木こりの男に案内された家は、村の外れにあった。
戸を開けると、中には石組みの炉があり、火が熾っている。
木の卓。
年季の入った椅子。
壁に掛けられた斧と鉈。
質素ではあるが、どこもよく手入れされていて、男の几帳面さがそのまま部屋の空気になっていた。
どこか祖父の山小屋に似た匂いがして、タキは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「今日はうちの納屋を使うといい。日が落ちたら、何が出るか分からん」
木こりの男はそう言って笑った。
「おおきに」
自然に出た言葉に、男は少しだけ不思議そうな顔をしたが、それ以上は何も聞かなかった。
やがて卓に食事が並べられた。
黒く固そうなパン。
湯気の立つ煮込み。
青菜の和え物のようなもの。
それに、焼いた川魚。
見た目だけなら、村人の質素な夕食として何の違和感もない。
むしろ、歩き続けた身体にはありがたいご馳走に見えた。
タキはそっとパンを手に取り、ひと口ちぎって口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、手が止まった。
「…あれ?」
味がしなかった。
風味も何もない、ふやけた煎餅のような食感だった。
何か得体のしれない物を食べたような、虚しさだけが口に残った。
「なんや、これ?」
煮込みも同じだった。
焼き魚も、見た目は岩魚そのものなのに、川の匂いも、香ばしさも、何もなかった。
それでも木こりの男は、何事もないように食べている。
そのことに、かえってタキは違和感を感じた。
翌朝、水を汲みに出た帰り。
村の広場で、タキは足を止めた。
猟師らしき男が、鹿を肩に担いで戻ってきたところだった。
その姿に、自然と目が向いた。
祖父なら、山で捌いたはずだ。
血を抜き、内臓を除き、肉が悪くならないように処理を済ませたはずだ。
けれど、男は広場の真ん中で立ち止まると、獲物へ手をかざした。
淡い光が走る。
次の瞬間、獣の身体が光に変わり、そのまますっと消えた。
残されたのは、地面へぽん、と置かれたアイテムだけだった。
炊事場でも同じ光景を見た。
村の女たちが、鹿の肉と野菜を取り出し、鍋の前で手をかざした。
次の瞬間には、煮込み料理が出来上がっていた。
ただ、料理ができている。
その様子と、昨日の食事がどこかで繋がった。
その日の昼過ぎ。
タキはひとり沢の岸に腰を下ろしていた。
流れは澄みきっていて、川底の岩までが、はっきりと見えていた。
その石の陰を、かすかな影がすっと走った。
岩魚だ。
その姿を見た瞬間、祖父の手元がふいに脳裏へよみがえった。
頭を打つ。
腹を開く。
ワタを抜く。
血合いをこそぐ。
塩を刷り込む。
そのひとつひとつを、指先の感覚と一緒に思い出した。
現実の世界にはスキルなんてなかった。
あるのは、暮らしの中で覚えた、コツと手順だ。
「…これ、やらなあかんやつや」
タキは、一度、大きく息を吐いた。
用語
山里:タキが木こりに連れられて訪れた村。この地方の最奥にある小村。