「――よく来たな! 今日も一日、精進するとしようじゃないか」
とある日の朝。
よく通る綺麗な女性の声がやや広めのホールに響く。
それを真正面から受けた白黒メッシュの少年が、こくりと頷いた。
「そうだね。今日もログインボーナスありがとう、ステラ」
「礼などいらないぞ、リーダー。それがホームマスターの仕事なのだからな」
リーダーと呼ぶ少年に光る石を渡しながら、ステラと呼ばれた女性は小さく微笑む。
髪と同じモノクロカラーの動きやすい装いをしている少年と違い、ステラは黒を基調とした軍服のような格好だ。しかし腹部や太腿から下は大きく露出しており、要所だけを金色の胸当てで守る事で身軽さを優先していた。
低い位置で結んだロングのライトブラウンの髪の上に乗せた軍帽を被り直しながら、ステラは自身よりやや背が低めの少年と言葉を交わす。
「それで、今日はどうするのだ? ここ数日は大きな戦いもないと記憶しているが」
「今日も軽く
「……今日もバーカウンター辺りに集まってるんじゃないか? アーティアの奴は目が死んでいたが」
「アーティアはいないとパーティが回らないから仕方ない。今日も一緒に
「
「それは嬉しいけど、ステラには散々付き合ってもらったからね。今はもう大丈夫になったから、安心して待っていて欲しいんだ」
周回に付き合わされる例の少女の身を案じながらの提案だったが、逆に少年もまたステラを思っての発言だった。
故にステラはそのグリーンの瞳を伏せ、小さく微笑んだ。
「そういう事なら仕方がないな。ならばあの子たちに無理させない程度に、リーダーとして成長した姿を見せてもらうとしようか」
「うん。じゃあ行ってくるよ、ステラ」
そう言って少しだけ手を振り返してから、少年はホールの壁際に設置されているバーカウンター、そこで朝から駄弁っていた少女たちの下へと向かっていった。
『あっ、おはようリーダー! 今日もいい髪と顔と声してるね!』
『うへぇ、もう来たの……? ウチまだ昨日の疲れが抜けてないんだけど……?』
『それ酒の間違いだろ。ほらリーダーはオレらと違って忙しいんだから、さっさと行くぞ』
『いや、自分も何か飲んでから行こうと思ってたんだ。オススメはある?』
『ええと〜それでしたら昨日生成したばかりのいいクスリが〜』
「全く、見ないうちに随分と立派になったものだな」
バーカウンターに腰かけた少年に絡んでいるのは、どれも最近見るようになった顔ばかりだ。
聞けばこの王国ではなく帝国や共和国から少年の力となるべくやって来たらしく、種族や国境を越えて人を繋いでいるのだと分かる。
そんなリーダーの成長ぶりを知るステラは、慈しむように少年とその仲間たちを見送った後――
☆
「寂しい……! 最近リーダーと全然一緒に戦えなくて寂しいよぉ……!」
――夜のバーで一人、やけ酒を煽っていた。
「も~、またですかステラ~? さっさとそのノリで行けばいいって言ってるじゃないですか~」
カウンターにジョッキを叩きつけ、突っ伏しながらにさめざめと泣くステラに対して呆れた口調で対応するのは、ステラより一回りも小さいエルフのバーテンダーだ。
黄緑色の長い髪をポニーテールにして纏めた黒いベストの少女は、糸目のままで酔っ払いの相手を続けている。
「でもサリエッテ、私はリーダー君の前では威厳のある騎士団長として通っているんだよ。今更こんな姿を見せられるわけないじゃん……!」
「私から見ればもうバレてるような気がしますけどね〜。リーダーとは私よりも付き合い長いんですよね〜?」
サリエッテと呼ばれた小柄なバーテンダーは、このホールの一角に設置されたバーを取り仕切る立場にある。
なので深夜に人のいなくなったホールの隅っこで、最後のお客様の愚痴に耳とグラスを傾ける事も業務に含まれるのだった。
「流石に最初に出会った三人ほどじゃないけど、私だって昔から少年を知ってる。それこそあの頃は私の方が出撃回数も多かったくらいだし……!」
「でもあの頃は大変だったって、前にも言ってませんでしたか〜?」
「確かに大変だった。大変だったけど! でも今はあの頃が充実してたんだって、思っちゃうんだよぉ……!」
「あらあら~」
この泣き上戸な騎士団長さまが言っているのが駆け出しの頃である事はサリエッテも知っている。
リーダーの少年も活動を始めたばかりで経験も仲間も足りていなかった頃、ひょんな事で縁を結んだステラはよく少年と共に戦っていたのだった。
「戦闘開始と同時に私の『ブレイブオーダー』『団長の鼓舞』『スタンピード・バースト』を一気に使用して、チーム全体を強化して各自の必殺技で敵を殲滅する。それのパターンでどれだけの戦場をかけた事か……!」
「一時は騎士団よりも出撃回数が多いとも言われていましたね〜。つまりはステラ、あの
「……………………それでも、いい。過去の私なら、ここまでは言わなかっただろうけど」
「あらあら~」
要するにチーム全体への
そんな昔を懐古してしまうステラに、サリエッテはこりゃ重症だと眉をひそめた。
「やっぱり最近のあの子、アーティアちゃんを見て思い出しちゃったんですか〜?」
「……そうだ。少年が王国を留守にする事が増えて、私が共に戦えなくなった。それでも戦い続けるリーダーに色んな仲間が付き従うのも分かってる。少年なら、それが出来るからな」
初めて出会った頃から、リーダーには人を惹きつける力があった。それは騎士団長である自分とも似て非なるカリスマのようなもので、それを良いものだと感じるからこそ自分を含めた多くの者が、少年の願いの為に剣を取っていた。
「だから今のリーダーにはあの子の力が必要なんだろう。それを妬む気が全くないと言えば嘘になるが、私の力不足である事も理解している。……でも、それで折り合いつけられる程、私は強くないんだよぉ……」
「ステラのそういう所は、変わっていませんね〜」
普段は凛々しく振る舞う騎士団長としての姿はそこになく、一人の乙女がただフニャフニャになっているだけだった。
しかし数年前に成人を迎えていてもそういう時はあるのだと、長命のエルフであるサリエッテはそう慰める。
「リーダー君もあの頃の事を申し訳なさそうにするならさぁ、一緒にまた戦おうよぉ……! アーティアちゃん程じゃないけど私にだって出来るもん……! 周回でもプライベートでも付き合うからさぁ……!」
「そうですね〜、困ったものですよね〜」
面倒くさいモードに入ったステラを、サリエッテは作り笑顔で適当にあしらう。
『だからそれを本人に直接言えばいいのに』とか『その雰囲気でリーダー君を押し倒せばステラも多分イケますよ』とか思っても口にはしない。そも酔っ払いだし、サリエッテにとってもあの少年は大事な人なのだ。色んな意味で。
「私はもう過去の人なんだ……。きっとリーダー君は私を置いて幸せになっちゃうんだぁ……!」
「リーダーはそんな人じゃないですよ〜。ほら、こちらも如何ですか〜?」
「(コクリ)……んっ、はぁ……。リーダー、くん…………」
酔いの回りきったステラはサリエッテに差し出されたグラスを受け取ると、何の疑いもなく飲み干してしまう。
すると元々とろんとしていた瞳が閉じるのと共に、カウンターに突っ伏して動かなくなるステラ。
「ふふ、今日も大変でしたね〜」
そして響く小さな寝息を聞きながら、片頬に手を当ててサリエッテは笑う。
「ステラはこのホームのマスターを任されているのですから、もっと自信を持てばいいのに〜」
このバーカウンターを含むホールは『ホーム』とも呼ばれ、リーダーの少年を中心とした組織『ユニオンズ』の本拠地となっている。
そしてリーダーはこのホームの
いまや二百を超えるメンバーの中から選ばれ、あまつさえ週一のローテから外れる事もないステラはむしろ恵まれた方だろうとすら思っていた。
「本人としても贅沢な悩みだと思ってはいそうですけど〜」
だからこれは、普段は決して表に出さない彼女の本音。
自分よりもあの三人に、或いは他者の為に身を引く。本命を夢見ながらも本当にそんな未来が来るとは思っていない、本気になれないステラの弱音だった。
けれど明日も少年の前では強く頼もしくある為に、それを吐き出しておく場がここだった。もっともそれは、最後のお客様の意識がある内の話だが。
「それじゃあ、後はお片付けですね〜。私も
そう言いながらカウンターから出てきたサリエッテが座ったまま眠るステラに近づくと、
「よいしょっと〜」
一息で、自身の倍はあるステラの身体をお姫様だっこしていた。スヤスヤとした様子のステラの長い手足が床に擦らないようにしながらも、慈愛を含んだ笑みと共にホームを横断していく。
「さてさて、今日はどこまでイケるか楽しみで――」
「――それくらいにしておこうか、サリエッテ」
「……あらあら、リーダー君じゃないですか〜。こんな時間にどうしたんですか〜?」
ホームの外へ出ようとしたサリエッテの進路を塞ぐように現れたのは、白黒メッシュの少年だ。
深夜の思わぬ登場に驚いた様子で、サリエッテは来訪理由を問いかけた。
「散歩をしていたら明かりが点いてたのを見かけてね。誰がいるのか気になったんだ」
「なんでこの時間に散歩していたのかは訊きませんけど、私はステラを家まで連れていこうとした所です〜。ちょうど酔い潰れて、寝てしまったみたいなので〜」
「こんな遅くまでお疲れ様、二人とも。そんな折にこんな事を訊くのは気が引けるけど、一ついいかな?」
「もしかして、何を話していたか、とかですか〜? それなら乙女の秘密として断固口を閉ざす所ですけど〜」
「
「……良くない事、ですか〜?」
サリエッテの目は依然として糸のまま、その奥にある瞳も隠れてよく見えない。
その閉じた目蓋の隙間から射抜こうとするような目線が、白黒メッシュの少年から放たれていた。
「……仕方ありません、今日はこの辺りが潮時ですかね〜」
「なら答え合わせ。何をしたの?」
「まだ何も、が答えですよ〜。これ以上は後に触ると思って、軽い睡眠導入薬を盛っただけです〜。ちゃんと権利の侵害はしてませんよ〜」
「そりゃ当たり前なの。ていうか、やっぱり一服盛ってるじゃない……」
観念した、とは一ミリも思ってなさそうな笑顔で語るサリエッテに、白黒メッシュの少年も呆れた顔を隠せない。
しかしサリエッテが
「合意もないのにするのは見逃せない。大人しくステラをここの休憩室に寝かせてきなさい。許可はこっちで出しておくから」
「は〜い、分かりましたよ〜」
少年の言葉に逆らうつもりはないのか、素直に方向転換してホームの休憩室へと足を向けたサリエッテ。
そのままお人形でも仕舞うように中のベッドに寝かせて、白黒メッシュの少年がオートロックを確認した。後は目覚めたステラが自力で何とかするだろう。
「でも残念ですね〜。私にも楽しませてくれてもいいんじゃないですか〜?」
「何の話か分からないけど駄目。てかサリエッテは既に色々楽しんでるタイプでしょ。これ以上手を広げるのは感心しないから、本当に」
「ならリーダー君、あなたがまた私を楽しませてくれるっていうのはどうですか〜? 一度手を付けあった仲ですし、あなたも暇で寂しかったりしないんですか〜?」
外の月明かりしかない暗闇の中で、バーテンダーの少女が妖しく微笑む。纏う黒色のベストが闇に溶け込み、まるで暗がりそのものが誘っているような感覚が少年を襲う。
「生憎と予定が一杯で、その類とは無縁なんだ。でもサリエッテがこういう事を止めると言うのなら、考えなくもない」
「あらあら、それは中々魅力的なお誘いですね〜」
しかし少年は意に返さず、逆にサリエッテへと交換条件を突きつけた。
それでも変わらぬ笑顔のまま、指を絡めて思案するサリエッテ。その様子はデザートをどれにするか迷っている幼気な少女の様だった。そう見えるだけなのだが。
「ですけど遠慮しておきます〜。やはりこうしてあなたに見られながら模索する方がずっと、楽しいですから〜」
「……まったく、サリエッテは。なら大人しくバーテンダーをしてくれるように、今後も見なくちゃいけない訳か」
「この仕事も気に入ってはいますよ〜? あなたと出会ったばかりの頃は夢にも思いませんでしたが、ある種の特等席みたいなモノですから〜」
「これで評判はいいんだから大したものだよ、サリエッテは。その辺りはステラも認めてるからこそ、酔い潰れてたみたいだし」
実質的な犯行予告みたいな事を言うサリエッテだが、過去の事を思えば少年の中ではギリ許容範囲内だった。
なんせかつての最悪最恐が、自分の目の届く範囲で暇つぶしに興じてくれているのだ。勿論他の仲間を食われるわけにはいかないが、それでも被害としては軽微だと言わざるを得ない。
「――あらあら、お褒めの言葉を貰えるなんて思いませんでした〜」
「…………」
――柔らかい感触。少年の目の前で開かれる、漆黒の瞳。
伸ばされた人差し指で唇を触れられても、少年は微動だにしなかった。
「でも残念です〜。一緒にまた唇も貰えるかと思ったのですが、ちゃんと対策はしていたんですね〜」
「当然。あんな事はもうごめんだからね」
ふっと指を離して一歩引くサリエッテに対して、少年は冷静に言葉を返す。
動きは見えず、音もなし。その気になれば一瞬でそれ以上すら奪えたと告げるバーテンダーの少女へと見せるように、少年は耳のイヤリングを揺らした。
「なら今度こそ、これで店仕舞いといきましょうか〜。単なる夜更かしは、互いの為になりませんからね〜」
「そうさせてもらうよ。またね、サリエッテ」
「はい〜。また、楽しませてくださいね~」
最後はそう言い切ったサリエッテが闇に消えていくのを、白黒メッシュの少年はじっと見つめている。
だからサリエッテも一瞬だけ、奥の瞳を覗かせた。
「――私の愛しき可憐な、リーダー君?」
☆
「――おはよう、サリエッテ。随分と早いんだな」
「おはようございます、ステラ〜。そう言うあなたもお目覚めが早かったですね〜」
翌朝。ホームのバーにて開店準備をしていたサリエッテの元に、休憩室から出てきたステラがやって来た。
まだ二人以外に誰もいないが、二人とも既に朝の準備を終えての姿だった。サリエッテにはそもそも必要のない工程かもしれないが。
「昨日の記憶は朧げだが、君が私を休憩室まで連れて行ってくれた事は覚えている。また世話をかけてしまったな」
「ふふ、いいんですよ〜。騎士団長としての責務もあって、ステラは大変だと思いますから〜」
「そう言うな。私としてもお礼し足りないくらいなんだ。なんせ、私を薬で寝かしつけたのは君なんだろう?」
「あらあら、やっぱり気付いてたんですね〜」
あっさりとしたステラの問いかけに、サリエッテもまた何でもないように答える。
しかし二人の間に緊張感はなかった。
「害があるならともかく、ただ眠らせるだけのモノだったからな。そこから何をしようとしていたかまでは分からないが、悪意があれば無意識にでも斬っていた。そうなっていないのなら、今回は大丈夫だったのだろう?」
「正解です〜。あなたを寝かしつけて休憩室に運んだ以外は、何もしていませんよ〜」
「やはりか。そしてそうなるように仕向けてくれたのがリーダーだな?」
「ちゃんと気配にも気付いてたんですね〜? ならステラの考えた通りで合ってますよ〜」
あの時殆ど意識はなかった筈のステラが自分の企みを把握していた事に、サリエッテは素直な称賛を口にする。彼女としてもその上でどこまでイケるかを楽しんでいただけなので、特に問題はないのだった。
「また良くない事を企んでいたのは褒められないが、それまでの対応や私を介護してくれた事には変わりない。だからそこについては感謝をしたいんだ」
「ステラは本当に律儀ですね〜。散々遊んだ仲なのですから、気にしなくてもいいのですよ〜?」
「アレを『遊び』と形容するのも相変わらずみたいだが、まぁいい。……それと、なのだが……」
「他にも何かありましたか〜?」
サリエッテが楽しい思い出を振り返ろうとした矢先、急にステラが口調を下げる。
それだけで何となく想像はついたが、サリエッテはひとまず聞いてみる事にした。
「……あの話、リーダーには聞かれてないよな……?」
「多分大丈夫だと思いますよ〜?」
「信じるからなサリエッテ。あんな話をしている所を見られたら、私は……!」
「安心してください〜。私がこれ以上暇で寂しくならない限りは、大人しくバーテンダーをするつもりですから〜。ちゃんと秘密は守りますよ~」
ややガチ目にそう言うステラへと『代わりに次は飲んでる途中で来るようにしておきますね』とは言わず、いつもと変わらぬ糸目のままに彼女は微笑む。
この騎士団長やリーダーと呼ぶ少年たちと戦ったのもサリエッテにとっては既に過去の話であり、過程はどうあれ『敗北』を認めた彼女は既に最強ではない。
それで別に弱くなったわけではないけれど、暇を感じて寂しくなる時は増えてしまった。
「あらあら、噂をすればですね~。 おはようございます、リーダー君~」
そんな時、自分を楽しませてくれるモノが近くにいる。
だからサリエッテは今日も制服を着込んでバーに立っていた。
偶に一服盛って場とカクテルをかき混ぜる、そんなバーテンダーをやっているのだ。
因みにその後のステラに
カッコいい大人のお姉さんがフニャフニャになってる所が見たくて書き始めたのに、気が付いたらロリ巨乳エルフバーテンダーが台頭していました。不思議。
ノリと性癖に従って思いついたキャラと展開があれば続きます。