スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
真の継承者
セリクスはなるべくバジリスクから感知されないように、更に柱の影に身を隠した。蛇は目以外にも、熱でも感知することが可能だからだ。呼吸を浅くし、魔力の波動すら抑え込む。
ポッターは目を
杖もないポッターが、バジリスクに敵うとはとても思えない。
セリクスは身の安全とポッターの命を天秤にかけた。冷たい計算が頭の中を駆け巡る。
手に握り締めている愛用のスネークウッドの杖を見る。持ち手についている蛇の彫刻の瞳と目が合った気がした。そう、自分もスリザリンの末裔。バジリスクを使役することも可能かもしれない。
覚悟を決めたセリクスは1歩前に進んだ。
しかしそのセリクスの覚悟はすぐに消えた。不死鳥がポッターに味方をして、バジリスクの両目を潰したからだ。鋭い鉤爪が眼球を貫く。バジリスクが苦しんでのたうち回る。巨体が石床に叩きつけられ、轟音が響き渡った。バジリスクの目からとめどなく鮮血が流れた。
先程までの悲愴な覚悟は途端にどこかへ行ってしまって、セリクスの心に残ったのはやるせなさだった。
確かにバジリスクは4人を石化させ、50年前には1人の人間を殺した。しかしそれをやらせたのは誰だ。バジリスクが好き好んで魔法使いを殺すだろうか。だって彼は言っていたじゃないか。"今度こそ殺さないと許されない"と。
セリクスは考えた。自分ならバジリスクをこんな間違った使い方なんてしない。蛇の王はもっと崇高であるべきだ。自身と母を捨てたマグルに復讐する為にマグル生まれを殺す? 馬鹿馬鹿しい。
セリクスはリドルが自分に似ていると思ったが、それは能力と見た目だけだと思った。
信念も魂の在り方も全てが違う。
ポッターが遂に倒れ込んで組分け帽子を被ってうずくまった。進退
(いけない。あの剣が予想通りなら──バジリスクが危ない)
バジリスクは
そこでセリクスは遂に前に出た。目くらましを解除すると同時に鋭く命令する。
[止まれ。やめるんだ]
バジリスクがピタリと動きを止めた。頭を動かして命令を下した者を探す仕草をしている。ポッターは剣を構えながらも、いきなり攻撃をやめたバジリスクをぽかーんとした顔で見上げていた。
それよりも劇的な反応を示したのはリドルであった。驚愕に瞳を見開き、こちらに杖を向けることも忘れているようだった。
「誰だ!?」
セリクスはリドルを無視した。ポッターが恐る恐るこちらを
「……え? 誰? リドルに似てる?」
「初めまして。ミスター・ポッター。私の名前はセリクス・ゴーント。スリザリンの4年生だ」
「……リドルと違って生身の人間なの?」
「もちろんそうだ」
とりあえずポッターの警戒心を解くべく出来る限り丁寧に話した。リドルが横から更に言い募る。
「──お前、僕に似てる? もしかして僕の未来の息子? いや、年代的に孫か?」
リドルはどうやら混乱しているようだ。自身に似ているセリクスを攻撃しようとする意思さえ、今はないようだった。セリクスは横目でチラリとリドルを見た。今は後回しだ。
「君は僕を助けてくれるの? スリザリン生なのに?」
「ミスター・ポッターのスリザリンへの偏見が酷いのは分かった。まぁ味方と言えなくもないな」
「それなら! バジリスクを殺さないと! どうして止めるだけなの!?」
「……その答えを君が知る必要はない。《
「ガッ!!」
セリクスのほぼゼロ距離から放たれた失神魔法を受けて、ポッターは即座に意識を失った。セリクスはポッターの体を受け止めて、床に寝かせてやる。見た目通り薄くて軽い体だ。セリクスは続けて様子を見ていた不死鳥にも杖を向けた。不死鳥は逃げようと翼を羽ばたかせたが、セリクスの失神魔法の方が早かった。赤い羽根が宙に散る。
リドルがそれを見て、セリクスを暫定的に味方だと考えたらしい。
「お前4年生と言っていたな。それなのになかなかの魔法精度だ。僕の子孫だからか?」
「……《
「……殺さないのか? 何故?」
セリクスはポッターと不死鳥の記憶を消した。セリクスのことを忘れさせたのだ。白い光が頭部を包み込み、記憶が静かに消えていく。
ついでバジリスクの方へ体を向ける。バジリスクは苦痛に震えながらも、セリクスの命令に忠実であろうときちんと待機してくれている。セリクスは魔法の鞄から、不死鳥の涙の結晶を取り出した。以前マウリシオからクリスマスプレゼントに貰った物だ。小さな結晶が手のひらの上で淡く光る。
杖先を結晶へ軽く当て振った。結晶が宙に浮き、バジリスクの目の上で軽い音を立てて砕けた。結晶から白い光が零れ、バジリスクの目に降り注ぐ。みるみるうちにバジリスクの目が治癒していった。傷が塞がり、失われた眼球が再生していく。
[申し訳ないがしばらく目を瞑っていてくれ]
[──あいわかった。……この魔力は……懐かしい。古き我が友の魔力にそっくりだ]
完治したバジリスクが、リドルではなくセリクスの命令の方に従った。大人しくとぐろを巻き、巨大な体が静かに休息の姿勢をとる。リドルが信じられないという顔でバジリスクを見ている。
「お前さっきから勝手に何してる!?」
「うるさい。お前は日記の記憶と言っていたな。日記帳が本体か。──《
「おいやめろ!! 何をするつもりだ!!」
「《
「あ、あああぁぁぁぁぁ!!」
リドルが咄嗟にセリクスから日記帳を奪い取ろうとした。半透明な手が日記に伸びる。しかしそれよりも早く日記帳を閉じた。きつい抵抗にあったが無理やり閉じ、更に上から封印結界魔法を施した。複雑な魔法陣が日記を包み込む。ゴーント家の結界魔法は、通常の解呪呪文では解けやしない。
リドルの姿が溶けるように消えた。悲鳴のような声を残して。
封印した瞬間には、ジニーから流れ出る魔力の流れが止まったらしい。ジニーの顔色がどんどんと良くなってきた。幸いなことに間に合ったらしい。しかし時間がない。
セリクスは急いで鞄から自分の日記を取り出し、封印した日記と自分の日記を比べてみた。見た目は似ている。しかし細部は違うし性質はまったく違う。リドルの日記を参考にしつつ、己の日記に双子呪文と模倣の呪文を重ね掛けする。複雑な魔法を何層にも重ねていく。見た目も魔力もほぼそっくりな日記帳が出来上がった。最後になるべく長く保つように状態固定の魔法を掛ける。さて何年保ってくれるだろうか。
さて、これをどうするか。数瞬、脳内を高速回転させたセリクスはバジリスクに向き直った。
[牙を1本くれないか?]
[……よかろう。持ってゆけ]
セリクスが慎重に《
更にセリクスはバジリスクに双子呪文を掛けた。生物にこれを掛けるとそっくりな死体が出来上がるのだ。少し
バジリスクを《
これで準備完了だ。
全ての証拠隠滅を図り、最後にジニーの結界を解除すると、また目くらまし呪文を掛けて蛇の柱に隠れた。冷たい石に背を預け、静かに息をつく。
少しの間待っていると、やがてポッターが目を覚ました。すぐ横に倒れているバジリスクを見て目を見開いている。更に手の中の牙に気付き穴の開いた日記帳を見た。何も記憶はないはずだが、ここまで状況証拠が揃っている。
僅かに考え込んだポッターは、ジニーに向かってよろよろと近寄った。無事目を覚ましたジニーと抱き合って喜んでいる。涙と安堵の声が響く。
ポッターは床に気絶していた不死鳥を起こし、2人と1羽は仲良く『秘密の部屋』を出て行ったのだった。
セリクスは深く深く溜息をついた。正直穴だらけの計画だったが、なんとか上手くいったようだ。ポッターが上手いことダンブルドアに説明してくれればいいが。緊張が解けて、体から力が抜けていく。
ポッターが確実に外に出て行くまで、セリクスはその場に座り込んでいたのだった。腕にリドルの日記と、己のオリジナルの方の日記を抱えながら。
暗闇の中で、セリクスの息だけが静かに響いていた。
◆ ◆ ◆
小1時間ほどしてやっとセリクスは『秘密の部屋』を出ることにした。最後にサラザール・スリザリンの石像の顔を見上げる。長い髭を蓄えた威厳ある顔が、暗闇の中でセリクスを見下ろしている。
正直、彼がどんな信念からマグル生まれを入学させまいとしたか、正確には分からない。おそらく時代背景もあったのだろう。当時は魔女狩りが盛んだったそうだし。
素直な尊敬だけではない複雑な気持ちでしばらく見つめた後、出入口へ向かう。足音が微かに響く。
「まぁこの部屋は都合が良さそうだ。私とポッターしか使えないし、ポッターはおそらくもうここへは来ないだろう。真の継承者としてまたここを有効活用してやろう」
セリクスはニヤリと口の端を歪めた。エメラルドの瞳が暗闇の中で鋭く光る。『賢者の石』を手にした時とそっくりな笑顔であった。ここに誰か第三者がいたら、間違いなく真っ青になっていただろう。
帰り道、バジリスクの脱皮した皮の回収を忘れないセリクスだった。巨大な緑色の抜け殻を魔法で小さくし、鞄に仕舞い込む。貴重な魔法素材である。
◆ ◆ ◆
目くらましを掛けたまま、セリクスは無事寮まで帰還した。誰にも見
安堵の息をつきかけたセリクスだったが、ベッドに座る人物を見てギクリと固まった。
「……コーウェン……?」
「……ぐすっ」
「!!」
コーウェンがセリクスのベッドに座り込んでいた。顔を伏せているので表情は見えないが、鼻を
セリクスが珍しくそろそろとコーウェンに近寄り、そっと顔を覗き込む。
想像と違ってコーウェンは泣いてはいなかった。だがしかしギリギリである。たっぷりとした涙の粒が、コーウェンの薄いブルーの瞳に乗っかっている。今にも零れ落ちそうに揺れているではないか。キラキラとして綺麗だなと現実逃避しながらセリクスはぼんやりと考えた。
(……こういう時は……。言い訳はどうすれば……)
セリクスの高性能な脳を持ってしても、この心優しい親友思いの男を慰める能力は備わっていなかった。バジリスクを手懐けるより、リドルを封印するより、遥かに難易度が高い。
その夜、この学業は極めて優秀だが人間関係においてはポンコツな男は、『秘密の部屋』の問題を解決した時よりも何倍もの神経を使って親友の機嫌をとることになったのだった。
大広間では、全校生徒がパジャマ姿で祝賀会に沸いていた。石化が解けた生徒たちを囲んで歓声が上がり、料理が並び、そして笑い声が響く。しかしセリクスの隣では、コーウェンがずっと小声でチクチクと言い続けていた。
「どこ行ってたの? 本当に心配したんだよ?」
「……少し、用事があって」
「用事? どんな用事? 危ないことじゃないよね?」
「……まぁ、そういうことだ」
「『そういうこと』って何!? ちゃんと説明してよ!」
結局、夜が明けるまでコーウェンの心配と怒りと安堵が入り混じった言葉を聞き続けることになってしまった。セリクスは途中で何度もはぐらかし、話題を
周囲の生徒たちが楽しそうに騒ぐ中、2人だけが妙にしんみりとした空気を纏っていた。
朝日が窓から差し込む頃、祝賀会もようやく終わりを迎えた。疲れ果てた生徒たちがそれぞれの寮へと戻っていく。
寝室に戻ると、2人はやっとベッドに入った。疲れ果てて、しかし不思議と心は穏やかだった。
セリクスは暗闇の中で、鞄に仕舞い込んだバジリスクとリドルの日記を思い出す。これからが本当の始まりだ。
そう思いながら、意識が遠のいていった。
◆ ◆ ◆
迷惑カップルと野次馬どもの夢の跡
「セリクスはいつもいつも、いっっっっつもそう。僕がどれだけ君のことを心配してるか分かってないよね」
「分かってる。すまないと思ってる」
「それが思ってる人の態度!?」
「もう勘弁してくれないか?」
セリクスは普段の無表情が崩れ、心底参ったように言った。それでもコーウェンは言い募ろうとしたが、彼らの後ろに誰かが立っているのに気付き振り返る。
「……あー、ミスター・ゴーント? ごめんなさい。お話中に……」
「あなたは……ミス・クリアウォーター?」
セリクスの後ろでもじもじとしていたのは、石化が解けたばかりのはずのペネロピー・クリアウォーターだった。彼女は薄ピンク色のパジャマを着ており、恥ずかしそうに裾をいじっている。セリクスが名前を呼ぶと、驚いたように瞳を見開いた。
「私のこと知ってるの?」
「ええ、一応顔と名前は……。それで、何か?」
「えっと……私が石化した時あなたが見付けて先生に知らせてくれたって、マダム・ポンフリーから聞いたの」
「ええ、まあ」
「私、あなたのこと勘違いしてたわ。"スリザリンの氷王"で、冷酷で、マグル生まれを嫌ってるって噂で聞いてて……。だからいくら頭が良くても酷い人なんだって……」
「……」
いきなりほとんど初対面の上級生から面と向かって悪口を言われて、セリクスはどう返すべきか迷った。黙って見上げていたが、上級生が立っていて自分が座っているのは失礼な気がしたのでとりあえず立つ。
(思ったより小さいな……)
クリアウォーターはセリクスより2学年上だが、既に成長期がきているセリクスより10センチほど小さかった。じっと黙って見つめる。目を合わせたクリアウォーターの顔が、じわじわと赤くなってきた。
「で、でも、本当は優しい人なんだなって。マグル生まれを見下してたら、私やグレンジャーさんのことなんか放置してたでしょう? それで、ありがとうって言いたくて……」
やっとクリアウォーターの用件が分かった。セリクスは納得したように浅く頷く。
「礼には及びません。目の前で倒れてる人がいたら、助けるのは人として当然ですから」
セリクスが微かに頬を緩めると、クリアウォーターの顔は更に真っ赤になってしまった。セリクスの顔面にやられてしまったらしい。うっとりと見上げている。
「ペニー!」
そこにいきなり慌てた様子でパーシーが乱入してきた。さすがに面食らったセリクスが一歩下がると、パーシーはクリアウォーターの肩を掴んで切々と訴え出した。
「か、彼は駄目だ! 彼だけは駄目だ!」
「えっ、パーシー? 急にどうしたの?」
「彼相手じゃ敵わないじゃないか!」
「えっ」
「…………は?」
様子を見ていたセリクスは、つい声を出してしまった。なんだこれは。なんの茶番に巻き込まれているんだ。
視界の端でコーウェンのわくわくとした顔が目に入って、余計にうんざりした気分になった。
「や、やだわ。パーシー。そんなんじゃないのよ。お礼をしてただけ。あなたが心配するようなことは何もないわ」
「本当かい?」
「ええ、誓って」
「先輩方。そろそろ席にお戻りになっては?」
「あっ」
つい呆れた声でそう言ったセリクスに、パーシーは恥ずかしそうに振り返った。
「そ、そうだね。ごめん、もう行くよ。ペニー行こう?」
「待って。……ミスター・ゴーント。あなたファンクラブあるんでしょう? 私もそれに入りたいわ。どうすれば入れてくれるの?」
「ペニー!?!?」
もういい加減にしてくれないだろうか。セリクスのファンクラブなんて、セリクスが一番知らない。メンバー構成も、何人規模なのかも、入会条件も、活動内容も何も知らないのだ。ファンクラブのことは、知りたいような知りたくないような微妙な気持ちにさせられる。
「申し訳ありませんが、私は何も知らないのです」
「あら、そうなのね。じゃあ調べてみるわ」
「どうぞ、お好きに……」
「本当にありがとう。それじゃあ行くわね」
グリフィンドールとレイブンクローの監督生カップルは、賑やかにお喋りしながら去って行った。パーシーの方から「ファンクラブってどういうことだい!?」と、悲愴な声が聞こえてくるのは聞こえないふりをしたセリクスだった。
「なんかどっと疲れたな……」
「お疲れ様、セリクス」
コーウェンだけじゃなくて、途中から野次馬をしていた5人組までニヤニヤとこちらを見ている。セリクスはその全てを無視して、少し冷めてしまったローストビーフを口に運んだのだった。
◆ ◆ ◆
ペネロピーはこの後、様子を見ていたファンクラブ会員からの勧誘によって、無事入会することが出来ました。
パーシーは最後まで猛反対していましたが、ペネロピーの「これは恋心じゃない」という説得に渋々ながら納得します。
【あとがき】
●シグナトゥム・クラウストゥム
ゴーント家の血統魔法2つ目です。なんか長くて小難しそうですが、意味はラテン語で「封印された檻」とか「閉ざされた封印」。まあシンプルに何かを封印する魔法です。通常の解呪呪文では解除出来ず、使用も解呪もゴーント家の純血の魔法使いにしか出来ません。一度封印されれば、内側から破ることは不可能です。
●可哀想なハリー
ハリーって特に低学年の頃は、結構お人好しで我慢強くて、人の話を一度は聞こうとする印象があります。そして面食い。怪しすぎる日記のトム・リドルにもかなり長いこと付き合っていましたし、顔がリドルにそっくりでパーセルマウスという怪しさ満点のセリクス相手にも、とりあえず話を聞こうとするあたり、やっぱりお人好しだなと思います(笑) まあ、その素直さやお人好しさもハリーの良いところなんですけどね( ̄▽ ̄;)