スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
心に残る星々の宴
翌日、セリクスが起床して食堂へ向かう途中、玄関ホールで大きなクリスマスツリーを見つけた。夜のうちに屋敷しもべ妖精たちがせっせと飾り付けしたらしく、天井近くまである巨大な
その木の足元には、小山のように重ねられているプレゼントがある。色とりどりにラッピングされたプレゼントたちが、今か今かと開封を待っているようだった。
「……去年よりも多い気がする」
セリクスはまっすぐプレゼントに歩み寄った。上から順に、プレゼントに付いているクリスマスカードを読む。
プレゼントの小山の1番上には、『カシュートス・ゴーント』と『クラリッサ・ゴーント』からのプレゼントが置かれていた。セリクスがパッと目を見開き、エメラルドグリーンの瞳がキラキラと輝いた。
「お祖父様とお祖母様からだ」
キラキラとシャンパンゴールドに輝くリボンを解き、箱を開けてみると、中にはクリスタルの小瓶が整然と並んでいた。小瓶1つ1つにラベルが貼られ、几帳面な文字で中身が書いてある。
「二角獣の角、毒ツルヘビの皮、ウルフスベーン、タマオシコガネの粉末、ミノカサゴの棘、サラマンダーの血液。これはドラゴンの糞……。まだまだある。すごい。お祖父様が1番私のことを分かっているのではないか?」
それらは、魔法薬調合に使う原材料の詰め合わせであった。以前、マウリシオがくれた物ほど希少性が高い訳ではないが、それでも全て買い揃えようと思えばセリクスの小遣いでは
もう1つの箱も開けてみる。
「こちらは……やはり、マフラーか。お祖母様もお好きだな」
それは手編みのマフラーだった。グレー地に白の毛糸で、ゴーント家の家紋が編み込まれている。クラリッサからのプレゼントは、こういう手作りの品が多かった。セリクスが身に付ける服飾品は黒色が多いが、クラリッサはセリクスに明るい色の物を付けさせたがる。このグレーもどちらかというと明るい色だった。
以前、「セリクスには白が似合うわ」と言っていたので、クラリッサからはそう見えるのだろう。セリクスは好みからはほんの少しだけ外れているそのマフラーを、大事そうに抱え込んだ。クラリッサのよく付けている香水の残り香がした気がした。畳み直し、元通り箱に綺麗にしまう。
他のプレゼントも見てみることにした。
コーウェン、セドリック、ロジャー、ブレッチリー、ヒッグス、ピュシー、モンタギュー、ワリントン、ドラコ、ダフネ、パーキンソン、ブルストロード、──ピンチ=スメドリー。
「……ん? ピンチ=スメドリー?」
セリクスが首を傾げたと同時に、セオドールが階段を降りてきた。手に小包を抱えている。セリクスと目が合うと、パッと目を見開いた。
「先輩、おはようございます。メリークリスマス。……何してるんですか?」
「ああ、セオドール。メリークリスマス。……いや、ピンチ=スメドリーから初めてプレゼントが来たな、と」
「ピンチ=スメドリー? 誰です?」
セリクスは記憶を掘り返した。同じ学年だが、全く会話した記憶がない。
「確か、レティシア・ピンチ=スメドリーだ。同じ学年のスリザリンの女子生徒。『古代ルーン文字学』が被っていたはずだが、会話したことはない」
「なんでそんなやつが先輩にプレゼント? まさか嫌がらせですか?」
2人は不可解そうに目を見合わせた。セリクスが黙って開封していく。
「開けていいんですか? 罠かもしれませんよ?」
「変な魔法が掛かっている形跡はない。食べ物なら食べなければいい」
中身は小さなエメラルドが
婚約者でもなんでもないただの同寮生に贈るクオリティには、到底見えなかった。セリクスが微かに眉を下げる。彼とて困ることくらいは多少あるのだ。
セオドールが更に不機嫌そうになった。まるでそのネクタイピンに呪いでもかかっているかのような、
「なんでただの同寮生にこんな物……。捨てた方が良くないですか? なんなら処分しておきましょうか?」
「さすがになんの理由もなく破棄するのは……。新学期明けてから少し話すか。とりあえず返礼のカードを用意しなくては……」
「話し掛けたら向こうの思う壺じゃないですか? 多分この女、先輩との接点が欲しいんですよ」
「私との接点? 何故? ピンチ=スメドリー家は、魔法省との繋がりがほしいのか? しかし父上は、直接魔法省の職員という訳ではないんだが……」
セリクスが大真面目にそう言うと、セオドールが珍しく呆れたような目付きでセリクスを見た。セリクスは内心少しだけたじろいだ。
「先輩、本気で言ってます? この女、多分先輩のことが好きなんですよ。恋愛的な意味で」
「…………」
セリクスはマジマジとネクタイピンを見下ろした。セリクスの中に、その発想は本気で存在しなかった。彼にはファンクラブさえあるが、あまり深くは考えてなかった──というよりも
セリクスは何事か少し考えた後、ネクタイピンを丁寧に箱に戻した。ノクティを呼び、貰ったプレゼントを全て部屋に運ぶように頼む。レティシアの分も一緒に運ばれていった。
心なしか機嫌が悪くなってしまったセオドールを連れて、食堂に向かったのだった。
◆ ◆ ◆
食堂では、マウリシオが1人で朝食を摂っていた。セリクスは目だけでレオを探したが、どこにもいなかった。朝から出掛けているのだろうか。
「セオドール君、昨夜は顔を出せなくてすまなかったね。知っているだろうが改めて、私はマウリシオ・ゴーントだ」
「お邪魔しております。セオドール・ノットと申します。ゴーント卿のご活躍は噂に聞き及んでおります」
「ふっ。噂ね。さて、どんな風に言われているのやら」
「……」
「──父上。レオさんは?」
セリクスは困って硬直しているセオドールを見兼ねて、話を変えることにした。セオドールを促して席につく。
「レオは数日外出することになった。まぁ出張のようなものだ。気にする事はない」
「先輩、レオさんってどなたです?」
セオドールが小声で囁く。セリクスは努めて柔らかい声音を出した。
「レオ・アルタイル・ノックス。母上の遠縁の親戚で、まぁ私の叔父のような兄のような存在だ」
「お兄さん……。そうなんですね」
「さぁ、お喋りはそのくらいにして朝食を食べなさい。冷めてしまう」
話を続けようとしたセオドールを
音を立てずに、アーノルド・ベネット・オムレツにナイフを入れる。美味しそうな湯気が立ち上り、隣のセオドールがそわりと肩を揺らしたのが分かった。
◆ ◆ ◆
朝食後、セリクスの自室へセオドールを案内した。初めて入るせいか、物珍しそうな目で部屋をこっそりと見回している。その小動物然とした動きに、セリクスはこっそりと口角を上げた。
セリクスはひそかに準備していたクリスマスプレゼントをそっと差し出した。セオドールは普段光のない黒い瞳を見開いて驚いていた。光が射して、黒曜石のようにキラキラしている。
セオドールはそれをしっかり受け取り、同時に自分が抱えていた小包を渡してきた。やはりセリクス宛のプレゼントだったようだ。2人は嬉しさを隠しながら、無言で包装を剥がす。
セオドールの手元にあるのは、『天文学』に使う高性能な望遠鏡だ。2年生が扱うには少し大きく武骨だが、遠くまで綺麗に見える代物である。
「セオドールは星見が好きとは聞いたことがないから、気に入らないかもしれないが……」
「そんなことないです! すごい……。これ、セレストロム社製の『セレスティア・コンテンプラー』の最新機種では? 本当にいいんですか?」
「あぁ、今夜にでも一緒に天体観測しないか?」
「はい! 是非!」
セリクスは手元のプレゼントを見つめた。キラキラと光を反射している黒曜石。
「これは……カフスボタン?」
「はい。この前渡した、変身術で作ったボタンと同じデザインです。今付けてくれてるやつです」
セリクスは自身の服装を見下ろす。休暇初日に、以前セオドールからプレゼントされたボタンを、ノクティに渡して付け替えて貰っていたのだ。安定性に不安はあったが、デザインと石のクオリティは気に入っていた。
「ありがとう、セオドール」
セリクスはすぐに今の袖に付いていたボタンを外して、黒曜石のカフスボタンを付けた。──後で状態保存の魔法を掛けておこう。そう心に誓いながら。
◆ ◆ ◆
その夜、豪華絢爛なクリスマスディナーと、ほろ苦いブッシュ・ド・ノエル──セドリックの真似である。ディゴリー家では、毎年これを食べるのが恒例らしい──を楽しんだ後、2人はゴーント邸の1番端にある
セリクスが杖を取り出す。しかし魔法を発動する前に、ノクティが防寒魔法と椅子とテーブルとティーセットを全て出してくれていた。
「ありがとう、ノクティ」
「いえいえ、どうぞごゆっくり。あ、あまり夜更かしはなさいませんよう」
「……分かっている」
主従の暖かで自然な会話を聞いて、セオドールは不思議そうにしている。彼の家ではありえない光景なのだろう。セリクスはあえて説明はしなかった。説教もしたくはない。自然と気が付いて欲しかったのだ。
「さぁ、セオドール。この星見台に望遠鏡を設置するんだ」
「あ、はい!」
セオドールは早速プレゼントされた望遠鏡を、慎重な手付きで星見台にセットした。恐る恐る覗き込む。カチカチと焦点を合わせて、冬の夜空の観測を始めた。
「わぁ。すごいです。僕が持ってる物より、何倍もたくさんの星が見えます」
「何が見える?」
「オリオン座。おおいぬ座。こいぬ座ですかね。シリウスが
「なるほど。定番だな。こっちの方はどうだ? かに座が見えるはずだ。プレセペは見えるか?」
「あっ、見えます。すごい……」
セオドールが感動したように、ぼんやりと言った。セリクスはその横顔を見て、満足そうに微かに微笑みを浮かべた。惜しむらくは、セオドールがそれを見られなかったことだ。
「星って、こんなに近いんですね……」
「いや、これは"遠くまで見通せる道具"だ。お前が努力すれば、もっと遠くまで見えるようになる」
セオドールは噛み締めるように深く頷いた。
2人は飽きることなく、しばらく星空を見上げ続けた。2人の心に消えない想い出が刻まれていく夜だった。
◆ ◆ ◆
天体観測を始めて1時間も経たない頃、セオドールの頭がフラフラ揺れていることにセリクスは気が付いた。顔を覗き込むと、
「セオドール? もう眠いのか?」
「……あっ、いえ、大丈夫れす……」
「
「……すみません……」
いつもは隙なく振る舞うセオドールが、ふにゃふにゃと小さい子供みたいになってしまっている。袖で目元をゴシゴシと
「夜更かし苦手なんだな。少し意外だ」
「……実を言うと、『天文学』は苦手な科目なんです……。どうしても実技で起きていられなくて……」
「そうか。もう少しシャンと立て。望遠鏡持ってやるから貸せ」
「すみません……」
「『天文学』が苦手だったとは……。プレゼントは他の物にすればよかったな。すまない」
「……えっ!」
バチッと音が鳴りそうなくらいの勢いでセオドールが目を開けた。眠気が一瞬飛んで行った様子だ。
「いえ! 嬉しかったです! ……実は、これを使ったおかげか、いつもよりも長く観測出来たんです。これからはきっと苦手を克服してみせます」
「……そうか」
セリクスは微かに口の端を緩めた。セオドールが望遠鏡を抱えたまま
その扉の向こうで、セオドールがしばらく立ち尽くしていたことにも気付かずに。
【あとがき】
●マウリシオの噂
セオドールがマウリシオの噂はよく聞いていると言って、マウリシオはそれはどんな噂かと聞き返したところ、セオドールが固まってしまいました。これはその噂が良いものだけではないということですね。でも本人に悪口を言う訳にもいかないので、セオドールは困ってしまいました。悪い噂と言ってもマウリシオが何か悪どいことをしているという訳ではなく、没落寸前だったゴーント家がいきなり勢力を増したせいでの僻みが大元だったりします。この悪い噂を鵜呑みにして、マウリシオをめちゃくちゃ警戒している人たちもいます。
●コガネムシ産黒曜石
セオドールから貰ったカフスボタンに、後で状態保存の魔法を掛けようと心に誓ったセリクスですが、後輩からのプレゼントを大事にしているというより、ボタンがコガネムシに戻らないようにするため、という実利的な理由の方が大きかったりします。情緒の欠片もないセリクス君でした( ̄▽ ̄;)
●セレスティア・コンテンプラー
望遠鏡の機種名、セレスティア・コンテンプラーは私の創作ではなく、ちゃんと公式にある望遠鏡です。ホグワーツ・レガシーをプレイしたことがある方はピンときたかもしれませんが、ホグレガキャラのアミット・タッカーの愛用品です。セリクスの母親と同じセレスティアなのは偶然です。セレスティアの名付けをしただいぶ後に気が付きました。(本当ですよ!!(;´Д`))
●天体観測
イギリスから見える冬の星座を調べて書きましたが、専門家ではないのでもしかしたら間違っているかもしれません。「これ違くない?」と思ったら、「作者は素人だからな(°∀°`)ヘッ」くらいで笑って流してくださいませ(>人<;)