スリザリンの末裔 ~Silver-Haired Wizard’s Legacy~ 作:如月斎
沈黙の観察者
ホグワーツでの生活にも、少しずつ慣れが生まれていた。入学から約1ヶ月。初めての授業の緊張も薄れ、廊下を行き交う生徒たちの足取りには、日常の軽やかさが戻っている。
夕暮れ時、琥珀色の光に包まれた大広間には、夕食を求めて生徒たちが集まりはじめていた。セリクスはいつものように静かにスリザリンテーブルに着き、目立たない動きでナプキンを膝に広げる。銀の器によそわれた温かい料理の湯気が、彼の前で淡く揺れていた。
「本当に……。どの教科も完璧だそうじゃないですか」
「セブルスなんて、あの子のレポートに文句をつけられないってぼやいてましたよ」
「提出もいつも期限より早いし、どんな質問にも即答する。まるで小さな学者のようだって」
「小さな学者……。言い得て妙ですね」
教員席の方から、感嘆と困惑が入り混じったひそやかな声が漏れ聞こえる。マクゴナガル教授やフリットウィック教授が、どこか畏敬の念すら込めて会話を交わしている。だが、セリクスはまるで聞こえていないかのように、ただ静かにナイフとフォークを操り、完璧な作法で黙々と食事を続けていた。
等間隔に切り分けられたステーキ肉がその薄い唇に淡々と消えていく。向かいの席のコーウェンに何か話し掛けられているが、浅く頷いているだけだ。
その様子を、ダンブルドア校長は半月眼鏡越しにじっと見つめていた。人々の噂とは裏腹に、セリクス本人が自らを語ることはほとんどない。決して傲慢ではない。かといって、謙遜して自らを低く見せようともしない。ただ、事実として完璧であり続ける。
「沈黙ほど雄弁なものはない……。全くその通りじゃ」
校長は独り言のように呟き、グラスの中のバタービールを口に運んだ。あの少年は何も主張しない。だからこそ、その存在そのものが周囲に強烈な印象を残していく。
「おっと、髭に泡が……」
「アルバス、何をしているのです」
マクゴナガル教授が呆れたようにそう言い、軽く杖を一振りした。途端に校長の髭を濡らしていたバタービールの泡が消える。
意識の端に少年の存在を感じながら、マクゴナガル教授とたわいもない話に興じる。
やがて夕食が終わると、生徒たちはぞろぞろと寮へと戻りはじめる。セリクスもスリザリンのローブの裾を整え、何も急ぐことなく立ち上がる。コーウェンが慌てたように小走りで追いつこうとするが、その足音すらセリクスの意識の端にあるかどうか定かではなかった。
大広間の扉へと向かうその途中、セリクスはふと足を止めた。
そして、ほんの一瞬だけ振り返る。
教職員席を──いや、そこに座る1人の老人を、まっすぐに見据えるように。
彼のエメラルドグリーンの瞳は、湖底の氷を思わせるほどに澄んで、冷たく、そして静かだった。計算も感情も読み取れない、完全な無表情の中で、ただその視線だけが鋭く光る。
一瞬の静寂───
そして次の瞬間にはまた何事もなかったかのように、セリクスは無言のまま大広間を後にした。
まるで、観察されていることを完全に理解していたとでも言うように。
教員席では、ダンブルドア校長がゆっくりとバタービールのグラスを置いた。その青い瞳に、今まで見たことのない複雑な光が宿っていた。
◆ ◆ ◆
隠れたくつろぎ
10月のとある休日、暖かな午後の陽射しが石の廊下を優しく照らしていた。セリクスとコーウェンが図書館から戻る途中、廊下の角でセドリックが待ち構えているのに出くわした。
「やあ、セリクス、コーウェン!」
セドリックはいつもより少しいたずらっ子のような笑顔を浮かべている。
「ちょっと君たちに見せたい場所があるんだ。ついてきてくれる?」
「見せたい場所?」
コーウェンが首を傾げる。セリクスは無言で頷いた。
セドリックに案内されて歩いていくと、やがて1枚の大きな果物の絵画の前で止まった。梨やリンゴ、ぶどうなどが美しく描かれている、どこにでもありそうな絵だった。
「見せたかったものはこれ?」
コーウェンが疑問顔で絵を見上げる。セリクスも静かに首を傾げた。
セドリックは2人の困惑した表情を楽しそうに見てから、おもむろに梨の絵の部分に手を伸ばし、くすぐるように指を動かした。
すると、梨がくすくすと笑い声を上げ始め、絵全体がぐるりと回転して彫刻が彫り込まれた木の扉に変化した。
「すごい……」
コーウェンが目を丸くする。
「入ってみよう」
セドリックが先頭に立って中に足を踏み入れると、そこには想像を超える光景が広がっていた。ホグワーツのキッチンだった。大広間の4倍はありそうな巨大な空間に、真鍮の鍋や大釜がずらりと並び、数十体の屋敷しもべ妖精たちが忙しなく働いている。
「わあ! こんな場所があったなんて……!」
コーウェンが感嘆の声を上げる。セリクスもほんの僅かに目を見開いてキッチンを見渡していた。
3人の来訪に気付いた屋敷しもべ妖精たちが近寄ってきたが、セリクスの姿を見た瞬間、一斉に飛び上がって感激の声を上げた。
「まさかゴーント様!?」
「ゴーント家のお坊ちゃま!」
「まあ、なんということでしょう!」
「みんな! 大変よ! 急いでおもてなしの準備を!」
屋敷しもべ妖精たちは皆ペコペコと深々お辞儀を始め、あっという間にテーブルクロスのかかった丸テーブルと上品な椅子を運んできた。そして手の込んだケーキや色とりどりの焼き菓子、上質な紅茶のセットを次々と用意し始める。止める間もない程の早業である。
「えっと……。いつもはこんな感じじゃないんだけど……」
セドリックが困惑した顔で2人を見る。普段来た時は、簡単なお菓子をもらう程度だったのに、今日の歓待ぶりは異常だった。
セリクスも少しだけ気まずそうな表情を浮かべている。
「礼を言う」
セリクスが短く礼を言うと、屋敷しもべ妖精たちは更に嬉しそうにはしゃぎ回った。
「お気になさらず、お気になさらず!」
「ゴーント様にお仕え出来るなんて光栄でございます!」
屋敷しもべ妖精の大袈裟な言動に、さすがにコーウェンとセドリックが不思議そうに目を見合わせた。
気を取り直して、3人は用意された豪華なテーブルに着いた。温かい紅茶のかぐわしい香りが立ち上り、美味しそうなケーキが目の前に並んでいる。
「このスコーン、すごく美味しい!」
コーウェンが幸せそうに頬張る。
「君がここを知ってるなんて意外だった」
セリクスがセドリックに向かって言うと、セドリックは照れたような笑顔を見せた。
「たまたま迷子になった時に見つけたんだ。ハウスエルフたちはみんな親切で、時々お菓子をくれるんだよ」
「良い場所だね」
コーウェンが辺りを見回しながら言った。赤みがかった木の梁と、くるくると動き回る屋敷しもべ妖精たちの姿が、不思議と心を落ち着けてくれる。
「こうやって3人でお茶出来るなんて、楽しいな」
セドリックが明るく言うと、セリクスの口元にも微かな笑みが浮かんだ。
「……たまには、こういうのも悪くない」
それを聞いたコーウェンが、ふっと微笑む。
「セリクスが"悪くない"って言うと、ちょっと特別に聞こえるよ」
「そうか?」
「うん。君っていつも静かで落ち着いてるから、そういう言葉の一つ一つが重くて、でもなんか嬉しい」
セリクスは返事をせずに、目の前のカップを見つめたまま、小さく紅茶をひと口飲んだ。
「……君は、こういう場所に詳しいんだな。……次も、何か面白いものがあれば教えてくれ」
セリクスは少し言いづらそうにそう呟いた。まるで慣れていない言い方だった。セドリックはちょっと驚いたような顔をした後、嬉しそうに頷いた。
「任せといて!」
「じゃあ……次は僕も、図書館以外の穴場探しておくよ」
コーウェンが笑いながら言い、3人の笑い声がキッチンの暖かな光の中に溶けていった。
それからこの3人だけの秘密のお茶会は、このキッチンでたびたび開催されることになる。
【あとがき】
文字数が少なかったので9話と10話をくっつけて投稿しちゃいました。
加筆するシーンが思いつかなかった( ̄▽ ̄;)
ダンブルドア、めちゃくちゃセリクスのことを観察してます。怖いおじいちゃんだね。セリクスは悪いこと(まだ)していないんですけどね(笑)
屋敷しもべ妖精ってなんかわちゃわちゃしてて可愛いですよね。ハリポタに出てくる生物みんな可愛い(∩ˊ꒳ˋ∩)(トロール以外)