両断するセリクスである。そこで会話は終わった。セリクスは本に視線を落とし、ヒッグスはグローブを磨き始める。

 

1人手持ち無沙汰になったコーウェンは、セリクスの綺麗に伸びた髪の毛を手に取ってサラサラと流した。見事な銀髪が、湖底を通した光に照らされてキラキラと光っている。

 

「去年から伸ばしてるけど、綺麗に伸びたねぇ。前髪以外は全然切ってないんでしょ? お手入れしてるようには見えないのに、枝毛とか全然ないや。うわぁ、つやっつや」

「そういえば君なんで髪の毛伸ばしてるの? 男では結構珍しいよな」

 

コーウェンが何を思ったか、いきなり髪を結んでいた緑のベルベットリボンを解いてしまった。髪が抵抗もなく背中にサラリと流れた。愛しの持ち主からいきなり引き離されたリボンの蛇が、驚いたように身をくねらせている。

 

「髪には魔力が宿る」

「君、遂に人間卒業するの?」

「どういう意味だ」

「ひえぇ……」

 

またもや失言をして、セリクスにじっとりと睨み付けられるヒッグスだった。蛇に睨まれたカエルのように硬直している。

 

その間もコーウェンは止まらない。器用にセリクスの直毛を、右耳の下あたりからするすると三つ編みにしていく。細い指が銀色の髪を編み込んでいく様子は、まるで織物でも作っているかのようだ。仕上げにまたリボンを綺麗に結びつけた。コーウェンが満足そうににっこりと笑う。蛇も満足そうに舌をピロピロと出している。

 

「いっつも同じ髪型だからちょっと変えちゃった。セリクスはどんな髪型でも似合いそうだけどね」

「君たちそんなことやってるから噂されるんじゃ……」

 

コーウェンが珍しくキッとヒッグスを睨み付ける。しかし、コーウェンの大きくて丸い薄いブルーの瞳がいくら(すご)んでも、ちっとも迫力が出なかった。むしろ()ねた子犬のようだ。ヒッグスはへらっと笑った。

 

「しかし器用なものだな。コーウェンは髪が短いのに」

「これはお人形さん遊びしてたら上達したんだ。小さい頃は女の子みたいな遊びばっかりしてた」

「ほう。母上がそういうのが好きだったのか?」

「ううん……。僕にお人形をくれた、のは───」

「コーウェン?」

 

それまで笑顔で話していたコーウェンが不自然に黙り込んだ。不審に思った2人が顔を覗き込む。コーウェンは真っ青になって震えていた。急激に唇の色まで失われている。段々と息が荒くなっていく。

 

「セルウィン? どうしたんだ!?」

「コーウェン、落ち着け。深呼吸しろ」

「はあっはあっはあっ」

 

2人が声を掛け、背中をさすってやっても、コーウェンの息はなかなか整わなかった。コーウェン本人も、混乱したように目を白黒させていて苦しそうだ。細い肩が激しく上下している。

 

「あ、あれは……誰? 女の人……。はあっはあっ。く、くるし……」

「コーウェン話すな。医務室へ行くぞ。立てるか?」

「……む、むり……」

「おぶっていく。乗れ。ヒッグス、手を貸せ」

「う、うん! セルウィン、しっかり!」

 

コーウェンは自力では立てないようだったので、ヒッグスに手助けしてもらいセリクスが背負っていくことにした。2人分の慌てたような足音が響き、談話室内の視線が自然と集まる。セリクスたちはそちらには一切注意を払わず、一目散にマダム・ポンフリーに助けを求めたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「心因性過換気症候群ですね。大したことはありません。『安らぎの水薬』を飲ませて、念の為、一晩こちらで預かります。心配しすぎないように」

「過換気……」

「要は、過呼吸です。原因は不明ですが、急なストレス反応でしょう。命には全く別状ありません」

 

マダム・ポンフリーは慣れた手付きでコーウェンの処置を終わらせると、さっさとベッドへ寝かしつけた。コーウェンも先程よりは血の気が戻ってきたようで、安らかな表情で規則正しい呼吸をしている。セリクスとヒッグスは同時に安堵の溜息をついた。

 

「マダム。コーウェンをよろしくお願いします」

 

セリクスは丁寧に一礼すると、コーウェンにチラリと視線を走らせそのまま医務室を出た。ヒッグスも雑に頭を下げると、慌てて追い掛けてくる。

 

「驚いたなー。セルウィン大丈夫かな?」

「マダム・ポンフリーに任せたから大丈夫だろう」

 

セリクスは先程のコーウェンの様子を思い返していた。

 

──人形遊びを一緒にしていた女性。

──堅く閉じられた過去の記憶。

──コウ、という愛称に対するトラウマ。

──叔母という言葉への過敏な反応。

──ヴォルデモート卿の活動期に衰退した純血名家。

 

セリクスは自身の中で、パズルのピースが集まってくるのを感じていた。ぼんやりとした輪郭が見え始めている。しかしこれは勝手に完成させてはいけないパズルだ。コーウェン自身が語る準備が出来るまで、セリクスは待つべきだと分かっていた。

 

しきりに話し掛けてくるヒッグスの声を聞き流しながら、セリクスは内心で溜息をついたのだった。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

いつもはコーウェンと同じ部屋で寝ているが、その夜はもちろんセリクス1人だった。別に普段同衾(どうきん)しているわけではない。ベッドの間にはスペースがあるし、プライバシーのためにベッド周りにはカーテンがかかっている。視覚的にはいつも通りだ。

 

しかし、コーウェンの立てる微かな物音がないのは、セリクスをどことなく落ち着かなくさせた。

 

いつもなら聞こえてくる、本のページをめくる音。寝返りを打つ時の布擦れの音。深い息遣い。それらが全て消えた静寂が、部屋を異様に広く感じさせる。

 

セリクスは医務室で眠っているだろうコーウェンのことをほんの少し考えたが、すぐに切り替えて眠ることにした。杖を一振りして寝る支度を整える。衣服が畳まれ、ローブがハンガーにかかり、靴が整然と並ぶ。

 

ベッドに入ってから数時間。セリクスはふいに覚醒した。窓の外の様子から、夜明けにはまだ遠いのが分かる。湖底を通した月明かりが、僅かに緑がかった光を部屋に落としている。セリクスは寝返りを打って寝直そうとした。

 

その時だった───

 

[引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……]

 

セリクスは飛び起きた。咄嗟に枕元の杖を手に取り、突然響いてきた声の方へ杖を向ける。心臓が激しく脈打っている。

 

「誰だ」

 

セリクスは壁に向かって鋭い声を放ったが、つい先程の謎の声はもう聞こえなかった。

 

───静寂。

 

部屋には相変わらず自分1人しかいない。カーテンの隙間から見える隣のベッドも、誰にも使われた形跡はない。壁からも、天井からも、床からも、何の気配も感じられない。

 

しばらくの間、杖を構えたままじっとしていたセリクスだったが、やがて浅い溜息を1つついてまたベッドに寝直した。杖は枕元には戻さず、握ったままだ。

 

(……幻聴、か?)

 

だが、あの声は妙に生々しかった。耳に直接響くような、内側から湧き上がるような。微かに掠れたような冷たい響き。

 

眠るのはまだ先になりそうだった。セリクスは天蓋を見つめながら、静かに夜明けを待った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

ハロウィンの日の悲劇

 

それから何日経っても謎の声の正体は分からなかった。二度と聞こえてこなかったからだ。

 

セリクスは注意深く耳を澄ませてみたが、壁の向こうからも、床下からも、天井からも、何の気配も感じられない。静寂だけが夜の寝室を支配していた。

 

念の為コーウェンにも確認してみたが、そもそもあの夜は『安らぎの水薬』を飲んでいたので、熟睡していたらしい。

 

「変な声? 聞いてないよ。ぐっすり眠ってたし」

 

コーウェンは首を傾げながら答えた。まあもし声の主が存在していたとしても、寮と医務室では離れているので聞こえなかった可能性が高いが。

 

セリクスはいよいよ自分の幻聴だったのだろうと結論付けた。きっと寝惚けていたのだろうと。寝惚けるくらいはする。──セリクスも人間なのだから。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

10月がやってきて、ぐっと寒さが厳しくなった。

 

朝の湖底から差し込む光は冷たく、談話室の暖炉(だんろ)の火が恋しい季節になった。生徒たちはローブの上からマフラーを巻き、吐く息が白く染まる廊下を足早に歩いている。

 

ホグワーツでは風邪が大流行していた。咳き込む音があちこちから聞こえ、鼻をすする音が授業中にも響く。マダム・ポンフリーは休む暇もなく、医務室のベッドは常に満床だった。

 

セリクスは元より、体の弱そうなコーウェンも風邪にはかからなかったので無関係だったが。

 

「僕って意外と丈夫なんだよね」

 

コーウェンが少し自慢げに言う。確かに、彼は虚弱そうに見えて案外風邪を引かない。

 

そもそも綺麗好きが多く、しょっちゅう《スコージファイ(洗浄魔法)》を掛けているスリザリン生の間ではあまり流行らなかった。談話室や寮室は常に清潔に保たれ、共用スペースも定期的に掃除されている。

 

《スコージファイ》がまだ使えず、体の出来上がっていない下級生が主に罹患していた。

 

体の小さな1年生たちが耳から元気爆発薬の煙を立ち上らせているのを見ると、上級生たちはつい笑ってしまったのだった。灰色の煙が耳から勢い良くもくもくと噴き出す様子は、どこか滑稽(こっけい)で微笑ましい。

 

あれからヒッグスがセリクスにくっついてくることが増えた。邪険にするほど冷酷ではないので、そのままにしている。

 

元々のグループとは別に仲違いをしている訳ではないので、ギスギスはしていなかった。ピュシーたちとも普通に会話しているし、食事も一緒に摂っている。

 

しかし、クィディッチの全体練習に混じることが減ったのだ。

 

個人練習は熱心にしているようだが、チーム練習にはあまり顔を出さない。フリントも自分から出てこない補欠を引き()って行くほど、親切なタイプではない。腕を組んで仁王立ちし、来る者は歓迎するが来ない者は無視する。──もし、兄のプルヴィスがまだ在籍していたら、きっと引き摺ってでも参加したのだろうが。

 

しかし練習に参加しなければ、レギュラーに戻れる確率は低くなる。セリクスはどちらでもよかったが、コーウェンは心配そうだった。

 

「ヒッグス、大丈夫かな……。このままじゃずっと補欠のままだよ」

 

コーウェンが小声で呟くと、セリクスは本から目を上げずに答えた。

 

「彼の問題だ」

「つめたっ」

「冷たくない」

氷の王(アイス・キング)だ〜」

「それ本当にやめろ」

「……ねぇ、ちょっとむっとすると、物理的に寒くするのやめて?」

「……すまない。無意識だった」

 

ヒッグスはうっかりや失言が多く、たびたびセリクスを怒らせていた。

 

「ゴーントってさ、なんか蛇みたいだよな」

「……どういう意味だ」

「いや、悪い意味じゃなくて! 無口だし無表情だし蛇っぽくて格好いいなって!」

「お前それは褒めてないだろう」

「ひえぇ……」

 

セリクスの視線が冷たくなる。ヒッグスは蛇に睨まれたカエルのように細かく震えていた。コーウェンすら呆れた視線を向けていた。

 

しかし生来の善人気質が幸いし、3人の仲は悪くはなかった。ヒッグスの失言も、悪意がないことは明らかだったからだ。むしろ不器用なりに懸命に話し掛けてくる様子が、どこか憎めない。

 

ただ、セドリックと話す機会が減り、セリクスはどこか物足りなさを覚えていた。

 

寮が違えば、授業の空き時間も合わない。湖畔やキッチンに3人で集まることも以前より少なくなった。廊下ですれ違っても、横にヒッグスがいると軽く手を振るだけで終わることもある。どうやらこちらに遠慮しているらしい。

 

コーウェンも同じように感じているようで、時折寂しそうな顔をしていた。

 

セリクスに理想を見るスリザリン生たちは、ハッフルパフであるセドリックとつるむことが減ったのでひそかに喜んでいたが。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

10月31日、ハロウィン。

 

例年通り、セリクスが1年で唯一憂鬱な日である。この日のためだけに、甘党になる魔法薬でも開発しようかと悩むくらいには参っていた。対照的にコーウェンは、テーブルの上に広げられているハロウィン仕様のご馳走に、瞳をキラキラと輝かせている。かぼちゃのタルトを頬張る姿は、まるで幼い子どものようだ。

 

「これ美味しい〜」

「セルウィン。君、さっきからデザートばっかりじゃないか。肉と野菜も食べなよ」

「ハロウィンくらい許してよ……。じゃあかぼちゃのパイ食べる」

「それも甘いやつだなぁ」

 

苦言を呈しているヒッグス自身、先程からかぼちゃプディングばかり口に運んでいる。その光景に、セリクスは軽い溜息をついた。食事を早々に終わらせ、紅茶ばかり飲んでいる。甘ったるい匂いだけで、胸焼けがしそうになっていた。

 

セリクスは食欲のない目で大広間の装飾を見回した。大人3人は入れるのではないかというほど、大きなかぼちゃのジャック・オー・ランタン。数え切れない数の縦横無尽に飛ぶコウモリたち。いつもより装飾過多な大量の蝋燭が、大広間全体を揺らめく橙色に染め上げている。

 

魔法使いはマグルほどイベント事に積極的ではないが、何故かホグワーツではハロウィンに1番力を入れているように見える。セリクスは不思議な気分だった。

 

まだ無邪気だった幼少期ですら「トリック・オア・トリート」とは言ったことはなかった。そもそもセリクスはあまりお菓子を食べたことがない。よく口にしていた甘いものはもっぱら屋敷しもべ妖精が作ってくれたデザートだったりする。

 

ふと、遠い記憶が脳裏をよぎった。

 

(ああ、そういえばハロウィンの日に母上が作ってくれたかぼちゃのポタージュは美味しかった……)

 

周囲は楽しげな喧騒に包まれているのに、セリクスは1人ぽつんとした気分になった。紅茶の湯気が顔に触れる。その温かさが、かえって寂しさを際立たせた。

 

パーティも終盤になり、突然照明の明かりがふっと落ちた。生徒たちは一斉に騒ぎ出し、キョロキョロと落ち着かなくなる。何が始まるのだろうか。その時、誰かが叫んだ。

 

「骸骨舞踏団だ!」

 

大広間の壇上には、ダンブルドアが呼び寄せた『骸骨舞踏団』が待機しているのが見えた。

 

彼らは透明な糸で吊られている訳ではなく、黒い魔法の(もや)を足元にまといながら滑るように動く。骨の指が鳴らすカスタネットが、薄い金属音のように響いた。音楽はホグワーツの魔法音楽隊──太鼓を叩く半透明の幽霊や、笛を吹くピーブズに似た妖精が担当していた。

 

最初は生徒たちも少し怖がっていたが、骸骨たちが陽気にワルツを踊り始めると、次第に拍手と笑いが湧き上がった。ひときわ背の高い骸骨がパートナーを持ち上げてくるくると回すたび、骨が軽やかにぶつかり合い、カランカランと楽しげな音を奏でる。

 

ダンブルドアはいつものように微笑みながら、骸骨の指揮者に手拍子を合わせていた。マクゴナガル教授は苦笑しつつも拍手を送り、スプラウト教授はかぼちゃワインを片手にリズムを取っている。

 

スネイプ教授だけが明らかに機嫌悪そうに腕を組み、「骨の軋む音が耳障りだ」と呟いたとか。

 

宴の終盤、骸骨舞踏団は"ラストダンス"として『死者のワルツ』を披露した。骸骨たちの関節が鳴るたびに、その音が魔法で増幅され、不思議な旋律を奏でた。彼らの黒いローブの裾からは光の粉が舞い上がり、ステージ全体が淡く揺らめいて見えた。

 

一糸乱れぬステップ──それが人間の骨格とは思えないほど美しく正確だった。そして最後の曲が終わると、団員たちは深く一礼し、魔法の光が解けて、全員の姿が"普通の魔法使い"へと戻る。

 

その瞬間、大広間に拍手が弾けた。

 

ハロウィン・パーティーは盛況のうちに幕を閉じた。生徒たちはみな機嫌良さそうにニコニコと笑い合いながら、ぞろぞろと寮への道を歩いていた。

 

たくさんの生徒たちと並んで歩いているうちに、何故か周りの生徒たちはセリクスの後ろについて歩くようになった。気がつけば列の先頭である。廊下の空気が少しずつ冷えていくのを感じた。

 

「何これ。水浸しだ」

 

前方の石床が、大量の水で汚れている。セリクスたちが不思議に思い水溜まりの先を見ると、誰かがその中心で立ち尽くしていた。

 

「……あれ? もしかして、ポッター?」

 

コーウェンの呟きが聞こえたのか、セリクスの後ろからドラコが勢い良く飛び出してきた。

 

「今ポッターって言ったか!?」

「……地獄耳……」

 

コーウェンの小さな呟きが、廊下に吸い込まれる。運よくドラコの耳には入らなかったようだ。

 

薄暗闇の中、生徒たちはその異様な光景に気が付いた。

 

壁に何かが引っかかっている。松明の明かりが届かない影の中で、何かが不自然に揺れていた。誰かが呟いた。それは酷く絶望したような声音だった。

 

「……フィ、フィルチの猫だ」

「うそ……。死んでる?」

 

コーウェンの顔から一気に血の気が引いていく。ミセス・ノリスは動物好きのコーウェンが、ひそかに可愛がっていたのだ。

 

「───ミセス・ノリス!」

 

コーウェンの声が震えた。

 

「うそだ! いやだ!」

「コーウェン落ち着け」

 

セリクスは低い声で言った。

 

「まだ死んだと決まった訳じゃない」

 

ガクガクと震え出したコーウェンの背中をさすってやっていると、ドラコが何かに気が付いた。

 

「猫の後ろの壁に何か書いてある」

 

ドラコは素早くその壁に書き付けてある文字を読み、にたーっと嫌な笑い方をした。純血貴族らしく不健康に蒼白く整った顔が醜悪に歪む。

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前たちの番だぞ、『穢れた血』め!」

 

ミセス・ノリスの前に立ち尽くしていた第一発見者のポッター、ウィーズリー、グレンジャーに向かって、ドラコは嘲るようにそう叫んだ。視界の端でコーウェンが痛みを堪えるように顔を歪ませるのが見えた。セリクスは無言でコーウェンの肩を掴む。

 

それからは管理人のフィルチがやってきて、愛猫をポッターに殺されただの、騒ぎを聞き付けてダンブルドアたち教授陣が来てポッターたちに事情聴取するだのの騒ぎになった。生徒たちは速やかに帰寮するように指示を出される。

 

セリクスはミセス・ノリスがぶら下げられていた壁をじっと見つめていた。松明の明かりに照らされて不気味にテラテラと光っている。あれは何だ。ペンキではない。もっと粘性のある、生々しい何かだ。

 

「これは、血か……?」

 

セリクスは小さく呟いた。

 

「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ……。秘密の部屋?」

 

教授に促されて他の生徒がぞろぞろと寮へ戻っていく。コーウェンはセリクスの腕にしがみついて泣きそうになっていた。セリクスはコーウェンを支えながら、ゆっくりとスリザリン寮へと足を向ける。

 

その時だった。

 

セリクスの耳に微かに不気味な声が聞こえた気がした。遠く、冷たく、どこか濡れたような音。それは廊下のどこから聞こえてくるのかも分からないまま、すぐに闇へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 




【あとがき】
第10話 未完成のパズル
●コーウェン、トラウマ発動
またコーウェンのトラウマが発動してしまいました。過呼吸は高校生の頃に何度か起こしたことがありますが、結構苦しいんですよね。何故か手足が痺れてくるし。なのでコーウェンも、足に力が入らず歩けないというふうに描写してみました。
作中で描かれるパニックや過呼吸の描写には、現実の疾患を貶める意図は一切ありません。もし読んでいて苦しく感じたら、どうか無理をせずブラウザバックしてください。

●しょんぼりヒッグス君
ヒッグスは悲しいことに原作通りシーカーを降板してもらいました。でもこのまま原作通りフェードアウトさせるのはあまりにも可哀想なので、ちゃんと救済策は考えています。どういう感じで救済するかは、読んでのお楽しみということでご了承くださいませ(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”


第11話 ハロウィンの日の悲劇
●ヒッグスの出番
秘密の部屋編以降では、テレンス・ヒッグスは卒業したん?ってくらい原作に全く登場しませんが、スリ末では普通にセリクスの友人枠で出張り続けます。スリ末のヒッグスもモブはモブなので、英雄のような派手な出番はない予定ですが、こいつを出すと空気がちょっと平和になるのでお気に入りです。

●連続でショックを受けるコーウェン
コーウェンはみんなには内緒にしていますが(そしてバレバレですが)大の動物好きです。なので多くの生徒から嫌われているミセス・ノリスのことも、よく撫でて可愛がっていました。石化事件はコーウェンの心に深い傷を残します。
ちなみにセリクスは動植物からめちゃくちゃモテますが、本人はそこまで無類の動物好きというわけではありません。どちらかというと、魔法薬調合に使えるかどうかで見ています( ̄▽ ̄;)
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