イースタルの片隅で   作:ありさかいずも

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冬支度

 木々が葉を落とし始める頃。

 冬の気配は、日を追うごとに色濃くなっていった。

 

 タキは小屋の脇で、薪を積んでいた。

 祖父がやっていた手順を思い出しながら、薪を一本ずつ積んでいく。

 

【挿絵表示】

 

「よお。積んどるなあ」

 

 振り返ると、村の木こりが薪束を背負って立っていた。

 

「まだ足らんと思う」

 

 タキは薪の山を見た。

 

「この小屋、隙間多いし。夜、冷えるさけ」

 

「そりゃそうだ。山の冬は甘くねえ」

 

 木こりは笑い、背負っていた薪束を軒先に下ろした。

 

「余りもんだ。持ってけ」

 

「ええの?」

 

「この前の干し魚の礼だ」

 

「おおきに」

 

 タキは短く頭を下げた。

 

 木こりは小屋の屋根を見上げ、少し眉をひそめる。

 

「屋根、右の端が浮いてるな。雪が積もったら、そこから漏るぞ」

 

 タキも見上げた。

 確かに、芝を張った屋根の端が少し浮いていた。

 

「あとで直す」

 

「ひとりでやるなよ。梯子が滑る」

 

「ほな、頼むわ」

 

「おう」

 

 それだけ言って、木こりは村の方へ戻っていった。

 

 

 昼前、村の老婆がやって来た。

 背中の籠には、大根に似た根菜と、乾かした山菜が入っている。

 

「タキや、これ持っていき」

 

「ええの?」

 

「あんた、この前、鹿分けてくれたじゃろ」

 

「おおきに」

 

 タキは籠を受け取ると、代わりに岩魚を二匹、熊笹に包んで渡した。

 老婆は嬉しそうに笑う。

 

「冬前は、何でも蓄えておくもんじゃ」

 

「うん」

 

「山の子なら、分かるじゃろ」

 

 その言葉に、タキは少しだけ目を伏せた。

 

          *

 

  午後になると、水門市から荷駄が上がってきた。

 塩、布、油、鉄釘。領主館から村々へ回す、冬越しの物資だという。

 

 荷を運んでいた若い猟兵が、タキの小屋の前で足を止めた。

 

「ここにも置いていけと言われてる」

 

「うちにも?」

 

「ソノハラ卿からだ。山の狩人には、冬に働いてもらうこともあるだろう、とのことだ」

 

 若い猟兵は、少し困ったように笑った。

 

「受け取ってくれ。持って帰ると、俺が怒られる」

 

 タキは包みを解いた。

 塩と油紙に包まれた釘。

 それに、厚手の布。

 

「…おおきに」

 

 ゆっくり頭を下げる。

 

「礼なら卿に言ってくれ」

 

「うん。でも、運んでくれたんは、あんたやろ」

 

 猟兵は目を丸くし、それから照れたように鼻の下をこすった。

 

「まあ、そうだな」

 

 荷駄が去ると、山道に静けさが戻った。

 

 高価なものではなかったが、日々の生活には必要なものだ。

 

          *

 

 夕方、木こりが再びやって来た。

 

 約束通り、梯子を担いでいる。

 屋根の端を押さえ、板を直して留め直した。

 

「これでしばらくは持つだろ」

 

「助かった」

 

「雪が本格的に来る前に、もう一度見るぞ」

 

「うん」

 

 木こりは屋根から下りると、手に付いた木くずを払った。

 

「火、焚いてるか?」

 

「今から」

 

「なら、少しあたらせてもらう」

 

 タキは小さく頷き、小屋の前で火を起こした。

 鍋に水を張り、根菜と干し肉を入れる。

 弱い火でじっくり温めると、湯気が白く立ち上った。

 

 木こりは椀を受け取り、ひと口すすった。

 

「…うまいな」

 

「干し肉、よう出汁が出る」

 

「これを食うと、もう前の飯には戻れんな」

 

 木こりはそう言って笑った。

 

 タキも椀を両手で包み、一口ずつ飲む。

 根菜の甘みと干し肉の塩気。

 寒い日の汁物は、それだけで体が温まる。

 

 木こりはしばらく火にあたっていたが、やがて腰を上げた。

 

「道、気ぃつけて」

 

「お前もな。夜中、妙な音がしても出るなよ」

 

「分かっとる」

 

「本当か?」

 

「たぶん」

 

 木こりは呆れたように笑い、手を振って村へ下りていった。

 

          *

 

 日が落ちると、冷え込みが厳しくなった。

 

 タキは火の始末をし、軒下の薪をもう一度見た。

 

 屋根も直した。 

 小屋の隙間には粘土を詰めた。

 

 戸を閉め、炉端に座る。

 ぱち、と薪が爆ぜた。

 

 元の世界への思いは、確かにあった。

 だが、まずこの世界で生きることが先決だった。

 

 明日の朝は、また薪を割らなければならない。

 沢の様子も気になる。

 生活に追われ、考えている余裕はなかった。

 

 タキは膝を抱え、囲炉裏の火を見つめた。

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