スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
変身術とマッチ棒
「変身術は、魔法界において最も複雑で、危険な魔法の一つです」
マクゴナガル教授の威厳に満ちた声が、教室の隅々まで響いた。黒板には《変換エネルギー理論の基礎》と題し、質量、密度、魔力係数といった専門的な用語がびっしりと並んでいる。
「変身の原理は『意図的形態変換』にあります。術者の魔力と集中力により、物質の分子構造を再構成するのです。しかし、これは厳密な理論に裏打ちされたもので……」
教室中、羽根ペンの走る音が一斉に響いた。中でもコーウェンは眉間に皺を寄せ、必死にノートを取り続けている。羽根ペンの先が紙を削るような音を立てる程の勢いだ。
一方、隣に座るセリクスは、姿勢良く静かに黒板を見つめていた。彼の机の上には広げられた羊皮紙と、キャップを外したままの万年筆。だが、一度としてそれは動かされていない。
静と動。両極端な2人の姿は、周囲の生徒たちの目にも明らかだった。
「───食物は、無からは創造出来ません。既存の物質を変化させることのみが可能なのです」
ふと、教授の視線がセリクスの机に向けられる。他の生徒が懸命に書き写すなか、彼だけが、まるで授業とは無縁であるかのような静止を保っている。
「……ミスター・ゴーント」
マクゴナガル教授の硬い声に、僅かに教室の空気が張りつめた。セリクスは静かに視線だけを教授に向ける。
「書き取りなさい。覚えているつもりでも、必ずどこかに抜けがあります」
セリクスは静かに答えた。
「見れば、理解出来ます」
その一言に、教室の空気が再びざわついた。マクゴナガル教授の眉がぴくりと動き、唇が引き結ばれる。
「それほどの自信がおありなら───」
教授は杖を振って黒板の一部を消した。
「今、消した箇所。変換エネルギー係数について、説明していただけますか?」
挑むような声色だった。周囲の生徒たちが固唾を呑んで見守る中、セリクスは一拍も置かずに応えた。
「変換対象の質量と変化先の密度により、魔力の負荷係数は変動します。特に、軽量から高密度への変換ではマナの歪曲が大きくなり、精神集中が必要となります。そのため、初学者は形状の単純な物体から訓練するのが推奨されます」
その場にいた誰もが息を呑んだ。マクゴナガルのまぶたが微かに震える。セリクスはその一瞬の動きを見逃さなかった。
「……そうですか。理解しているのなら───」
教授の声には、微かな苛立ちが混ざっていた。彼女は机の上のマッチ棒を手に取り、セリクスの前にそっと置いた。
「このマッチ棒を、針に変えてごらんなさい」
セリクスは無言で立ち上がると、杖を取り出した。短く集中の息を吐き、静かに振る。
淡く光が走り──次の瞬間、マッチ棒は完璧な縫い針へと変わっていた。金属の冷たい光沢、滑らかな曲線、針穴の精密さまで、一分の隙もない。
───静寂が降りる。
教授も生徒たちも言葉を失った。
「……スリザリンに、3点」
数秒の沈黙ののち、マクゴナガル教授が小さく呟くように言った。
セリクスは静かに腰を下ろした。コーウェンが隣から視線を向けるが、彼は無表情のまま、再び黒板を見つめている。
「──皆さん、引き続き理論の書き取りを続けてください」
その後の授業、教授はセリクスを一度も指名しなかった。ただ、何度も視線を向けていた。その目には──驚きと、警戒、そして戸惑いが複雑に入り混じっていた。
やがて授業終了のベルが鳴る。セリクスは白紙のままの羊皮紙を、静かに鞄にしまった。隣のコーウェンのノートは、びっしりとインクで埋まっている。
「君って、本当に……」
コーウェンが呟きかけたが、マクゴナガル教授の視線を感じて咄嗟に言葉を飲み込んだ。
教室を出るとき、マクゴナガル教授の視線が再び彼を追った。しかしセリクスは、それに気付いていたのかいなかったのか、一度も振り返ることはなかった。
◆ ◆ ◆
コーウェンはさっさと先を歩くセリクスを懸命に追い掛けた。身長はほとんど変わらないはずなのに、彼は歩くスピードが速い。
「ねぇ待ってよ!」
「……なんだ」
コーウェンが声を張り上げると、やっと気付いたのか立ち止まってくれた。コーウェンは息を切らせてセリクスの横に並ぶ。
「君って歩くの速いね。早歩きしてるようには見えないのに変なの……」
「そうか?」
「うん。……それよりさっきのすごかった! 変身術ってめちゃくちゃ難しくない? 僕も家でみっちり理論はやったけど、どうしても実技が難しくて……」
「……」
セリクスは心底不思議そうに首を傾げている。そういえば彼はよく首を傾げているかもしれない。癖なのだろうか。コーウェンも釣られたように首を傾げる。
「変身術を難しいと思ったことはないが……。杖が合っていないのかもしれない」
「杖……。そうかも。入学が決まってからちゃんとした杖を買ったんだ。それまでは家族のを貸して貰ってた」
「それだろう」
他の寮生たちが立ち止まっているセリクスたちを見て、不思議そうに通り抜けていく。セリクスもまた歩き出し始めた。コーウェンも遅れまいとついていく。
「マクゴナガル先生ちょっと怖かったね。セリクス、よく言い返せたね」
「怖い? どこが?」
「え———……」
コーウェンはポカンとしてまたつい立ち止まってしまった。しかしセリクスは全く待ってくれない。ハッと気を取り直したコーウェンは、また廊下を慌てて走る羽目になったのだった。
【あとがき】
変身術って理論めちゃくちゃ難しそうですよね( ̄▽ ̄;)
原作でも難易度の高い分野との説明があるので、マクゴナガル先生は優秀な魔女なのだろうなと思います。
セリクスとマクゴナガル先生の相性が悪そうでꉂꉂ(ᵔᗜᵔ*)
セリクスはよく首を傾げていますが、あれは癖というよりは本当に理解出来ないことを言われて不思議に思っているだけです。
彼にとっては周りが出来ないことが理解出来ないんですよね。
まさかマクゴナガル先生も理論を教え切ってないのに、セリクスが一発成功させるとは思いもよらなかったのでしょう。
あと歩く速さは確かにコーウェンに比べたら速いんですが、単純にコーウェンの体力がないのと、コンパスの長さの違いです(笑)