葵の振るう薙刀が果敢に龍洞を攻め立てる。リーチの長さに遠心力が加わった一撃の重さ。踊る様な華麗な足運びで攻撃を加える場所を変化させつつ懐に潜り込ませる隙も与えない。
尤も、懐に潜り込もうが柄による一撃が襲い掛かるだけであり、猛攻を避けようと距離を取ろうとすれば鋭い踏み込みからの神速の突きが繰り出されるだけ。
それに加え攻撃を更に激しくさせているのは薙刀に纏う水。水流が動きを加速させ、水の刃がリーチを変幻自在へと変える。
撃ち合いが始まって五分。攻め立てているのは葵であり、同時に押されているのも彼女であった。
「おっと、危ない危ない。この腕力差、抑え込まれたら成すがままじゃないかい?」
「葵さんも十分怪力ですけれどね。じゃないと扱いきれず振り回されているでしょうに」
「女の子に怪力とか言うもんじゃ無いよ? 僕だって傷付くんだか、らっ!」
刃が衝突した瞬間、コンマ数秒僅か数ミリだけではあるが葵の体幹が崩れる。その要因は単純な腕力。
水を使い威力を増して尚、龍洞は単純な身体強化だけで上回っていた。
「どうしよう。全く何一つ見えない」
「大丈夫。頑張っていれば見えるようになるわ」
その戦いはスロー再生を通しても一般人並みの動体視力しかない虎空には見えはしないが、何となく凄い戦いが行われているのは分かる。
二年生の序列一位と四位、その戦いに魅入りながらも疑問が頭を過ぎる。
男女の筋力差は封魔士にとって些細な差であり、同程度の霊力量と技術であっても女の方が強化幅が大きいと習っている。
ならば龍洞が葵よりも強化を大きくしているのかと思ったが、葵がそれを追い越す強化をしない理由も無いからだ。
「その事なら簡単よ。丑宮さんも昔話の桃太郎や雪女や蛇女房は知っているでしょう? 封魔士の中には昔話として伝わる英雄、若しくは神や妖怪の子孫が居るの」
「蛇女房は知りませんが……え? 伝承の知識は必須だから座学の補習? そ、それであの二人も……?」
「そう。高嶺さんは川の主だった龍神に見そめられたお姫様の子孫で、坂田君なんてあの坂田金時の子孫なのよ」
「坂田金時って……」
坂田金時の名が出た時、観戦していた生徒の幾人かが他とは違う反応を見せ、虎空も驚いた表情を浮かべた。
「坂田金時って……誰ですか?」
「……金太郎。山姥と赤龍、または雷神の子……彼が言うにはそう称された程の封魔士の子供と伝わっているそうよ。金太郎が何をしたかは……あまり知らなさそうね」
「動物と相撲を取ったりマサカリで木を切り倒したり赤い前掛けを着ていたりとかなら……」
アルカは思う。これは相当頑張らないといけなさそうだと。本来ならば知らなくても良い筈が余計な適性と力に目覚めたばかりに関わる事には同情するも、目覚めたからには諦めるしかない。
それはそうと目が激しく左右に泳ぐ姿に残業の確定を察してしまうアルカであった。
ただでさえブラック職場な教師、専門知識以外に一般教養も教えないといけないのだから。
「大江山の酒呑童子を討伐した頼光四天王の一人で他にも巨大な土蜘蛛退治や裏界に単身乗り込んでの妖怪退治も行った猛者で封魔士の名門一族……だったわ」
「だった?」
「ちょっとお喋りが過ぎたわね。補習の時に教えてあげるから坂田君に聞いちゃ駄目よ? それに….もう終わる頃だから」
画面の中では突きを放つ瞬間に無理矢理後ろに跳んだ葵が姿勢を低くした状態で薙刀を振り上げ、刃からは水が流れ落ちている所であった。
虎空には未だ感じ取れないものの他の生徒やアルカには葵から薙刀に膨大な霊力が流し込まれているのが分かる。
流れ出したのは勢いに負け飛び散った飛沫。それは水となって周囲の湿度を上昇させ、葵の腕には龍の鱗を思わせる青い模様が現れていた。
「
それは学園長室へと向かう階段で見せた物速度も規模も全くの別物。直撃すれば細切れに切り刻まれる洪水を前に龍洞が大上段に刀を振り上げれば先端からバチバチと音が鳴り放電が始まる。
「丑宮さん、耳を塞いで目を閉じて!! 早く!!」
「え? あっ、はい!!」
見れば周囲の生徒も耳を抑えて蹲るなど映像から目を逸らし、中には背を向けて蹲っている者まで。
何が何だか分からなくともアルカの勢いに流されて目と耳を塞ぐと同時に龍洞の刀が振り下ろされる。
「
刀身は雷には包まれ、振り下ろすと同時に激しく放電が起きた。
それは正しく落雷。雷鳴と雷光が映像越しでさえ周囲の影を消し去り叩き付ける様に振動が響いた。
雷光が消え雷鳴が遠くに去れば葵の姿が鮮明になる。訓練用の武器は焦げ、服も所々弾け飛んでしまっているも悠然と直立。
髪は少しばかり焦げ肌にも火傷が見られるも余裕の笑みを浮かべたまま健在をアピールしていた。
「危うく直撃する所だったじゃないか」
服に着いた土埃を片手で払いながら片手は柄をしっかりと握りしめたままの葵は腰回りで指先の動きを止めると指先を服の中へと差し込むと小さな溜め息を吐き出した。
「下着が駄目になった。最近買った紐のが」
「言わなくてる良いですよ?」
「色は黒だけれど後で見せてあげようじゃないか。君には特別だ」
「セクハラですよ? 皆が見てるんですからその手の冗談は控えて下さいって」
燃え尽きて千切れた下着の紐を軽く引っ張って見せれば上空で誰かが足を滑らせる音がするも二人は気にせず会話を続ける。
互いの周囲にはいつの間にか水球と雷球が漂い、口を閉じると同時に相手へと向かって行った。本来ならば水は電気を良く通す物だが、葵が操る水球は雷球と衝突してもその身に侵入を許さず、衝撃で弾けるも速度と量で雷球を少しずつ上回り始めていた。
衝突地点は二人の中心から徐々に龍洞の元へと下がり始め、龍洞は僅かに焦りを見せる。
「電気を通さない水……純水!? 相変わらず無茶苦茶だ。不純物が一切混じっていない水を空中で操り続けるだなんて」
「純水の盾を弾き跳ばす術を放っている君が言うかい それにそうでもしないと僕は君より上には立っていないさ。ふふっ、授業でなければ賭けが成立していたんだけれどね。【
葵の頭上で無数の水球が集まり龍を形作る。旋回しながら上昇を続けた水の龍は天高くに留まり龍洞目掛けて大口を開いて突進した。
龍洞はその龍を前に腰を深く落とし両手を交差させる防御の構えで迎え撃つ。龍の大口が龍洞を飲み込み、地面を削りながら突き進んだ後に龍洞の姿があった。
「撥水性の素材で助かりましたね。ジャージでなければ危うかった」
何ヵ所かに出血が見られ、上着は僅かな残骸が絡み付いているだけの状態。傷跡の多く残る鍛えられた肉体が露になる中、葵の視線は割れた腹筋へと注がれている。
熱を帯びた瞳で嘗め回す様に見続け、ふと我に返って咳払いで誤魔化そうとした。
「ジャージのお陰って流石に無理がないかい?」
「撥水性で水を弾き、丈夫さで耐える。此れがジャージのお陰でなければ何だって言うんですか!」
「普通に君の実力」
呆れながらも葵は戦いの構えを解かずに薙刀を構え、龍洞もまた刀を構える。互いに無言で距離を詰め、間合いに入るなり獲物を振り下ろす。
結果、互いの武器が同時に砕け、龍洞の拳が葵の胸へと叩き込まれた。
両足で踏ん張り耐えるも地面を削りながら後退した彼女は一瞬ぐらつきながらも耐えきり、今度は自分の番だと構えた所でブザーが鳴り響いた。
「ちぇ。制限時間か。次は個人的に戦おう。君が勝ったらステーキでも奢ってあげるよ。僕が勝ったらお寿司が良いな」
「焼き肉の方が良いですね。サイドメニューが充実している店を希望します」
戦いが終わるなり気が抜けた表情になる二人を虎空はジッと見つめる。彼女の胸の奥で熱い物が込み上げて来ていた。
「坂田ぁああああ! どさくさに紛れて葵さんの胸を揉むとは何事だぁあああああ!」
「揉んでませんが?」