スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
杖が選ぶ者
セリクスとマウリシオの会話は、危険分子であるアウレウスの処理を巡って
セリクスとマウリシオが会話している間、レギュラスは心ここに在らずといった様子でぼんやりとしていた。灰青色の瞳が虚ろに揺れている。それに気付いたアウレウスが口を開いた。
「……オリオン。じゃなかった。えー。レギュラス、さん? どうしました?」
後輩の息子相手にどういった態度が正解なのかよく分からず──しかも見た目は向こうの方が上だ──しどろもどろに聞く。レギュラスははっと瞳を見開くと、アウレウスを見返した。
「あ、あぁ。いや、なんでも……」
「シリウス・ブラックが気になりますか?」
セリクスが鋭く切り込む。レギュラスは唇を噛んだ。
「……私は未だに信じられないんだ。シリウスが
レギュラスが膝の上で組んだ手を見つめる。それはまるで独白のようだった。
「シリウスは誰よりも闇を憎んでた。ブラック家の嫡男に生まれたことも心の底から嫌がってた。私たちは寮が違ったし、純血主義の私のことも
レギュラスは痛みを堪えるかのようにまぶたをきつく
「私がシリウスの前から姿を消してから、シリウスがアズカバンに入るまでの2年間で何があったのかは分からない。でもたったの2年で人ってそんなに変われるのかな?」
「確かに話を聞く限りでは、シリウス・ブラックがヴォルデモートにおもねるとは思えませんね」
セリクスが腕を組んで首を傾げながら言った。世間一般の認識と実際のシリウス・ブラックの間には大きな
「あのシリウスが、大親友で兄弟同然だったジェームズ・ポッターを裏切る? 私はとてもそうは思えなかった。でも私に何が出来る? 顔が知られてるからイギリスをのこのことなんて出歩けない。レオ・ノックスとしてアズカバンまで会いになんて行けなかった。……私はシリウスを見捨てたんだ」
レギュラスの拳が強く握りしめられる。セリクスは気遣うように声を掛けた。
「レオさん……」
「だからこそ今このタイミングでシリウスが脱獄した理由が分からない。さっきマウリシオさんから聞いたけど、魔法省はシリウスが死喰い人としてハリー・ポッターの命を狙ってるなんて言ってるみたいだけど、本当にそうなのかな? シリウスが何をしたいかが分からなくて怖いんだ……」
セリクスはここまで説明されてやっとレギュラスの表情が暗い理由が分かった。シリウスがもしレギュラスの言う通り光の陣営側なのだとしたら、シリウスが狙うのは死喰い人だったレギュラスの可能性もある。もしアズカバンにいたシリウスがレギュラスの生存を知ったら。命を狙われているのはポッターではなくレギュラスだ。
敬愛していた兄に殺されるかもしれない。その可能性に気が付いてしまい動揺しているのだろう。
「レオさん。まだシリウス・ブラックがレオさんの生存を知っているとは限りません。ポッターの命を狙っているのではないとしても、他に理由があるのかも。他に何か情報はありませんか?」
セリクスの声は静かだが、芯が通っていた。
「情報……」
レギュラスは14年も昔のことを思い出すように天井を見上げた。
「シリウスには関係ないかもしれないけど……。私は例のあの人を裏切ったんだ。あの人がクリーチャーにひどいことをしたから。だからあの人の大切な物を私の物とすり替えてクリーチャーに託した。もうその大切な物はクリーチャーがきちんと処分したはずだよ。……まぁそれのせいでちょっと死にかけたんだけどね」
「大切な物とは?」
セリクスが問う。
「ペンダントさ。ロケットの部分にスリザリンの蛇の紋章が刻まれていた」
「──っ!」
それまで黙って話を聞いていたアウレウスが、急に息を呑んだような声を出した。セリクスはちらりと横目で見る。
「なんだ」
「──スリザリンのロケット? それを壊したんですか?」
「私ではないけどね。クリーチャーが私の頼みを断ったことはないから、多分もう壊されてると思うよ」
「そのクリーチャーとは?」
「ブラック家のハウスエルフさ。大切な家族で友人なんだ」
レギュラスの声が少し柔らかくなる。
「……ハウスエルフと?」
アウレウスが心底理解出来ないという顔をした。レギュラスは苦笑しただけだが、セリクスは冷たい瞳でアウレウスを見下げた。
「言っておくが、我が家のハウスエルフを
「そ、そんなことしないさ。しかしスリザリンのロケットか……。もしそれが本物なら本当は僕の物では?」
「それを言うなら私の物と主張する方が正統では?」
「ぐぬ……」
アウレウスは黙るしかなかった。
「そう、そのシリウス・ブラックの脱獄で、重大な決定があった。新学期からホグワーツには警護として
マウリシオが重々しく告げる。
「吸魂鬼が? 安全性の確保が出来ないのでは? そもそも吸魂鬼が警備してるアズカバンから脱獄した者を、その吸魂鬼がどうにか出来るとは思えませんが?」
マウリシオが教えてくれた内容は
「私も理事会でそう言ったし、他の理事たちも頷いていたが、魔法省の決定には逆らえなかったようだ。ホグワーツはいつから魔法省の傘下に入ったんだ」
マウリシオの声に苛立ちが混じる。
「……多分ほとんどの生徒は
「「「えっ」」」
意外すぎる事実に3人の声が綺麗に揃った。セリクスにも使えない魔法くらいある。そもそも守護霊の呪文なんて使い道がほとんどない魔法、覚えようとも思っていなかったのだ。誰も教えてくれなかったのも理由の一つだ。
「しまった。私は元死喰い人だからそれ使えないんだ」
「えっ、レオさんにも使えない魔法があるんですか? 死喰い人だと使えない? 何が原因なんですか?」
「可愛い弟分からの期待が重い……。ごめんね、使えなくて……。詳しくは知らないけど、闇の魔法使いは使えないって聞いたよ」
「悪いが私も今は使えなくなった。まぁ杖の振り方くらいなら教えられるが」
マウリシオが今使えない理由は何となく察してしまった。おそらくセリクスが6歳頃までは使えたのだろう。優しく微笑んでくれていた人の面影をふと思い出した。
「新学期までにはなんとかものにしますよ」
セリクスはその時は自信ありげに断言した。エメラルドの瞳が決意に満ちている。まさか1ヶ月かけても習得出来ないなんて、この時は思いもしなかったのだ。
◆ ◆ ◆
翌日、セリクスは鞄の中の調合室に入ったが、予想に反してそこにアウレウスはいなかった。大釜が冷たく静まっている。まだ時間的に魔力は尽きていないはずだが。セリクスがアウレウスの私室をノックすると、中から返答があった。遠慮なく扉を開ける。アウレウスは備え付けられたソファに座って、何やら考え事をしていたようだ。
「意外だ。『賢者の石』の研究をしているかと思ったが」
「あぁ、あの『石』は興味深い。しかし今は別に考えることがある」
「別?」
「スリザリンのロケットだ」
アウレウスの瞳が鋭く光る。
「……あれは破壊されたとレオさんが言ってなかったか?」
「オリオンの息子が直接見た訳ではないだろう。まぁもしあったとしても、あるのはブラック本邸か。すぐには行けないな。いや、それよりも回収したい物がある」
「それはなんだ」
「……僕が学生時代に調べた情報では、ゴーントを象徴する指輪があるはずなんだ。持ち主はおそらく祖父のマールヴォロ。僕の本体は絶対にこれを回収しに行ったはずだ。夏季休暇にマールヴォロに会いに行く計画を立てていた」
「ゴーント家の家宝か? ふむ。興味深い」
「横取りする気か? 僕のだぞ」
「ただの"記憶"であるはずのお前が持っててどうするんだ?」
「ぐぬ……」
自身を"記憶"だと偽っているアウレウスには、反論の
「しかしそれは今ヴォルデモートが持っているのでは?」
「どうだろうな。僕の本体は今は実体がないようだし。……念の為、一度祖父の住んでいたゴーント家に行ってみたいな」
アウレウスは意味ありげな視線を寄越した。まさか連れていけと? 今は念の為にと外出禁止令が出ているのだが。セリクスは眉間に皺を寄せて葛藤した。マールヴォロが住んでいた家に行っても成果があるかも分からないのに、父親の言いつけを破ってもいいものだろうか。
「心配ならお前を守ってくれそうなハウスエルフを連れて行けばいい。それと僕も杖が欲しいんだが。杖がないと魔法薬の調合もままならない」
「む。それは確かに。分かった。ノクティに頼んでみよう」
アウレウスは計画が上手くいったと口の端を上げた。こういうすぐ表情に出てしまうところがこいつの可愛げだなとセリクスは内心思ったのだった。
「ノクティ! 入室を許可する。来てくれ」
「お呼びですか。坊っちゃま」
セリクスが虚空に許可を出すと、間髪入れずノクティが姿現わしでやってきた。しかしアウレウスの顔を見て恐怖に
「ひっ! あなたは闇の帝王!? 何故ここに? まさか坊っちゃまを殺しに!?」
「ノクティ、何を言ってる? こいつはアウレウス。50年前のゴーント家の末裔の、ただの"記憶"だ。何も出来ないから怖がらなくていい」
セリクスが慌てて言い訳をする。バレるのが早すぎる。マウリシオに報告されたら今度こそ破壊されてしまう。
「でっでも、この魔力は確かに……。坊っちゃまの魔力に混ざってて分かりにくいですが、確かに昔見た闇の帝王のもの……」
「しまったな。ハウスエルフの魔力感知能力を甘く見ていた。ノクティ、本当に大丈夫だ。従属契約をしているから、こいつは私の許可なしには何も出来ない」
「……なんかムカつくな……」
アウレウスが拗ねたような顔で呟いた。そのまるきり少年のような顔を見て、ノクティはほんの少しだけ警戒を解いた。昔、一瞬だけ垣間見た闇の帝王とは、雰囲気が似ても似つかなかったのだ。
「それで彼が何故ここに? 坊っちゃまを害するのではないのですね?」
「こいつは私の双子の弟として役に立ってもらうことにした。その為にはこいつにも杖が必要だ。オリバンダーの店までついてきてくれないか?」
「そういうことでしたら。ご主人様から許可を取って参ります」
小さな破裂音を響かせてノクティは姿を消した。そして
「ご主人様からその方の杖代を預かって参りました。さぁ行きましょう」
「分かった」
セリクスはすぐに出掛けられる服装だったが、アウレウスはスリザリンのローブ姿である。セリクスは杖を振って、適当に自らの服を着せてやった。上下黒のシンプルなコーデだったので、アウレウスは少し嫌な顔をしていた。
「お前センスないな。せっかく金はあるんだから、もっと出来ることがあるだろ」
「最低限、品位が保たれているなら問題ない。行くぞ」
3人はノクティの姿くらましで一気にオリバンダーの杖店へと飛んだ。
◆ ◆ ◆
店内に入ると、独特の魔法の香りが漂っている。古い木と魔法の混ざった匂いがした。
「いらっしゃい。おや、あなたは以前いらっしゃったスネークウッドの……」
「ミスター・オリバンダー。今日は私のではなく、私の弟の杖を買いにきたんだ」
「弟さんとな? ──っ!」
ギャリック・オリバンダーはアウレウスの顔を見て引き攣った声を出した。それはそうだ。オリバンダーが若かりし頃出会い、杖を売ったトム・リドルがほぼそのまま現れたのだから。
「あ、あなたは……」
「初めまして。僕はアウレウス・ゴーント。セリクスの双子の弟です。ついこの間、僕の1本目の杖が不慮の事故で折れてしまいましてね。2本目を買いに来たんです」
優等生トム・リドルの笑顔でつらっと嘘をついたアウレウスに呆れ顔になってしまったが、まぁ無難な嘘だろう。セリクスはあえて突っ込みはしなかった。
「あ、あぁ、そうですか。あなた方はよく似ておられる。……ではでは。杖腕はどちらですかな?」
「……右です」
魔法のメジャーがアウレウスの体の至るところの隅々まで測っていく間に、オリバンダーは店内に高く積み上げられた長方形の箱を漁り始めた。アウレウスを測っているメジャーが、まるで怯えているようにアウレウスを
「こちらを。
オリバンダーから杖を受け取ったアウレウスはそれを無造作に振った。杖先から黒い煙が噴き出しオリバンダーの顔にかかる。衝撃波が後ろの窓ガラスを破った。アウレウスの瞳が冷たく光り、杖を無理矢理制御しようとした。しかし杖が屈服しそうになった瞬間、オリバンダーが慌ててそれを取り上げる。
「おっとと。こちらは違うようですな。では次、
杖を取り上げられむすっとした顔のアウレウスが新しい杖を振ろうとするが、僅かに光が漏れただけだった。アウレウスが更に魔力を送り込もうとするが、その前にまたオリバンダーが慌てて取り上げる。
「あなたは杖を無理矢理使役しようとする癖があるようですな……。杖があなたを選ぶのですよ。──こちらを。
「……」
アウレウスは図星を刺され、更に不機嫌そうな顔になったが、新しい杖を掴んだ瞬間表情が一変した。どうやら当たりらしい。
アウレウスが杖を一振りすると、温かい光が溢れ杖先から金色の花火が上がった。散乱した窓ガラスが勝手に修復していく。アウレウスが片頬を歪ませて
「決まりだな。アウレウス」
「ふっ。どうやらそうらしい」
「ブラボー!」
大喜びで拍手しているオリバンダーにガリオン金貨を7枚支払う。久しぶりの自分の杖に、アウレウスが内心浮ついているのがセリクスには分かってしまった。ヴォルデモートも16歳の頃はこうだったのか。セリクスはあと少しで16歳になるが、こういう風にはならないだろうなと考えた。
「不死鳥の尾羽根はついこの前入荷したんですよ。ダンブルドア校長が『フォークスから新しく抜けたから』と」
「ああ」
セリクスはこの前『秘密の部屋』で、ポッターを助けに来た不死鳥を思い出した。やはりあれはダンブルドアのペットだったらしい。憎きダンブルドアのペットの羽根だと知って、アウレウスは若干機嫌を悪くしてしまったが。
セリクスたちはオリバンダーの杖店を出た。ダイアゴン横丁の喧騒が耳に入る。ノクティは当たり前のように帰ろうとしたが、アウレウスの目配せを受けてセリクスが渋々口を開いた。
「ノクティ、すまない。あと一箇所行きたいところがある」
「行きたいところ? でもご主人様は外出禁止だと……」
「まぁそうなんだが。ずっと家に閉じこもっていると気が滅入る。ほんの少しだけ、寄り道をするだけだ。もし無理なら私たち2人だけで行くが」
「そっ、それはなりません! ……分かりました。お付き合いいたします。坊っちゃまのことはノクティが命を賭けてもお護りいたします」
「そこまで身を呈さなくてもいい……」
屋敷しもべ妖精と魔法使いの主従愛──若干偏っているが──を見て、アウレウスはげんなりしていたが、気を取り直してノクティに言った。
「リトル・ハングルトンだ。行けるか?」
「そこには行ったことがありませんが、グレート・ハングルトンならあります……」
「ちっ。10キロくらい離れているな。仕方ない、そこから歩くしかないな。連れて行け」
「ノクティに舌打ちをするな」
「いいのです、坊っちゃま。……グレート・ハングルトンへ飛びます。しっかりお掴まりを」
路地裏で姿くらまし特有の破裂音が響く。もうそこには誰もいなかった。
【あとがき】
●吸魂鬼をホグワーツに??(꒪⌓꒪)
吸魂鬼が警備してたアズカバンから脱獄した囚人を、同じ吸魂鬼で捕まえられるってなんで思えるんでしょうね? しかも難易度の高い守護霊の呪文を使える生徒がほとんどいない学校に吸魂鬼を配備するとか、魔法省には頭のおかしいやつしかいないのか……?と正気を疑いました( ̄▽ ̄;) なので、マウリシオに思いっきり突っ込ませてみました。
●ギャリック・オリバンダー
オリバンダーって何歳なんですか? リドルには直接杖を売っているので、少なくともリドルが11歳の時には既に杖職人として働いていたことになります。しかも記憶力が抜群に良く、リドルの杖の素材まできっちり覚えているので、アウレウスを見たらきっとビビるだろうなと(笑)
●杖の素材
作中でアウレウスが試した杖には、全て意味を込めました。
黒檀、ドラゴンの心臓の琴線、14インチ、硬い
→強烈な個性と信念を持ち、戦闘能力が高く、強大で派手な魔法を扱える一方、気性も頑固さもかなり強い杖。
ニワトコ、一角獣の尾の毛、12インチ、よくしなる
→非常に希少で持ち主を選ぶ木に、安定性と忠誠心の強い芯を組み合わせた杖。
月桂樹、不死鳥の羽根、13インチ、しなやか
→強い意志と高い能力を持ち、変化しながらも大きな力を発揮出来る、希少で気位の高い杖。
1本目の杖は我が強くアウレウスと衝突し、2本目は芯の一角獣の尾の毛がアウレウスの倫理観と噛み合わないイメージで書きました。3本目は、強さも野心も否定せず、それでいて変わる余地まで残してくれる杖です。今後のアウレウスの変化に要注目ですね(˶ᐢωᐢ˶)