羽川翼と阿良々木暦の交際物語   作:四角いトマト

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第5話 つばさアルマゲドン其之三

学習塾跡の埃っぽい空気は、もはや「青春の挫折」なんて情緒的なものではなく、「変態の飽和」という物理的な危機に瀕していた。

 

「阿良々木先輩! 先輩が羽川先輩という名の『鉄壁の処女雪』に閉ざされて以来、私の野生の勘が告げているのだ。先輩のその、手付かずの純潔――いわば『阿良々木暦(未開封)』の価値が、今やブラックマーケットで高騰していると!」

 

ブルマ姿の神原駿河が、意味不明な日本語を並べ立てて叫んでいる。

いや、そもそも神原駿河に意味を求めること自体がどうかしているか。

 

「高騰させるな! 誰が買うんだよそんな商品。そもそも未開封ってなんだ、僕はスナック菓子か!」

 

「鬼のお兄ちゃん、それは違うよ。……鬼のお兄ちゃんは、もはやスナック菓子ですらない。賞味期限が永久に更新され続ける、不気味な展示品だよ。予言してあげる。鬼のお兄ちゃんは、このまま羽川翼という名の管理者に飼育され続け、一生を童貞吸血鬼のまま終えることになる」

 

「斧乃木ちゃん、不吉すぎる予言をやめろ! 僕は童貞なんかじゃない(僕が童貞ではないとは言っていない)、立派なアダルトな大人なんだぜ。それにその予言は…もはや呪いだろ」

 

「いいえ。これは『観測』だよ、鬼のお兄ちゃん。あなたの純潔は、彼女にとっての『聖域』なんだ。侵されることも、失われることも許されない、真空保存された記念碑なんだよ」

 

そんな阿鼻叫喚のやり取りに、冷ややかな、しかし饒舌な影が割り込んできた。

 

「おやおや。随分と賑やかですね、阿良々木先輩。……まるで、中身のない箱を奪い合っている子供たちのようだ」

 

忍野扇。

天井の配管から逆さまに吊り下がり、真っ黒な瞳で僕たちを見下ろす。

私立直江津高校の1年で僕が最近知り合った真っ黒な女子がいつの間にか居た。

 

「扇ちゃん……。君まで僕を茶化しに来たのか?」

 

「茶化すだなんて。私はただ、阿良々木先輩に『現実』を教えに来ただけですよ。……阿良々木先輩。あなたは、羽川翼という存在をどう定義していますか? 彼女は一見、白く清らかな猫のように見えますが、その実態は――スフィンクスですよ」

 

「スフィンクス……。あの、エジプトの石像か?」

 

「いいえ。毛のない猫の方です。スフィンクス種。……無機質で、毛一本生えていないかのように完璧で、不気味なほどに滑らかな存在。それが、今の彼女です」

 

「……。スフィンクス、か」

 

毛のない猫…スフィンクス。

 

障り猫の一件からか、扇ちゃんが話した猫の話題がどうにも引っかかった。

 

そういえば、羽川の身体を乗っ取っていたアイツはなんの品種だったのだろう。

 

怪異(アイツ)になんの品種ですか?なんて聞く機会は今もあの時もなかっただろうに…

 

ふと、障り猫に魅入られた羽川の猫耳姿を記憶の中から呼び起こそうとすると…

 

「ですが、阿良々木先輩」

 

扇ちゃんが、耳元で邪悪に囁く。

 

「……実は彼女、剛毛ですよ?」

 

「剛毛!?!?」

 

その一言に、僕の脳内細胞がビッグバンを起こした。あの完璧な聖女、羽川翼が、実は剛毛。そのギャップ! その不条理! その生命力!

 

「羽川が……剛毛……。……いい。それ、すごくいいぞ扇ちゃん!」

 

「鬼のお兄ちゃん、一瞬で興奮の臨界点を突破するのやめてくれるかな。……今のあなたの顔、法に触れるレベルで卑猥だよ。僕はキメ顔で通報した」

 

「流れるように通報するんじゃあない!斧乃木ちゃん。まるで僕が罪を犯した人間みたいじゃないか」

 

「罪なら先ほどから犯し続けているじゃないか…罪状は童貞陳列罪だよ」

 

「童貞がただ息を吸ってそこに存在するだけで罪になるわけあるか!…日本は法治国家だろう。人は誰しもに生きる権利があり、童貞に優しいギャルは存在すると六法全書(週刊少年ジャンプ)には書いてあるぞ!」

 

「夢みてて草…僕はキメ顔で冷笑した」

 

童女に冷笑された。

 

冷笑という高度な大人の仕草から、女の子の成長は早いんだなと思って泣いた。

 

「阿良々木先輩!」

 

神原が、僕の興奮に呼応するようにブルマの裾を力強く握りしめた。

 

「剛毛か無毛かなど、この際どうでもいい! 阿良々木先輩のその、不毛なまでに守り抜かれた『処女(チェリー)』! それだけは、この神原駿河に譲っては頂けないだろうか」

 

「神原、落ち着け。何を譲るんだよ! 物理的に受け渡し可能なもんじゃないだろ!」

 

「ならば交換だ、阿良々木先輩の処女と、私の処女……。これをお互いに通信交換する。言わば、ポケモン通信だ」

 

「ポケモン通信!?!? 何を言ってるんだお前は!」

 

「いいか阿良々木先輩、ゴーストは通信交換することでゲンガーに進化し、ゴーリキーはカイリキーに進化する。つまり、先輩と私がそれぞれ『処女』を手に持った状態で通信(合体)すれば、私たちはそれぞれ『真の変態』へと通信進化を遂げることができる。Bボタンを連打しても、この進化は止まらんぞ!」

 

「進化の方向性が最悪だよ、なんだよ『真の変態』って! そもそも僕たちはポケモンじゃないし、通信ケーブルの代わりに何を繋ごうとしてるんだお前は!」

 

「鬼のお兄ちゃん、無駄だよ。……君たちが通信交換を試みようとした瞬間、羽川翼という名の『通信エラー』が発生して、君たちのセーブデータは根こそぎ破壊されることになる」

 

「通信エラーどころか、物理的なサーバー攻撃が飛んでくるよ!」

 

僕は叫んだ。剛毛という名の妄想に震え、ブルマの猿に通信進化を迫られ、死体人形に絶望を宣告される。

塾の跡地に響く僕のツッコミは、もはや誰にも届かない。

 

「さあ阿良々木先輩! リンク完了の準備は済んだ。 通信開始(スタート)するぞ!」

 

「やめろ! 勝手に進化させんな! 僕はまだ、ただの阿良々木暦(未進化)でいたいんだ」

 

塾跡地。

僕のアイデンティティは、今日もアルマゲドン級の混乱と共に、粉々に砕け散っていくのだった。

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