スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
前代未聞のバレンタインデー
セリクスは何事もなく新学期を迎えた。クリスマス休暇中、会えなかったコーウェンの
周りの人間は大なり小なり色んな顔を見せたが、セリクスは通常運転だった。
レティシア・ピンチ=スメドリーには一応あの後、返礼としてクリスマスカードだけは贈っておいた。会話すらした記憶のない同寮の女子に、なんて声を掛けたらいいか分からなかったので、直接お礼は言わなかった。セオドールからの謎の監視もあったことだし。
自分が女子からモテているかもしれないだなんて、なんとなく気恥ずかしくてコーウェンにもセドリックにも言えなかった。
(自意識過剰だろうか……。しかしセオドールの証言もある)
セリクスは珍しく問題を先送りにした。
またひとつ噂が更新された。なんとあのグリフィンドールの首席優等生、ハーマイオニー・グレンジャーが新たな被害者になったというのだ。どうやら新学期が始まっても、医務室に入院中のままらしい。セリクスはその噂で、彼女がマグル生まれだと思い出した。やはり血統と頭脳の出来は無関係らしい。
ドラコがまた声高にグレンジャーの悪口を言っていた。騒がしいしもう何度も聞いたので飽きていたセリクスは、また少しドラコから距離を置くことにした。
◆ ◆ ◆
2月14日。
例年のこの日は、セリクスにとって特に何がある訳でもないただの日常であった。今年もそうなるはずだった。しかしそうはならなかった。──後年、この日のことをセリクスは、ホグワーツ史上トップ5に入るくらい最悪な日だったと語っている。
セリクスたちスリザリン4年生は朝食を摂るため、固まって大広間へと入った。石造りの廊下には朝の冷たい空気が漂い、足音が規則正しく響いている。入ってすぐ、先頭にいたセリクスが立ち止まった。珍しいくらい驚愕の感情を露わにして、大広間を見回している。
「セリクス、どうし……なにこれ!?」
コーウェンの声が裏返った。
「……分からん。なんだこの馬鹿げた装飾は」
大広間は一言で言い表すとカオスであった。壁という壁が、見えないほど大輪の花で埋め尽くされている。ピンク、赤、白──色とりどりの花々が滝のように垂れ下がり、甘ったるい香りが空気を満たしていた。それだけでなく、何故か天井からハート型に切り抜かれた紙吹雪が舞っているではないか。ひらひらと紙片が降り注ぎ、テーブルの上に、料理の上に、生徒たちの頭の上に降り積もっていく。何の意味があるのか、セリクスには皆目見当も付かなかった。
気は進まなかったが、ヒッグスに背中を押されて渋々テーブルに向かう。食事にもハート型の紙が入ってしまっている。セリクスが無言で杖を振ると、料理に乗っていた紙が一斉に消えた。更にもう一度振るとスリザリンのテーブルの上空にクリアな結界が張られたので、紙はその結界に静かに降り積もっていった。透明な天井のようだ。紙吹雪はすぐに薄く積もり、視界を遮り始めた。
「ゴーント。サンキューな。これで飯が食えるぜ」
「助かる」
モンタギューとワリントンには、けばけばしい花々は見えていないようだった。いや、見えてはいるのだろうが、気にもしていないのだ。料理が綺麗になればそれで問題ないらしい。戸惑ったような周囲を置き去りに、2人はさっさと着席するとガツガツと食べ始めた。そのメンタリティだけは賞賛に値する。
「
突然の大声に、セリクスたちは教職員席に視線をやった。真っピンクのローブを着たロックハートが、席を立って演説を始めるところであった。その衣装はまるで巨大な桃のようだ。
「バレンタインおめでとう! 今までのところ46人の皆さんが私にカードをくださいました。ありがとう! そうです。皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました。──しかも、これが全てではありませんよ!」
ロックハートがポンと手を打つと、扉を開けて奇妙な格好をした小人がぞろぞろと入ってきた。小人たちはいやに不機嫌そうで、まるでこの状況を本意には感じていなさそうである。作り物の羽を背負い、手にはハープを持っていた。金色の羽は安っぽく光り、小人の不機嫌な顔と酷いミスマッチを起こしている。小人に演奏が出来るのだろうか。
「私の愛すべき配達キューピッドです! 今日は学校中を巡回して、皆さんのバレンタイン・カードを配達します。そしてお楽しみはまだまだこれからですよ! 先生方もこのお祝いのムードにはまりたいと思っていらっしゃるはずです! さあ、スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を見せて貰ってはどうです! ついでに、フリットウィック先生ですが、『魅惑の呪文』について、私が知っているどの魔法使いよりもよくご存知です。素知らぬ顔して憎いですね!」
「今日こそ命日か?」
モンタギューが飛ばした、セリクスを真似たジョークは誰にもウケなかった。それよりも皆、スネイプ教授の顔色を
◆ ◆ ◆
それからは悪夢の始まりだった。セリクスはいつもの倍の速度で朝食を摂り終えると、一目散に大広間を出ようとした。しかし小人たちは、そうは問屋が卸してくれなかった。1人の小人がセリクスの前に立ちはだかった。渋々足を止める。
「セリクス・ゴーントさん!」
「……なんだ」
セリクスの声は、普段より1オクターブは低かった。朝の光が差し込む下で、銀の髪が冷たく輝いている。
「あなたにお届け物です! 読み上げさせていただきます!」
「結構だ」
「いいえ! 読み上げるのも私の仕事! あの男から対価をいただきましたから! 受け取ってもらわねば困ります!」
「…………」
セリクスはうんざり顔で周りを見回した。何人かの生徒が興味津々の顔でこちらを窺っていたが、セリクスと目が合うとそそくさと去っていった。残ったのはいつものスリザリンメンバーだけだ。
「では読み上げます! ──その瞳に映るものは、冬の湖よりも深く、氷よりも澄みて。私がもし鏡なら──あなたの光だけを映したい。愛を込めて、名もなき崇拝者より」
「意味が分からない」
「ぶふぉ!」
間髪入れずの冷静な突っ込みに、コーウェンが
「続いては……。──ゴーント先輩へ。いつも静かに歩く姿がかっこよすぎて、話し掛けようとする度に言葉が凍っちゃいます。あなたの声が聞ける日を、ハートいっぱいで待ってます♡ 先輩のティーカップになりたい後輩より♡」
「…………」
「セリクス、顔! 顔が死んでる!」
「……おえ……」
「カシウス、しっかりしろ! 食ったばっかなのに吐いたらもったいねぇ!」
セリクスは、自分は今処刑されているのかと錯覚した。何か悪いことでもしただろうか。最近は大人しく『賢者の石』の研究しかしていないのだが──
エメラルドの瞳から生気が失われていく。
何故かついでにワリントンも
「えー、とりあえず次が最後です。──ゴーントくん! もしあなたが闇の帝王になったら、私は迷わず従います♡ 私に愛のインペリオを掛けて♡♡ スリザリンの氷王の大ファンより♡♡♡」
「これを書いたのは誰だ。魔法省に突き出すぞ」
「セリクス! 気を確かに!」
一々突っ込むコーウェンも律儀な男である。
「とりあえず? これで終わりじゃないのか?」
「私に割り振られたお仕事はこの3通だけですが、他にも配達員はおりますので。では、私は次の配達先に行かねば」
小人はそう言い捨てるとさっさと走り去ってしまった。短い足が慌ただしく石床を叩いていく。一瞬唖然と見送ったセリクスだが、すぐにはっと気を取り直すと今度こそ早足で大広間を出ていった。一応貰ったカードは鞄にしまい込んで──
◆ ◆ ◆
小人たちは授業中も関係なくひっきりなしにやって来て、セリクスを悩ませていた。ホグワーツには厳格な教授も多いので、ずっとピリピリしていた。『数占い学』のベクトル教授など、最後にはブチ切れて小人を教室から叩き出していた。ついでにセリクスのことも。
「ええい!
「こちらも仕事です! セリクス・ゴーントさん! まだあと5枚読み上げなければいけません!」
「勘弁してくれ……」
「ゴーント! お前も出ていけ! 授業にならんわ!」
完全にとばっちりである。セリクスの隣の席のブレッチリーが、嫉妬半分同情半分の複雑な目を向けてきた。
「ゴーント君、モテる男は大変ですね……。ノートなら取っておきますから」
「頼む」
セリクスが渋々席を立ったところで、また別の小人が教室に飛び込んできた。どうでもいいが、何故こいつらはいちいちうるさいのだろうか。
「ロジャー・デイビースさん! あなたに3枚のカードが届いております!」
「げぇっ! 僕!? 嘘だろ!」
「こちらは歌詞になっておりますので、歌い上げさせていただきます!」
「おい、絶対にやめろ!!!」
「やかましい! デイビース! お前も出ておいき!!」
結局ロジャーと2人で『数占い学』の教室を追い出されてしまった。逃げてもどうせ大声で追い掛けて来るだけだ。セリクスは廊下に誰もいない内に一度に済ませてしまおうと、2人の小人とロジャーをまとめて《
「さっさと済ませろ」
「かしこまりました! ──いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもずーっとあなたを見つめています。たまに私に向けてくれる尊い笑顔が私の生きる
「……こっわぁ……ストーカーじゃん……」
「……バレンタインとは怪談を聞かされる日だったのか……」
鳥肌が止まらなかった。セリクスは誰かに意識的に笑顔を向けたことなどない。おそらくこいつの妄想か幻覚なのだろう。今日から背後が気になりそうだった。
「ロジャー・デイビースさん! 歌います! ──ラララ〜♫ 箒〜にまたがった〜あなーたが〜蒼き空を〜駆ける〜♫ 私は〜あなーたの〜クアッフルにぃなりたぁい〜♫」
「歌わないでぇ……なにこれ、公開処刑……?」
「多分そうだ」
2人の受難はたっぷり30分は続いたのだった。
◆ ◆ ◆
昼休みも地獄は終わらなかった。
セリクスが小人から逃げて、大広間へ駆け込んだがそこも安住の地という訳ではない。ホグワーツの中でも人気者と言われている人間は、皆小人たちに襲われていた。
「コーウェン、ここにいたのか」
「あっ、セリクス。早くおいでよ。食べちゃおう」
「あぁ」
スリザリンのテーブルは比較的静かであった。バレンタインカードを出すようなミーハーは、そこまで多くないのかもしれない。もしくは、セリクスにカードが集中しているだけの可能性もあるが。
いや、ドラコの周りだけは少し騒がしい。小人が、あのパンジー・パーキンソンからのカードを朗々と読み上げていた。ドラコはそれを満更でもなさそうな顔で聞いている。すぐ横では、パーキンソンがうっとりと腕にまとわりついていた。セリクスの食欲が、少し失せた。
セリクスがクロワッサンをちぎろうとしたところで、背後を何かが猛スピードで駆け抜けていった。セリクスとコーウェンも驚いたように振り返る。それはトーストを
「……セド。小人が3体も追いかけ回してる……。可哀想」
「ああなったらいっそ受け取った方が早い。まぁ痛々しいポエムの朗読は拷問に等しいが」
「早く今日が終わって欲しいよ……。ロックハート先生は、何が楽しくてこんなことをしてるの?」
「おそらく何も考えていない」
その時セリクスの視界の端で、また違う小人が近寄ってくるのが見えた。こんな観衆の中でのポエムの朗読だけは勘弁して欲しい。セリクスはクロワッサンの完食すら諦めて、慌てて席を立ったのだった。
◆ ◆ ◆
「やっと放課後か……」
「いやー、一日中すごかったね。何枚貰ったの? 絶対学校ナンバーワンだよ」
セリクスはぐったりと肩を落としながら、コーウェンとともに石畳の廊下を歩いていた。窓から差し込む夕日が床を橙色に染めている。酷い目にあった。小人たちはこちらが授業中だろうとお構いなしだ。あのトップバッターの小人が予言した通り、次々と小人たちが来て小っ恥ずかしいポエムを垂れ流していくのである。
セリクスは友人たちが思っているほど、気が長い方ではない。今まで誰もセリクスを苛立たせようとしてくる存在がいなかっただけである。だがそろそろ我慢の限界だった。次もし来るようであればどうなるか、セリクス自身にも分からなかった。
「今のところ……49枚だな」
「49枚!? ロックハート先生より多いじゃない」
「ほとんど匿名だし、たまに名前が書いてあっても話したこともない相手ばかりだった。もしかして私のことを
「そんな訳ないでしょ」
「コーウェンは何枚貰ったんだ?」
「僕? へへっ。1枚。結構嬉しいものだね」
「……いいな。そういえばあいつらは?」
いつもの5人組は、クィディッチの練習に行っていて不在である。どうやらモンタギュー、ワリントン、ブレッチリーの3人は1枚も貰えなかったらしく、その
2人がだらだらとお喋りに興じている時、廊下の曲がり角からまた小人が飛び出してきた。
「セリクス・ゴーントさん!!!」
「うるさい」
今までで1番声が大きい小人だ。金色の作り物の羽が派手に揺れている。セリクスは頭痛とともに、一日で蓄えた苛立ちが急速に湧き上がってくるのを感じていた。
「えー、読み上げますっ! ──セリクス様へ。天の星々が静かに瞬く夜、あなたの名が私の胸に灯ります。勇気がないのでこの言葉だけを送ります。どうか受け取ってください。私の尊敬と──」
小人は最後まで読めなかった。セリクスから膨大な冷たい魔力が噴き出しているのに気が付いたからである。
セリクスは苛立ちとともに、自然と漏れ出た魔力を足に集めた。靴底から下半身に蒼白い光が渦を巻くように立ち上ってくる。空気が震え、石床がピシリと音を立てた。セリクスは一歩左足を出した。
ビシィッ──
左足が石床に触れた瞬間、大きな亀裂が入った。蜘蛛の巣状にヒビが走り、細かな石の欠片が跳ねた。次いで右足を勢い良く振り上げ、そのまま振り抜いた。小人がポカンと間抜けに口を開いている。明らかに認識が追い付いていない様子だ。
──ドガァァァァァン!!
「行くぞ」
「…………ハィ」
震える小声でかろうじて返事をしたコーウェンは、確固たる足取りで進むセリクスを追い掛ける以外に方法はなかった。
憐れ、レティシアのカードは唯一セリクスに受け取って貰えなかったのである。
後日、周囲の人々に怒られ、小人の有り様を見て蒼褪めたロックハートは、二度とこのようなイベントは開かなかった。ちなみに12人の小人全員を、五体満足でホグワーツから送り出すことが出来たのは
──あの日、彼の怒りに触れなかった小人は、ただ幸運なだけだったのである。
【あとがき】
●ハーマイオニーの噂
冒頭にあるハーマイオニーの噂ですが、このタイミングではまだ石化していません。
これはクリスマスの時に、ポリジュース薬で失敗して猫の化け物のような姿になってしまい入院したのを、勘違いした生徒が誤った噂として広めただけです。
●恋愛要素??
なんだかちょっとずつ恋愛要素が滲み出始めました。それにしても、在校生700人ほどの学校でバレンタインカード50枚は常軌を逸している気がしますが。バレンタインカードのメッセージを考えるのが楽しすぎました。ほどよく気持ち悪い文面を考えるのが結構難しかったですけどね。「先輩のティーカップになりたい」と「愛のインペリオを掛けて」が気持ち悪くて好きです。
スリザリン5人組の中では、ピュシーとヒッグスが一応イケメン枠です。映画の俳優さんが格好良かったので(˶ᐢωᐢ˶) ちなみにコーウェンは中性的な美少年ですが、モテるというのとはちょっと違いますね。でもきっとコーウェンが貰ったカードの文面は、変態染みたものではなく至極真っ当なものだと思います。