スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
第5章 第1話 蛇王と黄金の影
蛇王と黄金の影
セリクスは、ミレヴィエル湖のゴーント邸へ帰省していた。いつも通り、駅のホームまでマウリシオが迎えに来てくれている。屋敷しもべ妖精たちには涙ながらの大歓迎を受け、レオはにこやかに迎え入れてくれた。セリクスはそれにいつも通りの顔で応対していたが、心はずっと夜を待っていた。
深夜、家族が全員寝静まった後、セリクスは魔法の鞄の中へ
遠くの方から、オルクスが猛然とダッシュで近寄ってきた。いつものことながらものすごい迫力である。地面が揺れ、獣の荒い息遣いが近付いてくる。セリクスの目の前で急停止したせいで、オルクスから生まれた風圧がセリクスの前髪を巻き上げた。
「しばらく来られなくてすまなかった。……先に手入れからするか」
餌や水などは魔法で自動的に補給されるが、爪切りやブラッシングなどはセリクスの手ずから行っている。まぁそれも全て魔法でだが。
オルクスの3つある顔が全てセリクスを見つめ、嬉しくて仕方がないと言わんばかりに尻尾を大ぶりに振っている。尻尾から生まれる風に乗ってオルクスの匂いが漂ってきた。獣特有の匂いと、魔法の鞄内の草原の香り。セリクスは急いで爪切りと洗浄魔法を掛ける。オルクスは目を細め気持ち良さそうだ。3つの頭がそれぞれ満足そうに喉を鳴らす。
「さて、オルクス。紹介したいものがいる。私もまだ挨拶くらいしかしていないが」
セリクスが手に持っていた瓶を掲げる。オルクスが不思議そうに匂いを嗅いでいた。バジリスクは
セリクスは首を傾げつつ、瓶を開けてバジリスクを外へ出してやった。足元へ置く。数歩離れると縮小呪文を解呪する。
「《
先程までの手のひらサイズの蛇から、途端に自分よりもよほど大きい大蛇に変化したバジリスクを見て、オルクスは警戒を始めた。低い唸り声が3つの喉から漏れ出る。セリクスがオルクスの前に手を出す。
「グルルルル……」
「オルクス、大丈夫だ。この蛇はバジリスク。味方だ」
「……くうん」
オルクスが従順に唸り声を止める。バジリスクを見ると、とぐろを巻いてこちらを見下ろしているが目はきちんと閉じていた。先程は何故石化しなかったのだろう。瓶越しに目が合うと石化するはずなのに。
[バジリスクよ。狭い瓶の中に閉じ込めていてすまなかった。私はセリクス・アストラル・ゴーント。サラザール・スリザリンの直系子孫だ]
蛇語が滑らかに流れる。バジリスクは舌をピルピル出して、こちらの様子を探っているようだ。
[我が盟友、サラザールの末裔か……。懐かしい魔力だ。この間の亡霊のような男より、よほど近い]
[リドルか。何故あいつの言うことを聞いていた?]
[あやつはホグワーツを
[……なるほど。言葉巧みに騙された訳か]
(いくら知能が高くても蛇だからな……)
セリクスは冷静にそう判断したが、さすがに口にはしなかった。バジリスクの巨体が微かに揺れる。
[ホグワーツにいらない生徒などいない。お前は騙されていたんだ。1000年前はどうか知らないが、現代でマグル生まれや半純血を排除したら魔法界は崩壊する]
[……そうであったか]
あっさりと納得してくれた。おそらくバジリスク的には言われたからやっただけで、マグル生まれに忌避感などはないのだろう。そもそも区別しているのかも分からないが。
[名はあるのか? サラザール・スリザリンにはなんと呼ばれていた?]
[さてな……。もう忘れてしまった。良ければお主が決めてくれ]
[私が……? そうだな……]
いきなり命名の権利を渡されて、セリクスは悩んだ。オルクスの名付けもそこそこ悩んだが、蛇の王にも下手な名付けはセリクスのプライド的に許せない。
[蛇、ドラゴン……龍……リュウ、そうだ、リュスタルはどうだ? お前の鱗はクリスタルのようにキラキラと輝いているし]
短時間で思い付いたにしては、なかなか良い命名ではないだろうか。セリクスは内心で自画自賛した。この前、日本かぶれのピュシーが貸してくれた本に、日本のドラゴンのことが載っていたのだ。向こうでは龍というらしい。
龍はイギリスのドラゴンとは少し違って、姿かたちは蛇に近い。蛇の王バジリスクに冠するにはぴったりではないだろうか。
リュスタルは長い尾を鞭のようにしならせた。空気を切る音が響く。
[よかろう。我が名はリュスタル。これよりお主を友として認めよう]
[ああ。よろしく、リュスタル。このオルクスとも仲良くしてやってくれ。目は致死の魔力をどうにかするまでは閉じていてくれないか?]
そう頼むとリュスタルは少し考えるように
[目を瞑るのは構わぬが……。我を少しだけ小さくしてくれぬか?]
[小さく? ──《
セリクスは杖を軽く振り、リュスタルを全長1メートル半ほどの大きさにした。瓶詰めの時よりは大きいが、それでも脅威は感じないほど小さくなった──他人から見たらどうかという観点からは欠けているが。リュスタルはスルスルと音もなく近寄ると、セリクスの足を伝って肩まで登ってきた。滑らかな鱗の感触が服越しに伝わる。
セリクスの顔の前まで来ると、何も言わずにいきなり目を開けた。一瞬硬直したセリクスだったが、自身が死にもせず石にもならないのを感じ取ると深く溜息をついた。
[驚かさないでくれないか? ……体を小さくすると、目から出る魔力も小さくなって影響力がなくなるのか]
[サラザールの時もよくこうして、小さくして貰って散歩に連れ出されていたのでな。……ああ、懐かしいな]
リュスタルの声には
[ふむ。これならずっと鞄の中じゃなくて連れ歩いても問題ないな。問題なのは牙の毒と、ホグワーツがペットとして許可を出してるものの中に蛇がいないことだ]
毒は解毒剤を作成して持ち歩けばよい。ペット申請は駄目元でしてみるしかない。どうしても駄目なら鞄内で大人しくして貰うしかない。リュスタルはセリクスの首に巻き付くとそこで落ち着いた。温かく、しかし重すぎないほどよい重み。
「さて……次だ」
セリクスは左手に持っていた黒い革装丁のノートを持ち上げた。元はシンプルな無地の表紙だが、今は無数の小さな魔法陣が浮かび上がり、強固に封印してある。セリクスはその封印を事もなげな様子で解呪すると、ノートをパラパラとめくった。
しかし何も起きない。
どうやら実体化するほどの魔力が残っていないらしい。仕方がないので杖で指先を傷付け血を一滴だけ垂らした。血液には魔力が濃く含まれているので、これで事足りるだろう。ノートはセリクスの血を吸収すると、ブルブルと震え始めた。
1人と2匹が様子を見ていると、セリクスの魔力に耐えかねたかのように、ノートが眩しい光を放った。光が視界を埋め尽くす。思わず目を
次に目を開けた時には、セリクスに見た目がそっくりな黒髪の少年が茫然と膝をついていた。セリクスの魔力の濃度の問題か、『秘密の部屋』で見た時よりも実体化しているようだった。
「……こ、ここは? どこだ? 『秘密の部屋』じゃない……? っ! お前は!」
日記に一文字も書かずにいきなり実体化させたので、リドルは混乱しているようだった。セリクスの顔を見て一気に警戒心を跳ね上げる。しかし杖もない魔法使いなどほとんど脅威ではない。セリクスはリドルを静かに見下ろした。エメラルドの瞳が氷のように冷たい。
「私はセリクス・アストラル・ゴーント。サラザール・スリザリンの直系の子孫であり、ゴーント家の後継者。そして純血の魔法使いだ。つまりお前の息子でも孫でもない」
「そんな馬鹿な! 僕が最後の1人なはずだ!」
「何故そう言い切れる? 私の調べたところ、お前はメローピー・ゴーントの息子だろう。私はお前の祖父であるマールヴォロ・ゴーントの弟であるオミニス・ゴーントの曾孫だ」
「なんだと!? 祖父の兄弟が生きていたのか!?」
「理由までは知らないが、
「そんな……。じゃあ僕の親戚がまだ生きていると?」
「家族と言うほど近くもないが……。私の父はお前の
「……」
リドルはそこで形容しがたい表情をした。哀しいような嬉しいようななんとも言いがたい顔だった。こちらを見つめながらゆっくりと立ち上がる。2人は正面から見つめ合う。まるで鏡合わせのようだ。違うのは髪色と長さ、そして瞳の色くらいだろう。
「僕は天涯孤独だと思ってた……。祖父の存在だけは知っていたが、ついぞ迎えには来てくれなかったし……」
「孤児として育ったんだったか。もし曾お祖父様がお前の存在を知っていれば、おそらく引き取っていただろうが……」
「そうはならなかった、か……」
リドルは憐れそうな様子で
「そんな顔をしても無駄だ。私と同じ顔でそんな表情をされても
「……お前に人の心はないのか?」
リドルが顔を上げ、非難の眼差しを向ける。
「お前にだけは言われたくない。16歳のお前にヴォルデモートの記憶はないのだろうが、未来のお前がやったことは到底許せることではない。ゴーント家の名に泥を塗る行為だぞ」
「──っ! 僕が間違ってると言うのか!?
リドルが激昂した。その瞳が憎悪に燃えている。
「……はあ……」
この頭は良いだろうに中身は子供のままの男をどうすればいいか、セリクスは溜息をつきつつ考えた。
「このイギリスにマグルが何人いて、魔法族が何人いるか考えろ。その中のマグル生まれの割合もな。マグルやマグル生まれを全員殺したとして、イギリスがどうなるか分からないのか? 世界は合理的で秩序立っていなければならない。ヴォルデモートはその秩序を壊す存在になっていた。だから排除された」
「……」
リドルが唇を噛んだ。反論したいのだろう。だが、言葉は続かなかった。こめかみが僅かに引き攣り、今にも
「世界を恐怖で支配しても、最終的には揺り返しがくるだけだ。この世界は民主主義で出来ている。……まぁ今のお前に納得しろとは言わない。どうせ今のお前に何か出来る訳でもない。大人しくしていろ。──悪いようにはしない」
セリクスは
「そのうち私の家族と友人にお前を紹介しよう。その時にトム・リドルの名前はまずいな……。新しく名前を考えるべきか……」
「……僕の名前を? トムという名もリドルという姓も嫌いだ。でもお前なんかに僕に相応しい名前を考えられるのか?」
リドルの声に挑発的な響きが混じる。
「……馬鹿にしてるのか? ……決めた。お前の名はアウレウス。アウレウス・マールヴォロ・ゴーントだ」
セリクスが名付けた瞬間にリドル──もといアウレウスの周りに無数の魔法陣が浮かんだ。金色の光が複雑な
「……どうやら私の血と名付けのせいで、従属の契約が成立してしまったらしい」
「従属!? お前ふざけるなよ! どうしてくれるんだ!」
またもやアウレウスが激昂した。セリクスに掴みかかろうとするが、体が言うことを聞かないようだった。
「どちらにせよ、お前に拒否権などない。ちょうどよかったくらいだ」
「……くそっ! しかもアウレウスだと? この僕に"黄金"? 皮肉か嫌味か?」
「失礼な。お前に黄金の道を歩ませてやると言ったんだ。──私の
「黄金の道? 隠れ蓑? お前、何を企んでる」
「……悪いようにはしないさ」
セリクスの笑みが深まる。アウレウスがセリクスを化け物を見るような目で見つめている。本当に失礼な男である。心なしかオルクスとリュスタルもセリクスから距離を取っているのも遺憾である。
顔だけがそっくりな男たちは、人知れず誰にも理解されないだろう関係を築いたのだった。
◆ ◆ ◆
「ところでここはどこなんだ?」
アウレウスが不審げにあたりを見回した。リュスタルを見て目を剥き、オルクスの巨大な影に気付いた途端、思いきり後ずさる。その反応にセリクスは内心苦笑した。
「ここは私の魔法の鞄の中だ。検知不可能拡大呪文で広げて、オルクスの遊び場にしている。書庫と魔法薬調合室もある」
「この広さを……鞄の中に? やはりお前、人間じゃないだろ。どれほどの魔力があれば──」
また人外扱いされ、セリクスの眉が僅かに動く。
「失礼な。かの高名な魔法動物学者のニュート・スキャマンダー氏も似たようなことをしていたはずだ」
「ふん。なら僕にも出来るはずだ」
その返しが妙に癇に障る。アウレウスとセリクスはあまり性格が合わないようだった。
「……日記に戻ってくれてもいいが?」
「日記に? 馬鹿言うな。せっかく実体化しているんだぞ。その調合室の隣でもいいから、僕の部屋を作れよ」
「……作ること自体は構わないが、その言い方は気に入らないな」
「従属契約なんて押し付けてきた親戚相手に、これでも十分まともだろ!?」
「……ほう。暇なら書庫も調合室も自由にさせようと思ったが。やはり日記に封じておく方が安全か」
「……」
アウレウスは苦虫を噛み潰したような顔になった。元の造形は整っているのに、しわくちゃになっていてとても滑稽だ。セリクスは、自分もやればここまで表情筋が動くのだなと新鮮な気持ちになった。
「もう寝る時間だ。夜にするぞ」
「は? 夜に──」
アウレウスが言い終えるより早く、セリクスは杖を振った。空気が微かに震え、人工の太陽が沈み、月の光が鞄内の世界を照らす。アウレウスはもはや驚く余裕もなく、ただセリクスの手元を凝視して魔法式を盗もうとしていた。
その夜──アウレウスはセリクスの血による魔力が尽きる翌日正午まで、実体を与えられた時間を存分に堪能した。ふかふかの豪奢な天蓋のベッドで眠り、種類豊富な朝食を摂り、言葉には出さないが……どこか満たされた表情をしていた。
──ちなみに。
セリクスが仕方なく作ってやったアウレウスの部屋は、孤児院のどんな部屋よりも広く、静かで、温かく──そしてホグワーツの寮室よりもよほど整っていた。
生まれて初めて手に入れた「自分だけの個室」。
アウレウスは文句を言いながらも、その事実だけは、誰にも言えずにいるのだった。
【あとがき】
●バジリスク
バジリスクを小型化すると致死の魔眼が効力を失うというのは完全に独自設定です。ずっと目を瞑っててもらうのも可哀想かなと思ったので(´>∀<`)ゝ バジリスクの名付けは結構悩みました。セリクスは神話や言葉の意味から名付ける癖があります。若干厨二っぽいセンスですが、本人は自分のネーミングセンスに自信があったりします。
●血と名付けによる従属契約
しれっとえげつない契約が一方的に結ばれていますが、こんなもの公式設定にはありません( ̄▽ ̄;) でもめちゃくちゃ存在しそうじゃないですか? 血の誓いとかも血を使うし(ファンタビを見ていない人には分からない話ですみません)。トム・リドルを自由にさせておくと絶対ロクなことをしなさそうなので、こういう形になりました。心までは縛れないので、本人はものすごく不本意です。セリクスに目を付けられたばっかりに可哀想なやつですね。
ちなみにセリクスの血液1滴で、平均12時間くらい実体化を維持できる設定です。セリクスの調子が良ければ14時間、逆にあまり魔力が残っていない時は10時間ほどに短くなります。アウレウスが魔法を連発したり、無茶な使い方をすると、その分実体化が解けるのも早くなります。
アウレウスは、ラテン語で"黄金の"という意味です。セリクスは彼をこれまでとは違う道を歩かせるつもりでいます。まぁその黄金の道が"誰にとっての黄金か"というのは議論の余地があると思いますけどね。
セリクス君がやってること、まんま『親に内緒で捨て猫拾ってこっそり餌やってる』小学生ムーブなんですよね。ちょっと規模感が違うかもしれませんが(笑)