イースタルの片隅で   作:ありさかいずも

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4話まで毎日連投します。


遭遇

 沢沿いを下り始めてから、どれくらい歩いただろうか。

 

 身体が軽い。

 息が上がらない。

 

 斜面を下り、石を避け、枝をくぐっても、妙に身体が動く。

 むしろ、普段の自分よりも軽いくらいだった。

 

 滝は沢の脇に立ち止まり、浅く息を吐いた。

 

 おかしい。

 普段山道を歩く時は、ここまで楽ではなかったはずだ。

 

 もしや、と思う。

 胸の奥に、小さな確信めいたものがあった。

 

 滝は、半ば祈るような気持ちで呟いた。

 

「ステータス、オープン」

 

 その瞬間、目の前の空間に淡い光が走り、見慣れた半透明のウィンドウが開いた。

 

「やっぱり…」

 

 思わず声が漏れた。

 

 そこにあったのは、《エルダーテイル・オンライン》で見慣れた、ステータス画面そのものだった。

 

《タキ》

 種族:《ドワーフ》

 メイン職:《アサシン》Lv27

 サブ職:《狩人》

 

 間違いない。

 ゲームの時のままだ。

 

 タキは震える指先で装備欄を開いた。

 

 《村田銃》

 《剣鉈》

 《熊の毛皮の肩掛け》

 《…》

 《…》

 

 

 次いで、所持品を開く。

 

 保存食 ×12

 応急薬 ×5

 遠眼鏡 ×1

 火打石 ×1

 寝袋 ×1

 弾丸 ×18

 ……

 ……

 ……

 

「…全部、揃っとる」

 

 ログイン前に持っていたものが、そのまま残っていた。

 

 視線を画面下の《ログアウト》に向けた。

 灰色で示された《ログアウト》の文字。

 押しても何の反応もなかった。

 

 

「…あかん」

 

 やはり、ゲームの世界に入ってしまったのか。

 理由は判らないが、そうとしか思えなかった。

 胸の奥が、少しだけ冷えた。

 

 

 しばらく立ち尽くし、呆然と周囲を見渡した。

 すると、足元を見ると柔らかな土の上に、不自然な跡があるのに気づいた。

 それは、《狩人》の能力の影響か、わずかに強調されて見えた。

 

 足跡だ。

 

 なぜか見覚えがあるような気がした。

 浅いが、数が多い。

 

 よく見ると、小さく、靴も履いていない足跡は、明らかに人のものではなかった。

 ゴブリンの足跡だ。

 

 山岳マップにもよく出る、低レベル帯の亜人。

 

 足跡を目で追っていると、沢向こうで枝が鳴った。

 木立の間から、小柄な緑色の影が三つ現れる。

 

 タキは咄嗟に身を伏せた。

 

 粗末な棍棒。

 ぼろ布の腰巻き。

 濁った黄色い目。

 

 間違いない。

 緑小鬼―ゴブリンだ。

 

 現実となった世界が、それを妙に恐ろしく見せていた。

 だが、今のレベルなら大した脅威でもない相手。

 

 不思議と体が動いた。

 

 村田銃を肩に構える。

 撃ったら、音と煙でばれる。

 

 だが、距離は十分にあった。

 沢を挟んで、およそ30メートル。

 ゲームではただの表示だった距離が、生々しく感じられる。

 

 …殺らんと、殺られる。

 

 照準を、先頭の頭に。

 

 慌てるな。

 息を乱すな。

 撃ったら動け。

 

 タキは静かに引金を絞った。

 

【挿絵表示】

 

 

―ドォォォン……

 

 山が鳴ったような、口籠もった轟音。

 銃口から立ち上る白煙が、視界を塞ぐ。

 

 煙の向こうで、一体のゴブリンの頭部に、爆ぜるようなエフェクトが走る。

 光が一瞬弾け、その身体が大きくのけぞった。

 残る二体が硬直する。

 

 その間に、タキはすでに身を引いていた。

 煙を残したまま、近くの岩陰に滑り込む。

 やがて、残ったゴブリンは、慌てふためくように逃げていった。

 

「当たった」

 

 タキは息を吐いた。

 自分でも、少し信じられなかった。

 

 沢の向こうを見つめていると、不意に、背後で枝を踏む音がした。

 タキが振り返ると、薪束を背負った男が驚いたようにタキを見ていた。

 

「嬢ちゃん、今のはお前さんがやったのか?」

 

 タキは小さく頷いた。

 男はしばらく目を丸くしていたが、やがて言った。

 

「この辺りは危ねえ。村までついて来い」

 

 沢沿いの道を抜けると、木々の向こうに白い煙が見えた。

 それが夕暮れの空に立ちのぼっていくのを見て、ふと足が止まった。

 

【挿絵表示】

 

 村の傍を流れる澄んだ流れに、里の風景が重なった。

 

 タキは、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。




用語
緑小鬼:ゴブリン。醜い緑の肌の小型の亜人類で、好戦的で残忍。
旺盛な繁殖力で部族社会を形成し、粗末な武器を手に集団で略奪を繰り返す。邪悪な性質と軍事的行動は、大地人(NPC)に恐れられている。
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