スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
秘密の部屋の継承者
セリクスは廊下を疾走していた。完璧な目くらましと消音魔法のおかげで、誰にも見
多少息は乱れたが、心臓は規則正しく打っている。焦りはない。ただ、1つの目的だけが彼を突き動かしていた。
まっすぐ2階の女子トイレへ向かう。2階に到着して、薄暗い廊下の向こうの壁にすぐ目に付いたのは、やはり大きな血文字であった。松明の炎に照らされて、赤黒い文字が不吉に浮かび上がっている。
「彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう。……これこそまさに悪趣味だな」
ジニーを操っている"何か"は、自身の発覚を恐れて証拠隠滅しようとしているのだろう。更に純血であるジニーが死ぬことによって、ホグワーツの閉鎖を狙っているのだろうか。それに何のメリットがあるのか分からないが。
セリクスはそのままマートルの女子トイレへ入った。ひんやりとした空気が頬を撫でる。まっすぐ洗面台へ向かうと、蛇口の横にある小さな蛇の刻印を見る。引っ掻いたような細い線で形作られたそれは、装飾と呼ぶにはあまりにも簡素だった。
ジニーがやっていたように、パーセルタングで話し掛けようと口を開いた。しかしどうしたらいいか分からない。
セリクスはバジリスクらしき声やポッターの蛇語は理解出来たが、自身が話そうとしたことはこれまではなかったのだ。
(これは、蛇だ。本物の蛇。開けと命じればいい)
セリクスは杖を握る手に意識を集め、もう一度口を開いた。
[──ひらけ]
今度は上手くいった。洗面台が白く光り輝きながら回転を始める。石同士が擦れ合う不快な音が立つ。見る見るうちに奈落の底のような大穴が開いた。暗闇が口を開けて、セリクスを待っている。
今度こそセリクスは迷わなかった。細くしなやかな背中が躍り出る。セリクスはあっという間に暗闇に呑み込まれていったのだった。
◆ ◆ ◆
長い長い滑り台のようなパイプを通って、セリクスは滑り落ちていった。冷たい壁が服を掠め、湿った空気が顔を打つ。パイプが終わり体が放り出されたが、着地の瞬間に《
セリクスはじめじめと湿った地面に降り立った。靴底から伝わる不快な感触。パイプも汚れていたらしく、セリクスの普段塵1つついていないローブと革靴が無惨に汚れてしまった。不快感に深く眉根を寄せると杖を軽く振った。
「《
あっという間にいつも通りの、孤高な貴公子の姿に戻った。通路の先を見るが、ほとんど光源がない。石壁に囲まれた狭い空間に、どこか死の匂いが漂っている。
「暗いな……。見つかる可能性もあるが、仕方ない。《
必要最小限の
バジリスクが食べた残骸か? ここにジニーのが混ざるのも時間の問題だ。セリクスの心は
しばらく進むと、前方に何かがある。一瞬バジリスクに見えて心臓が凍り付いたセリクスだったが、よく見ると違うようだった。杖を向け、光を強める。
これは──
「抜け殻……か」
緑色にぬらぬら光る鱗。とぐろを巻いて横たわるそれは、6〜7メートルほどはありそうだった。ということは、今はそれより更に大きいということだ。巨大な抜け殻を見上げ、セリクスは久しぶりに本気を出さないといけないかもしれないと覚悟を固める。
そこからもそこそこ長い道のりだった。何度も通路は曲がりくねりしばらく歩いた先、遂に行き止まりに辿り着いた。
作り物の2匹の蛇が絡み合った丸くて大きな仕掛け扉があった。蛇は艶々としていて、まるで生きているかのような妙に生気を感じた。エメラルドの瞳が光を受けて、きらりと光る。セリクスは蛇の瞳と目が合った気がした。
[開け]
今度は戸惑わなかった。セリクスの口から不思議な響きの声が流れた。蛇はうねるように動き、それに連動して丸い扉が開く。重い石の音が響き渡る。セリクスは奥歯を噛み締め、先に進んだ。
そこは異様な雰囲気の空間だった。天井は見上げるほど高く、左右にセリクスの背よりも高い蛇の彫刻がいくつも並んでいた。石造りの巨大な蛇たちが、暗闇の中から訪問者を見下ろしている。どこかに光源があるのか通路よりは明るかったのでセリクスはすぐに《ルーモス》を消した。
どこからバジリスクが飛び出してくるか分からなかったので、ここでも慎重に進む。絶対に目くらましは解除出来ないと思った。呼吸すら浅くし、出来る限り気配を消す。
最後の蛇の彫刻のところまで来ると、部屋の端まで見えた。そこには天井近くまである、巨大な老人の石像があった。長い髭を蓄え、威厳に満ちた顔立ち。おそらくだがサラザール・スリザリンであろう。セリクスの美的センスからすると理解は出来なかったが、石像自体は精巧な物だった。
その石像の足元に赤毛の少女が横たわっている。
セリクスの心臓が嫌な音を立てた。慎重にゆっくり近寄り彼女の顔を見る。青白い肌。閉じられた
まさかもう……。
セリクスは手のひらをジニーの口元に当てた。微かな、本当に微かな息が感じられた。セリクスは深く息をついた。まだ生きている。
何故意識がないのだろうか。まだ操られている状況なのか。セリクスが周りを見渡すと、ジニーの足元にあの黒い日記帳が開いた状態で無造作に落ちていた。ページが開かれたまま、まるで誰かを待っているかのように。
セリクスがそれを拾い上げようと手を伸ばす前に、その日記帳から光が漏れ始めた。白く
セリクスは咄嗟に身を引き、日記帳から距離を取った。ほとんど本能的な回避行動だった。静かに蛇の彫刻の柱まで下がると様子を窺う。手に汗が滲む。
日記帳から更に強い光が出て、その光が瞬く間に人型をとった。徐々に色がついて、それが黒髪の男子学生なのが分かる。制服は古い型のスリザリンの物だった。銀と緑の紋章が胸元で鈍く光っている。
その人物はセリクスの存在には気付かなかったようで、足元のジニーを冷たく見下ろしていた。まるで虫けらを見るような眼差し。
セリクスは相手の顔を見てハッと息を呑んだ。
(似ている──)
その男はどう見ても、セリクスに顔立ちがそっくりであった。黒髪と銀髪という違いはあれど、整った鼻筋、薄い唇、そして冷ややかな雰囲気までもが。
まるで鏡を見ているかのような、しかし決定的に何かが違う、そんな不気味な既視感がセリクスを襲った。
男──おそらくだがほぼ間違いなくトム・マールヴォロ・リドルであろう──は、セリクスとは反対方向の柱へ歩み寄り、静かに何かを待っているようだった。何を待っているのかは分からないが。
しばらくの間、何も起こらなかったし誰も来なかった。静寂だけが重く空間を満たしている。セリクスはだんだんと焦燥感に駆られた。このままではジニーが死んでしまう。目を凝らすと、ジニーの身体からどんどんと魔力が失われていくのが分かる。まるで砂時計の砂のように、彼女の生命力が流れ出ていく。
セリクスは少しだけ迷ったが、杖を構えてジニーへと向けた。
セリクスはリドルに気が付かれないように、少しずつ己の魔力を送り込んだ。このまま見過ごして、ジニーに死なれでもしたらここまで来た意味がなくなるからだ。細い糸のように繊細に、しかし確実に魔力を流し込む。セリクスの魔力を受け取ったジニーの頬に少し赤味が戻る。
しかし、せっかく補充した魔力はリドルの方へ流れ込み、リドルのぼやけていた輪郭が僅かにハッキリしてしまった。透明だった部分が実体を帯びていく。リドルが怪訝な顔でジニーを見る。
「なんだ……? 力が……」
セリクスは慌てて杖を下ろした。リドルはしばらく様子を見ていたが、やがて勘違いだと断定したのだろう。また出入口を見つめ始めた。
そこで驚くことに、ポッターがやってきたのだ。息を切らせて走り込んでくる足音が響く。ポッターはセリクスにもリドルにも気が付かず、まっすぐジニーの元へ駆け寄っていた。杖を放り出してジニーの横に膝をつくと、必死に肩を揺さぶっている。
「ジニー! 死んじゃだめだ! お願いだから生きていて! ……ジニー、お願いだ。目を覚まして……」
「その子は目を覚ましはしない」
リドルが静かにそう言った。冷たく、感情のない声。ポッターは弾かれたように振り向いて、リドルの顔を見て目を見開く。
「トム──トム・リドル? 目を覚まさないって、どういうこと? ジニーはまさか──まさか──?」
ポッターは蒼白になり、震える声で呟いた。ポッターが何故リドルの顔を知っているのかは分からないが、どうやら2人は知り合いらしい。
「その子はまだ生きている。しかし、
「君はゴーストなの?」
「記憶だよ。日記の中に、50年間残されていた記憶だ」
記憶? セリクスは違和感を覚えた。こうして現在の人間と会話出来るものがただの記憶? それならまだゴーストと言われた方がしっくりくる気がする。記憶とはただの記録だ。確かに別の媒体に保存することは出来るが、それが思考して話し出したりはしない。
リドルは嘘をついているとセリクスは思った。
「トム、助けてくれないか。ここからジニーを運び出さなきゃ。バジリスクがいるんだ……。どこにいるかはわからないけど、今にも出てくるかもしれない。お願い、手伝って……」
リドルは動かない。何を考えているか分かりにくい顔で見下ろしているだけだ。セリクスはポッターのことを、短絡的で根っからの善人思考だと思った。リドルが助けるつもりならとっくに駆け寄ってることだろう。だがそうしていない。つまりはそういうことだ。
ポッターがジニーを助け起こそうと四苦八苦している間に、リドルが腰を屈めてひょいっと杖を拾い上げた。ポッターは
「君、知らないかな、僕の──」
そこでやっとポッターは杖がないことに気付き、リドルが持っていることに親切にも拾ってくれたのだろうと勘違いをした。2人はしばらく杖を巡って言い合いをし、最後はリドルのポケットに納まってしまった。
魔法使いがおめおめと杖を取られるとは……。セリクスには信じ難いことだ。
そこからはリドルの独壇場だった。日記帳にジニーは私生活のほぼ全てを書き込んだ。リドルはそれに対して親切に接して心を開かせて、そして魂を捧げさせた。それでリドルは力をつけ、ジニーを操りマグル生まれやミセス・ノリスを襲わせたのだ。
なんと卑怯なことだろうか。セリクスは人を
2人はセリクスに気付いていない。このままリドルに強烈な失神魔法でも撃ち込んでやろうか。しかし実体がなさそうな記憶に撃ち込む意味はあるだろうか。セリクスは悩んだ末、また様子見をした。
2人はそこからまた長々と話し出した。セリクスはリドルの演説を聴きながらも、ジニーの様子を
「君が来ることはわかっていたよ。ハリー・ポッター、僕は君にいろいろ聞きたいことがある」
「何を?」
「そうだな。これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、
リドルのポッターを見つめる瞳に、奇妙な赤い光がチラチラと漂っている。蛇のような、冷たく非人間的な光。セリクスはその目に、嫌悪感からゾッと鳥肌が立つのが分かった。
「僕がなぜ逃れたのか、どうして君が気にするんだ? ヴォルデモート卿は君よりあとに出てきた人だろう」
「ヴォルデモートは──僕の過去であり、現在であり、未来なのだ……。ハリー・ポッターよ」
リドルはポケットから先程取り上げたポッターの杖を取り出し、空中に文字を書いた。燃えるような金色の文字が闇に浮かぶ。
TOM MARVOLO RIDDLE
もう一度杖を一振りした。名前の文字が並び方を変えた。まるで生き物のように
I AM LORD VOLDEMORT
セリクスの喉の奥で息が詰まった。顔から血の気が引いてゆき、指先まで冷たくなった。
「分かったね? この名前はホグワーツ在学中に既に使っていた。もちろん親しい友人にしか明かしていないが。汚らわしいマグルの父親の姓を、僕がいつまでも使うと思うかい? 母方の血筋にサラザール・スリザリンその人の血が流れているこの僕が? 汚らしい、俗なマグルの名前を、僕が生まれる前に、母が魔女だというだけで捨てたやつの名前を、僕がそのまま使うと思うかい? ハリー、ノーだ。僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや、魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を。その日が来ることを僕は知っていた。僕が世界一偉大な魔法使いになるその日が!」
ほんの少しの間、セリクスの意識がふわっと浮き上がったように感じた。まさか、スリザリンの血筋から闇の帝王が生まれていたなんて。その事実はセリクスの己の血統に対する大いなる侮辱であった。汚されたという感覚。穢されたという怒り。
セリクスの精神は近年稀に見るほど
去年、ヴォルデモートの
2人は激しく言い争っていたが、どこからともなく奇妙な歌が聴こえてきた。先程ポッターが入ってきた出入口の方から真っ赤な鳥が飛び込んできた。炎のように鮮やかな羽根が宙を舞う。
(あれは……不死鳥? 何故)
その不死鳥は何故かボロボロの組分け帽子を持っていた。ポッターに手渡す。どうやらダンブルドアからの手助けらしかった。リドルが
リドルが1番知りたかった、ポッターが生き残れた謎はポッターの母親の命を懸けた愛の魔法だったらしい。セリクスもこれには腑に落ちた。やはりポッターは、赤ん坊の頃から秀でた魔法使いだった訳でも、英雄だった訳でもない。強いて言うなら母親が英雄だったということだろう。
リドルは更に楽しそうにポッターを嘲笑うと、遂にポッターに手をかけようとしたようだった。スリザリンの石像の足元へ移動する。その唇から、あの独特な掠れた音が響く。
[スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ]
スリザリンの石像の口が動く。石を削る重い音が響き渡る。大きな漆黒の穴が開いて、何かがズルズルと這い出してきた。鱗が石を擦る音。巨大な存在の気配。
見なくても分かる。バジリスクだ。
セリクスは咄嗟に目を背け、ジニーへ不可視の防御結界を張った。透明な壁が少女を包み込む。
[あいつを殺せ]
リドルの信じられないほど氷のように冷たく、容赦のない声が『秘密の部屋』に響き渡った。
【あとがき】
このシーンは原作の有名な場面(トムの正体が明かされるあのシーン)をセリクスが覗き見してるので、詳しい説明は必要ないですかね?( ̄▽ ̄;)
なんかこんな感じのことを、賢者の石編でもやってましたよね。目くらまし呪文と、消音の呪文が優秀すぎて、誰にも気付かれないセリクス君でした(笑)