欲しい物は殺してでも奪え。寧ろ手っ取り早いので殺すのが推奨。それが鬼の世界の法……法?
その様な無法の規律が罷り通る世界において弱者の立場は脆く危うい。
誰かの庇護下に入ったとして、石に躓く程度の不運で庇護してくれる相手に命を奪われるのも当たり前。
言う事を聞き、働きを認められ、血縁者としての愛情を注がれていても気分次第で滅ぼされたのが坂田家なのだから。
「キィ!」
「流石は鎌鼬。役割分担がしっかりしている。だからこそ駄目だ」
振るわれる鎌の切先を刀の腹で受け止め払い除けながら三匹の動きを観察するが、だからこそ動きは読み易い。
誰が何をするのか分かっているなら対応の選択は簡単だ。
一歩下がり半身を斜めに傾ける。ずらしたタイミングを修正する様にし、振るわれた刃を刃で弾き飛ばせば再び攻撃が繰り返されるのだが、初撃以降は一切の攻撃が当たっていなかった。
本能からか連携には無駄が無く、無駄が無いからこそ何処にどのタイミングで来るのかが分かってしまう。
それに通用しないにも関わらず複数のパターンを繰り返すだけでは駄目だろうに。
「その辺の訓練は受けていないのですね。そもそも飼い主……茨城童子さんがする訳が無いですし、餌すら与えておけと部下に命じて見たい時に見に行くだけなのが……」
そもそも飼っている自覚があるかさえ不明なのがあの鬼だ。寧ろ訓練されてなくて良かった。
されているなら丑宮さんも狙って私の動きに制限を掛けるだろうし、フェイントすらないのは話にならない。
今の速度は時速百キロ程度で、子犬程度の大きさのそれが宙を高低差など無視して襲って来るのだから学生で対応するには是清君でギリギリだろう。
大上段に振り下ろした刃を横回転で腹を叩かれ塞がれ、今度は首を狙っての挟撃。
私が誰か理解した際に見せた迷いは鬼の血による狂気と私を狙えという暗示によって消え失せ、愚直に攻撃を続けるだけで一旦離れて様子を見ようともしない。
鎌の切れ味は底上げもされ切り裂く際の太刀筋もあって鋭利。並大抵の強化や防具など薄紙を裂くのと変わらないだろう。
「これでは鎌鼬の意味が無い。いや、元々か……」
確かに元より鋭いが、今は鋭利過剰、余りにも綺麗な傷口の為に、治療術の心得や高い自己治癒力があれば薬を塗らなくても傷があっさり塞がってしまう。
肉を切り飛ばすか同じ箇所を細かく刻めば別だが、これでは致命的な場所を深く切られなければ……ああ、成る程。
わざわざ私が世話をしていたボンジリ達を使う理由が分かった。五割が何となくで三割が取り憑いて行動を誘導出来る事、残り二割のその他諸々の中には大婆様の言い付けで演じている優しい優等生に染まっていないかの試しも含まれているのだろうが、それは侮られ過ぎだ。
「分かった分かった。楽しいんですね、【
強く握った柄が微かに振動するのが伝わり、指の隙間からは腐り始めた汁が漏れ出した。
同時に切先から立ち昇るのは瘴気。丑宮さんが吸えば一瞬で肺胞がジュクジュクに腐って壊死するので結界を張って防ぎつつ峰を撫でて盛り始めた愛刀を宥めれば指先が少しだけ腫れて赤くなっている。
「キィ!?」
先程から刀と撃ち合っていたスナギモの鎌に異変が起きる。刃全体が変色し歪み始めた。
変形した部分から瘴気が噴き出すと共に半ばから腐り落ち腐汁が滴る。
前足から噴き出す瘴気を吸ったのかスナギモは前のめりに崩れ痙攣を始めた。
「可哀想に。中途半端に強くなったせいで即死も出来ずに苦しんで。辛いでしょう? 龍神すら恐れ慄く大百足の毒は」
源一族の豪傑が龍神の頼みを受けて退治したとされる大百足。毒を吐き空さえも飛び、その巨体は山を七巻半する程だったとか。
その大百足の牙には本来に毒は勿論、大妖怪である大百足の怨念が芯まで染み込んでいる。
それを刀へと加工した物こそこの刀、妖具・【
連携が崩れた事で起きる硬直。三匹で動く事が前提で動く妖怪だからこそ機能不全に陥る。必要だから組むのではなく、三匹で組んで生まれて来たからこその弊害。
仲間が死んでも即座に割り切れないのは戦闘では致命的だ。
「既に十二匹を見捨てた私が今更刃を鈍らせるとでも? 何一つ言い訳する気は有りませんよ」
迷いは同じく致命的な隙を生み、人間らしい感傷は鬼の不興を買う。総大将の子孫が、英雄の血を引く男児が何をやっているのかと。
自らの命が惜しいなら僅かな希望を託して逃げ出した。逃げなかった理由は逃げれば一切の希望無く殺される大切な相手が居るからだ。
命は等価値では無い。憎い相手の身内だと狙われるのと同じく誰かの何かだからと優先度を上げられる様に、立場や関係や好き嫌いで価値は変わる。
だから、大切なペットだと今でも思っているスナギモの心臓に刃を突き刺した。
「キィ……」
大百足の毒が鬼の血の毒に勝ったのか心臓を中心に全身が腐り落ちる中、腐敗が頭部に達する寸前にスナギモの目が元に戻る。
甘えたくなんてないとばかりに遠巻きにしつつ私の様子を伺っていた子供の頃のままの目だった。
「……さて、顔見せの準備もあるので残る二匹も終わらせて直ぐに帰りたい所ですが……」
許しを乞いもせず、後悔も無い。その様な資格などとうの昔に自ら捨て去った。
故に粛々と任務を終えるべきだが、淫魔が倒れた時点で実質的に終わったも同然であり、此処から先は任務外。
セセリもボンジリも刃には殆ど触れてはいないものの刃毀れが始まっているので毒が全身を回るのは時間の問題だ。
敵として派遣されたならば敵として扱うのは鬼の流儀。今の私は封魔士候補ではなく大鬼酒呑童子の子孫としてこの場に立っている。
敗者には何一つ選択権は無く、勝者は全てを奪う権利があるのだ。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な。お・お・ば・ば・さ・ま・の・い・う・と・お・り」
切先を交互に向けて二匹の内の一匹を選ぶ。何かを選ぶとは他の全てを選ばないという事。
その結果を惜しんでも悲しんでもならない。
どうせ見られているのだから天の神様を大婆様に置き換え、選ぶ。我ながら最低の行為だとは分かるものの、これしか無いのだから。
「一応ながら茨城童子さんの所有物。全部壊してしまうのは不味いでしょうし、最後の落とし前は一匹だけで終わらせますよ」
片手で髪をかき上げれば指に触れるのは角の感触。普段は抑え込んでいる鬼の血を活性化させた事で皮膚を突き破り出て来た角が私の中の鬼の力を更に増す。
角を出す時は結構痛い。頭蓋から生えるので。
踏み込みから肉薄した瞬間、セセリは反応する間も無く、何が起きたか理解する事すらせずに縦に両断されて断面から腐り落ちる。
腐汁がぶちまけられる中、私は残ったボンジリの体を右手で掴みあげた。
「キ、キィ!」
もがき続け鎌を振り回しても私の手に僅かな傷を付けるだけ。左手の手のひらを鋭くなった歯で傷付け、滲んだ血をボンジリの口の中に流し込めば始まるのは押し合いだ。
今回使われた血の持ち主は大婆様の部下としては長いものの頑丈なだけで生き残って来た。鬼としては然程高い位ではない。
その血と大婆様から受け継ぎ続け薄まったとはいえ活性化させた私の血が主導権を巡ってボンジリの体を破壊しながら争い続ける。
骨が折れ内側から毛皮が裂けて血が吹き出し、ありとあらゆる穴から出るもの全てが溢れ出す。それを術で無理に治療し続け三分後、鬼の血も血を媒介にした術も全てが抜け切ったボンジリの姿があり、腹には赤い文字が浮かび上がっている。
「全部殺していたら文句を言っていたのじゃ、か。相変わらずだ、茨城童子さんは……」