拝啓、あの世の婆さんへ。エトンは逞しくなったし、俺はボチボチやってるよ。兄貴は相変わらずみたいだぜ。
……流石は生前にギルドやらにエトンを連れ回してただけあるよな。ちょっと逞しく過ぎる気もするんだが、兄貴としちゃ誇らしい限りだ。
所で……家の前に刺さった骨付き肉、そんな物をどうすりゃ良いんだ?
両側から骨が突き出した肉の塊で、何の肉かさえ分からないが頭に浮かぶのはマンガ肉って謎の言葉。
マンガって何だろうって疑問が浮かぶが妙にしっくり来るそれは、骨の部分が地面に突き刺さって金属製の支えで立てられている。
「おいおい、何かの祭りを人の家の前で勝手にしてやがるのか?」
祭りで客寄せの為なら珍奇な見た目も納得するが、山の中の個人宅の前に用意する意味が分からない。
匂いに釣られてモンスターが寄って来ても厄介だと思った時に肉の反対側で寛ぐ連中を発見するが、犯人は此奴等だろう。
その中でも中心だろうなのはエトンと同じ年齢だろう女の子。メイド服の数人に囲まれて、差し出された日傘の下で椅子とテーブルを設置して優雅なティータイムを楽しんでいる風にも見える。
人の家の敷地で何やってんだ、こら。
優雅に楽しんでる風っていうのは、メイドの一人が薄切りにしたマンガ肉までテーブルに並んでいるからだ。
レアにも程があるだろうって血の滴る焼き加減のそれをテーブルマナーに詳しくない俺にも分かる丁寧なナイフとフォーク捌きで食べ進める。
「なあ、あの日傘に何か家紋みたいなのが描かれているが見覚えは……うおっ!?」
弟に頼って恥ずかしくないか? 頼れる弟で誇らしい。
なので多分知っているかと訊ねてみればスンッて顔になって不審者一行を眺めている。
改めて観察するが、雪のような白さの肌と髪、瞳は金で服は赤。育ちが良さそうだし、俺達には無縁の存在に見えるが何処でエトンはあの子を知ったんだ?
「あら? 戻って来ていたのね戻って来ていたのね」
この時になって少女は俺達に気が付き、口元を拭くと言葉を向けて来る。
こんなところ何してるのかと疑問を忘れてしまいそうな自信が声を通して伝わり、まるで今ここにいるのが当たり前の事の様だ。
「隣の男は兄弟かしら? それにしては……似てないわね。まあ、それはどうでも良い事ね。重要なのはこの私と貴方の再会よ、エトン」
「人違いです。僕の名はネルガルであってエトンじゃないよ」
「……え? そうなのかしら?」
女の子とメイド達に動揺が広がって行く。あの子の何がエトンに其処までさせるのかは知らねえが、兄貴じゃないんだから俺は余計な事は言わないでおこう。多分変に誤魔化しても墓穴を掘るだけだ。
まさかの人違いをしてしまったのかと一同が慌て、このままの流れなら帰ってもらえそうだと思ったが、流石にそこまで馬鹿ばかりじゃない。
一番年上で気の強そうな黒髪巨乳のメイドが、慌てて立ちあがろうとした彼女の肩に手を置いて止めた。
「お嬢様、表札の名前は確かめたはずですが? 買い物帰りの様子からして、偶然ここに見た目が瓜二つの相手が通り掛かるなどはありません騙されないように」
「え? 嘘なの?」
「そもそもアミュレットに籠められた魔力から誰の作品か察し、流通ルートを辿って此処まで来たのでしょうに」
目をパチクリさせてメイドの言葉を全て飲み込めていない様子。もう誤魔化せそうに無い。
俺が打った剣や防具と一緒に売っているアミュレットはエトンの作品だ。疲労回復のが効果が半年続くからって売れ筋だったが、それがこんな事に繋がるなんてな。
「どうするよ? あの子、騙されてた事に気が付いたぞ。ちゃんと俺たちの家だって確かめた上で騙されるとか、兄貴よりはマシだけれど馬鹿っぽいが」
「油断しないでね、兄ちゃん。馬鹿だけれど、あれでも魔法使いのエリート一族らしいから。アーロン兄ちゃんよりはマシだけれど馬鹿なんだけれども」
小声で相談する中、女の子にメイドは根気強く説明を続けている。首を傾げボケっとし、時折驚いたりした後で立ち上がると指先をビシッと向け、少し涙目でプルプル震えている。
「ま、また私を侮辱しましましたわね、エトン! あの時の屈辱の一戦、忘れたとは言わせないわよ!」
「知らない。そもそも君、誰?」
「ミラ! ミラ・カ・クドラクだけれども!?」
「全く知らない。誰? 生まれてこの方一秒たりとも一切関わりのないことを確証しています」
俺は今、信じられない物を見ている。エトンの奴が俺や兄貴以外に塩対応をするのを見るのは初めてだ。
さっきエリート一族の出身だって俺に言っていた口で一切の澱み無しで知らぬ存在を貫いている。
我慢の限界とばかりにエトンに詰め寄ったミラはさっきまでの余裕有る態度は忘れ去り、年頃の女の子らしい態度で文句を言うもエトンは小指で耳を穿りながら受け流していた。
随分と立派な家名持ちだ、エトンの奴が何処で知り合ったのか心当たりが無いとは言えない。婆さん、一時期エトンの奴を連れ回して旅をしてたからな
俺は鍛冶に夢中だったし、兄貴には頭を使う事を期待しないからって経験を積ませる為にとか。
「大体あの時もよ! 学園で競い合いましょうって差し出した手を握っておいて!」
「何それ、知らない。勉強頑張りすぎて変な夢と現実がごっちゃになったんじゃない?」
「そんな訳無いでしょう!」
気にはなるがあの様子じゃ話を聞き出せそうにない。二人の口論が始まってからマンガ肉やテーブルの撤収が始まっていて、あの黒髪巨乳メイドが指揮を取っている。
あの人なら詳しく知ってそうだな。
「あのお二人の関係ですか? それ程に深い関係とは言い難いのうですが、お嬢様からすれば重要な出来事だったのでしょう。あれは二年前、リュプテル魔法学園の入学試験の事です」
メイドさん……キリアと名乗った彼女は俺が事情を聞けば複雑そうに答えてくれた。
二年前っつーとさっき予想した通りに婆さんがエトンを連れて旅をしていた頃だ。
今思えば死期を悟ってエトンに教えられるだけ教えたかったのかもな、としんみりしつつ話に耳を傾ける。
まあ、そう言ってもあの二人が何をして知り合ったか。それこそが魔法を学ぶ学校の入学試験。
「お嬢様は魔法使いの名門一族でも天才と呼ばれる御方。歴代のクドラク家の方々がそうであった様に首席で合格する……その筈でしたが総当たりでの実技試験にて全勝同士のお二人で首席を競う事になったのですが……」
その試合は実にあっさりと終わったらしい。服の中に仕込んだ小瓶の中の血を蝙蝠や蜥蜴の姿にして大軍で攻め立てたのだが、それを越える数の影の腕によって抑え込まれ、ミラも手足を掴まれて地面押し付けられてエトンの勝利となった。
「それでお嬢様は喜んだらしいです。同年代に競う相手、越えるべき壁が現れた事で退屈だと思っていた学園生活が楽しくなりそうだと」
「でも、エトンは入学しなかったと」
「それで繰り上げでお嬢様は首席になったのですが……色々拗らせてしまいまして」
何でまたそんな事になったのやら。……ちょいと聞いてみないとな。