前作というかリメイク前を勝手に非公開にしてしまい申し訳ありません。
ご迷惑をおかけしました。
その日、救護騎士団団長の蒼森ミネに、先生はコンタクトを取った。
理由はあった。しかし前向きな理由でもなければ話にもならなさそうなので、あまり乗り気ではなかった。というのが、先生がこの件を述懐する際の感想になるだろう。
精神を病んで久しいという、桐藤ナギサの妹についてだった。
「……先生、お待たせしました。これが当時のカルテです」
ミネに頼んだのは、当時の記録を閲覧させてほしいという内容である。人攫いの犯罪に巻き込まれ、保護された当初は精神的な変調は見られなかったものの、時を経るごとに不安定になっていき、もはや近年はマトモな会話も困難を極めたとか。
「ミネはさ、その子と会ったことあるの?」
「はい。トリニティに入学してからの彼女の主治医は、私がさせて頂いています。もっとも、主治というほどの何かが出来たわけではありませんが」
蒼森ミネは歯噛みしながら、低まったトーンでそう言った。彼女なりの懊悩や葛藤があったのだろう。実直な性格なのだから、無力感を抱いているのかもしれない。
先生は気を遣いながらも、慎重に本題を切り出す。
「……もう一つ聞かせてほしい、彼女の今の環境は?おうちから外出したり、学校に通えたりはしているの?」
ミネは首を横に振った。勢いはなく、その事実をおいそれと受け入れたくはないという心情がわかりやすい。
「最後に私が姿を見たのは一月前です。今は、実質的な軟禁状態になっているものと思われます」
本来、一般の生徒がこの状態であるのなら強行も辞さないのが救護騎士団である。しかし、その事実を知りながら行動を取らないわけがあった。
「いくら何でも、ティーパーティの代表の身内は他と同列に対処というわけには行きませんから」
行動に打って出た場合、それはもはやクーデターと取られてもなんら不思議はない。要素だけ掻い摘めば、「首脳陣の身内を、一組織が誘拐した」である。大義名分がどちらに与えられるかなど、火を見るより明らかだ。
先生は瞑目し、深くうなずきながら椅子へ深く座り直した。
「ねえ、ミネ」
その声はできるだけ明るく振る舞おうとして結局できなかった、とでも言うような哀愁を帯びていた。
「“一昨日、アビドスにその子が居たって言えば、信じる?”」
ミネは目を見開き、怪訝な表情で首を傾げた。
***
もはや砂漠すら蒸発し始めてしまうんじゃないか、と考えるほどの熱い熱い日のこと。ホシノは廃墟と化した街を歩いていた。顎に垂れる汗を忌々しげに拭い、表情は自然と険しくなる。
刻一刻と悪くなる状況に、ついつい低い声が漏れた。
「……なんなのさ、ここは」
ホシノがそこにいる理由は単純である。歩いていたら辿り着いた。そして、危機感を抱いている理由も単純である。その街から出られない。ホシノの体内時計では、ゆうに二時間を超えて彷徨っている。異常である。
ホシノだって、何も土地勘がないわけではない。流石に今自分がいる場所が、「アビドスっぽいどこか」であるのには気づいていたし、だからこそ慎重に抜け出そうとしている。
事態は芳しくない。
一見、文字のように見えて謎の羅列でしかない未知の記号。
四つ目の「青」色が並ぶ信号機。折り畳まれた商店街、積み上げられた体育館。まるで途中まで丁寧に作ったミニチュアを、投げやりに完成させたようないい加減さ。うすら寒い気分になる。
誰が何のために……そもそも、これを作ったやつが「誰」と人として形容できる存在なのかも疑わしかった。思いもよらない発想の飛躍に、ホシノは自嘲し、軽く息を吐いた。そんなスピリチュアルな感想を持つほど、自分が疲弊していたとは思わなかったのだ。
「お、ね、え、さあん♪」
声がした。思わず肩が跳ねた。声の方に向き直ることができない。
どこから声がしたかわからないのだ。ただ、それを声と認識しただけ。音ではなく、声と。ゆえにキョロキョロと目ぼしい位置へ視線をやるしかなかった。自身の背後、死角の看板裏、廃ビルの上層。どこだ、どこで、今の声の主は……。
目が合った。
目の前に、二つの目があった。鼻先三寸の距離に。
「ばあ!」
猫のようなしなやかさと反射神経で飛び退いた。完全な臨戦体勢だ。重心は低く、愛銃のセーフティはすでに解除している。近接、撃ち合い、如何にも対応できる。
「ローティキラの庭に誰かいる。もの珍しいと思って来てみたら、なあに貴方は。迷子なの?」
正体不明の少女は、ごくごく当たり前のような声音でそんなことを言った。ホシノは目を細め、駆け出した。自分に気取られずあそこまで近づける実力。油断はしない。右、右、上と三度のフェイントを差し込みながら連撃を撃ち込む。違和感のある手応えだ。おそらく効いていない。再び飛び退いて様子を窺う。
「……何者だ、お前」
状況が状況なだけに、友好的な態度を取る気にはなれなかった。それを敵意と受け取ったのか、少女は目を細めて思案げな顔をした。やがて何かを思いついたような表情を浮かべ、ピンと人差し指を立てながらこんなことを言う。
「……ああ、桐藤エルナといえば分かるのかしら」
……桐藤エルナ?
ホシノはその名前に覚えがあった。以前、後輩たちが二日ほど行方知らずになったことがある。一年生の後輩だ。名前はセリカとアヤネ。半泣きになりながら探した彼女たちは、三日目の朝、疲労こそはあるものの元気そうな、活力は失っていない瞳で帰ってきた。
もみくちゃにしながら再会と無事の帰還を喜び、ワケを聞くと不思議な話をされた。そして話の中で頻繁に登場したのこそは、誰あろう桐藤エルナである。彼女たち曰く、助けてくれたらしい。
簡単にことの経緯をまとめると、「終わりのない謎のショッピングモールで、色々あって最上階を目指さねばならなかったときに、同じくショッピングモールにいた」らしい。
『三階の浸水した植物園でも、非常階段でうなだれたおじいさんと別れたときも、ずっと励ましてくれたんです』
『……途中で、ひどい事言っちゃったの。もう一回会えたら、その時はきちんと謝らないと』
道中では名前を名乗らなかったその少女は、別れ際にもう会うこともないからと自身の名前をこぼしたそうだ。それこそが、
「……桐藤、エルナ」
ホシノはもう一度、今度は敵意の薄れた目で少女を見た。ロングスカートに制服という、スケ番を彷彿させる服装に、くるくると撚れた長髪、まなじりの下がった眠たげな目。
確かに特徴と合致する。
「貴方、その服装はアビドスの生徒と見ていいのかしら」
返答をしあぐねていた。信用に足る人物であることは、後輩たちの言葉だけで考えれば納得だ。しかし同時に懐疑的な気持ちがある。こんなにも都合よく、たまたま理屈では説明のつかない現象に遭遇したときに現れるものなのだろうか。
「ねえ。いつの時代の人なの?一番最近会ったのは、三年先の未来のアビドスの人だったわね」
ホシノは当惑した。何を言っている?三年先の未来?
「◯◯年のアビドスの一年生。だから、私が十七歳のときの十六歳の人たちね。私いま、十四歳だもの」
「何言ってんの??」
訳が分からない。
「貴方、ここが普通の空間じゃないことくらい分かるわよね」
「それはね」
「私が貴方と同じように迷い込んだ存在じゃないのも、多分分かるわよね」
「それもね」
ホシノがそう返すと、少女は……桐藤エルナは不思議そうに首を傾げてまじまじとホシノを見つめた。
「おかしな話ね。普通じゃない状況と空間で出会った普通じゃない人間の出自。”だけ”、たまたま偶然、自分の理解の及ぶようなものである。という発想になるものなのかしら?」
要は理解できないものばっかなんだから細かいことは気にするな、という話である。
ホシノは先ほどまでの剣呑な雰囲気を霧散させ、腕を組んで額に指をつけながら唸る。
「えーと、つまり。君と私は、違う時間の世界で生きている人間で、ここはそういう出鱈目も起こりうる空間。ってこと?」
「そうね」
「分かった。色々気になることはあるけど、今はとりあえず”そういうもん”ってことだけ分かればいいや」
エルナは目を細めた。ホシノの目にすでに迷いはなく、次の行動へ思考を割いている。ホシノという初対面の人間に対する認識を固めていく。強いのだろうと思った、腕っぷしだけでなく、それを活かし切る思考と精神力がある。ただ一つ。
「まだ助けてとも言わないあたり、自責的、責任感が強い気質かしらね」
ホシノは目を瞬いて、それから困ったように、気まずそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。
「うへ。おじさんは結局、自分一人でやっちゃった方が早いしいいなって場面に出くわすことが多くてさ」
「ふうん」
「そういう話なら、君は奔放なタチだね。そして自信家でもある」
今度はエルナが、静かにイタズラっぽく笑った。年相応というか、年齢を聞いたこともあってか、ホシノはその笑顔に幼さを感じたのだ。
「こういう一期一会が好きでね。他人同士でしか言わないこと、感じられない心地よさはあるものよ」
「中学生とは思えない達観」
二人は気付けば、一定の間隔を保ち、広く長い並木道を歩いていた。茂る葉の全てが枯葉という変な木が、まるでコピぺしたかのように等間隔で並んでいる。
「ここはその昔、古い時代の神さまがもう一つ世界を作ろうとした名残りなんですって」
「うへ〜。話が一気に大きくなったねぇ」
「そうでもないわよ?」
「?」
ガバッと腕を広げながら、くるりとエルナは体を一周させた。
「どう呼ぼうと、結局は私たちと同じく存在しているんだもの。違いは尺度にしかないわ」
そのままくるくる回るエルナを不思議に眺めながら、釣られてホシノもあたりを見まわした。立ち止まった二人を狙ったかのように、一陣の突風が並木を揺らす。
「ね、面白いのよここ。来るたびに、神さまが私たちや世界をどう認識していたのか想像するの、とっても楽しいわ」
ホシノは素直に感心した。言われてみれば納得がいく。正確に認識していたわけではなくて、なんとなくこんな感じかなぁと思いながら作ってみたミニチュア模型。つまりそういう空間ということだろう。そこまで考えて、変な感動を抱いた後、エルナの発言にあった奇妙なセリフが引っかかった。
『私たちや世界』と言った。世界はわかる。この空間がそうだ。
けれど、”私たち”?
それはまるで、この空間にはなんとなくこうかな?の調子で作られた、『人間に相当するもの』があるかのような___。
そこまで考えて、ホシノの視界は明度が落ちた。
別に驚くことじゃない。トコトコ歩いて近寄ってきたエルナが目の前に立っているだけだ。
けれど、雰囲気がおかしい。そう思って顔を上げると、思わずホシノは目を見開いた。
溢れんばかりに開かれた双眸が、爛々と光ってホシノを見つめている。鼻先三寸の距離で、エルナは囁いた。
「気づいたら、気づかれちゃうわよ?」
背筋が泡立つような感覚が走った。
「箱庭の中に生き物を入れたら、気づかれないように耳を側立ててみるのが、鑑賞の楽しみの一つだもの」
「気づいても、気づいたと言ってはだめ」そう言って、さっきまでとはまるで変わらない調子でエルナは朗らかに笑って歩き出した。
しばし呆然としたホシノは慌てて後を追う。ぴたりとエルナに寄り添い、チラチラと意味も理由もなく後ろを振り返る回数が増えた。
面白がったようにエルナはさらに言葉を重ねる。
「……生まれた時から、ただ漠然と自分は紛い物という認識があったとしましょう」
「な、なんの話?」
まあまあと宥めながらエルナは先を話す。
「そして、『本来の自分とはこう』という記憶と知識があり、それらと現実とのギャップに苦しめる思考と自我があると仮定して」
エルナは再び立ち止まった。ホシノを見遣ることも、振り返ることもしなかった。
そしてホシノも、前方を見ていた。
「ある日突然、本来の自分が自分の世界にいる、って分かったら」
ホシノはもはや滴るほど冷や汗をかいていた。
「殺したくなっちゃうでしょ?」
二人は前を見ていた。もっというと前に現れた”それ”を見ていた。
多くを語る必要はない。それが何かを正確に表す術も名前もない。
どちらともなく駆け出した。脱兎の如く。
「こっ、この世界から出る方法はっ!?」
ホシノは疲れているわけでもないのに呼吸が浅くなっていた。走りながらの問いかけはもはや絶叫に近い。
「貴方が敵を待ち伏せするとしたらどこ?」
ホシノの思考はその疑問自体をなぜ今するのかという方に捉われたが、脊髄反射で本能が答えた。
「敵のっ!目的地までのぉっ!ルートのど、こか……!!」
気づいた。簡単な話である。
「あれの奥よ。帰るために行かないといけないところは」
絶対に会いたい人間がいるのなら、対象が必ず来る場所で待ってればいい。
あれは動かない。追いかけもしない。帰るにはあの道を通らなければならないから。
全てを察したホシノが徐々にスピードを落とし、やがて完全に停止した。
エルナもそれに合わせて立ち止まる。肩で息をするホシノは、疲労以外の理由でここまで追い詰められていた。
「……退かせたりしないかな」
「間違いなく殺すか殺されるかになるわね。私は殺したけど」
思わずエルナを見た。事も無げにとんでもないことを言われたのだから無理もない。
「えっ、はっ?こ、殺した?」
「だって生きてたって可哀想だもの」
エルナは少し詳しく語った。あの存在について。
ドッペルゲンガーとか並行世界の自分とかそんなご大層なものではないのだ、と。
「ラブドールに似顔絵つけたようなもんよ。神さまのスケールで」
「えっやっ、あー、っと。うん」
ホシノは動揺した。
エルナは少しトーンを落とした。
「でもね、神様のスケールだから人格だけは本物よ」
エルナの言わんとすることを察したホシノは思わず眉を顰めた。
「悪役キャラあるあるの『誰が産んでくれと頼んだ!?』を言える存在。いわば、神様の身勝手で作られた私たち」
ホシノの行き場なく彷徨っていた手が、強く握り込められた。
漠然とした怒りを抱いた。義憤と言ってもいいだろう。
「あれは所詮、廉価品だもの。負けやしないわ。あとは覚悟だけよ」
***
それから二日後、ホシノはふと先生のモモトークにあの不思議な空間での体験を綴った。
そして、できることなら会いたいとも。
あの不思議な少女、桐藤エルナからすればもう三年前の出来事なのだろう。
あの道中も、あれが見せた笑顔と涙も。
神を前にして吼えたあの怒りを、彼女は笑わなかった。
ただ、その礼を言えることだけを願いながら、ホシノは青く広がる空を見た。
汗が滴った。
書き方を模索してるとガッツリ変わってたり昔の見て小っ恥ずかしい気分になったり人に歴史ありやね。