八千と百六八年   作:節足甲殻

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初投稿です。
じっくりこんがり焼かれたので書きます。なお、筆者はネットミームを全然知らないぜ


第一話 ゲーミング電柱

―――今は昔……。

 

 ディスプレイの光だけが照らす部屋の中、ガタガタとものすごい速さで2つのキーボードを叩く音が鳴り響く。光の先には膨大で複雑なプログラミングコード、それはあと数十行打ち込めば完成する。

 

―――では、なくて。

 

 納期までまだまだ余裕はあるが、依頼主が依頼主のためここ数日夢中になって続けていた。今日は休憩も取らず、ただひたすらに打ち込み続けていたために目と喉の渇きはひどく、正座をしていた足はもう左側の感覚がない。だが、あと少しでそれともおさらばだ。

 

ーーー超未来だったり。

 

「あと、もうちょい………」

 

ーーーお、まじ?

ーーー5時間ぶりの声や

ーーー↑よう見とったな

ーーー集中力えぐすんぎ

ーーーラストスパートぉ!!! ふじゅ~1,000

ーーーこれより先に宿題終わらせるつもりが1ページもやってねぇ

ーーー草

 

 イヤホンをつけていた耳の痛みはもう感じない。視界の片隅に流れる日本語には、おそらく励ましているであろう文字が見える。

 

―――いやいや、大昔でも超未来でもなくて。

―――今とあんまり変わらない、少しだけ未来の世界。

 

 エンターキーを叩く。フォルダに保存されたことを確認すると、すぐさま作り上げたシステムを起動。正常に実行できるかの確認を行い、無事に完了した。

 

「………終わったぁ」

 

 姿勢を崩し、大きく伸びをした後に首筋に伝う汗を拭う。ふと窓の外を見ると青い空は真っ黒な帳を下ろしており、光輝く月がもう深夜であることを伝えていた。

 

―――配信をしている普通の男子高生ありけり

 

 鏡越しに映った自分の顔は、瞳が怪しくオレンジ色に輝き、さながら宇宙人のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この者、幼い頃に両親を亡くし、たった二人の家族である祖父母のもとで育ったが、その祖父母も亡くなり、己の身一つで生きていかんと地元を飛び出した。

 

 

 せっせと、それはそれはせっせと働き生活基盤を整えて、なんとか青春を送りけり。

 

 

 学校では、独特な包容力を醸し出しながら幼い頃から培った知識や経験を活かし、周りから頼られるお兄さん的存在に。

 

 

 その他は、推し活をしたり、仕事をしたり、配信をしたり、黄昏たり、ゲームをしたり、依頼を受けたりして過ごしていました。

 

 

―――名をば、佐野満月(さのみつき)となむいいける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月って呼ぶべし!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なげぇことお付き合いいただき、ありがとうごぜーます」

 

 体制を崩したことで自覚した足のしびれに悶え、完成したプログラムを送信して夕方からやっていた配信を確認した。8時間34分。よくもまぁこれだけの時間代わり映えのない絵面の配信に数百人も来るのだろうと常々思う。

 

「あ゛――……しんど」

 

 小さいころからこんな生活をしていたからある程度慣れているこの疲労感。しかし、連日連夜、一日の大半を開発作業に費やしたためか、さすがに疲れる。

 

ーーー乙

ーーー乙

ーーー乙

ーーーこの時のTumiki(つみき)からしか得られない栄養素がある ふじゅ~1,680

 

 Tumiki、コンタクト型PCデバイス『スマートコンタクト』からログインできる『ツクヨミ』内での俺のライバー名。ツクヨミとは、全世界総勢1億人を超えるユーザーがいるインターネット上の仮想空間で、自由に遊んだり、創作活動を楽しむことができる。ライバーとは、音楽やゲームなどのコンテンツを配信するクリエイターであり、俺もその例にもれず、システム開発の風景や、モデリング、悩み相談にゲームに歌など広く手を付けていて、見てくれるファン数は8万6000人にもなる。

 

「マニアックな栄養素。ふじゅ~ありがと」

 

 ふじゅ~、ツクヨミ内で使われる仮想通過。ライバー活動などで他者を感動させた際に運営から支払われるというとんでもないシステムでできており、先ほどのようにスパチャで使うこともできれば、現実でも支払いに使えたりする。

 

「うし、やることやったしコメント返信やろう」

 

ーーー待ってたぜ!この時をよぉ!

ーーーこれを聴くためだけに8時間待った

ーーー猛者がおる

 

「ちょっとしかやらんのに……。まぁいいか、好きなように書き込んでって。テキトーに読むから」

 

ーーーおめぇ何様だよ

ーーーエラソーなこと言ってんじゃねぇぞ!

ーーー彼女に振られた、慰めろ

ーーーコメント失礼します!あたしはとある喫茶店でアルバイトを始めたのですが、ドジでダメダメでいつも頼れる先輩の迷惑をかけています!大丈夫と言ってくれていますが申し訳ないです、どうしたらよろしいでしょうか!

ーーーリア充爆発したぞ!ざまぁみろ!

ーーー非リアは黙ってもろて

 

「落差がヒドイなぁ、とりまフられた人は自分の行動を見直して改善したらどう?フられる原因が何かあるだろうし、自分じゃわかんないってなったら家族や友達に頼るといい。客観的な視点は大事だからね。後、よりを戻したいのであれば、言葉遣いとか所作とか自分がだめだと思うところを全部直した上で、声を掛けたらいいじゃないかなぁ」

 

ーーー慰めろや

ーーー改善策を提示してて草

ーーー慰める気ないやん

ーーーこれだから恋愛経験ゼロは

ーーー友達おらんのやけど

ーーーなったろか?

ーーー↑求婚します

ーーーやっぱ絶交で

ーーー友達おらんの距離感の詰め方のせいやろ

ーーー↑なんでわかんの?

ーーー発言of発言

 

「辛かったね…、別れたんだね…。コメントありがとうもう寝なよ」

 

ーーー辛辣で草

ーーーもういい!私はヤチヨのとこに行く!探さないで!

ーーー探す必要なし…と

 

「んじゃ次ね。バイトでドジっちゃって迷惑かけてるって話だね?そんなに気負うものじゃないよ。始めたばかりなんだったらミスすることは当たり前、俺だってそうだったし大半がミスするものさ。何をやるのかハッキリさせてからしてみたり、一つ一つ確実にやるんだ。焦らなくていい、ちょっとずつでいい。そうしていけば、いつかその先輩から頼られたりするようになるよ。俺が保証する」

 

 優しく微笑みながらもう何万回と使ったニュアンスで伝える。いきなり直そう、完璧にしようとしてもうまくはいかない。小さな小さな積み重ねを繰り返して、最後の最後にうまくできればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ寝るから配信終わるわ。みんなおつみき~」

 

 それからしばらく相談に乗り、友人に勧められて作ったこっぱずかしい挨拶を言いながら配信を終了する。長時間起動していたが故にそれなりの熱さを孕んでいるスマコンを外し、時計を確認した。

 今の時間は夜中の2時。明日…ではなく、今日を乗り切れば三連休といえど、今日は今日でやることが山積みな為さっさと眠らないといけない。

 

「うぇぇ…ベッタベタだ」

 

 冷房もつけず、窓も開けずにいたせいか着ていたシャツはさすがに汗まみれ。すぐに洗濯機に衣類を放り込み、生ぬるいシャワーを浴びる。疲れと睡眠不足で倒れそうになりながら風呂場から出て携帯を確認すると、依頼主からの送金とメッセージがあった。

 

『うんうん、パーフェクト!これなら間に合いそうだよ!今後ともご贔屓にさせてもらいますよ(・∀・)』

 

『お役に立ててなによりです』

 

『もー堅苦しいなぁ。もっとフランクに接してもヤッチョは気にしないなのに―』

 

『今回はお仕事でしたから。次のライブではファンとして接しますよ』

 

『ならばよし!もう遅い時間なのにゴメンね!おやすみ(^o^)ノ 』

 

『こちらこそありがとうございました。また来週お会いしましょう、おやすみなさい』

 

「…信じられないなぁ」

 

 今回の依頼主はツクヨミ創設者兼管理者である俺の推し、『月見ヤチヨ』からだった。彼女はあの仮想空間ツクヨミを生み出し、世界一といっても過言ではない人気を博しているAIライバーでもある。縄文時代から生きていて、分身などもできるという設定で活動しており、それらを生かしてツクヨミ内でのチュートリアルや案内もしている。活動歴は10年以上にもなり、中の人がいるだのなんだの言われているが、ほぼ確実にいないだろうし、これだけの偉業がありながらそんなことを気にするのは藪蛇だ。 

 小学生のころからヤチヨのファンだったため、関わりだしたころは彼女に対して一線を引いていたが、ファンではなく個人として認識されてから4年近くにもなれば、少し砕けた口調で話すことができるようになってきた。

 

「おやすみ」

 

 自分だけがいるはずの部屋で習慣となった言葉を紡ぎ、床につく。

 

 

 

 

 

『おやすみ、満月』

 

 誰かがつぶやいた気がしたが、気のせいだと思い、すぐに意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

「今日ツクヨミいくー?」

「あっ酒寄さんだ…!声かけてこようかな……」

「やめとけやめとけ釣り合わねぇって」

「黒鬼の新曲やっぱサイコー!」

「わかりみがマリアナ海溝」

 

(ねむい)

 

 朝の8時過ぎ。廊下から鳴る賑やかな声は寝不足で鈍った脳によく響く、どこかで仮眠をとったほうがいい。昨日の睡眠時間は4時間程度なのだから。どこか詩のような言葉が頭を過ぎり、机に突っ伏しながら大きなあくびを一つする。

 

「……佐野、おはよ。眠そうだね」

 

「……おー、酒寄おはよう。そっちこそ大して寝てないでしょ、隈が透けて見えるよ」

 

「げっ、隠せてない?」

 

「よく見ないとわからないからへーきだよ」

 

 そんな会話をしながら一人の少女が彼の左隣の席に座る。藍色の髪を後ろにまとめ、左目に泣きぼくろがあるその少女の名は酒寄(さかより)彩葉(いろは)。才色兼備、文武両道と全校生徒のあこがれの的であり、だれもが頷く優等生。実は満月もこっそりとあこがれている。

 

「昨日…というか今日の2時まで仕事してたからなぁ。適当なタイミングで寝るよ」

 

「私が言えたことじゃないけど大丈夫?あんたいつか倒れたりしない?」

 

「ほんとに君が言えたことじゃないけど連休でガッツリ休むから大丈夫」

 

 彼と彼女がフランクに話しているのには理由がある。2人は家賃3万8000円の保証人なしの同じ格安アパートに住んでいるからだ。1年生のころからの付き合いであり、いまでは互いに軽口を言い合える関係になっている。

 

「そっちこそ大丈夫なんだろうね?また倒れたりしない?エナドリばっか飲んだりまともに栄養とってなかったりしない?」

 

「イ、イヤーソンナことナイ……ヨ?」

 

「よし分かった明日から毎日メシつくりに君んちに行く」

 

「やいいって、申し訳ないし。たまにもらってるだけでもありがたいんだから」

 

 こういう時に彼女は譲らない。彼にとってはそんなこと知ったことではないが、絶対に曲げないことを彼はわかっているために強く出れない。

 

「どうせ休みの間勉強かバイトするだけでしょ?休みってのは息抜きするためにあるんだから。たまには勉強もバイトもしなくてもいい日があったっていいじゃん」

 

「そういう慢心がきっかけで足元を掬われるのよ。エリートたるものいつだって気を抜かない!」

 

「あー出た出た彩葉のお母さん語録」

 

「まったくブレませんなぁ」

 

 2人の会話に介入してきたのはストロベリーブロンドの髪に美容意識が高く、一歩引いた立ち位置で物事を見てくれる綾紬(あやつむぎ)芦花(ろか)と、ハチミツのような髪色に食べることやのんびりすることが大好きなおっとりとした雰囲気の諫山(いさやま)真美(まみ)の女子2人組。彩葉にとって彼女たちは親友といえる存在であり、満月にとっては仲いい友人という相互認識だ。

 お母さん語録とは、彩葉の母親が彼女に教えた名言集らしく、彼女の人生観を大きく形作っているものだ。その言葉は彼女の生きる指針であり、呪いでもある。

 

「二人ともおはよー。言ってやってくださいよこのお団子ガールに」

 

「そだねー、じゃあ今度新しくできたカフェ行こうよ!赤点回避記念で!」

 

「買い物も行こ!彩葉で着せ替え人形したい」

 

「私の意志は無視か?…連休明けなら空いてるけど」

 

「「決まりだ!」」

 

 そんなありきたりな女子高生の会話を聞きながら彼は一年前の姿を思い出す。初めて出会ったころより表情が柔らかく、顔色も良くなっており、やはり彼女たちのおかげで酒寄は救われていると安堵の表情を浮かべる。

 

キーンコーンカーンコーン

 

「うぇー、もうちょっと話したかったのに」

 

「彩葉ー、またあとでね」

 

「まったく………佐野?」

 

 2人と別れた彩葉はふと隣に目を向ける。そこにはとてもいい顔で寝息を立てる満月の姿があった。もちろん担任にしこたま叱られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「歌...た...ございませんな」

 

 

 

「合計・・・なり・・・す」「・・・・・・で」

 

 

 

「・・・すいた~」

 

 

 

 

「たし、・・・ども・・・ゆうないよ」

 

 

 

 

何度も聞いた

 

 

「これ・・そう・・・・話なの」

 

 

 

 

「きめ・・・エンドにする!・・・つきを連れ・・・・」

 

 

 

「普通の・・・・結構・・・」

 

 

何度も思い出した、何度も思い馳せた

 

 

 

「・・・ウォレ・・・で?」

 

 

 

「そだよ~」

 

 

 

「・・・・・・・カうまい」

 

 

 

 

「悪魔・ないよ・」

 

 

 

 

 

 

 

何度も心にしまう

 

 

 

 

 

「かぐやだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにもならないのに

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(見てるこっちが眠たくなる)

 

 私……酒寄彩葉はそう思う。こっちだってロクに寝ていないのに、彼のうつ伏せている姿を見ると睡眠欲という悪魔がオマエも屈したらどうだと攻撃してくる。なめるな、絶対に眠ってたまるかと理性という名の天使で抗っているが、その天使ももう限界を迎えそうだ。ほらみろ、今にも意識がどこかに飛び立って残されたのは目を開けたまま残った屍……

 

コツッ

 

 …になる前に足に何かが当たった。消しゴムだ。しかもあいつの。顔を向けるとヒドイ顔色の佐野が目を向けていた。うつ伏せになったり顔色が悪かったり、仕事疲れだろうか。彼の消しゴムを拾おうとしたら古文の先生に当てられる。そうだった、今は授業中だった。思わず勢いよく立ち上がりスラスラと答えていく。目を開けた屍になっていたらどうなっていたことか。あっぶねー。

 もしかしたら気づいていたのか?彼の考えていること芦花や真美のようにはわからない。しかし、彼は底抜けにやさしく、考えなしに行動はしないタイプである。

 

「今日の授業はこれで終わり、解散」

 

 先生から授業が終わったことを伝えられ、何とか眠らずに乗り切れたと息を吐く。…あれ、佐野はどこいった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラと静まり返った廊下を歩く、時刻は午後12時過ぎ。視界の端々に人が見える。誰もいない個室に入り鍵を閉めて口元を抑え、来たる嫌悪感に備える。

 

「…うえぇぇ………オエッ」

 

 あぁきもちわるいきもちわるい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校が終わり、隠れ家的な喫茶店『BAMBOOcafe』でのシフトが終わって、いつもの半分ほどの歩幅での帰り道。今日は新人のみおちゃんが珍しくミスせず業務をこなしており、とても助かった。

 

『とある人に相談に乗ってもらって、一つ一つ丁寧にやってみたんです!そしたら落ち着いて取り組めました!先輩から頼られてもいいようにあたし、もっと頑張ります!!』

 

 休憩の時に目をキラキラさせながら嬉しそうに答える彼女はまったくもってかわいらしい。そのあとすぐに躓くような音がして思わずほっこりする。それはそうと……。

 

「へへへ……。ついに三連休がやってまいりやした………。超久しぶりに一日6時間は寝れる………」

 

 とても花の女子高生が言うべき内容ではないが、彩葉は超無理限界ギリなのだった。それこそ今再生した自身の押しであるヤチヨのデビュー曲『Remember』を聴いて、こらえきれずに涙を流すほどに。

 そんな彩葉があふれ出した涙をこぼさないように夜空を見上げると、見とれてしまうほどの光の軌跡が目に映る。

 

「流れ星!」

 

「帝様の願いが叶いますように!帝様の願いが叶いますように!!」

 

―――神頼みするのは阿呆や。

 

「願い事……か、金………」

 

 とっさに言ってしまった言葉は、空しく夜空に消えていく。そんな自分が情けなくなって、これも女子高生が願うことじゃないよなと自嘲気味に泣き笑う。こんな時、私と似た境遇の彼なら、なんて願うのだろうか。そんなこと思い、再びふらつく足を前に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 両手を合わせ、流れ星を見つめて目を閉じる。願うことは一つだけ。

 

(どうか)

 

 暗幕にしつこくこびりつくように、あの光はなかなかなくなってくれそうにない。

 

(どうか彼女が)

 

 光が地上に近づき、そろそろ消えてしまいそうだ

 

(幸せになりますように)

 

 

 

光が消えた

 

同時に、電柱にスパークが走り、まるで意思を持ったように電線を走り出した。

 

それに目を逸らすように下を向いてから瞼を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なメロディーは流れてくよ

 

あなたのハートに

 

鼓動のよう途絶えずに流れてくよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お」「あ」

 

 重い足取りで家路につく直前、袋を持った男性とばったり出会う。

 

「奇遇~。バイト帰り?」

 

「そーですよ。そっちは?」

 

「仕事帰り~」

 

 昼頃見せていた顔色の悪さはどこに行ったのか、いつものようにおちゃらけた口調で話す男が一人、佐野だ。スマコンのARモードを解除し、私の左側に並び立つ。

 

「今日もお疲れ様。バイトどうだった?」

 

「なんとかトラブルなしで捌けたよ。新人の子がミスなくやれててすごく助かったんだ」

 

「それはよかった♪ねえ、晩御飯食べた?今からなんか作ろうと思ってるけど」

 

「マジ?じゃあお言葉に……ってあんたまた……!そーゆー関係はイヤっていつもゆってるよね!?」

 

「もう言質とったもんね。俺はただ酒寄にちゃんとしたもん食べてほしいだけだから」

 

 フニャッとした顔でのたまうやつを小突く。そんなこと言われたら断れないじゃないか。……実際、彼には助けられてばっかりだ。見返りも求めず、無償で何度も手料理を振る舞ってくれている。

 

『冷房付けないの?電気代がもったいない?過労と寝不足をエナドリでごまかしてる糖尿病まっしぐらのやつが?』

 

『作り過ぎちゃったからこれ食べて。食器もあげる』

 

『ヤチヨのグッズが買えない?しょうがないなぁ酒寄ちゃんは』

 

 思ったよりも馬鹿にされてる気がするが、それ以上に私にとって得になることしかされてない。彼のそのやさしさに対してありがたさと申し訳なさが同居している。

 

 

 

―――――都合のいい話は毒や。一番食ってかからなあかん。

 

 

 

 …母の言葉が脳裏をよぎる。そんなことはないと言い切りたいが、母の言葉はいつも正しい。彼に心を許している自分と、母の言葉で彼を疑っている自分がいて嫌になる。

 自己嫌悪に陥りそうになりながら、角を曲がると私たちが住んでいるアパートが見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?」「え?」

 

 なんだこれは?ようやく帰り着いたアパートのすぐ横の電柱が七色に光っているではないか。

 

「ゲーミング……電柱?」

 

 まてまてまて、なんだこれは?どんな現象だ?いたって普通の電柱がこんなゲーミングカラーのように発光するわけがないし、眼球に触れてみるもスマコンの付け忘れではない。そうだ、佐野はどうだ?彼にはこれが見えているのか?いないのか?

 隣をのぞき込むと目頭を押さえ、スマコンを外す姿が見えた。だとすると……

 

「ふっ。なんだ、幻覚か」

 

「七色に輝いているけど」

 

「いやこれは幻覚で‘‘プシュー――!!!!‘‘うわっ!!」

 

 電柱がスモークを噴き出し、これ(電柱)が必死に目をそらしていた現実だということを突き付ける。勘弁してよ。この衝撃で今日の疲れがドッと襲い掛かってくる。なぜだなぜなのだ。様々な疑問が駆け巡るけど一番に出てくるのは、

 

「なんで、ここなの?」だった。

 

 別にここじゃなければ踊っていようが歌っていようがなんだっていい。愉快なものもあるんだなくらいに思えるのだがここは別だ。家の隣だもの。気になっちゃうもの。誰かが何とかしてほしいと思うが、こんな安アパートには電話一本で駆けつけてくれる大家はいない。頼れる隣人は隣にいるものの、しれっと近づいていろんな角度で眺めている。

 

「ね、ねぇ…近づいて大丈夫なの?」

 

「や、気になるじゃん」

 

「それはそうだけど………」

 

 こいつはこんな状況でも変わらない。気になるのは私も同じだと勇気を出して近づいてみると、柱の正面が観音開きで開いていく。反射的に私はそれを閉めた。

 

「えぇ…」

 

 やめろ、そんな目で見るな。ゲーミング電柱以上の厄介ごとはもうごめんなんだ。疲れているんだ、お前のご飯を食べてヤチヨの配信を見て眠りたいんだ。踵を返して帰ろうとしたが、再び扉が開きだそうとする。今度はもっと強い力で押さえつける。

 

「んっこのっ……ちょっと手伝って!」

 

「手伝ってって……」

 

 戸惑う彼に扉を押し付けてもらい、その隙にどうすればいいか考える。接着剤でもつければ開かなくなるか?いや、ガムテープか何かで縛ればなんとか…。

 

「てか待って力つよ……うわっ!!」

 

「佐野!?」

 

 そうこうしている間に佐野が吹き飛ばされた。なんて力だ。コイツ体育10だぞ、握力81キロボール投げ68m越えだぞ。そんな腕を持つ佐野が吹き飛ばされるようであればガムテープでも接着剤でもまるで意味を為さないじゃないか。

 私たちが関わらなければいけないと運命がいっているように、無慈悲にも扉は開いていく。

 その中にはガラガラとなる玩具にふかふかのクッション、天井をクルクルまわる小さなメリーゴーランド。そして、それらの中央に鎮座する主のすがたは

 

――――彩葉と満月が家路につくと、なんと、もと七色に輝くゲーミング電柱なむ一筋ありける。

 

――――あやしがりて寄りてみるに電柱の中光たり。

 

あ…赤ちゃん……?

 

「へっぷし」

 

 きゃはきゃはと笑う電柱の主の鼻水が顔にかかるが、そんなことはもう気にならなかった。

 

――――それで二人はこう言ったの。

 

 

 

 

 

「「んん??????」」

 

 

 




 これにて序章終了となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
 一部不安になるような描写がありますが、それもすべて想定道理ですのでご安心ください。絶対にハッピーエンドにするので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 感想、評価等よろしくお願いします。

さてこっからどんな展開にしよっかな、とりまイチャイチャか。

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