スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
喪失の想い出
生徒のほとんどが恐怖からパニック状態のままクリスマス休暇に入った。例年より更にホグワーツから人が減るらしい。セリクスは静かになったホグワーツで『秘密の部屋』を探っても良かったが、セオドールとの約束を守るため帰省することにした。ドラコが随分と『一緒に残ってくれ』とうるさくせがんできていたが、先約が優先だと説き伏せた。ドラコはふくれっ面をしていたが、セリクスは見ないふりをした。
セドリックは去年と同じで、やはり家族と過ごすらしい。それは別にいい。しかし残念なことに、遊びに来る気満々だったコーウェンが来られなくなってしまったのだ。
スリザリン直系のゴーント家子息であるセリクスのことは、スリザリン家系の人間には既知の事実である。コーウェンの父親であるエドモンドが、危惧を抱くのは仕方ないのかもしれない。セリクスは理性では納得したが、心のどこかで冷たい風が吹いたような気がした。
(言い換えれば、日程をずらす必要がなくなったのだから、逆に楽になった。それだけのことだ)
セリクスは自身にそう言い聞かせることにした。
◆ ◆ ◆
クリスマス休暇初日のディナーは、久しぶりにセリクス、マウリシオ、レオの3人が集まった。ほとんど会話はなく、カトラリーを扱う所作も静かな
デザートの段階になって、やっとセリクスは口火を切った。
「お2人は『秘密の部屋』のことをご存知ですか?」
「『秘密の部屋』? 何それ」
レオはきょとんとしている。どうやら何も知らないようだ。マウリシオは眉根を寄せ、難しい顔になった。
「マルフォイから聞いている。50年ぶりにスリザリンの遺した『秘密の部屋』が開かれたと。大層愉快そうな様子だった」
「マルフォイ卿が……」
「何か巻き込まれているのか?」
マウリシオが僅かに警戒したような表情になった。セリクスに対する信用度が低い。セリクスは珍しく、むすっと不機嫌そうに口を引き結んだ。
「セリクス。マウリシオさんは君が心配なだけだよ」
レオが苦笑しながらマウリシオのフォローをした。セリクスは子供っぽい態度を改めて、初めから説明することにした。
「ハロウィンの日に、猫が石化された状態で発見されたのが始まりです。その次はグリフィンドールの1年生でした。最近はハッフルパフの2年生と、ゴーストが被害に遭いました。全て『秘密の部屋』の継承者の犯行だと言われています」
「石化……。ただの石化魔法ではないということだな?」
「《ペトリフィカス・トタルス》だったらとっくに治っています。相当強力な闇の魔術か、特異な魔法生物の仕業かと」
2人ともが驚愕のリアクションをとっていることから、学校側からは何も説明がなかったらしい。
「初耳だ。学校からはなんの知らせもない。校長すら解呪不可能な石化なら、只事ではないぞ」
「ダンブルドアはマンドレイクさえ成熟すれば元に戻ると」
「そういう問題ではない。学期がもう半分終わってしまったではないか。理事会は知っているのか?」
「それこそ私には知りようもないのですが……」
普段ほとんど表情の動かないマウリシオには珍しいほど、強い憤りの感情が滲み出ていた。父親のその表情を見て、セリクスは不思議そうに首を傾げた。
「ホグワーツってちょっと放任主義というか、生徒の自主性に任せすぎというか……。保護者にはあんまり優しくない学校だよね。セリクスはもう4年目だから麻痺しちゃってるのかな」
「我が母校のダームストラングではありえない。学校には説明責任がある。もしセリクスが巻き込まれたら、どうするつもりなんだ」
保護者2人の厳しい顔付きに、セリクスは自分がいつの間にかエキセントリックな校風に染まっていることに気が付き、愕然とした。
「そもそもスリザリン生の一部は、私がその犯人ではないかと疑っています。サラザール・スリザリンの直系子孫なので。他の寮の生徒はハリー・ポッターが犯人だと言っていますが」
「ハリー・ポッター? 何故? 魔法界の英雄なんだろう?」
「全校生徒の前でパーセルタングを披露しました。彼は私の遠い親戚なんでしょうか」
パーセルタングの単語を聞いて、2人は驚いたように目を
「馬鹿な。ポッターがスリザリンの子孫だと? そんなことはありえないはずだ」
「私も信じたくはありませんが。この耳で聞きました。その時、自分もパーセルマウスだと自覚しましたがね」
「……ん? 知らなかったのか? というか忘れたのか? 小さい頃、蛇と話していたが」
「……」
青天の
「あ〜、してたしてた。物凄い大きい蛇で、ニッコニコのセリクスが『仲良くなったの! 女の子だって!』って嬉しそうに教えてくれたな。まぁ私は直接会ってないけど。……その蛇の名前なんだっけな」
「確か……ナギニだ。そう名乗っていた。──結局腹が減っていて、卵をいくつかと鶏肉を与えたら、それを食べてすぐ去っていったな」
「その蛇なんか『早く行かなきゃ』って去っていったんだよね? セリクスは飼いたかったみたいで、すっごい泣いてたよ」
「全く憶えていません……」
メスの大蛇、ナギニ。キーワードを聞いてもピンとはこなかった。3〜4歳頃だろうか? 幼児期健忘で忘れてしまったらしい。興味が薄れたセリクスは、すぐに話を戻した。
「とにかく容疑者は私とポッターです。しかし私ではありません。そもそも動機がない。ご存知の通り、私は純血主義ではありますが、マグル生まれ排除の思想はない。ポッターは分かりませんが、噂で聞く限り目立ちたがり屋な面はありそうです。しかし人を石化させて喜ぶような人間かは疑問ですね」
「結局分からないってことか」
3人は考え込んだが、
「セオドール・ノットが遊びに来たいそうです。構いませんか?」
「ノット……? 聖28一族のか? あれの父親は元
マウリシオが僅かに嫌悪を示した。息子が元闇の陣営と仲良くなるのを止めたいのだろうか。しかしそれを言うならドラコもそうである。
「親と子は違います。セオドールは大丈夫です。私が保証します」
「……はあ。泊まりに来るのは構わない。好きにしなさい。その子が闇に堕ちないように導いてあげなさい」
「当然です。言われるまでもありません」
深い溜息ひとつで諦めたらしいマウリシオから許可を貰ったセリクスは、やっと表情を緩めたのだった。
◆ ◆ ◆
数日後、セオドールが応接室の暖炉からやってきた。
「セリクス先輩! お待たせしました」
「いや、時間ピッタリだ。よく来たな、セオドール」
セリクスが微かに微笑んで歓迎すると、セオドールもうっすらと頬に血の気を上らせて嬉しそうにした。
「セオドール様。お荷物をお預かりいたします」
「ああ」
アゼルが魔法でセオドールのトランクを浮かせて運んでいった。入れ替わるようにノクティが現れ、ティーセットの給仕を始める。2人は応接室の豪華なソファセットへ向かい合うように座った。
ノクティが指を振って、透き通った琥珀色の液体をティーカップへ注ぐ。
給仕が終わるとノクティも去り、室内には2人だけになった。
「ハウスエルフが気になるのか? 前回来た時も会っただろう?」
「前回お邪魔した時は、あの雌のハウスエルフは見ませんでした。セリクス先輩の家には何体いるんですか?」
「全部で3人だ。家全体の差配を司り、父上の秘書的役割も務めるのがアゼルだ。古参ゆえ、来客の一次応対まで任せている。さっきの女性のエルフは、ノクティ。私が赤ん坊の頃から面倒を見てくれていて、乳母のようなものだ。最後は1番新参のティフル。基本的に裏方仕事で、表にはあまり出てこない。イギリスに来てから居着いたんだ」
「そんなに? うちには1体しかいませんよ。さすがゴーント家ですね」
セオドールは素直に驚いていた。その態度に、セリクスは逆に驚かされた。1人しかいないならその屋敷しもべ妖精の負担はすごいのだろうと、微かに同情の念が湧き上がる。
「1人で全てを? 余程優秀なハウスエルフなんだな」
「優秀? よく分かりませんが、僕の面倒はよく見ようとしますね。しょっちゅう『坊ちゃんお茶は
セオドールはそこまで言って、一口紅茶を口に運んだ。どうやら口に合ったようで、美味しそうに息をついていた。
「紅茶の腕前はセリクス先輩のエルフの方が上みたいです」
「そうか。多分母上に習ったんだろう」
「お母様に……。先輩のお母様ってどんな人だったんですか?」
セリクスはふと目を伏せて、過去に思いを馳せた。優しい眼差しとふわりとしたシルバーブロンドが、記憶の底から湧き上がる。
「母上は血筋としてはイギリスの純血魔女だが、ドイツで生まれ育ったらしい。学校で出会ったそうだ。父上の一目惚れだったと聞いた」
「あの人が……」
セオドールはマウリシオと直接会話したことはないが、パーティで遠目に見たことはあった。セリクスによく似た面差しだが、セリクスより冷酷そうな表情をしていた。
(一目惚れとかするんだ……。意外だ)
「母上は父上の血筋を知って気後れしていたらしいが、お祖父様に気に入られて、そのまま卒業してすぐ結婚したらしい。母上は病弱だったからお祖母様は心配していたが、見事に予想が当たって早死にしてしまった」
「先輩……。僕の母も早くに死んでしまったんです。でもそれは病弱だったからじゃない。父のせいだと思うんです。……父が母に心労をかけたせいだ……」
「セオドール……」
セリクスが僅かに気遣わしそうな声を出した。セオドールはすぐにハッと我に返る。
「あっ、すみません。先輩の話聞いてたのに、僕の話をしてしまって……」
「いいんだ。話して心が軽くなるなら」
セリクスのいつもより優しげな声音に、セオドールはほっと肩の力を抜いた。
「さぁ、紅茶を飲み終わったら客室へ案内してやろう。その後、宿題を見てやる」
「ありがとうございます。この数日でなるべく進めてきました」
「楽しみだ」
2人は気を取り直して、談笑に戻るのだった。
「3体もハウスエルフがいるって言ってましたよね?」
「あぁ。アゼル、ノクティ、ティフルだ」
「もう既に2体もいたのに、そのティフルってやつは入ってきたんですか? そこまでしてゴーント家が良かったんでしょうか」
「……入ってきたというより、元からいたんだ」
「……?」
セオドールはゴーント家の屋敷しもべ妖精のことが気になるようだった。もしかしたらノット家にいる屋敷しもべ妖精とは、どこか違うところがあるのかもしれない。セリクスは、ティフルがゴーント家の屋敷しもべ妖精になった経緯を話してやることにした。
「これは私がまだ幼い頃の話だから、直接見た訳ではない。話に聞いただけだ。このゴーント邸は私がまだ小さい時にお祖父様が買い取ったんだが、最初はボロボロの廃墟だったらしい。放棄されてもう長いこと経っていたようだ。しかしそこにたった1人残っている者がいた」
「まさか……」
「そう。それがティフルだ。仕えていた主人に見捨てられ、たった1人でここをどうにかしようとしていたらしい」
「……」
セオドールはその憐れな屋敷しもべ妖精の様子を、つい思い浮かべてしまったらしい。微かに眉を寄せている。セオドールが誰かに、しかも見下しているであろう屋敷しもべ妖精相手に同情心を抱くとは、セリクスにとって少し意外な心地だった。
「彼を屋敷ごと見捨てたのは、もう既に絶えたゴーントの血筋だ。ゴーントが彼を傷付けたのなら、ゴーントである私たちが償わねば」
「そう、ですか」
「……魔法族は基本的にハウスエルフを下等種族だと思い込んでいるが、彼らには魔力も知性も感情もある。少しだけでも考えてみないか」
「……考えてみます……」
セオドールは、純血魔法族の家庭で育った者らしい、ごく一般的な価値観を持っているように見えた。しかし、敬愛するセリクスからの真摯な言葉に何か思うところがあったのかもしれない。屋敷しもべ妖精の魔法でいつまでも適温を保っている紅茶を見つめながら、長いこと何かを考え続けているようだ。
セリクスはそんなセオドールを、しばらくの間見守ることにしたのだった。
【あとがき】
●パーセルマウス
作中で出てきていませんが、実はマウリシオもパーセルタングを使うことが出来ます。でもゴーント邸では蛇を飼っていないので、披露する場がありませんけどね。レオはゴーント家ではなく、母方の親戚なのでパーセルタングを使うことが出来ません。
●屋敷しもべ妖精・アゼルたちの年齢
屋敷しもべ妖精の寿命については、公式設定を調べても明確な数字がよく分かりませんでした。なのでスリ末では、数百歳くらいは普通に生きるという独自設定にしました。
アゼルは280~300歳くらい。ノクティは200~230歳くらい。ティフルは120歳前後。100歳を超えてもまだ若者扱いです。
マールヴォロ・ゴーントがミレヴィエル湖のゴーント邸を放棄したのが1898年頃。
セリクスの祖父が買い戻したのが、1981年頃。実に80年以上、放置状態だったことになります。
ちなみにマウリシオとセリクスがミレヴィエル湖のゴーント邸に移ってきたのは、1983年の夏です。
マールヴォロたちに悪気があったというよりは、屋敷しもべ妖精のことなど全く眼中になかっただけでした。
需要があれば屋敷しもべ妖精視点の番外編も書こうかと思ったけど、需要なんてない気がする(笑)