「……阿良々木くん。あなたのその、まるで『全自動・不審者製造機』から吐き出されたような、あるいは『絶望を煮詰めて擬人化した』ような、見るに耐えない惨めな表情は何かしら。私の視神経が、あなたのその冴えない存在を認識することを拒絶して、さっきからオートフォーカスが迷走を続けているわ」
小雨が混じり始めた放課後の教室。
戦場ヶ原ひたぎは、僕の目の前でカッターナイフの刃を優雅に出し入れしながら、氷点下の微笑みを浮かべていた。
「いや、戦場ヶ原……にしか相談できないことがあってだな。実は、羽川と付き合って一ヶ月になるんだが、その……記念に、何かプレゼントを贈ろうと思っているんだ」
「あら、意外ね。あの『歩く全知全能』と付き合うという暴挙に出てから一ヶ月、まだあなたの脳細胞は彼女の愛という名の高密度情報に焼き切られずに生存していたのね。……で、何を贈るつもりだったのかしら? あなたのその、救いようのない童貞的なセンスで選んだ、世にも恐ろしい毒物(ギフト)の正体を教えなさい」
「……。いや、その、実用的なのがいいかと思って。バブを……贈ろうかと」
「…………バブ?」
戦場ヶ原の手が止まった。
静寂が教室を支配する。
次の瞬間、彼女の口から零れたのは、笑いではなく、憐れみという名の猛毒だった。
「バブ。……入浴剤の、バブ。……。阿良々木くん、あなたは私を驚かせる天才ね。一ヶ月記念という人生の節目に、炭酸ガスで疲れを癒せと? 彼女に『あなたの存在は私にとって、肩こりや腰痛と同レベルの疲労よ』というメッセージを叩きつけるつもりかしら。それとも、あなたの脳みそが既に炭酸ガスに置き換わって、シュワシュワと音を立てて消滅しかけているのかしら」
「そこまで言うなよ! 実用的だし、炭酸は血行を良くするだろ!」
「いい、阿良々木くん。これを機にその『童貞の皮を被った化け物』のようなセンスを矯正しなさい。いいかしら、プレゼントというものは、非日常を贈るものよ。バブは、日常の、それも『安らぎの安売り』よ。……仕方ないわね。私の親友が、あなたの手によって『バブの女』にされるのを阻止するために、私が一緒に選んであげるわ」
戦場ヶ原は鞄を肩にかけると、有無を言わさない足取りで歩き出した。
「……助かるよ。やっぱり餅は餅屋、プレゼント選びは戦場ヶ原だな」
「あら、その言い草、まるで私を『貢がれ専門のプロ』扱いしているようで不愉快だわ。……でも、良いわ。今の私は、慈愛の精神に満ち溢れているのよ。知っているかしら? ガンジーは、私の後輩なのよ」
「……。いや、時代背景とか思想とか、何一つ合致してないだろ。どういう意味での後輩なんだよ」
「精神的な系譜の話よ。非暴力、不服従。彼の掲げた理想は、私の美学の稚拙な模写に過ぎないわ。もっとも、私は彼のように甘くはないけれど。私の掲げるスローガンは、もっと合理的かつ終末的よ」
戦場ヶ原は、どこからともなく取り出したホッチキスを、僕の喉元に突きつけた。
「『超暴力・絶対服従』。これが私のモットーよ」
「……ガンジーと真逆じゃないか。非暴力の対極だろ。むしろ独裁者のモットーだ」
「あら、私の暴力(ことば)によって、あなたの童貞的な迷いを沈黙させる。これこそが真の平和主義だわ。わかったら、さっさとその貧弱な足を動かして。羽川さんのために、バブ以外の『まともな物質』を買いに行くわよ。……一分遅れるごとに、バブ一箱分に相当する罰金をあなたの財布から徴収するわ」
「……。……はい、喜んで。戦場ヶ原様」
僕は諦めた。
戦場ヶ原ひたぎという名の、ガンジーすら裸足で逃げ出し、そのまま炭酸風呂に沈み込みそうな独裁者の後に続きながら、僕は羽川翼に贈る「バブ以外の何か」を必死に考え始めた。
「……それにしてもバブ。……ふふ。阿良々木くん、あなた、そのうち彼女に『きき湯』とか贈りそうね。……『炭酸ガスが爆発するくらいの愛よ』とか言いながら」
「もうそのネタはやめてくれ、戦場ヶ原!!」
僕のセンスのないプレゼント案は、冷徹な彼女の笑い声に、泡のように飲み込まれていった。