【悪魔】とは何者なのか、その答えは定かではなく、幾つも存在する。
人がモンスター化した結果、魔法によって作り出された古代兵器、精霊の亜種。
古代の文献や各地に残る伝承から多くの学者が考察し議論を重ねるも明確な答えは未だ出ず、現れる度に甚大な被害を出すものの出現の記録は少なく、悪魔に問いただしたとしても嘲笑うかの様に答えはバラバラ。
悪魔と一括りにされているだけで全て当てはまるのではと主張する者居る中で、此処数年で起きているモンスターの活性化と悪魔を関連付ける者は多い。
その様な中、大量発生した悪魔による事件が隠蔽された。被害者は一人、誰一人死んでおらず、唯一の被害者である女も既に完治している。……体の怪我に限るが。
敢えて暈しつつ説明するならば乙女の尊厳やら色々と大切な物を、という奴だ。
例え両者の認識が剥離しているとしても、彼女にとって大きな出来事であった。
例え! 双方の認識に大きな食い違いがあったとしても!!
「やべっ! 寝てた……」
混み合った馬車の中、気がついたら寝ていたらしい。客の顔ぶれは変わっていないから大した時間ではないみたいだが、完全に熟睡していた。
スリだの泥棒がいるから寝ないように、とエトンから言われて居たのを思い出し、服の内側のポケットに入れていた財布を探って更に思い出す。
慌てて財布の場所を確かめる行為はスリに財布の場所を教えるので駄目だと言われてもいた。
まさか短時間の間に2つも言いつけを破ってしまうとは思わないだろう。
てか、馬鹿って物騒なんだな。家の近くの街と近所の知り合いの家しか行ったことないから知らなかった。
「あー、次はどうするんだっけか?」
どうせ失くしたり汚したりで困るだろうからと予備として渡された2枚目のメモを取り出す。
この馬車で終点まで乗って、次の馬車は3つ目の停留所で降りた後、近くの街まで行って、北の大聖堂方面の馬車に乗って、降りた先では、もう馬車が終わっているので宿に泊まるけれど、田舎者の財布は狙われるのできちんとした宿を取れとも言われている。
宿の見分け方は、ちゃんとメモに載っているので、まぁ大丈夫だろう。
「後は厄介ごとに首を突っ込むな,だったか?」
僕の為なら良いとして、赤の他人のために無理をしないように、とエトンは何度も言って来た。
いや、俺は兄貴だからちゃんと弟を守るけど、自分で言うか?
商売関連やら家事やら何から何も世話になってる以上文句は言えねぇけど、弟の性格には困ったもんだ。
そうこう考えている内に再び襲って来た睡魔に耐え、フラフラの頭の状態で漸く最初の目的地に辿り着いた。
此処から……何処行きの馬車だっけか?
メモを見返し、もう時間がないからと慌てて乗り込む。こっちの馬車には俺以外に一人だけ。
フードの間から紫の髪がはみ出した結構身なりが良い感じの若い女。知り合いの鞘師が作った鞘と俺が打った剣を持って……あっ、居た。
「むっ? 私がどうかしたか?」
「いや、何でもない……」
面倒事に関わるなと言われたばかりの時に絶対面倒とか抱えてそうな奴と再会だよ。
ソワソワと落ち着かない様子だし、俺と馬車の御者を気にしている様子だ。
女の一人旅だから男を警戒している訳でも無さそうだし、何か有るのか?
何方にせよ知らん所からの呼び出しの最中だ。公式の印が捺されているから多分本物だとエトンは言ってたが、見分け方とか何処で習ったのか疑問に思う。
時折石を踏んでか車体が跳ねるが俺も女も体勢を崩す事無く座り続ける。
女からの視線が突き刺さるも悪意は感じず、取り敢えず知らんぷりを決め込む為に寝たふりでもするか。
本当に寝ちまうか心配だが、流石にそんなヘマはしねえだろ。
「……」
腕を組み寝たふりを続けている間も馬車は進むが道は悪くなる一方。大きな街の近辺でも無い限り街道の舗装なんてされていない物だが、それでもこの辺は酷い。
酷いと言えば……視線が増えたな。
馬車が停まり誰かが乗り込んだ様子も無いのに周囲からの視線は増える一方。
木の匂いが強くなったから森の中でも入って行ったのかと思い薄目を開ければ確かに森の中、離れた場所から何かが馬車を取り囲みながら見ていた。
群れで狩りをするタイプのモンスターなら少し厄介だが、モンスター避けのアミュレットは新しくしたばかり。
そもそも森を住処にしているのが居るなら多少遠回りしても避ける筈だと思った時、森の中だというのに馬車が止まる。
例の女の方から鍔鳴りが聞こえたのもそれと同時。俺も迷わず剣の柄に手を伸ばした時、取り囲んでいた気配が殺到した
「変な奴だな……」
飛び掛かって来たのは妙な見た目の猿。金属が貼り付けられていたり手足が別の獣の物。
全体的に歪で身体中が縫い目だらけだったりと俺の知識には無いモンスターだ。
迷いは一瞬、宝珠に指先を当てれば刃を魔力が覆い、振り抜けば金属部分も含めて抵抗無く通り抜ける。
二つに分かれ後方に飛んで行く知らないモンスター。
左右を通り過ぎる際に僅かな冷気が俺の肌に触れ、背後から粉々に砕ける音が聞こえる。
俺に切り裂かれたモンスターは芯まで凍り付いていた。
「【魔法剣】、それもかなりの業物な上に魔法の威力も高い。良き物を持っているな」
【魔法剣】は剣に魔法を封じ込めた宝珠を埋め込んだ物で、刃に魔法を纏わせて攻撃の威力を上げる。
ただ埋め込めば良いだけじゃなく、宝珠から剣へと伝達する経路は勿論、刃の厚さや広さ、小さく彫った溝等の技術が無いと本来の威力を発揮する所か内部から暴走して漏れたり剣が壊れたりする。
魔法剣を打てて漸く一人前とまで言われる程だ。
その魔法剣を見て自分もモンスターを一撃で倒しながら女が感心したような声を向けるが、続いて自分の持ってる剣を少しみせびらかすように構えた。
「だが、私の剣も負けてはいない。未だ無名だが必ず大成するであろう達人の作品だ。……それと少し下がっていろ。君の腕は剣に追い付いていない」
だから私が前衛を引き受ける、とでも言う代わりに女は俺に背を向けて数歩前に出る。
知らないとはいえ、ここまで正面から褒められるのは照れるもんだ。
言葉の通り、俺の本職は鍛治師。扱い方を知らない奴がどうして他人の為の武器を作れるんだって婆さんの考えである程度は使えるが、それでも戦闘が本職の相手には届かない。
「気を付けろよ。この者達は【キメラ】。禁じられた魔法で作り出されるモンスター。戦う為の兵器だ」
「詳しいな、アンタ。っと、どうせ共闘するんだから名乗っとくぜ。俺はヒガン。その剣を打った鍛治師だ」
「そ、そうか。製作者に自慢したのか、私は。恥ずかしい物だ」
「別に良いさ。お買い上げとお褒めの言葉有難うよ」
そしてあれだ。エトンが何か悪い。嘘は一言も言って無いんだが、それでも少しな。
女は両足が熊の前足になったキメラを両断し、横のキメラが膨らんだ尻から出した蜘蛛の糸らしい物を避けた後で胸に剣を突き刺して数歩俺の方へと下がった。
「私も名乗ろう。ルーシャ。ルーシャ・クダン。ルーシャと呼んで構わない。そして君の弟が売ってくれた剣の銘は【飛天斬り】と名付けさせて貰ったぞ!」
「そりゃ結構な名前を貰ったもんだ、なっと!」
腹から生えた虫の脚で地面を這う様に向かって来たキメラを切り飛ばし、近くの個体から次々に片付けて行く。
数が多いが、獣の群れの様に役割を持って動くわけでもなし、それぞれ違うから違う動きをして、逆に仲間の邪魔をしていることも多い。
雑魚が集まった烏合の衆なら即席連携でも充分だ。
俺を庇いながらルーシャが戦い、撃ち漏らしと彼女を背中から狙うのを俺が倒す。
どれだけ味方がやられても逃げていく事はなく、着実に数を減らしていけば、軽く息が乱れる頃にはもう全て倒し切った。
「二人だったから楽だった。助かったぜ、ルーシャ」
「ああ、本当にな。そして剣の性能に腕が追いついていないと言ったのは訂正しよう。それと……申し訳無い。私の勝手で君を巻き込んだ。絶対に守る気ではあったが、この罪は必ず償おう」
ルーシャが急に頭を下げる。何が何だか分からずに反応に困る中、ルーシャは馬車の方へと剣の切先を向けた。
「あの馬車は罠だ。客を獲物として誘い込み、金品を奪いつつ実働実験もをする為のな。私は今日、それを止めに来た。不躾で図々しいとは思うが、ヒガン、君も力を貸してはくれないか?
「」