「……疲れた。二度とやってたまるか、糞がっ!」
落ち着いたのか静かに息をするボンジリの頭を指先で撫でつつ座り込むが、言葉遣いを正す余裕なんて残っていない。
いや、肉体的には余裕だが。そうでもないと既に便所にひり出された糞になっている。
傷も浅いし活性化させた鬼の血も抑え込んだが一番辛いのが精神的な疲労。
もしボンジリを殺していれば自分の所有物である鎌鼬を全て処分したからと茨城童子さんにボコボコにされるのは目に見えている。膨れ面で頬を裂けるまで引っ張り、ポカポカと軽い感じで頭蓋骨がベコボコに変形するまで殴られるのだろう、向こうが嗾けた相手を返り討ちにした事で。
どう考えても理不尽だが、鬼が相手だ仕方が無い。人の心とか期待するな。
恨むなら人の世にも鬼の界にも中途半端に居続ける自分を恨めとしか言えない。
全くもって中途半端が一番いけないのだから……。
朝焼けが広がり夜の闇が追いやられる様に夢の世界が消えて行く。懐に忍ばせていた札にボンジリを封印して再び隠した頃には目覚めるまで秒読み段階。
「むにゃあ。えへへ、龍洞くーん」
「結局寝っぱなしですね、この人。この能天気さが羨ましく見習いたくはない」
少し落ち着いて口調が戻る。どんな意図が有るのか、もしくは特に無いのか優等生としてのキャラ付け。酒呑童子一派には頼りになる相手が居ないので叔父さんに相談した結果、とりあえず敬語を使って特に問題起こさない成績優秀者なら良いだろうとなった。
結局、私も思い付きで動き、見様見真似でそれらしく動いているに過ぎない。
そんな私とは違い、彼女は素の状態だと思っていると気が付けば鼻を軽く摘んでしまっていた。
「ふごっ!」
変な声が出た、面白い。
人間側の過激派にも魔の存在にも命や身の安全を狙われるであろう運命を与えられた彼女に同病相憐れむ気もしないでは無いけれど、此処迄能天気に過ごせる人生だった事には嫉妬さえ覚える。
「何故自分なんだ……と声高々に叫べる立場でしょうに」
例えば私なら大婆様が坂田家を滅ぼそうと思ったのが何故私の居る時期だったのかと……。
それは私には許されない事だ。鬼の手先であり玩具、気紛れで与えられる命令に従い、自分の生きている間に気が変わらないのを願うだけ。
愛する相手への想いを好きに語る事すら許されない私にとって重い運命に翻弄されているのに会ったばかりの相手に好意を叫び続けられる丑宮さんの事は理解不能だった。
「生涯昏睡状態に陥らせるなんて手段を選ばれなかった事を感謝する事ですね。時代が時代なら次を考えずに殺されていたかも知れませんよ?」
殺されないのは次の適合者探し、監禁は精神的に追い詰める事で力が暴走する可能性があるから。
過去の事例に照らし合わせたリスク管理だ。生まれた時代が今で良かったと喜んでも良いのでは?
「そんな事されたら照れちゃいますよ〜」
この人を見ていると能天気過ぎて訪れていた可能性のある不幸を予想しない可能性も有るのだけれど。
「それで表向きは一件落着って事か。任務達成お疲れさん、内通者」
「いや、そうですけれどストレートに言います?」
任務も終わり解散し、部屋に戻れば風呂の時間だ。だが、この日は普段と違う。
何時もならば私が後ろから抱き締めるか向かい合って入る琴音は私の背後。
背中に押し当てられた微乳も胸や腹を弄る手も首筋を甘噛みする犬歯も感じられるも、今日は彼女のリクエストで泡風呂の為に振り向いても見えはしない。
「誰にも言われないで抱えてるよりゃマシじゃねーか。ウジウジされてたら面倒なんだよ。友達と思いつつ罪悪感とか覚えてねえで、開き直って騙されてやんの馬ー鹿! って嘲笑ってりゃ良いのによ」
鬼ならそうするだろ? と言われたら頷くのみ。優等生を演じるもボロが出るが、他が問題児過ぎて優等生扱いされてはいるものの中途半端。
寧ろ好色な面や好戦的な発言が偶に漏れても基本的に真面目扱いをされる封魔士の魔窟具合よ。
幾ら欲望が膨らみやすいとはいえ余りにもと思ってしまう。
「そもそも演技って苦手なんですよね。茨城童子さんは演技も変化も得意ですが、私はちょっと……」
騙す欺くは狐だけでなく鬼の得意分野ではあるものの、私は完璧に演じられてはいない。
本当ならば、欲望にも忠実に振る舞いたいし、暴力で解決できることを暴力で解決したい。
大婆様の思惑を完全に理解できずに従っているが、こんな中途半端さでは不況を買ってしまう相手だって出る筈だ。
「まっ、精々頑張れよ。お前が私の生きる術なんだ。駄目だった時は手と手を繋いで鼻歌混じりに一緒に地獄に落ちようぜ」
耳に吐息を吹き掛けつつ囁かれる。正直辛抱堪らないが、こうして混浴しているのも実は危険だから我慢だ我慢。
週末に顔出しをしに向かった際に搾り取ろうと薬まで用意して待っている方々に怒られては困るので現在絶賛禁欲中。無駄撃ち厳禁なのだ。
「……お前が望むなら何でもしてやるし何でもされてやる。私はお前の…お前だけのモンなんだからな。だから耐えるか受け入れとけ」
「人を完全に捨てられたら楽だし楽しいんでしょうけれどね」
首に手が回され、振り向けば唇が重ねられる。余り長いと自制が効かないので一秒未満の短いキス。
そうだ、人を捨てさえすれば何も問題が無い。なのに出来ないのには理由があるのだ。
英雄の血、英雄が英雄足るに必要なのは理外の肉体だけでなく精神。それは育ちだけでなく生まれの時点で与えられる。
私に流れる坂田金時の血が人と鬼の境界線を踏み越える一歩を踏み留まらせ、鬼として生きる事を拒絶させる。
鬼の住処で育ち、それをどれだけ歪ませ様としても最後の引っ掛かりが取れない。
好きに生きる為、鬼として振る舞う為に捨てるべき何かを捨てさせてくれはしない一種の呪い。
それがあるから英雄は面白く、へし折り陵辱しがいがあると大婆様から寝物語のついでに教えられた。
英雄の血が鬼の血を断ち切るか、それとも逆か。大婆様はそれが楽しみだとか。
鬼の血を引くならば英雄の血など捩じ伏せろ。それが無理なら華々しく戦って散れ、私を狙う連中の意見は大体こんな感じだろう。
まあ、正論だろう、鬼の理屈では。
「封魔士側で使える駒が欲しいと言われ、色々と条件を出された上で学生をやっていますが、本当に何を考えての事なのやら」
「サイコロ振って決めたとかじゃねのか? 無茶苦茶過ぎて駄目なら駄目で別に良いやって感じでよ」
有り得そうなので言わないで欲しかった……。
『龍洞ちゃんの生き方は……5だから優等生で、見せる力は4なので化け物級呼びされる子達に総合で届かない程度で……』
何故ならばその光景が目の前で繰り広げられているかのようにハッキリクッキリと頭に浮かぶからだ。
幹部勢と適当に選んだ表を前に宴会の余興でサイコロを振り私がどう過ごすかを決める。
それに従っての生き方が気に入らないならちょっかいだって出す。あまりにも理不尽で惨い話だ。人の心とか欠片も無いのだろう。
鬼なんてその様な物? それはそう。
「よっしゃ! 今日は夜通しゲームしようぜ! 協力プレイだかんな」
「それは良いですけれど髪はちゃんと乾かしましょうね?」
「えー? 面倒臭ぇって」
風呂上がりに髪も体もタオルでザッと拭いただけでテレビの前に移動した琴音がゲームの準備をする中、私はドライヤーで髪を乾かす。
今の彼女は寝巻き用に大きめのTシャツを着ているだけなので尻尾で膨らんだ裾やら胸元を上から覗き込んで時の絶景やら、正直誘われている気がしてならない。
「これが生殺しという奴か……」
「顔見せが終わったら好きなだけ相手をしてやるんだから我慢しやがれ」