どうもあの触手、レオナルドは苦手だ。異国の神の切れ端又は分け御霊の類いに相違無いのだけは分かるものの、此方を見透かした様な言動とは反比例して己の詳細は悟らせぬまま卑猥な道化として過ごしている。
尤もエロ触手としての言動すら全て真の事でも無い戯れの可能性すらあるが、此方の調子を狂わせるのだけは確かだ。
振り回されているだけか深層心理に自覚無き干渉を受けているのかも不明。
未知不明、下手な格上よりも遥かに厄介な要素だ。本当に何なんだ、あのエロ触手。
……ああ、本当に嫌になる。契約主である黒八木さんは割と好みなので抱く事への誘惑も強かった事であるし、抑えているがムラムラして来たので帰ったら琴音に処理を頼もう。
「海外の刑事物で裏の情報屋や民間の捜査協力者が登場するでしょう? 暇している神か人間に敵意の無い妖怪を雇うべきという意味ですよ」
エロ触手によるサキュパス凌辱ショーが絶賛繰り広げられている最中だからか、丑宮さんが脳内ピンクのドスケベ巫女だからか話が変な方向に進み掛けるも何とか軌道修正を試みる。
「じゃあレオナルド君みたいな触手とか服だけ溶かすスライムと契約するんじゃないんですね? はわっ!? あ、あの! 初めてを貰って欲しいってのは空気に飲まれただけの本音で……」
「落ち着きなさい、巫女見習いだったんでしょう? ほら、深呼吸」
何処の世界に護衛対象にエロ漫画でお馴染みの凌辱用不思議生物を薦める馬鹿が居るのやら。
欲望に振り回されてエロ発言が当然となっている丑宮さんを何とか宥め、残った空気も追い払う様に咳払いをして話を進める。
「それで人外との契約……式神でしたっけ? 名前だけなら雪山先生の補習で名前だけなら」
「正確には妖怪の類が式鬼で神に連なる者ならば式神。因みに武器や道具で妖怪や呪い由来と神の祝福持ちの物の名称の違いは習いましたか?」
「……未だ習ってないので分かりません」
彼女は目を逸らして答えるが、実際は習っていると雪山先生から伝えられている。
正解は前者が【
サポート役として楽出来る部分は楽をすべきと早速先生にメッセージを送る。
知識や技術の伝達は教師の仕事、私が知った事ではない。
「ねぇねぇ、龍洞せんぱいは式鬼か式神居るんですかぁ? 問題が起きた時の監督責任があるからってパパが許してくれないんだ」
「あの、私もお姉ちゃんがせめて夏が過ぎる頃までは待ちなさいって……」
まあ、社会に適応している連中は仕事で忙しいし、それ以外で契約を結ぶのは何らかの縁か打算がある場合のみ。
労働は嫌だがお金が欲しいとか、代わりにやって欲しい事があるとか。厄介なのは生贄やら嫁入りを求めるタイプだろう。葵さんの先祖がこのタイプだ。
彼女の所はうまく行ったみたいだが、基本的に生贄は生贄。嫁入りと共に裏界で生涯拘束されるとか。
飽きられると放り出されるそうだが、どれだけの年月が必要かは不明だ。
こんな風に人間とは価値観が違うので労働後に報酬が明確化するパターンには注意喚起がされている。
「えっと、私にも早いんじゃ……」
「裏界に殴り込みたい過激派とか好き放題に出入りしたり殴り込みを警戒する連中とか面倒ですよ? 護衛は多い方が良い」
最終的に学園長が判断して手配するだろうが、提案だけはしておこう。願わくば私側の妖怪を付けられれば良いのだけれど。
「じゃ、じゃあ先生に相談して私に合った相手を選んで貰いますね」
妖怪や神を従えるという事に若干の抵抗は見られるもののその気になったらしい丑宮さんだが、どうも先程から様子がおかしくないだろうか?
いや、彼女だけでなく他の皆も若干顔が赤く体温が上がっている様子だ。直ぐ側の物陰で触手プレイの真っ最中といっても平然としていたメンバーまでもとは……。
渡辺君など若干前屈みになってトイレの方を気にしているが、つまりはそういう事なのか。まだまだ甘い。修行を積めばその辺の沈静化も可能だというのに。
性欲が増幅されるタイプかどうかは別として、身に付けて損にはならない技術だ。
それにしても何故急に? と考えた時に鼻腔を擽る物があった。
「甘い香り……はっ!!」
それも来た当初から漂っていた香水や花やお菓子由来ではない何か由来だと判断した瞬間、膝を曲げて体を沈めると同時に振り上げた腕を床スレスレまで振り下ろした。
曲げた指が空気を掴んでかき回し、周囲に漂う甘い香りを振り払う。風が吹き荒れる中、咄嗟に腕で顔を庇った面々の顔が熱に浮かされた物から切り替わり警戒の色が現れた。
「あれ? 何か違和感が……。龍洞君、何か変じゃないですか!?」
唯一の例外は丑宮さんだ。それは仕方が無い事なのだろうが、此処で問題が起きた。
服の裾を持ち上げて丸見えの状態で私の方に向けた白い肌の上部。鳩尾より右側、余分な肉が多い右胸部のピンクの布地の下辺りに真っ赤なハートが小さく描かれていた。
「ちょっとゴメンね。此れってまさか……」
「でしょうね。まさか同族の店に喧嘩を売る真似をするだなんて油断していました。丑宮さん、申し訳有りません。其は……淫魔がターゲットに刻むサインです」
慌ててハートマークに触れた黒八木さんに私は同意する。本来は時刻と場所に縛られる人外達が制約を緩める為の手段が別の誰かによる召喚等の特殊な契約。
此処等一体で働くサキュパス達は店舗や寮といった建物に縛られ、一元に管理されている。他の契約と影響範囲が重なれば伝わり易く、店長は此処等一体の纏め役だからこそ封魔士の調査に関わる情報も得ていた。
そんな彼女の縄張りで調査に来ていた私達には手を出さないだろうと完全に慢心し警戒を緩めてしまっていたと言い訳のしようがない。
そしてこれは同時に……。
「堂々と正面から喧嘩を売られましたし徹底的に叩き潰しましょうか。二度と起き上がれない様にグチャグチャの挽き肉が望ましい」
そう、喧嘩を売られたのだ。相手が丑宮さんの事情を知っているかどうかは些細な話。
お前達の護衛対象を夢の中で犯して誰かの餓鬼を妊娠させてやんよヒャッハー! 的な宣戦布告をされて黙っていられるか? 当然無理だ。
「相変わらず買って良い喧嘩は買うスタイルだね……」
「え? 龍洞君って意外と血の気が多いの!?」
『優等生として振る舞ってるから何でもかんでもじゃねえが、一年の頃から勝負事とか挑発には割と乗るぜ。……所で気になってたんだが、急にさん付けが君付けになってね?』
「えっと、そっちの方が仲良くなれそうだから? もっと親密になりたいし」
「ボクもせんぱい達と仲良くなりたいなー」
「あのー、丑宮先輩に付けられたマーキングについて話をしませんか?」
「呼び方といえば同じクラスなのに高峰さん達二人しか名前で呼びませんよね? 私も呼んで欲しいのですが」
「葵さんと是清さんは何度も戦っているからでしょうか? 私は授業以外で同級生と戦うのはちょっと……」
『良いんじゃねえの? でもベッドの上で組み合いの勝負は経験しとけって』
「あの、皆さん本当にそろそろ……」
「もう! 未だ私には早いって言ってるじゃない、レオ!」
私以外殆ど気にしていない……。普通に緊急事態と言うべきか、簡単な筈の任務をしくじりそうなのに雪山さん以外は緊張感が無さ過ぎるのでは?
こうなると私と雪山さんの方がおかしいのではと思えて来た……。
ポタリポタリと水滴が垂れ落ちる音が小さな部屋に響く。立ち込めるのは鉄の臭い。時折響くのは埃臭くジメジメと嫌な湿気の籠る部屋の天井から吊るされた鎖が軋む音だ。
その鎖には一人の少女……一体の女鬼が縛られていた。ざっくばらんの長い白髪に前が大きく開いたぼろの着流しを着た少女であり、鹿のような大きな双角を持つ彼女の腕には内部が空洞になった金属製の刃が突き刺さり、床に置かれた盃に血が滴り落ち続けている。
その盃に伸ばされたのは黒子衣装の腕。酒呑童子配下の無骨の物だ。
「少しは反省なさいましたか、犬鬼灯殿? いえ、鬼たる貴女がする筈もないですね」
八重歯を見せ付ける様にニヤリと笑う鬼を前に無骨は呆れた様子で血を盃から瓶へと移した。
「鬼の血、確かに頂きました。明後日には下ろしますので便所も飯も我慢して下さい」
「何や、人を数匹食ったばかりで糞放り出したいのに酷いわぁ。降りたらバラバラにしたるからな、骨ゴミがぁ」