彼女は物心付いた時から……本当に自分に幼少期があったかどうかさえ定かではないが疎ましく思っている事があった。
所詮人間は悦楽の為の道具であり奴隷。にも関わらず人間社会に潜り込んで枷を嵌められなければならない事が疑問であり、自分達に対抗する力を持っていようがだし抜けば良いだけだと何度主張しても仲間達の共感は得られない。
人間に混じり人間として生きて行き本来の生き方に制限を掛ける日々に憂鬱を抱えていた時、とある鬼と出会った。
「ちょいと面白い連中が居るけれどちょっかい出す気は有るか? その為の力はくれてやるけれど?」
その誘いに彼女は……。
「えっと、凄く緊張してます。好きな人に抱き締められて眠るだなんて」
「手を繋ぐだけですし、布団には入りませんよ?」
随分と可愛らしいリビングと違って和風の内装にした寝室の中(好きな方を選べる)、丑宮さんは布団の上に座って目を逸らしていた。
巫女服から浴衣に着替えてはいるものの、小柄な体格に不釣り合いな程に大きな胸が内側から押し広げて胸元が大きく開いている。
もうワンサイズ大きのにして裾上げするなりすれば良かったのではないだろうかと思いつつ、部屋の中を見れば水差しや乱れ箱や箪笥を見る限りでは随分と高価で使い込まれた物を愛用している様子だ。
もしかして結構大きな神社の娘さん? 知識ばかりあって男慣れしていないのも納得は……。
彼女の持つ素質に大婆様達がどう反応するかばかりを気にして彼女自身を特に知ろうとも思っていなかったが、今後の為に知っておくべきかとも思い直す。
まあ、プライベートな事を男の私が聞き出しても角が立つだろうし、葵さんにでも頼みとするが。黒八木さんと三浦さんではコミュ力に問題がある事だし。
「丑宮さん、仮に私が貴女の事を知りたいと言ったらドン引きですよね?」
「私はバッチ来いですよ?」
「あっ、はい。サポート役なのに何も知らないと思っただけですし、異性には言い辛い事も有るだろうから葵さんにお願いしますよ」
尤も彼女ならその辺の事は聞かずとも様子から判断するでしょうし、生理だのの情報を私にわざわざ伝えはしないだろうけれど。
アレルギーとか親類間の問題やトラウマ等は把握しておかないと困るから、その辺を当たり障りの無い範囲で教えて欲しいと伝えた所で布団の横に腰掛ける。
愛刀を肩にもたれ掛からせ片膝立ちの姿勢で空いた手を丑宮さんへと差し出した。
「では寝るとしましょうか。変態の相手みたいな嫌な事はさっさと終わらせましょう」
「これって同衾なのでしょうか? 同衾ですよね! あわわわ、男の子と一つ屋根の下で……」
「違うのでは?」
これで性欲が増幅されていないなんて有り得ないだろうし、霊力のコントロールが落ち着いて我に返った時にどうなるのやら。
私の場合は……まあ、鬼の血で常人より強いし関係を持っている相手が居るので問題は無かったが、彼女がどうなるかは想像出来そうにない。
面倒な事にならなければ良いと思いつつ私は目を閉じる。そして最後に思ったのは……これだけ豪華な寝具も家具も魚臭さと血生臭さで買い換えの必要が出るだろう、だった。
学園からの補助? 事情を知る政治家が裏金から捻出した予算には限りが有るので、本来なら話を聞きに行くだけの子供の使いレベルの報酬から捻出するしか無い。
太い実家だろうとこれだけの物を買い直せば痛手だろうが、御愁傷様としか言えないな。
「何ともまあ、趣味が悪い」
意識が覚醒するなり目を覚ませば其処はまるで雲の上。程良く沈み寝転がる者を怠惰にしそうなクッションを思わせる白くモコモコした床、周囲に漂う甘い香りには常人の思考を朧げにして正しく夢見心に誘う。
淫魔が獲物を狩る為の空間。思考が定まらない中、情欲を沸き立たせ羞恥心を抑え込む暗示に掛かって、それでも頭の片隅で夢だと分かっているので夢だと分かってもいるので抵抗は更に下がる。
夢の中で意中の相手や理想の異性とヤレるのにどれだけの人が抵抗するというのだ。
私の場合は琴音の姿になって現れるのか、それとも低身長微乳美小尻美脚の姿で出て来るのか。
どちらにせよ今回の相手は惨殺するのが決定している。
琴音の姿だった場合? その姿で私に敵対したのだから惨殺が温情に感じる方法を選ぶだろうに。
それはそうとして……。
「むにゃあ……えへへ」
此処に来た時点で手を離していたので隣に居る事しか認識していなかったが、夢の世界でも呑気に寝ている、しかも全裸で。
成る程、脱がすのが面倒だからターゲットは全裸なのだろう。納得しか好意を向けられていてもない。
何とも風情が無い事だと淫魔を鼻で笑ってしまった。一枚一枚脱ぐ姿を観察するのも脱がせるのも着たまま行うとのも選択肢から外すなどお笑い草以外の何物でもないのだ。
これでは直ぐに全裸にするコスプレAVだと呆れつつ丑宮さんを観察した。
手足は左右にグデーっと伸ばされ、何が楽しいのか口元が緩んでだらしない。
呼吸に合わせて大きな胸がタプタプと揺れ、鮮やかな先端部分は肉に埋もれている状態だ。
これで琴音だったら襲いたくもなるのだが生憎ながら丑宮さんだ。好意を向けられた所で此方も返す義理は無い。
一応直視は避けて、異変が無いか観察しただけだが、大きいと認識していた胸は着痩せするタイプだった事しか分からないし、異変は無さそうで一安心だ。
「……来た」
霧の様に周囲を漂う雲の向こう側に人の姿をした影が映り出す。翼と尻尾は勿論、爆乳の先端部分までハッキリとシルエットで確認出来る、
同時に漂う脳を溶かす程の甘ったるい香りに混じる仄かな獣臭と草を擦り潰して搾り出した汁の青臭さ。
外れて欲しかった予想が的中した事を悟ると同時に肉に刃物を突き刺す音が断続的に響き、シルエットの内側から刃物が追加された。
ドスッドスッっと草刈り鎌の湾曲した刃が肉を切り裂いて血飛沫を撒き散らし、姿を見せる前に倒れ込んだ体に開いた傷を内側から押し広げて三匹の獣が姿を見せる。
「……ふぅ」
甘い香りは吹き込んだ生暖かい風によって一瞬で消し飛び、代わりに一層濃厚な獣臭と血臭と草の臭いが強くなって鼻腔を満たす。
続いて聞こえたのは小さな獣達、小型犬の子供程度。ほっそりとした長い胴体に茶色の毛。食肉目イタチ科イタチ属、つまりイタチだ。
その両前足が草刈り鎌の刃にさえなっていなければの話だが。尻尾に細い縄でぶら下げているのは三十ml程度しか入らなさそうな小さい薬壺。
但し売値は末端価格で五百万円。
その正体こそ【鎌鼬】。本人…本鬼? の前では口に出来ないが茨城童子さん以外の大婆様配下の鬼の皆様よりも有名な妖怪だろう。
一匹目が転ばし、二匹目が切り裂き、三匹目が薬を塗って傷を塞ぐ。
……の筈だが、目の前には三匹揃って切り裂き&薬担当。
目を真っ赤に血走らせ、全身の毛を逆立てながら此方を威嚇するものの、とても鬼の血臭い。
寝起きの幼児に高濃度のアルコール飲料をガブ飲みさせたみたいな酩酊状態。
破壊と殺戮を衝動に任せて行う状態だが、鼻をひくつかせて此方の情報を得ようとしていた。
「キィィィィィ!! ……キィ?」
威嚇の途中、先頭の一匹が何かに気が付いた様子で動きを止めて首を傾げれば、残り二匹も何かと思って強く鼻を動かして動揺を伝播させて威嚇を止めていた。
「キキィ!?」
「キィ……」
「憑き物の要領で操っていたのでしょうが、それで情報が狭められるのでは駄目でしょうに。相変わらず悪戯の爪が甘い」
もう否定する材料は皆無だ。何せ目の前の三匹は……。
「スナギモ、セセリ、ボンジリ。ちょっと見ない間に随分と大きくなったみたいですね」
幼い頃、世話を押し付けられた鎌鼬の生き残り。それを前にして身内の関与が確定した事にドッと疲れが押し寄せる。
刀の柄を握る手に僅かに力が籠った。