スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
慢心の果て
それからの数日間、ミセス・ノリスが実は死んでいなかったと噂で聞くまでは、コーウェンの落ち込みようは見ていられないほどであった。実はあの事件の日、ハロウィン・パーティに行く前にコーウェンはミセス・ノリスとたまたますれ違い、軽く撫でさせて貰っていたらしい。
「あの時、引き留めるなりなんなりしていたら……」
コーウェンは何度もそう繰り返した。セリクスからしたらそんなものは結果論でしかないと考えるが、コーウェンは自分を責め続けていた。
生徒たちの間ではミセス・ノリスを石に変えた正体や、『秘密の部屋』の在り処の噂で持ち切りだった。スリザリン以外の下級生の一部は、ハリー・ポッターを犯人だと疑っているようだ。第一発見者だからだろうか? いつもは英雄だと持て
それ以上に厄介なのは自寮の生徒だ。最近ドラコがこちらをチラチラと気にするようになったが、セリクスがたまたま1人の時、遂に話し掛けてきた。
「セリクス。僕にだけは教えてくれないか? 君が『秘密の部屋』の継承者なんだろう?」
セリクスは、自分より随分低い位置にあるプラチナブロンドの頭を冷たく見下ろした。
「違う」
「君以外考えられない。秘密にするから」
「だから違う」
重ねて否定すると、ドラコはもどかしそうに手を握り締めた。
「『秘密の部屋』はサラザール・スリザリンが遺したんだろう? ならスリザリンの直系であるゴーント家が継承者としか考えられないじゃないか」
「例えその部屋の権利が私にあったとしても、今回の事件の犯人は私ではない」
セリクスは低く静かな声で言った。
「……たかが猫を石化して、私に何かメリットでもあるのか? 友人が哀しむと分かってて?」
「…………」
コーウェンのことを持ち出すと、ドラコもさすがに黙った。ドラコは最初、コーウェンのことをセリクスの取り巻きか何かだと考えていたらしいが、どうやら対等な友人だと最近気が付き始めた様子だ。不満気に唇を尖らせている。
「……じゃあ誰なんだよ……」
「私は存じ上げないが───」
セリクスは冷ややかに答えた。
「……確かにスリザリン直系のゴーントは今ホグワーツに私しかいないが、ファミリーネームが変わった傍系ならいるんじゃないか?」
「傍系……」
ドラコは腕を組んで悩み始めた。
「何故それを知りたいんだ?」
「そんなの決まってる。何か協力したいんだ。『穢れた血』を追い出す手伝いをね」
「なるほど」
セリクスはドラコを諭さなかった。マグル生まれ蔑視はルシウスから教え込まれ、ドラコの芯に染み付いていると感じたからだ。セリクスはただの先輩であるからにして、後輩の矯正をする気はあまりなかった。
この時点でドラコにあまり期待はしていないとも言える。ドラコ自身は全く気が付いていないが。
「あまり派手に動くな。マグル生まれや混血が増えて最近はマグル生まれ蔑視は少数派だ。声高に言い続ければ立場が悪くなるかもしれない」
「ふん。マルフォイ家を舐めないでくれ。こんなことで悪くなる立場じゃないさ」
「……そうか」
セリクスは溜息を堪えた。
「──図書館で古代ルーン文字学のレポートを仕上げたい。失礼する」
「え……。あぁ、じゃあまた」
セリクスにそんな予定はなかったが、これ以上無為な時間を過ごすのは耐えられそうになかった。本当に図書館でレポートを書いていた方がマシな気がした。ドラコはほんの少し虚をつかれたような、寂しそうな目をしたが、そのままセリクスを引き留めることはしなかった。
手元の本を鞄にしまい、談話室のソファから腰を上げた。その途端、視界の端でビクつくように反応した人影に目を向ける。
相手はスリザリン生だが、珍しいマグル生まれの下級生だった。彼もセリクスが『秘密の部屋』の継承者で自分を石に変えるのでは、と怯えているようだ。蒼白い顔で遠巻きにこちらを
「馬鹿馬鹿しい」
誰にも聞こえない声で囁くと、図書館の方角へ足を向けたのだった。
◆ ◆ ◆
図書館で『ゴブリン造幣史概論』を読み耽っていると、目立つ3人組が入ってきた。お騒がせなグリフィンドールの2年生だ。彼らは何故かキョロキョロと人目を気にしながらマダム・ピンスのいるカウンターへ向かう。
グレンジャーが羊皮紙を広げ司書へ差し出している。あの偏屈な司書は──ちなみにセリクスはまだ絡まれたことはない──鋭く疑い深い目付きでその羊皮紙の隅から隅までチェックしているようだった。最後は渋々といった様子で羊皮紙をしまいこみ、禁書の棚の方へと歩いていく。
なんとはなしに眺めていたセリクスだったが、2年生が禁書になんの用事があるのか、少し興味を引かれて司書の持っている書籍に注目した。
「『最も強力な魔法薬』? 馬鹿な。2年生にはまだ早い」
セリクスは小さく呟いた。ページを繰る手が止まる。
「……首席のグレンジャー嬢なら作れるのか? しかし使い道はなんだ」
そのまま視線を向けていると、司書から受け取った書籍を大事そうに抱えているグレンジャーとふいに目が合った。彼女は一瞬ハッとした顔をしたが、慌てて目を逸らすとポッターとウィーズリーと共に図書館を出て行ってしまった。
ほんの少し興味を惹かれたセリクスだったが、他寮の下級生を追い掛けてまで探求するほどではない。また先程まで読んでいた『ゴブリン造幣史概論』に視線を落とした。静かに文字に意識を没頭させていく。
◆ ◆ ◆
翌日、クィディッチのスリザリン対グリフィンドール戦がやってきた。
最近暗い顔をしていたコーウェンも、この時ばかりは瞳をキラキラさせて観客席からピッチを見下ろしていた。冷たい風が吹き抜ける中、観客席は熱気に包まれている。
マダム・フーチのホイッスルが空高く鳴り響く。14人の選手たちは一斉に空目掛けて飛び立った。それを皆が眩しそうに見上げている。
『さあ、始まりました! グリフィンドール対スリザリン! 今回スリザリンは、新シーカーに2年生のドラコ・マルフォイを起用してきました! そして注目すべきはやはり『ニンバス2001』! この最高速度を誇る箒に、グリフィンドールの選手はどう対応していくのでしょうか!?』
リー・ジョーダンの軽妙な解説が聞こえる。ドラコの名前のところで、セリクスの横に座っていたヒッグスが僅かに身動ぎしたのが分かった。
試合開始後、セリクスはすぐにその異変に気が付いた。ブラッジャーの1つが執拗にポッターを追い掛けているのだ。ウィーズリーの双子が必死の形相で何度もブラッジャーをバットでピュシーやドラコに打ち返しているが、ブラッジャーはまるで意思があるかのようにポッターを仕留めにいっていた。
ビーターが2人専任でポッターを守る形になるため、その間にスリザリン側がガンガン得点している。スリザリン生たちは大いに盛り上がって声援を送っていた。
「すごい……。もう60対0だよ。このまま勝てるかな?」
「あのブラッジャーはどうしたんだ? まさかキャプテンが錯乱の呪文でも掛けたとか?」
コーウェンとヒッグスが目を見合わせて、喜び半分困惑半分の顔をしていた。
「フリント先輩が錯乱の呪文を使えるかは知らないが、クィディッチの道具とはそんなに管理体制が
「いやぁ……。さすがにそんなことはないよ」
「では生徒側の策略ではない」
「セリクス……。そんなバッサリと……」
どこまでも論理的な男である。
ふとぽつ、ぽつ、と雨が降ってきたと思ったら、すぐに土砂降りになってしまう。セリクスは即座に杖を取り出して軽く振った。
「《
自分を中心とした直径5メートルほどの範囲に防水魔法を施す。魔法の範囲内にたまたま入っていた生徒は、皆その幸運を喜んだ。雨粒が目に見えない壁に当たって弾ける。
「魔法の範囲前より広くなってない?」
「本気を出せばまだいけるが、魔力がもったいない」
「君ってそういうやつだよな」
セリクスはヒッグスを冷たい横目で睨んだ。ヒッグスの背筋がピンと伸びる。しかし最近落ち込むコーウェンを懸命に励ましているのを見ていたので、それだけで許してやることにした。
スリザリン優位の試合が進み、選手たちもノリに乗っているとき、グリフィンドール側からタイムが入った。スリザリン観客席からブーイングが飛ぶ。グリフィンドール選手たちは何やら集まり少しの間話し合いをした後、ブラッジャーの原因を探らずに試合を再開した。
「……? ブラッジャー調べないの?」
「多分今調べると、そのまま没収試合になる可能性があるからかな? グリフィンドールは負けてるから」
コーウェンの疑問にクィディッチに詳しいヒッグスが答える。その間にもポッターにしつこくブラッジャーが迫り、ポッターはくるくると奇抜な箒捌きで避けていた。それを少し離れた位置からドラコが
「あいつは何をしている? 何故ドラコはスニッチを探さない?」
「ポッターを揶揄うので忙しいらしいね」
ヒッグスが痛みを堪えるように顔を歪ませた。
「……僕ならあんなことしてないで、スニッチを探すのに……!」
「───あっ! ブラッジャーが!」
遂にブラッジャーがポッターの右腕にクリーンヒットしたらしい。肘から先がボッキリと折れているようで痛々しく揺れている。しかしポッターはそこで根性を見せ、ガクンと体勢を崩しながらもドラコの方へ急降下を始めたのだ。
襲われるとでも思ったのか、ドラコは驚愕の表情で一目散に逃げ出した。そのドラコがいた場所にポッターは飛び込んだ。観客たち全員がハッと息を呑んだ。
───ポッターはスニッチをキャッチしていたのだ。
そして彼はそのままピッチに墜落するように着地し、泥でぐちゃぐちゃに汚れた地面に倒れ込んだ。束の間失神したようだった。
マダム・フーチのホイッスルが鳴る。試合終了だ。
「マルフォイの頭のすぐ上にあったんだ! スニッチが! あいつのせいだ!」
グリフィンドール生たちが大騒ぎで大喜びしているなか、ヒッグスが怒声を上げた。悲痛な叫びにも聞こえた。彼だったらもしかしたら先にキャッチしていたのかもしれない。それも"たられば"だが。
ブラッジャーはまだポッターを執拗に狙い殺そうと暴れていた。骨を折っただけでは気が済まないらしい。コーウェンは顔を手で覆い、もう見ていられないと態度で示していた。
セリクスは冷静に見つめていた。ウィーズリーの双子が全力でブラッジャーを押さえ付けている。他のチームメイトが集まるところに、派手なローブを揺らしてロックハートまでポッターのところへ現れた。
「自己顕示欲の塊か……」
呆れたセリクスの呟きは誰にも聞かれなかった。
ロックハートは何やら懇願しているポッターを無視して謎の魔法を掛けていた。ポッターの折れた腕から骨が抜けたらしく、右腕はゴムのようにビヨンビヨンと不気味に揺れている。周りからは息を呑んだ声や残念がる声が聞こえてきた。
───自己顕示欲も実力が伴えば問題ないのだが。
今回の試合を観にきたのを、心底後悔したセリクスであった。
◆ ◆ ◆
カエルの王さま
週明け月曜日には、グリフィンドール1年生のコリン・クリービーという少年が、ミセス・ノリスのように石にされたという噂がホグワーツ中を駆け巡っていた。
マグル生まれの1年生たちは皆例外なく怯え、根拠不明の魔除け──魔法使いなのに──の御守りを身に付けていた。その中でも1番目立つ御守りまみれになっていたのが、純血であるはずのネビル・ロングボトムであったことに他の生徒は皆、首を傾げたのだった。
スリザリンの数少ないマグル生まれの生徒は、友人の純血や半純血などにくっついて移動しているようだった。セリクスの顔を見ると、相変わらず蒼白になって震え出すのは勘弁してほしかったが。セリクスは犯人ではない。聞かれたらそう答えるつもりだが、そのマグル生まれの生徒は、セリクスに近寄る勇気もないようだった。
逆に最近ではセオドールが近寄ってきて、セリクスと行動を共にすることが増えた。セオドールもセリクスが『秘密の部屋』の継承者だと疑っているらしい。しかし猫やグリフィンドールの1年生を石化するなどというメリットの薄いことを、セリクスがやるだろうかと考えているようだ。
「セリクス先輩、ではないんですよね?」
「ドラコにも聞かれたが、違う」
「ですよね。猫や1年生を石化する意味がないですもんね……」
セオドールは小さく呟いた。
「───殺すならともかく」
「私は殺しはしない」
「…………」
セリクスがそう言うと、それには少し懐疑的な目を向けられてしまった。セオドールはどうやら、ロックハート氷結未遂事件を誰かに聞いたらしい。あの時もセリクスは別に殺すつもりはなかったのだが。
「毎年マルフォイ家のクリスマスパーティに呼ばれてたじゃないですか。でも今年はドラコは帰省しないらしくて。パーティも開催しないそうなんです」
「ほう。ドラコは残念がるだろうな」
「そりゃもう」
セオドールは肩をすくめた。
「この前のクィディッチの件でも散々叱られてしょげかえっていましたし、クリスマス休暇には父親から帰ってくるなと言われて今は荒れていますよ」
「……クラッブとゴイルに任せよう」
「ええ」
セオドールが小さく苦笑する。
「……セリクス先輩は今年帰省しますか?」
セリクスは少し考えた。マウリシオからは帰ってこいとも帰ってくるなとも手紙はきていない。まあ帰れば屋敷しもべ妖精たちは喜ぶだろうが。ゴーント家自身はパーティなどを主催しないので、帰る義務はなかった。
「特に考えていなかったな」
「もし帰るなら遊びに行ったらいけませんか?」
「うちに来るのか? 構わないが、別に何もないぞ」
「構いません」
セオドールの声には期待が滲んでいた。セリクスは悩んだ。ゴーント邸にはろくな玩具がない。そういった物はほとんど、祖父母と住んでいた屋敷に置いてきてしまったのだ。セオドールは箒嫌いであるので、そちらも使えない。三頭犬や『賢者の石』のことは教える気がなかった。
(アゼルに頼んで何か準備させるか? 呼ぶ日はコーウェンたちと被らせないようにするか)
「杖と宿題を持ってこい。少し教えてやる」
「本当ですか!? 分かりました!」
セオドールの普段光のない瞳が珍しく輝いた。正解だったらしい。セリクスはその素直な様子に僅かに口角を上げた。セオドールは驚いたように目を丸くすると、普段蒼白い頬を赤く染めたのだった。
「それにしても……一連の犯人は誰なのかセリクス先輩は何か分かりませんか?」
「石化させる怪物か」
セリクスは腕を組んだ。
「メデューサやコカトリスがいるが、メデューサは神話上の存在だし、コカトリスは1000年も寿命はないはずだ」
「なるほど……」
「スリザリンの継承者というのも怪しい。スリザリン直系は私だが、私ではありえない。ドラコには傍系がいると言ったが、ゴーント家は近年まで近親婚を繰り返していて、傍系もほとんど絶えてもういないはずだ」
「うーん。結局手掛かりはゼロですか……」
「マグル生まれが本当に狙われているのかも定かではない。慢心せず警戒した方がいい」
「はい」
セオドールは真面目な顔で頷いたのだった。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、セリクスが廊下を歩いていると、ヒキガエルのトレバーがセリクスの方へペッタンペッタンと近寄ってきた。セリクスは最初見ないふりをしようとしたが、トレバーが"絶対行かせないぞ"という気迫を持ってセリクスの行く手を阻んだので仕方なく足を止めた。
トレバーを跨いでもよかったが、そうすると隣のコーウェンがうるさそうだったからだ。
「ネビル君のトレバー! また脱走しちゃったの? ネビル君が心配するよ」
「ゲコゲコッ!」
「カエルの癖に怒ってるな」
「そういうこと言わないの」
「何があった。また餌を貰えなかったのか?」
セリクスが鞄から小さな瓶を取り出した。中には茶色いネットリと粘性のありそうな団子状の何かがいくつか入っている。蓋を開けると独特の臭気がほんの僅かにした。
「セリクス……それなに?」
「カエルフーズだ。こいつは何故かよく私のところに来るからな。ほら食べろ」
「……ゲコ」
「なんか仕方なさそうに食べてるよ……。お腹が空いてた訳じゃなかったのかな?」
「無理して食べる必要はないんだが……」
2人が小さなカエルを囲んで困っていると、遠くの方から「トレバー! どこー!?」と叫ぶ声が聞こえてきた。
2人がその声に気付き振り向いた時、向こうもこちらに気が付いたようだった。必死の形相で駆け寄ってくる。ネビルはセリクスの手前で、おっとっととつんのめり、やっとこさ止まった。そのどんくさい動きにセリクスは片眉を上げる。
「また脱走していたようだ」
「ほ、本当に! いつもすみません!」
「今度は何を……」
セリクスは顔をしかめた。
「ちょっと待て。お前その格好はなんだ」
蒼い顔でペコペコ頭を下げているネビルから、形容しがたい匂いが漂ってきた。見ると首から大きな青玉ねぎのネックレスをぶら下げ、手には何か腐ったような黒い紐状の物を握り締めている。
今流行りの護身グッズだ。
匂いが届いたのだろうか、トレバーは慌てた様子でセリクスの頭の上に避難してまた「ゲコゲコッ!!」と怒りを表明している。ぽよんぽよんと跳ねて、セリクスの頭にトレバーの腹の感触が伝わってきた。
「臭い……。その臭いのせいで脱走しているのではないか?」
「えっ、そうなんですか? でも僕はスクイブだから、次は僕が石にされちゃうかも……」
ネビルは下を向いて、モジモジと両手の指を擦り合わせた。純血のはずなのに、魔法を上手く扱えないのが恥ずかしいのだろう。セリクスは溜息をついた。ネビルの肩がビクッと跳ね上がる。
「スクイブならそもそもホグワーツに入学出来ない。魔力があるから入学許可証が届くんだ」
セリクスは冷静に続けて言った。
「───おそらく杖が合っていない可能性がある」
「杖が……? でもこれパパのお下がりなんです。大事な物で……」
「お父上の物を大事にするのはいいことだが、杖は杖自身が持ち主を選ぶ。オリバンダーに一度見て貰え」
「……はい」
ネビルは渋々といった様子で頷いた。ネビルが実際オリバンダーのところへ行こうが行くまいが、セリクスには微塵も興味はなかったが。
「それとその魔除けは効果がない。魔力を全く感じられない」
セリクスは淡々と続けた。
「まだ《プロテゴ・ホリビリス》を掛けた方が効果がある」
セリクスの言う《プロテゴ・ホリビリス》とは、悪意のあるものや悪霊から身を護る魔法である。通常の《
「なんですか? ホリ……?」
「《
セリクスが杖を振ってネビルに高等守護魔法を掛けてやる。不思議な色の膜がネビルの周りで揺らめき、ふっと消えていった。
「目には見えないがしばらくはもつ。その魔除けは捨ててしまえ。《
「わぁ! 全部なくなっちゃった!」
「カエルと仲良くしたいなら諦めろ。せめて匂いのない物を選べ」
「……はい……」
ネビルは少しの間もそもそと口元を動かしていたが、ふくふくとした頬に喜色を浮かべセリクスの顔をまっすぐ見上げた。
「あ、ありがとうございます! "スリザリンの氷王"様!」
「…………」
「……ぶあっふぁ!」
なんの悪意もない無邪気な台詞に、セリクスのこめかみにビシリと血管が浮いた。後ろにいたコーウェンが、思わずといった様子で噴き出す。
ネビルは2人の反応の理由が分からずオタオタしている。
「その、あだ名は、二度と、使うな」
セリクスの声は恐ろしく低かった。
「ひ、ひええぇぇ……」
3人の様子を遠目に見ていた生徒たちの間で「"スリザリンの氷王"がスクイブ崩れのロングボトムを虐めていた」という事実無根の不名誉な噂が一瞬流れてしまったのは不幸な出来事である。
◆ ◆ ◆
親切なスリザリンの先輩たちが、ネビルの前を去っていく。ネビルはそれを眩しそうな眼差しで見送っていた。
ネビルの頭の上に移動したトレバーは、寂しそうに「ケロ……ケロ……」と呟いている。
「噂と違ってすごく優しい人だよね。ハリーたちは何か勘違いしてるのかも」
ネビルは小さく呟いた。
「"スリザリンの氷王"……じゃないや。えーっと、そうそう、セリクス・ゴーント先輩。確かファンクラブまであるんだっけ? 男の僕が入ったらさすがに変だよねぇ……。うぅん、それよりもグリフィンドール生が加入したいなんて言ったら、袋叩きかもしれない」
偏見の塊であるが、ネビルはそう思い込んでいるようだ。
ネビルはふとローブにしまってある杖を取り出した。父親であるフランク・ロングボトムの杖だ。ギュッと両手で握り締める。
「ごめんなさい。ゴーント先輩」
ネビルの声は小さく震えていた。
「これじゃないとダメなんです。……それに杖替えたいなんて言ったら、ばあちゃんに叱られちゃう……ぶっ飛ばされるかも……」
湿っぽくブツブツ呟くネビルに呆れたように、頭から降りたトレバーが腕からネビルを見上げている。しょんぼり顔でトレバーを見たネビルが何かに気が付いた。
「ん? トレバー、きみ口の周りが汚いよ?」
目を凝らすと、茶色い何かがトレバーの口元に付いている。
「……あっ! まさか先輩からご飯もらっちゃったの!? ダメだよ、迷惑掛けたら」
珍しくお説教の気配を感じて、トレバーは一目散に逃げ出した。ネビルはそれを慌てて追い掛ける。
「トレバー、待ってー!」
その声が廊下に響いて、やがて遠ざかっていった。
【あとがき】
第12話 慢心の果て
●純血主義
原作の純血主義者って、もろ悪役というか、マグルやマグル生まれを下等種みたいに見下していますよね。でも、本来の純血主義って、他の生まれを見下すためだけに生み出されたものではないんじゃないかなと思っています。
マグルからの魔女狩りなどの迫害を恐れ、魔法使い同士で結束し、魔法界に閉じこもる。その過程で、外部の血を入れない思想が強まっていったのかな、と。
スリ末では、それに加えてもう1つ、純血にこだわる理由を作りました。セリクスはどちらかというと、そのもう1つの理由を重視して純血主義を名乗っています。
以前セオドールがチラっと言っていましたが、純血名家の一部は、その家系独自の血統魔法を扱うことが出来ます。
セリクスもそれの使い手です。第4章でも二度ほど出てくる予定です。
セリクスは純血主義者でもあり、能力主義者でもあります。聖28一族であるコーウェンやセオドールやドラコを尊重しますが、マグル生まれの秀才ハーマイオニーのことも一目置いています。
まぁ学校内での順位が低いからといって、それだけで見下したりはしませんけどね( ̄▽ ̄;)
第13話 カエルの王さま
●自分の杖、お下がりの杖
杖は杖自身が己の持ち主を選ぶ。なのでどんなに思い入れのある物でも、お下がりだと杖はちゃんと言うことを聞いてくれません。「お前は僕のご主人じゃないじゃん!」ってことなんでしょうね。ネビルもロンもコーウェンもお下がりの杖を使っていたので、本来の実力を発揮出来ていませんでした。
ちなみにセリクスの杖は、素材からマウリシオがこだわった完全フルオーダーメイド製の杖です。なんならグレゴロビッチ作なので、オリバンダーでさえメンテナンス出来ません。逆に面倒臭かったりします(笑) 原作通りならそのうちグレゴロビッチはヴォルデモートに殺されちゃうはずなので、本格的に困る未来が見えます( ̄▽ ̄;) どうしましょう……。
●プロテゴ・ホリビリス
公式にある呪文です。その場限りの防御になりやすいプロテゴと違って、ある程度の期間は保つという設定にしています。作中で不思議な色の膜と書いていますが、しゃぼん玉みたいな遊色を想像して貰えば大丈夫です。悪意のある攻撃魔法や、実体を持たない相手による攻撃からも身を守れますが、物理攻撃には無力です。
また、強力な相手を完全に防ぎ続けるには相応の術者の技量と魔力が必要なので、誰でも簡単に使える便利魔法という訳ではありません。