過去の記憶を失った、赤い髪の少年、鉄華オーカミは、毎晩同じ夢を見る。
倒壊した建物の瓦礫が辺りに散らばる、荒廃した街の中。オーカミはそこで、バトルスピリッツと言うカードゲームをしている。
カードゲームと言うだけあって、バトルスピリッツとは、本来楽しむものだ。しかし、そこにいるオーカミを含めた2人のカードバトラーの表情は険しい。まるでライフ、生命を削り合う、文字通りの死闘を繰り広げているような………
「召喚」
オーカミが、左腕に装着した、バトルスピリッツ専用端末、 Bパッドに1枚のカードを叩きつけると、白い装甲に角を持つ巨大なロボットが出現。
「これで終わりだ。やれ……!!」
召喚されたそれは、オーカミの「命を奪え」とも読み取れる指示を聞き取ると、黒い戦棍を振い、対戦相手の前方に展開される半透明のバリアへと叩きつける。
そのバリアが耐えかねて砕け散ろうとした瞬間。ここでいつも、オーカミは目を覚ます。
「……」
雀の囀りが聞こえて来る早朝の時間。オーカミは「またか」と呟き、ベッドから起き上がる。
オーカミがこの夢を見るようになったのは、およそ半年前。過去の記憶が無い状態で、何故か今のこの東京のマンションの部屋で寝転がっていた、あの日からだ。
「あ、やっと出て来た。おはよ、オーカミ」
「またオマエか」
「オマエじゃない。風見センカ。センカって呼んでって言ってるでしょ?」
マンションの前でオーカミを待ち構えていたのは、藍色のショートヘアが特徴的な少女、風見センカ。
「ねぇねぇ。今日はどこ行くの?」
「その辺」
「その辺じゃわかんないよ。あ、そう言えば最近駅前に美味しいクレープ屋さんができてさ。良ければ一緒に」
「行かない」
「え〜」
なんとなくぼんやり街中を散歩するのが日課のオーカミ。それに毎日のようについてくるようになったのが、このセンカだ。
記憶がないためか、1人を好むオーカミにとって、彼女の存在は少々疎ましい。
「オマエ、なんで毎日オレに絡んで来るんだ」
オーカミがセンカに訊いた。すると、センカは笑顔を浮かべる。
「初めて自分から話しかけてくれた!!……いや、なんかね。初めてオーカミを見た時、ビビッと来たの。これは絶対に運命だ、って!!」
「何言ってんの」
もしかしたら、過去の自分を知っている人物なのかもしれないと思い、センカに声をかけたオーカミ。
しかし、わかったことは、センカの頭の中がお花畑と言うことだけ。オーカミはため息をつく。
「期待して損した」
「え。私に期待してくれてたってことは、それってもうそう言う関係ってことじゃん」
「うざい」
とにかく、この目障りな奴を撒こう。
オーカミが欠伸をしながらそう思った矢先だ。
「やぁ。そこの素敵なカップルさん」
「!」
2人に声をかけて来たのは、道路脇で腰を下ろす、40代程度の男性。布切れとも言えるボロボロのケープの着用、無造作に伸びた顔の髭等、あまり清潔感は良くない。パッと見た印象はほぼホームレスだ。
「誰。オレとコイツはそんな関係じゃないけど」
「やだオーカミったら照れちゃって。私達、どこからどう見てもお似合いのカップルでしょ!!」
「邪魔」
オーカミの腕に手を回し、ピッタリと引っ付くセンカ。男は、優しい笑みを浮かべ「素敵な関係だね」と一言添えると、話を始める。
「特に彼氏さん。君からはまるで、世界が君を中心に回っているような特別性を感じる」
「は?」
「だから是非、このカード達を、君に託したい」
意味深な言い回しと共に話を強引に進めた男は、オーカミにカードの束を手渡す。
何かと世間に疎いオーカミだが、それがカードゲーム、バトルスピリッツのカードであることだけは理解した。
「不思議だ。カード達から喜びの息吹きを感じる気がする」
「何それ。オレ別に要らないよ、こんな物」
「ふふ。果たしていつまでそんなことを思っていられるかな?」
「え」
謎の男は、その言葉を最後に、オーカミが瞬きをする間に姿を消した。彼のいた道路脇からは、まるで初めから何も存在していなかったかのような静けさを感じる。
しかし、オーカミの手には彼から渡されたバトルスピリッツのカード束。彼がついさっきまで実在していたと言う証拠だ。
「き、消えた。え、さっきの人、まさか幽霊?」
怪奇現象染みた妙な出来事に怯え、身体を震わせるセンカが、幽霊のポーズを取りながら、オーカミに訊いた。
オーカミはそれを無視して、手渡されたデッキを眺める。
「……スピリット、ガンダム、バルバトス、第1形態。系統、モビルスーツ、鉄華団。鉄華……?」
手渡されたデッキのカード達のほとんどは、自分と同じ名前「鉄華」の文字が刻み込まれていた。
******
オーカミ達が通っていた道とは、また違う道。
そこの道路脇にて、オーカミにデッキを渡した謎の男は腰を下ろしていた。
「見つけたぞ。さぁ、鉄華団のデッキを渡してもらう」
そこへやって来たのは、「緑」と漢字で刻まれた仮面の男。外見がほぼホームレスの謎の男程でもないが、如何にも怪しい雰囲気がある。
「君達もしつこいね。だけど残念、鉄華団のデッキはもうないよ」
「なに、どこへやった」
「鉄華オーカミ」
「!」
「鉄華団のカード達は、全て彼の手に渡った」
謎の男が緑の仮面の男にそう説明すると、仮面の男は、仮面越しでもわかる程にだじろぎ、動揺した様子を見せる。
「馬鹿な、鉄華オーカミは存在しないはず」
「ならば自分の目で確認してくればいい。彼なら今……」
謎の男が、仮面の男にオーカミの居場所を伝えようとした瞬間、仮面の男は瞬く間に姿を眩ます。
謎の男はニヤけながら「いつの時代にいても、せっかちさんだな〜」と、呟いた。
******
「ねぇオーカミ。今日のお昼なに食べる?」
「……」
「ねぇってば。いつまでカードと睨めっこしてるの」
謎の男が消えて以降、オーカミは付き纏って来るセンカを無視し続けながら、手渡された鉄華団のカード達を眺めていた。
「と言うか、オーカミってバトスピできるの?」
「……やったことはある。と思う」
「やっと話してくれた。え、なにそれ。あるの、ないの?」
オーカミの脳裏には、毎晩見る夢での出来事が思い浮かんでいた。あの中では確かにオーカミは誰かとバトルスピリッツをしていた。
「オマエはできるのか?」
無視一辺倒から一変して、今度はオーカミがセンカに訊いた。
「いや、私もそんなに詳しくはないかな。知り合いに何人かやってる人はいるけど」
「そうか」
無意識だろうか、オーカミは吸い寄せられるように、再び鉄華団のカード達を眺め始める。
「その血のような赤い髪。オマエ、鉄華オーカミだな」
そんな折、現れたのは、緑と言う漢字が刻まれた仮面を被った男。センカは思わず「また変な人来た」と、呟く。
「そうだけど。なんでオレの名前知ってんの」
「それはオマエが、この世にいてはならない存在だからだ。そのカード達と同じでな……!」
「!」
見た目から挙動まで、明らかに怪しい仮面の男。
しかし、その発せられた言動からは、「鉄華オーカミ」と言う人物の過去を仄めかすものであった。
「オマエ、オレの何を知ってるんだ」
オーカミは、鬼気迫る勢いで、仮面の男に訊いた。
「答えろよ」
「ちょっとオーカミ」
センカがジャケットの袖を摘み、オーカミの制止を試みるが、鬼気迫る勢いは増していくばかり。
初めて自分の過去を知る者との邂逅だ。こうなるのも無理はないか。
「悪いが、そう何度も問答している暇はない。オレはさっさと鉄華団カードを回収し、貴様を処分しなければならないからだ。この、バトルスピリッツでな」
「!」
「ゲートオープン、界放」
仮面の男がそう叫ぶと、辺りは眩い光に包まれる。
オーカミとセンカが目を開けた時には、目の前の景色は、見慣れた東京の街並みではなく、それとは正反対の、瓦礫と埃にまみれた荒廃都市へと変わっていた。
「え、なに、なにがどうなってるの!?」
あまりに不気味な変化に大きく取り乱すセンカ。
「ここは。まさか、あの夢の場所?」
オーカミも驚いてこそいたが、ここが、毎晩見るあの夢の場所と似ていることに気がつく。
「やっぱりコイツ、オレの過去を知ってるのか?」
「さぁBパッドにその鉄華団のデッキを装填しろ。互いの存在を賭けた、真のバトルスピリッツを始めようぜ」
「真のバトルスピリッツ……?」
仮面の男は、バトルスピリッツの専用端末、Bパッドを左腕に装着し、そこへ己のデッキを装填しながら、オーカミに告げた。
「……」
オーカミもまた、Bパッドを左腕に装着し、そこへ鉄華団のデッキを装填する。
「ダメだよオーカミ!!」
「!」
明らかにバトルを受けようとしていたオーカミの動きを止めたのは、横にいた風見センカだった。
「聞いてなかったの!?…互いの存在を賭けるって言ったんだよ!?…絶対ヤバい。そんなデッキさっさと渡して、一緒に逃げよう!!」
「……」
非常に真っ当な意見だと言える。普通なら、センカのような考え方になるのは当たり前なのだろう。
「オマエは隠れてろ。奴はおそらくオレの過去を知ってる。ここで引くわけにはいかない。そのために、このデッキにも協力してもらう」
「ちょ、オーカミ!?」
しかし、オーカミという人間は正常ではない。
「己の過去を知りたい」と言う願いのためだけに、センカの制止を振り払い、仮面の男の前に立つ。
「覚悟はできているようだな」
仮面の男が、自らの眼前に立ったオーカミに告げる。
「あぁ。オレが勝ったら、オレのことを教えろ」
「さっきから意味のわからんことを」
仮面の男は察しが悪いのか、未だにオーカミに過去の記憶がないことをわかっていない様子。
「まぁそれでも構わん。貴様の先攻で来い」
「わかった」
勢いは衰えることはなく、そのまま真のバトルスピリッツが開始される。
先攻はオーカミ。バトルスピリッツは一度もしたことはない彼だが。
[ターン01]鉄華オーカミ
「なんだ。この感覚。カードが、馴染む」
オーカミは始めから理解していた。バトルスピリッツのターンシークエンスの順番も、細かなルールも、カードの役割も全部。
そこから導き出される答えはただ1つ。やはり、毎晩見る夢が示していた通り、過去の彼もしていたのだ。バトルスピリッツを。
「ガンダム・バルバトス、第1形態を、LV1で召喚」
ー【ガンダム・バルバトス[第1形態]】LV1(1)BP2000
地中の奥深くより飛び出して来たのは、実体化したスピリット。白い装甲に黄色いツノを持つ、ロボット、ガンダム・バルバトス。
全長およそ5、6メートルはありそうな巨体だが、肩の装甲と武器を持たないことから、その姿が完全ではないことだけは理解できる。
「来たか。鉄華団の象徴たるモビルスピリット、バルバトス」
「召喚時効果で『オルガ・イツカ』のカードを手札に加える。ターンエンド」
手札:5
召喚したバルバトス第1形態の効果まで発揮させると、オーカミはその最初のターンをエンドとする。
そのスムーズさは、明らかに初心者のものではない。
「オレは、この場所も、このスピリットも、バトルスピリッツも知っている。だけど、それだけだ。思い出せない、自分が何者なのかを」
過去の記憶の穴に苦しむオーカミ。果たしてこのバトルの先に、彼の追い求める過去は存在するのだろうか………
次回、「ガンダム・バルバトス」
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今作は、バトルスピリッツ王者の鉄華(https://syosetu.org/novel/250009/)のスピンオフ作品となっております。
逆刻と書いて、「さかとき」と読みます。
いつもは平均文字数13000〜15000程度ですが、今作はできるだけ更新できるように、平均5000文字程度にする予定です。