お試し倉庫   作:ケツアゴ

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封魔の鍛冶師 

 空を覆っていた厚い暗雲を散らして地上に降り注ぐ黄金の光の柱の中で浮かぶその姿は女神としか言い表せず、閉じられた瞳で俺達を見詰め口を開かず頭の中に静かに語り掛けて来た。

 

『世界の命運を担いし者よ。私の言葉は届いているな?』

 

 純白の布を巻き付けただけの衣装にも関わらず確かな品性が其所には在り、風も無いのに揺れる金色の髪は大地に恵みを齎す太陽を連想させる。

 

 圧倒的上位者である事を否が応でも理解してしまう神聖さと威厳、そして人間への慈愛が込められた言葉に思わず頷けばキツく締められた口元が僅かに緩んで見え、右手の指先が真っ直ぐに俺へと向けられる。

 

 まるで白昼夢の様な光景に俺の頭じゃ理解が追い付きそうにないが、分かる事が一つ。

 

 どうやら俺は随分と厄介な運命とやらを背負っているらしい。難しい話は弟に丸投げしてから噛み砕いて教えて貰ってるんだがな……。

 

 

「連れて来りゃ良かった……」

 

 

 

 

 

 己の中で燃え続ける炎の熱と魂を鎚に込め、唯只管振い続ける。聞こえるのは鎚の音、見詰めるのは使い手の命を預ける相棒になるであろう己の作品のみ。

 

 他には何も聞こえねぇし見えねぇ。そうだ、他に何一つ要らねえんだ。武器は必ず最後には折れるか壊れるかする消耗品。だからこそ俺達鍛治師は己が打てる最高の品を作らなくちゃならねえって教わった。

 

 鎚を振り下ろす力と感覚に寸分の狂いも許さず、作った武器が鈍らだったからと言わせない物を作り上げる。

 

 

 俺の名はヒガン。火の眼という意味を込めてそう名付けられたらしい。

 

「……ふぅ」

 

 最後の一回を振り下ろし、完成した事を確認した瞬間に狭まっていた五感が元に戻る。

 吸い込むだけで肺の中が焼けそうな鍛冶場の熱気も全身に浮き出た玉の様な汗も喉の渇きも今この瞬間まで感じなかった物だが、休む前にやる事があった。

 

 作り上げたのは鍔と柄にドラゴンの装飾を施した片刄の剣。剣を手にして外に出れば感じる山の冷たい空気を一身に浴びる暇も無く見据えるのは試し切り用に用意していた丸太。

 

 踏み込みと同時に振り抜けば手には殆ど抵抗が伝わらずに刃が丸太を通り抜け、少し遅れて斜めにずれ落ちた。

 

「俺としては百点。つまり婆さんなら十点にもならねえって事だな」

 

 今回の作業に何一つ狂いは無ぇ。鍛治師の誇りに賭けてテメェの全身全霊を注ぎ込んだ傑作だと断言出来るが、育ての親であり鍛治師としての師匠でもあった婆さんには遠く及ばない。

 

 まっ、それだけ婆さんが名工だっただけだ。十年以内に追い越してやるよ。

 

「鞘の方は依頼しておかないとな……」

 

 生憎鞘の方は分野外、そっちはそっちで専門家に任せるとして一旦向かったのは庭の片隅の桜木の下の墓。婆さんが大切にしていたからって選んだ場所で、何か打った後は一旦此処に供える事にしてる。

 

「おう、婆ちゃん。俺も少しは成長してんだろ?」

 

 墓に話しかけても当然返事は聞こえねえが、何故か駄目出しされている気はして来る。

 慢心すんなって事だろうさ。

 

 次に向かったのは鍛冶場横に置かれた水瓶。冷たく新鮮な水が中に溜められていて、先ずは柄杓で掬い喉に流し込む。

 

「プハッ!」

 

 相変わらず水が美味え。鍛冶場の熱で火照った身体にはこれが何よりのご馳走だ。

 咽を鳴らし口の端から溢れるのも気にせず二杯三杯と飲み進める。どうせ汗だくだし多少濡れても同じだ。

 

 そもそも喉を潤したら頭からひっ被るしな。

 

 水瓶を持ち上げ頭の上で引っくり返せば身体中の汗も熱も押し流される。

 どうせ近所に誰も住んでねえし来客の予定も無いってんで作業着を脱いで強く絞った後は腰に巻き付けて家へと向かって行った。

 

 門を開けずとも漂うのは川魚を焼く香り。俺とは五歳以上離れている弟が水瓶の水と同じ様に作業が終わるのを見越して用意してくれている朝飯だ。

 

 喉の渇きは潤ったが戻る前に小便して水を出したら腹減るんだよな。最後に頭を振るえば短く刈った髪に残った水も飛び散る。

 

「エトン、もう食えるか? 腹減っちまったんでさっさと腹に何か入れたいんだわ」

 

 腹に手を当てて扉を開ける。婆さんが結構稼いでいたからそれなりに広いものの玄関を開ければ直ぐに台所が見える中、其所では無数の黒い触手が蠢いていた。

 

 

「もう直ぐだからちゃんと着替えなよ兄ちゃん。その頃には終わってるからさ」

 

 いや、正確には触手じゃなくて無数の腕だ。影が幾重にも別れて伸び、腕に形になって同時に家事を進めていた。

 一本一本が意思を持つ様に動いて洗濯物を畳み、鍋をかき混ぜ、鋭くなった指先で野菜を切って、焼いている最中の魚を団扇で扇ぐ。

 

 その影の中心に居るのが弟のエトン。ソファーに座って魔法の教本を読みつつ俺と同じ赤い色だが少し癖のある髪を影の手を使って結んで後頭部で三つ編みにしていた。

 

 腕の数は十本を超えるが動きは滑らかで家事の手間取りも無いのは見慣れた光景。しかもこれって命令してるんじゃなく、自分の意思で全て同時に動かしてるんだとか。

 

「おう。洗濯物はカゴに入れときゃ良いな?」

 

「そうしてよ。それと濡れた体はちゃんとタオルで拭いてって言ってるでしょ? アーロン兄ちゃんじゃないんだからその内に風邪引くよ。あっ、少し水が足りなかったか。【アクアボール】」

 

 言うなりエトンの影から更に一本増えた腕が伸びて洗濯カゴを差し出し、それに続いてエトンが自分の指先を鍋に向ければ空中に水の塊が現れて鍋の方へと向かって行った。

 

 

 部屋に戻ればベッドの上には既に着替えが畳まれて置かれている。流石はエトン、毎回頼りになるぜ。

 

 婆さんが生きていた頃、俺達三兄弟はそれぞれ別の役割を与えられた。俺は鍛治を叩き込まれ、長男のアーロンは力仕事を末っ子のエトンは一番読み書き計算に向いていたので帳簿や商売に加えて家事を。

 

 ……いや、マジで凄いよ彼奴。情勢だの同業者との兼ね合いとか税金の計算とか俺には少ししか分かんねえ。

 お陰で俺は自分の仕事に専念すれば良いんだから頭が上がんねえよ。

 

 因みに魔法の方は市場で二束三文で売られていた時代遅れの教本を読んで独学だってんだから……うん。

 

「俺がもう少し頭が良けりゃ魔法の学校にでも行かせてやれるんだけれどな……」

 

 あくまでも趣味なだけで魔法に関わる仕事をしたい訳じゃないし、僕が居なくてやっていけないじゃん、と呆れ顔で言われてからは何も言えないが、今でも心の隅っこでつっかえている。

 

 兄貴の俺が弟の才能を潰す真似して良いのかってな。じゃあ、彼奴無しで俺がやっていけるのかって聞かれたら黙り込むしかねえんだが。

 

 せめて彼奴がアーロンみてぇに自由だったら良かったのにな。

 

 一番上の兄貴は一年程前に旅に出て帰って来ていない。風の噂じゃ若い女の生贄を求めていた大蛇を倒したとか、裏切り者と手を組んで砦を乗っ取り女騎士を捕らえた盗賊団を壊滅させたとか、表向きは普通の教会だった悪魔崇拝の教団に利用されていた聖女を助けたとか。

 

 女助けてばっかだな!?

 

 いや、人助けは良いんだが旅先で絶対大勢を射止めてんだろ。元気で何よりだし、本人に自覚は無いんだろうけれど。

 

 駄目だ。エトンが兄貴並みに自由だったらマジで困る。

 

 偶に手紙も来る字が書けねえから代筆を頼んでるらしいが、毎回違う筆跡の上に家族に自分をアピールする感じなのは何とも……。

 

 エトンもそうだが兄貴も顔が良いからな。俺は目付きが悪いし髪と目の色以外は似てねえけれど。

 

「……客か」

 

 鍛冶仕事の時は遮断しているからか普段は鋭敏になった耳が玄関の辺りでの聞き慣れない女の声を拾い上げた。

 用件が何かは大抵予想出来るが相手の性根迄は無理だ。エトンが応対しているなら慌てる必要は無いが、一応護身用の剣を手にして音を殺しながら部屋を出る。

 

「それで名工と名高いヒヤリス殿にお会いしたいのだが」

 

 部屋から玄関へと続く曲がり角に飾ってある鏡に目を向ければ客の姿が見えた。年齢は俺と同じ程度で立ち姿からそれなりの強さを持ってるのだろう。

 外套の下は軽鎧姿で腰には一振の剣を携え、紫の長髪が風に靡いている。顔は悪くないんじゃねえか? 鎧の膨らみは大きいのは信用が出来ねえが、客の女は小さい。

 

 随分と真剣な様子だが、わざわざ訪ねて来るとはご苦労なこった。

 

 婆さんを訪ねて来る奴は生前から月に何度かいた。気に入った物しか市場に出さない上に出れば即座に売り切れて、店が買えば利益の為に高価になり、使い手に売れば手放す筈が無い。

 

 間に誰も挟まずに少しでも安く買いたいのか、名工が自分の為に打ってくれたって泊付けが欲しいのか、どっちにしろ急な来客が嫌いだった婆さんは追い返していたが、死んだ事を知らずに来たのは久々だな。

 

「お姉さん、ごめんね。お婆ちゃんはもう寝ているから会わせてあげられないんだ」

 

 少し幼さを出した声のエトン。完全に商売モードだ。此処からじゃ顔は見えないが瞳を潤ませて申し訳無さそうな顔をしているんだろう。

 

「むっ……。お休み中であられたか。どうにか軒先をお借りしてでも待たせては貰えぬか? 私にはどうしても彼の御人の作品が必要なのだ」

 

「えっと、ごめんなさい。お姉さんの頼みを聞いてあげたいけれど無理なんだ。勝手にお婆ちゃんの所に連れて行ったら怒られちゃうから……」

 

 此れはただ婆さんの打った物が欲しいだけじゃないらしい。周りに自慢したいだけの横柄な奴なら起こせとか言ってくる。

 幾ら目当ての相手の身内らしかろうとも、それをせずに十そこそこの相手に真面目に頼み込む真面目さは大したもんだ。

 

 それでもエトンは首を縦には振りはしない。それに女は少し焦った様子だ。

 

「も、勿論対価は存分に用意してある。そうだ、此れは手間を取らせた詫びとしてだな」

 

 外套の下から取り出した皮袋から聞こえる金貨の擦れ合う景気の良い音。随分と中身が詰まってそうだし、婆さんの作品とまでは行かなくても結構な業物を買えるだろうに、何故わざわざ子供相手に粘ってまでと思う中、女は袋の中から金貨を一枚取り出してエトンに握らせた。

 

「え、えっと……」

 

「本当に詫びの気持ちだ。だ、だが、孫の君から良い人だったと言って貰えれば……助かる」

 

 どうだろうか? そう言いながら女は少ししゃがんでエトンと視線を合わせながらそっと頭を撫でる。

 途中まで俯いていたエトンだったが、此処でそっと頭を上げた。

 

「う、うん。じゃあ、お婆ちゃんの所に案内してあげる。お姉さんだけ特別に…だよ? 美人だし……」

 

「お、おい。……こほん。年上をからかうものではないぞ? ふふっ」

 

「ちょっと待ってね。用意するから」

 

 エトンは顔が良い。それに誉められたからか女の声には少し動揺と嬉しさが混ざっているし、顔は咳払いで誤魔化すも少しだけ赤い。

 

 こりゃ完全にやられちまったな……。

 

 

 

 

「そうか。ヒヤリス殿は既に……」

 

「うん……。両親が死んでから育ててくれていたんだけれど……」

 

 建物の陰から様子を伺えば墓の前で俯くエトンと横でオロオロする女。

 

「ごめんなさい。僕が期待させる様な言い方をしちゃったからお姉さんを困らせて……」

 

「いや、悪いのは私だ。急に押し掛けて来た上に君を悲しませてしまってすまない」

 

 エトンを慰める様に女はそっと優しく抱き締める。暫くそうしていた中、エトンが思い立ったかの様に顔を上げた。

 

「今、手元に売ってあげられるお婆ちゃんの剣は無いけれど、お婆ちゃんの技術を受け継いだ兄ちゃんの打った剣なら此処にある。兄ちゃんは此処にはもう居ないけれど、お姉さんには此れを使って欲しい」

 

 そう言いながら指し示したのは俺が打ったばかりの剣。少し迷った後で女は剣を手に取り息を漏らした。

 

「見事だ。此れを買おう。……いや、是非此れを売って欲しい。料金は此れで足りるだろうか? 金貨は全部で袋三つ、百五十枚持って来たのだが」

 

「えっと、流石に袋の中身全部は貰えないかな? 七十……いや、お姉さんとの出会いは特別な気がするんだ。だから五十枚。さっき貰った金貨と合わせてそれだけ貰うよ」

 

「だから年上をだな。ふふふっ。だが、今日は乗せられておこう。次に会う日を楽しみにしているぞ」

 

 女は再びエトンを撫でると意気揚々と剣を手にして去っていく。その姿が見えなくなるまでエトンは手を振りながら見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョロ! 今の市場なら三十枚って所だったから儲けた儲けた」

 

「お前なあ……」

 

 何一つ嘘は言っていない。俺は少し離れた場所に居たし。でも、何だかな……。

 

 

「前から言ってるじゃないか、兄ちゃん。美少年って武器は存分に使わないとって」

 

 うちの弟が腹黒い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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