龍姫終焉譚ー滅びの運命を破壊する者ー   作:龍姫の琴音

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第三話九尾の視る未来

契約が成立すると襖が開き、狐の獣人が入ってきた

 

「琴音はん、この子は妹の若葉や」

 

「は、初めまして。若葉と言います

本日より、琴音様の身の回りのお世話をさせていただきます。あの、えっと……よろしくお願いします」

 

こちらに伝わるほど緊張した様子で若葉は勢いよく頭を下げた

 

「私は琴音。よろしくね若葉」

 

「はい!」

 

優しく返すと、若葉の表情から少しだけ緊張が解け、ほっとしたような笑顔を浮かべた

 

「若葉、琴音はんに城内を案内をしてあげてくれるかい?」

 

「はいお姉様。琴音様、こちらにどうぞ」

 

若葉に連れられて琴音は部屋を後にする

 

それから、若葉は食堂、修練場、会議の間など、城内の施設を一生懸命説明して回った

辿々しい部分はあるが、その説明は丁寧で、少しでも役に立ちたいという気持ちがよく伝ってくる      

 

「これで大体の説明は終わりましたが、琴音様は何か質問はありますか?」

 

城については特に気になる事はない。だから琴音は別の事を尋ねる事にした

 

「そうね……若葉から見て葛葉ってどういう人?」

 

「えっ?姉様ですか」

 

「うん。私は桜花国の参謀の葛葉としての側面しか知らないから。妹から見た“姉“としての葛葉はどんな人なのかなって」

 

その瞬間、若葉は顔をぱっと明るくなった

 

「姉様はすっごい人です!」

 

目を輝かせながら、若葉は力強く言い切る

 

「私達、狐の一族は尻尾の数が多ければ多いほど優秀だと言われます。姉様はその中でも、一族で初めての九つの尾を持った天才なんです!」

 

尾の数が力の象徴なら、一本しかない若葉は苦労も多かったはずだ。だが若葉は、そんな様子を一切見せずに続ける

 

「未来視が出来て、政治も、軍師もなんでも出来るんです。私も姉様みたいになれるよう頑張っています!」

 

その瞳はどこまでも真っ直ぐで、嫉妬も劣等感もなく、ただ純粋に姉を尊敬している

 

「でも……」

 

不意に若葉の顔色が曇る

 

「最近の姉様、少し辛そうなんです。理由を聞いても話してくれなくて……」

 

「そっか……」

 

琴音には姉も妹もいない。こう言う時なんと言えばいいか分からない

それでも、若葉が暗い顔をしているのはなんか嫌だった。だから琴音は若葉の頭を優しく撫でる

 

「私には姉妹の絆とか分からないけどさ。葛葉は、私の案内役に若葉を直々に選んだんでしょう?」

 

「はい」

 

「それって若葉を信頼しているからだと思う。だから特別な事をしなくていい。ただ傍にいてあげるだけで救われる事もあるんじゃないかな」

 

「……はい!」

 

若葉の顔に笑顔が戻る

 

その時だった

 

若葉が足元を見て、不思議そうに声を漏らした

 

「あれ?お姉様の子蜘蛛?」

 

小さな蜘蛛がこちらを見上げていた。二人と目が合うと、子蜘蛛は前足を軽く持ち上げ、そのまま背を向けて歩き出す

 

「織葉お姉様が呼んでいるのでしょうか?」

 

真意は分からない。だが、とりあえず後を追う事にした

 

子蜘蛛は廊下を進み、一つの部屋の前で止まる

よく見ると襖が少しだけ開いており、子蜘蛛はその隙間から部屋の中へ入っていった

 

「ここは?」

 

「織葉お姉様の部屋です」

 

どうやら、あの蜘蛛は二人をこの部屋まで案内する役目だったらしい

 

「織葉お姉様、若葉です」

 

襖の向こうから穏やかな声が返ってきた

 

「入ってきてください」

 

「失礼します」

 

部屋に入った瞬間、琴音は僅かに目を細めた

部屋中に蜘蛛の糸が張り巡らされている。まるで、この場所が部屋の主の領域である事を主張しているようだった

 

その中心で、織葉が静かに座っていた

 

「若葉、悪いんですけど、この帳簿を至急、葛葉の元に届けてもらえます?」

 

「え、でも……」

 

若葉が琴音の方を見ると、琴音は軽く頷いた

 

「私は織葉と話したい事があるから。行ってくるといいよ」

 

「……分かりました。なるべく早く戻りますね」

 

若葉は帳簿を受け取ると、名残惜しそうに部屋を後にした

 

若葉がいなくなると同時に襖が閉まった

 

その瞬間、部屋の空気が変わる。静かだった空間にカサ……カサ……と小さな足音が響き始めた

 

天井、壁、床

視線を向ければ、そこには無数の子蜘蛛達が張り付き、こちらを見ている

 

「葛葉と契約をしたようですね」

 

織葉の声は穏やかだった。しかし、その奥には冷たい警戒が滲んでいる

 

「契約というよりは互いに利用して利用されるだけの関係だけどね」

 

答えながら琴音は周囲の雲を見回す

 

「葛葉が若葉を案内役にした時、監視役かなと思ったけど……あの子は何も知らないみたいね。本当の監視役は貴女でしょう。織葉」

 

廊下、天井裏、曲がり角

城を歩いている間、常に蜘蛛達の気配があった

 

「ふふ……気づいていましたか」

 

織葉は静かに笑う

 

「あの子は優しい子です。人を疑うという事を知りません。だから簡単に騙されてしまうし、人を騙すような真似も出来ないんです」

 

織葉の言葉に琴音は納得する

人懐っこい笑顔、聞かれた事に目を輝かせて答える素直さ。それだけで若葉が人を騙すのに向いていない性格だという事がよく分かる

 

「だから……」

 

織葉の目が細まると同時に、無数の子蜘蛛達が一斉に脚を鳴らした

 

「もし、あの子を泣かせるような真似をしたら……その時は、私が貴女を骨も残さず喰らいます」

 

織葉の瞳が紅く染まる。それに呼応するように周囲の子蜘蛛の目も赤く光った

 

これは脅しではない。本当に喰らうという“事実を告げている”

言葉を間違えれば、その瞬間に襲いかかってくる。琴音はそう理解した

 

なら、やるべき事は一つしかない

 

「私が協力を選んだのは、報酬だけが理由じゃない」

 

「……別の理由が?」

 

子蜘蛛達の足音が強くなる

 

「貴方達が友好的だったから」

 

琴音は真っ直ぐ織葉を見返して告げた

 

「見ず知らずの私を警戒しながらも、理解しようとしてくれた

友好的になろうと努力してくれた。そんな相手を敵に回すほど私は馬鹿じゃない」

 

轟鬼丸は力試しをした

 

葛葉は取引をした

 

分からないから拒絶するのではなく、分からないからこそ対話を選んでいた

なら、自分もその気持ちに応えるべきだ

 

「でも──」

 

琴音の瞳に敵意が宿る

 

「友好的な態度が敵対に変わるなら、私の態度も変わる。それだけは覚えておいて」

 

織葉は琴音の敵意に気圧された

今の言葉には嘘はないと、本能で理解したのだ

 

しばらくの沈黙の後、織葉は口元を緩めた

 

「……私の忠告を忠告で返しますか。琴音様はなかなか面白い方ですね」

 

張り詰めていた空気が緩むと、蜘蛛達の赤い目もゆっくり下の目に戻っていき下の部屋の雰囲気に戻った

 

「いいでしょう。琴音様のその言葉を信じましょう」

 

「ありがとう」

 

織葉は一度視線を落とし、静かに呟く

 

「琴音様は若葉から葛葉の様子を聞きましたよね」

 

「理由までは聞いてないけどね」

 

「その事について話しましょう」

 

「他人の事情を勝手に話してもいいの?」

 

「いいんですよ。若葉はお姉様を凄い、天才だと言います……間違ってはいません」

 

織葉は静かに目を伏せる

 

「ですが、私からすれば、あの人は──化け物です」

 

その言葉には恐怖があった。でも、同時に悲しさや寂しさも感じ取れた

 

「葛葉は先の大戦で轟鬼丸が死ぬ未来を視たんです」

 

「……!」

 

「最初は曖昧だった未来視も、日を追うごとに鮮明になっていった。そして最後には、轟鬼丸の死が鮮明に映ったそうです」

 

「葛葉は“未来視を可能性を視るだけ“って言ってた。でも、その話だと……」

 

「えぇ、あの時の未来はそれほど強固だったのでしょう

大戦に向けて陣形を変えました。結果、轟鬼丸の死は回避できました。ですが──

その結果、多大なる犠牲が出る未来へと変わったそうです」

 

一人を救えば、別の誰かが死ぬ。葛葉はその未来まで視てしまったのだ

 

「その後、どうなったの?」

 

今の琴音が抱く葛葉の印象からすればそんな事は絶対にしない。仮に轟鬼丸を生かす事を選択しても轟鬼丸がそれを了承するとは思えない

 

「その先はまさに地獄でした

葛葉は血反吐吐きながら何度も何度も戦略を組み直しました」

 

織葉の声が僅かに震える

 

「何ども。何度も。最小限の被害で抑える未来をたった一人で探し続けてました」

 

織葉の瞳にくるしげな色が宿る

 

「そして、最後に辿り着いた未来は……轟鬼丸が瀕死の重傷を負い、一ヶ月もの間、生死の境を彷徨う未来でした」

 

「じゃあ、轟鬼丸の傷って……」

 

織葉は静かに頷く

 

「結果だけ見れば桜花国の勝利です。ですが……その代償は大きかった。特に、葛葉は……未来視を恐れるようになった」

 

一人を救えば、誰かが死ぬかもしれない

全員を救えたとしても、もっと良い未来があったかもしれないと考えてしまう

葛葉はその責任を全て自分で抱え込んでしまったのだ

 

「……最後に一つだけ聞かせて」

 

「何です?」

 

「葛葉が私と取引したのは今回の防衛戦でも轟鬼丸の死を視たから?」

 

最初はただの戦力として力が欲しいのかと思っていた

だが、今は違う

葛葉はもっと別の“何か”期待している気がする

 

「それは分かりません」

 

織葉は静かに微笑む

 

「ですが、葛葉が視た未来に琴音様がいた。きっと、それが葛葉の望む理想の未来だったのでしょう」

 

最後に織葉が浮かべた表情はどこまでも優しかった

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