皆様の羽川翼のイメージが崩壊するかもしれません。
何卒ご容赦ください。
「阿良々木くん。唐突だけれど、究極の選択を提示させてもらうね」
放課後の教室。夕焼けが教室をマゼンタ色に染める中、羽川翼は僕の机に両手を突き、至近距離で僕を見つめていた。
その距離、わずか三センチ。彼女の眼鏡の奥で、知性の光が「阿良々木くんを追い詰めるためだけ」に収束している。
「な、なんだよ羽川。そんな真剣な顔して。また数学の未解決問題でも解いたのか?」
「いいえ。もっと深刻な、宇宙の心理に関わる問題だよ。――『私と戦場ヶ原さん、どっちがより効率的に、阿良々木くんを骨抜きにできると思う?』」
「問題の立て方がおかしいよ! なんだよ『効率的』って! 産業革命期の工場主みたいな恋愛観を振りかざすな!」
「私は大真面目だよ。戦場ヶ原さんは『毒舌とホッチキス』という物理的・精神的ショック療法を用いるけれど、私は『全知全能による全肯定と、二十四時間体制の完全介護』という、いわばホワイト地獄(ヘル)によるアプローチが可能だよ。さあ、どっちがいい?」
「どっちも地獄だよ! 選択肢が『刺殺』か『溺死』か、みたいな極論になってるから! 普通に『好きだよ』とか『映画行こう』とか、そういうマニュアル通りのカップルをやってくれ!」
「阿良々木くん。何でもは知らないけれど、マニュアル通りの恋愛なんて、私にとっては『既に解かれたパズル』と同じなんだ。私は今、君という名の『未知の数式』を、どうやって自分色に染め上げるかという、知的興奮の真っ只中にいるんだよ」
「僕を数学の宿題みたいに扱うな! 解く前に僕のプライバシーがゲシュタルト崩壊しちゃうだろ!」
ー閑話休題ー
「ところで阿良々木くん。今日の君のまばたきの回数、午前中に比べて一分間に三回増えているね。さては……昨日の夜、三時四分五二秒まで起きていたね?」
「……。なんで秒単位で特定されてるんだよ。怖すぎるだろ、僕の部屋に高感度センサーでも仕込んでるのか?」
「センサーなんて必要ないよ。阿良々木くんの目の下のクマの濃淡を逆演算すれば、睡眠不足の累積時間は導き出せるから。はい、これ。私が調合した『阿良々木くん専用・超回復ドリンク』だよ」
差し出されたのは、不気味なほどに「透明」な液体が入った瓶だった。
「……羽川。これ、ただの水だよな? 透明だし」
「いいえ。それは『水という概念を極限まで研ぎ澄ませた、H2O以上の何か』だよ。具体的には、私の愛情を分子レベルで結晶化させて、阿良々木くんの細胞膜に直接語りかけるように設計してあるんだ」
「怖っ! 飲み物から話しかけられるの!? 喉を通る時に『大好きだよ暦くん』とか聞こえてきたら、僕、トラウマで一生何も飲めなくなるよ!」
「大丈夫。声は聞こえないけれど、食道を通る時に、私の体温と全く同じ熱量を感じるように調整してあるから。……さあ、飲んで。飲まないと、私の『猫』が夜中に阿良々木くんの部屋の窓を叩きに行くことになっちゃうよ?」
「脅迫だよ! 完全に実力行使を含んだ脅迫だよ! 分かった、飲むよ! 飲めばいいんだろ!」
僕は意を決してそれを飲み干した。
――味は、驚くほど「羽川翼のシャンプーの匂い」がした。
「……羽川。これ、シャンプーの味……」
「あら、バレちゃった? 嗅覚と味覚は密接に関係しているからね。阿良々木くんが一番リラックスする匂いを、味覚としてフィードバックさせたんだよ。……幸せでしょ?」
「幸せの定義を辞書で引き直してこい! 肺まで洗われた気分だよ!」
ー閑話休題ー
「阿良々木くん、怒ってる?」
不意に、羽川がトーンを落とした。彼女の長いまつげが伏せられ、少しだけ寂しそうな顔をする。これは、ずるい。これを出されたら、僕は何も言えなくなる。
「……怒ってないよ。ただ、羽川の愛が、僕のキャパシティを軽く一万倍くらいオーバーフローしてるだけだ」
「そっか。良かった。……私ね、阿良々木くん。自分でも分かってるんだ。私が『普通』じゃないことくらい。でも、阿良々木くんだけは、その『普通じゃない私』を、面白がってくれるって信じてるんだよ」
彼女は僕のシャツの袖を、ちょんと指先で摘まんだ。
「……全く。面白がってるというか、振り回されてるだけだけどな。……でも、まあ。退屈だけはしなさそうだ」
「退屈なんてさせないよ。明日のデートの予定だけど、阿良々木くんの脳波が最も活性化する『古本屋巡り』と、心肺機能が向上する『私の全力ダッシュに追い縋る会』の二本立てだよ」
「後半が地獄の特訓だよ! 僕は吸血鬼の力、もうほとんど残ってないんだぞ!」
「大丈夫。阿良々木くんが動けなくなったら、私が世界一の効率で、おんぶしてあげちゃうから」
「だから、構図が逆だって言ってるだろ……!」
夕暮れの教室に、僕のツッコミが虚しく響く。
けれど、隣で楽しそうに笑う羽川翼の顔を見ていると、……まあ、こんな「異常な日常」も、悪くないのかもしれないと、思わなくもないのだ。
「さあ、阿良々木くん。帰りに私の家で、私の蔵書三万冊の整理を手伝ってもらおうかな? 報酬は、『私の添い寝(一分につき一回の囁き付き)』だよ」
「時給が高すぎるんだよ! 理性が持たないだろ!」
阿良々木暦と羽川翼。
二人の「if」は、今日も知性と愛の暴走を繰り返しながら、騒がしく続いていく。
こんな話も見たいなどあれば、コメントいただけますと幸いです。