天照と月詠は自分たちの世界に帰還すると、消滅させた世界に関する書類をまとめていた
「月詠、そっちの書類を貸してくれないか?」
「……」
「月詠?」
返事が返ってこず、天照が顔を上げると月詠の手は完全に止まっており、視線はあらぬ方向に向いていた
「はぁ〜……」
深いため息を吐き、天照は立ち上がると月詠の前まで移動し、月詠に鼻ピンを放つ
「いたっ!」
突然の痛みに驚き鼻を押さえる
「何をするんですか天照」
目に涙を浮かべながら抗議する
「手が止まってるぞ月詠」
「あ……ごめんさない」
自分の手元を見て、書類の作成が全く進んでいない事に気づき、申し訳なさそうに謝った
「いつもなら私が注意を受けるのにな……そんなに心配か?」
月詠の仕事が進まない理由は天照にも分かっていた
「帰ってくるなり部屋を飛び出していきましたから心配で……」
琴音は帰ってくるなり部屋を飛び出してどこかに行ってしまった。月詠は追いかけようとしたが天照に大丈夫だと止められた
「貴女を信用していない訳ではありません
ですが、私には貴女のように感情で判断する事が出来ないんです。何が大丈夫なのか。私には分かりません」
「なら、確かめに行こうぜ」
天照は月詠の手を掴み、そのまま部屋を出て向かった先は修練場だった
扉を開け、月詠に中を見るように促す。促されるまま中を見ると修練場には琴音が立っていた
琴音は両手を前に突き出し、龍気術を発動させる
手の中に混沌を生み出し、そこに更に龍気を加えると混沌は蠢き、やがて漆黒の炎へと姿を変えた
「属性変換!?」
月詠は驚き、目を見開く
龍気術の基礎は教えた。だが、属性変換については教えていない
そもそも属性変換が可能だという事すら伝えていない。それなのに琴音は自力でそこへ辿り着いていた
「子供の成長って早いなって実感するだろう?」
「それもそうですが……属性変換をあんなに簡単に……」
龍は一体につき一つの属性しか使えない
だが、龍王だけは例外だ。全ての属性を扱う事が可能だ
しかし、それを“扱える“事と“使いこなせる”事は別問題だ
「それは本人に聞けばいいだろう」
二人は修練場に入り、琴音に声をかける
「修行は順調か?琴音」
「あ、師匠に先生」
琴音は天照達に気づくと龍気術を解除し、黒炎を霧させた
「琴音、属性変換はまだ教えてないはずです。どうして?」
「ん?前の授業で先生が“私の龍気術は想像を具現化する“って言ってたじゃないですか。だから出来るかなって思って」
「確かに言いました。ですが、どうやってイメージを?」
「アニメや漫画のキャラ使っているのを参考にしました」
アニメはあくまでイメージを固めるための教材だ。だが、それだけでは属性変換は成立しない
「視覚情報だけでは属性は再現できません
火の熱さ、水の冷たさ、雷の痺れ……属性が持つ“性質”までは分からないはず」
「私もそこで躓いているんです」
琴音は苦笑いしながら続ける
「ギャグアニメとかだと、人が燃えたりするギャグシーンを見て『これくらい熱いのかな?』って予想は出来るし、小説の説明文からもある程度は想像できます
でも、実際に龍気術として出力すると何か威力が低いと感じるんですよね」
視覚情報や文章から得た知識ははあくまで琴音が想像する範囲内でしかない
実際に熱を感じた訳ではない以上、想像と現実で差異が生まれる
「つまり属性変換はまだ使い物にならないって事か?」
天照の問いに琴音は首を横に振った
「そんな事はないですよ師匠
私の左目には相手の魔法を視るだけで解析出来る“暗黒竜の瞳が“あります。そして、混沌は相手の魔法を飲み込み、その内部構造を解析出来ます
そういって琴音は紅く光る左目を指差す
龍王が幼い琴音の体で無理やり龍気術を発動させたせいで琴音の肉体は龍へと侵食されていた
その影響は髪や瞳に強く現れている
「外側と内側、その両方を解析できれば相手の魔法を龍気術として再現できます
そうやって学習していけば属性変換の精度も上げられると思うんです」
「なるほどな……」
天照は感心したように頷く
「今は属性そのものより、“属性を付与した事で生まれる特殊効果“を重視しています。見てください」
琴音は深呼吸をして心を落ち着かせるて意識を集中させる
「龍気術発動──混沌の劫火」
黒炎の弾が生み出され、少し離れた所に配置されている的に向けて黒炎を放つ
黒炎が的に命中すると着弾と同時に黒炎は爆ぜ、的は黒炎に包み込まれながら焼き尽くした
「混沌の壊潮」
今度は黒い水が生まれ、的に絡みつく。水は鞭のように変形し、そのまま的を締め上げた
「混沌の疾風」
放たれた黒い風は途中で不可視となり、次の瞬間、的へ無数の斬撃痕が刻まれた
「混沌の迅雷」
激しい雷鳴と共に黒雷が迸る
黒雷は目にも止まらぬ速度で的を貫き、着弾した箇所から全体へ黒雷が伝播する
「混沌の大地」
最後に生み出された黒い土が、的に触れる
すると、接触した部分から崩壊が始まり、的は形を保てずに崩れ落ちていった
「今できる属性変換はこんな感じです」
琴音の技を見て天照は納得したように頷く
「なるほど
劫火は燃焼、壊潮は拘束、疾風は不可視の斬撃、迅雷は高い貫通力と感電、大地は構造を崩壊ってわけか」
「ゆくゆくは複数の属性を掛け合わせてより強力な龍気術へと発展させる予定です!」
「流石だな。想像を具現化させる力……可能性は無限大だ」
二人が属性の組み合わせについて語る中、月詠はただ、静かに琴音を見つめていた
自分が教え、導かなければならないと思っていた
だが違った
琴音は自分で学び、自分で答えに辿り着き、それを更に改良していた
「これも全部、師匠と先生のおかげです」
琴音がまっすぐな瞳で月詠を見る
「私は神じゃないから、二人が出来ない事は私にも出来ないというのも理解しました」
それは絶対に覆る事のない事実だ。でも──
「それでも私は諦めたくないんです
救える可能性がゼロだとしても、私の力ならその可能性を一%に出来るかもしれない
そうすれば“消滅させる“以外の選択肢が生まれるかもしれない」
その瞳には一切の迷いはなかった
「それなら私はその可能性を選びます。たとえそれが、どれだけ辛く険しい困難な道だとしても」
その瞬間、月詠はの心は初めて理屈ではなく感情で心が動かされた
──琴音ならきっと出来る
──この子なら、不可能を覆せる
そう、強く確信した
「えぇ、貴女ならきっと出来るわ」
月詠は優しく微笑み、成長した娘の頭をそっと撫でた
「貴女は貴女の心に従って、自分の道を進みなさい。琴音」