ファミリーコンピュータ用RPG『メタルマックス』及び、そのシリーズ作品の共通世界観を舞台にした短篇小説です。
2024年に刊行した同人誌『20XX年の悪魔のサル』に収録されたエピソードに一部修正を加えたものになります。
「なんだあ、ありゃあ? トカゲがクルマに乗っかってやがる」
直径3キロメートル程もある円形の町をぐるりと囲み、広大な砂漠を望む高壁の上。二人一組での見張り任務のさなか、相棒が一面の砂の中に何か奇妙なものを見つけたようだ。
「見せてくれ」
双眼鏡を受け取って覗き込んでみると、砂漠の中に動くものがひとつ確認できる。私はそのシルエットに見覚えがあった。
「あれはトカゲじゃなくて恐竜だよ。Tレックスって種類のやつだ」
「キョーリュー?」
「長老の家に昔の図鑑があってさ。大破壊の前はあんなのがいっぱいいたらしいよ」
「じゃあ今とそう変わらんな」
そう言う相棒に双眼鏡を返し、今度は肉眼で目を凝らしてみる。
その姿は、履帯を付けた車体にTレックスが載っている、というより、その足元が車体に埋まっているような格好だ。いや、脚の代わりに履帯が生えているといったほうがより正確だろうか。
機械混じりのバイオニックモンスターはそう珍しくはないが、これは初めてお目にかかる種だ。もしかすると、遠方から流れてきたのかもしれない。
そのうちある事に気が付いた。隣の相棒も同様らしく、再び双眼鏡を覗く彼の面持ちはどことなく緊張して見える。
「星見の岩の向こう側にいるようだが、どうにもデカすぎるな」
比較物の無い砂漠では遠近感が掴みづらい。その為、高壁の上から目視できる岩山などには、割合小さなものにまで名前が付けられている。星見の岩もその一つだ。かなりの大きさの岩のはずだが、それがこうも小さく見えるという事は……
「これは……下手すりゃこの壁から頭が出るくらいのサイズだぞ」
相棒はもはや双眼鏡から目を離せなくなっていた。その声は微かに震えている。
「すまんが、隊長を呼んできてくれないか。ああ……マズいな。マズいぞ。こっちに向かって来ている」
見ると、Tレックスが先程より近付いているのが肉眼でも分かる。私は相棒をその場に残し、詰所に繋がる階段を駆け降りた。
*
響き渡るコンプレッサーやドリルの作動音が工場の盛況ぶりを僕に伝える。僕は工場内を見渡しながら、各スタッフの作業進捗を確認して回っていた。
壁に空いた車輌用出入り口に切り取られた外の風景は眩い光に満たされ、建物の影の形がおおまかな今の時刻を知らせてくれていた。高い天井には何基もの照明が取り付けられていたが、それでも陽光に満ちた外の景色と比べると屋内はやや薄暗く感じられる。
工場内には車輌整備用のリフトが大小四基並び、その内の一つに架けられた軽バンの下では、メカニックが車輌の各パーツを指差しながら顧客に作業内容を説明していた。
この工場は、この町に数軒あるクルマ修理屋の中でも最も設備が充実している施設であり、経営者である僕を含めた十人ものメカニックが交代制で勤める大所帯である。
当整備工場の最大の売りは、主力戦車の整備すらも可能な大型のリフトとクレーンだ。これらは自社専用の整備施設を抱えるレンタルタンクショップを除けばウチにしかない代物で、それ故に町を訪れるハンターたちには懇意にしてもらっている。
この町は元々オアシスを囲む古い基地の遺構を利用して作られていったのだが、泉が干上がった今でもその賑わいは衰えていない。周辺の砂漠はかつて工業地帯であったらしく、そこから出土する豊富な部品や兵器を求めて、ハンターやトレーダーたちの往来がひっきりなしなのだ。当然、水も重要な商材となり、町に水が絶える事はない。
良質なパーツを使っての整備や改造を受けられるとあって、著名なハンターが遠方から町を訪れる事もある。現在町に逗留している「アカオニ」と渾名されるベテランもその一人で、当工場自慢の大型リフトで現在整備を受けているのが、まさにそのアカオニの愛車なのだ。モスグリーンの車体側面、スカート部分には、やや掠れた鬼の面がペイントされており、彼のトレードマークとなっている。
やや小ぶりな車輌だが、大砲を取り外された状態であってもその迫力が損なわれないのは、流石戦車といったところか。現在シャシーへの機銃穴の増設と、破損した履板の交換、エンジンのボアアップを済ませており、後は制御ユニット周りの装甲の換装と各種兵装の取り付けが終われば作業完了となる見通しだ。
「ノグチ君、そろそろあがれるかな」
若手メカニックの作業が一区切りついたのを見計らって、声をかけてやる。従業員の中でも新入りのノグチ君は、生真面目過ぎる性格故か、やや仕事のセーブが利かないところがあるのだ。
「了解す」
ノグチ君は素直に応じて、後片付けを始めた。
アカオニのクルマは大口の案件ではあるが、納期も予算も十分に貰っている。現在の進捗状況ならば残業をする必要もないだろう。
片付けを手伝っていると、不意にノグチ君がハッとした表現を見せた。その様子を訝しんでいると、工場の外遠くから微かながら重たく響く音が聴こえてきた。
事故だろうか。建物の倒壊か、何かの爆発か。盗賊の襲撃もあり得なくはないだろうが、幾人ものハンターが滞在しているこの町を襲う命知らずがいるとは想像し難い。
「あれ多分東区の方だよね。ノグチ君、家心配だろ。もうあがっちゃっていいよ。後は僕がやっとくから」
東区に住むノグチ君を家に帰らせて、一人片付けを続ける。音の原因が気にはなるが、今自分に出来ることもないだろう。
しばらくして、工場内の一角に設けられたプレハブ事務所から電話の呼び出しベルが鳴った。小走りで駆けて行こうとするが、その背中に大きなダミ声でお呼びがかかる。
振り返ると、出張修理に出ていたウチの軽トラックが戻ってきており、助手席に座るオッさんが何やら捲し立てているのが見えた。オッさんは仲間内の最古参。加齢と酒焼けのせいで何を喋っているのか理解するのにも苦労する。
「東の高壁に馬鹿デカいモンスターが突っ込んできやがったんだ。壁を半ば破って顔を出してるのが見えたが、ありゃあクルマが無けりゃどうにもならんな。町にいるハンターやら自警団やらが泡食って飛び出してったが……」
オッさんの代わりに状況を説明してくれたのは、運転席から降りてきた別のメカニックだ。
「あ、電話大丈夫か?」
電話機はまだコールを続けていた。このタイミングでの電話、恐らくは高壁のモンスター絡みだろう。事務所に駆け込み、受話器を取る。
「はい、こちらオートテッ…」
『私だ! クルマは動かせるか!?』
少し甲高いがしっかりと太い独特なその声は顧客のアカオニのものだ。町中でのみ繋がる回線を使った電話機の数はそう多くない。察するに、滞在中のホテルからかけているのだろう。
「足回りは済んでますが武装がまだです。主砲だけなら、砲弾の調達も含めて、突貫でニ時間でやります」
アカオニの声色で事情は大体飲み込めた。聞いた通りの化け物なら大砲以外の装備は不要のはずだ。
『全く間の悪い……いいからそれで仕上げておいてくれ、金は出す。どうも話は聞いてるようだが、そういう事なんでな。とりあえずクルマをレンタルしてでも何でも出にゃならん』
アカオニはそう言うと、こちらの相槌すら待たずに通話を切ってしまった。
事務所から出ると、成り行きを心配する従業員たちの視線が僕に集まる。
「オッさん! あがりの時間だけど残業頼める?」
間に合うかどうかはともかく、こういう時に僕らメカニックがやる事は決まっている。
*
往来は列を成して東の高壁に向かうクルマたちと、それを追いかけるようにして駆ける武装した人間たちとで溢れ、舞い上がった砂埃で視界は黄色く霞んでいた。
誇張ではなく、町にいるハンターの殆どがそこに集っているように思えた。先程まで酒場で呑んだくれていた連中でさえ、得物を手にして目の色を変えている。
自警団の連中を含めて、純粋に町を守ろうとしている奴も中にはいるのだろうが、その殆どは戦いに参加したという口実作りをしたいのだ。町の存亡に関わる程のモンスターであれば、事後であってもハンターオフィスからの賞金が見込める。一発でも撃ち込んでおけば多少の分け前にありつけるという訳だ。
かくいう俺もクルマに乗り込んで現場に向かうハンターの一人である。数年前に愛車を失ってからというもの、町と水場とを往復する給水車の同乗護衛に身をやつしていたが、これは久しぶりに降って湧いたチャンスだ。分け前を掠めるようなケチな真似はしない。この俺自身がトドメを刺してやるのだ。だがもちろん、このクルマは俺の持ち物ではない。
各地に拠点を構え、ハンターたちにクルマを貸し出すレンタルタンクショップは営利団体ではあるが、こういった事態においては町の貴重な防衛戦力となる。とはいえ、レンタルタンクを実際に扱うのはあくまで現地のハンターたちだ。自分の血を流さない商売人どもは気に食わないが、自前のクルマを持たない俺のようなハンターが稼ぎ、生き残る為には利用する他ない。
今回レンタルしたのはショップ定番のパンサータイプのレプリカで、105ミリキャノンを主砲とし、機銃と火炎放射器を備えたバランス型だ。町の周辺に生息しているモンスターが相手なら十分すぎる装備だが、高壁をぶち破るような大物に対して、果たしてどれだけ通用するか……
俄に緊張を催してきたところに爆音が轟く。しばらく前からモンスターと自警団の戦闘音は聞こえていたが、いよいよ戦場が近いらしい。
正面のディスプレイに表示された外部カメラからの映像には、直立する巨大なトカゲの暴れ狂う姿が遠目に確認できる。既に東の高壁は崩壊し、居住区に侵入してしまっているようだ。
近付くにつれて、トカゲのディティールがはっきりとしてくる。体色は茶と灰の斑模様。灰色部分には金属的な光沢があり、それが太陽光を受けてより輝いている。異様に大きな頭部と比べて、小ぶりな前肢は申し訳程度に添えられているのみ。それに対して、後肢代わりに生えた巨大な履帯は獰猛に駆動して、背の低い建物を丸ごと噛み砕いていた。
先陣を切っていた徒歩のハンターらによって無数の銃弾やレーザーが浴びせかけられるが、奴はそれを歯牙にもかけない。
次に何輌かのクルマが正面に立ち塞がって、大砲による一斉射撃を試みる。連発式のバースト砲のそれを含んだ砲弾の群れが奴の腹部に叩き込まれたが、傍目に見て効いている様子は無かった。
俺は睨み合うクルマたちとトカゲとを横目にしながらその右横を通り過ぎ、背後からの攻撃を狙った。運転を自動モードに切り替え、砲塔を回して主砲を奴に向ける。
そこで奴の身体の一箇所、横っ腹辺りから血が流れ出ているのに気が付いた。中には効いている攻撃もあるのだ。見ると、奴の足元にはスクラップと化して煙を上げる戦車が一輌見える。青い塗装が特徴的なクルマで、名は忘れたが、短砲身の155ミリ砲が自慢のハンターだったはずだ。あのクラスの大砲でようやく抜ける外皮というのも恐ろしいが、ともかく不死身ではないだろうという事が分かってやや安堵した。
改めて主砲の狙いを定める。目標は奴の横腹、出血部分。少なくとも外皮が破れている場所ならば、ある程度効かせられるはずだ。
ディスプレイ上の照準が傷口に重なると同時に主砲の発射ペダルを右足で踏み込む。
「……っ!」
数年ぶりに感じる主砲発射の衝撃と鼓膜を叩く爆音。一瞬身が竦んだが、気を取り直して命中を確かめる。更なる出血こそ無いが、傷口やや上の体表からバラバラと崩れ落ちるものがあった。どうやらこの程度の砲でも多少は効くらしい。
攻撃を受けてこちらへ顔を向けるトカゲの横顔に、すかさず前方に展開したクルマたちが砲撃を加える。奴がそちらに意識を戻したところ、今度は後方に周りこんでいた武装バギーが連装式ミサイルを背中に叩き込む。
対戦車兵器を四方から食らい、流石の化け物も狼狽えている。俺はその隙を狙って再度出血部分に向けて105ミリ弾を撃ち込んだ。
傷口を抉られて半狂乱になったトカゲは上半身を激しく揺すって暴れ、周囲の建物を手当たり次第に破壊し始めた。狙いは付けづらい。だが攻撃自体は確実に効いているのだ。
自動装填装置の仕事を待ちながら次なる射撃の為にカメラの映像を注視していると、トカゲの異様な変化に気が付いた。
暴れ狂っているのは相変わらずだが、身体が小刻みにぶるぶると震え、体表の至る所から突起物を生やし始めていたのだ。筒状のものから箱型のもの、変異を重ねて翼のように形作られつつあるものもある。
ディスプレイに主砲の砲弾装填が完了した旨の通知が届く。
──これは撃破を急いだ方がいい。
そう感じて再度狙いを付けたまさにその瞬間、咆哮と共にトカゲの全身から光が放たれた。
それは身体の各所に生成された砲門から噴き出した発火炎だった。周囲にばら撒かれた砲弾の雨が建物の壁を砕き、自身を囲むクルマたちの装甲を貫く。
空中には奴が発射した誘導弾が尾を引いて飛ぶのが見え、直後、車内に警報が鳴り響いた。どうやらセンサーに捕捉されたらしい。
自動迎撃システムが作動し、直ちに機銃が誘導弾を狙って射撃するが、ふわふわとした軌道で飛ぶそれを上手く捉えられない。運転を手動に切り替え、瓦礫に身を隠そうとするが間に合わず、車体を激しい衝撃が襲った。車体後部に誘導弾が命中したのだ。
ディスプレイにはエンジンとシャシー本体にダメージが入ったという診断結果と共に、大きく「帰還」の文字が表示されていた。
レンタルタンクは、貴重な車輌の損失を防ぐ方策として自動帰還システムを実装している。車輌が一定の損傷を受けると、仮に未だ戦闘続行可能な状態であっても乗員の手動操作を受け付けなくなり、戦闘領域からの離脱を優先するプログラムが働くのだ。
だが、もちろん、戦闘中の相手がそれを許すかは別問題である。自動運転でその場から離れようとするクルマを、腹部から生えた機銃を乱射しながらトカゲが追走してきたが、制御を失ったクルマの中で俺が出来る事は最早何も残されていなかった。
俺はわざとらしくゆっくりとした動作で胸ポケットから煙草を取り出し、車内に貼られた「禁煙」のプリントシールを眺めながらオイルライターの蓋を指で弾いた。
カメラに、姿勢を低くした奴の顔が迫る。映像が途切れる直前に車内の画面を埋め尽くしていたのは、出鱈目に貼り重ねられた装甲タイルと、その隙間にびっしりと生えたナマリタケだった。
*
作業を始めてから一時間ほどが経つ。戦場から離れたこの工場にまで爆音やモンスターの咆哮らしきものが届いていたが、それらも既に収まっていた。
「さすがに間に合わないよね」
僕は主砲の取り付け作業を行なっているメカニックと顔を見合わせて、互いに苦笑する。
一部スタッフの残業代は払うにせよ、どの道やる予定の工程ではあったし、アカオニがまだ生きていれば追加料金は出る。むしろ死んでいれば戦車一輌分は丸儲けだ。どう転んでもウチの損は無いだろう。
少しして、傾き始めた日で大きな影を作りながら車輌用出入り口から歩いてくる者があった。
「あ、ノグチ君、家どうだった?」
「うーん、どうもこうも……近くまでは行ったんですが、二軒隣んちが吹っ飛ぶの見て逃げてきました。こりゃあこの町も潮時ですかね……」
「いや、もう戦闘は終わったようだけど」
「え、まだ聞いてないですか?」
木箱を満載にして出入り口から入ってきた軽トラックに少し目をやってからノグチ君は続ける。
「あいつ、結局ハンターたちでも仕留めきれなくて、今は暴れ疲れて町なかで眠ってるみたいなんですよね」
工場の奥に軽トラックを止めて降りてきたのは、砲弾屋に弾薬の調達に出ていたオッさんたちだ。オッさんは興奮気味に会話に加わってきたが、相変わらずの嗄れ声で何を喋っているのか全く分からない。
「いやーすげえの、ちょっと寄り道してきたんだけど、そこいら中にハンターの死体やら壊れたクルマやら。東区はもう駄目だなありゃ」
すかさずオッさんの相方が解説してくれる。
「ハンターどもは殆ど死んじまったらしい。多分、アカオニの大将もな。並の大砲や対戦車ミサイルが効かないってんだからお手上げだよ」
どうやら件のモンスターは想定以上の化け物だったらしい。そうなると、今整備中のこのクルマが完成したとて焼け石に水かもしれない。
新調した主砲の口径は120ミリで口径長は44。かなり強力な砲だとは思うが、聞いた話では155ミリのスパルク砲でようやく手傷を負わせられたのだとか。となると、この子には少々荷が重いだろう。そう考えたところで、ふと、ある事に思い至った。
不意に鳴る電話のベルに、思索から引き戻される。電話は事務所で休憩中のスタッフが受けてくれたようだ。しばらくしてから、そのスタッフが事務所から顔を出した。
「ハンターオフィスからです! 奴にやられたクルマを、修理可能な分だけでも直してくれって」
どうやらハンターオフィスはまだ諦めていないらしい。最悪今回この町が潰れたとしても、地域全体の将来的な憂いを摘む為に少しでも手傷を与えておく心積もりだろう。ハンターオフィスに、町に、それだけの覚悟があるのであれば、僕だって簡単に逃げ出す訳にはいかない。それに、手立てはまだある。
「そしたら、僕たちもやれるだけやってみようか」
覚悟を決める為に、敢えて声に出してそう言った。非番のメカニックも全員集まっている。申し訳ないが、今日は全員残業だ。
工場には自走可能なクルマを二台まで受け付け、それには四人のメカニックを対応させる。三人は自走不能なクルマに赴いて、出来うる限りの修理を施す。残りの三人、ノグチ君とオッさん、そして僕には別の仕事がある。
*
工場に併設されたヤードの一角には僕の住居がある。薄いベニヤ張りの二階建てで、二階部分は寝室、一階部分が作業場となっている。その作業場に用があるのだ。
「ボンのオモチャか?」
ヤードを並んで歩いていたオッさんの声が辛うじてそう聴き取れた。
ボン、というのは僕の渾名で、以前に実家が裕福な事を知られて以来、からかってそう呼んでくる。その僕が自宅一階の作業場に運び込んだものを日々いじっているのは、工場の人間には周知の事実だ。
外階段脇のドアから作業場に入り、内側から大型の引き戸を開いて建物内に陽の光を入れる。
中に鎮座しているのは、部屋を丸ごと埋め尽くすかの如き長大な鉄の塊。並のそれとは桁違いの重厚さを誇る一門の戦車砲だ。
まだ僕が二十歳になる前の事、実家を家出同然で飛び出し、ハンター付のメカニックとして旅をしていた時期がある。その頃に、この街から遠く東の砂漠地帯で発掘したのがこの大砲だった。一目惚れだった。
砲口に取り付けられている、意匠を凝らされた特徴的な形状の消炎器。口径205ミリを誇る長砲身は不必要なまでに分厚く、話に聞く艦艇用の大砲かと勘違いした程だ。巨大な砲を搭載したモンスターは数多く見たが、人間の扱う戦車用として作られたもので、これ程のサイズのものには後にも先にもお目に掛かった事がない。
当時運用していたクルマにはとても搭載出来ず売却か廃棄も検討されたが、僕が興味を示した為に、羽振りの良かった相方がハンター用のトランクルームサービスに保管しておいてくれた。それを、僕が独立してこの町で修理屋を構える際に餞別として贈ってくれたのだ。
整備工場を営む傍ら、僕はこの現実離れした巨砲を実用化する為に、研究と加工を重ねてきた。過剰に巨大だった弾倉を切り詰め、ある程度の耐久性を維持しつつも可能な限り砲身をスリム化した。また、現存している殆どのタイプの砲塔に取り付けられる為の工夫も凝らしてある。
日々メンテナンスを行いながら、僕はこれが作られた理由を考えていた。古来より戦車の敵は戦車である。しかし、この大砲は戦車に搭載される為の設計が為されてはいるものの、対戦車用としては想定される威力がありすぎる。ではその仮想敵は一体何なのか。件の化け物の不死身ぶりを聞くに至り、僕は、この砲は正に人知を超えた怪物を狩る為に造られたものなのだと確信した。
恐らくは大破壊の日々のさなか、初めてモンスターと相対した人類がその脅威に抗う為、枯れる前の技術を集め生み出した結晶。それがいかなる戦車によって用いられる筈だったのかは知る由もないが、大砲も、敵も、正に今ここにある。ならば、今こそがその存在理由を遺憾なく発揮する時だ。
205ミリ砲の運搬は、台車ごとアカオニのクルマで牽引して行われた。工場内に運び込んで、そのままこのクルマに搭載するのだ。シャシーの強度やエンジン出力から考えてかなり無理な改造なのは承知の上だが、他に適合しそうなクルマは見つけられなかった。余計な装備は極力取り除かねばならないだろうが、最低限、積んで動けばそれでいい。当てさえすれば殺れる。これはそれだけの代物なのだ。
工場内には既に、被弾した二輌の装甲車が入庫しており、それぞれがメカニックらに応急処置を受けていた。人が慌ただしく行き来する中で慎重にクルマを回し、予め空けておいた大型のピットに砲と共に収まる。
定位置に止め、クルマから降りると、メカニックの一人が事務所の方から駆け寄ってきた。
「社長! あの化けモン、ハンターオフィスから正式に指名手配がかかりました! オムニタイラント、賞金額15万ゴールド!」
高額の賞金は予想していたが、流石にこれは破格と言わざるを得ない。それだけ奴が地域全体にとっての脅威とみなされているという事だろう。金額を聞いて、周囲のスタッフたちからも一瞬どよめきが起こっていた。
ここが気合いの入れどころだ。
「ようし、賞金は僕らで丸ごと頂こう! 余所のハンター連中に横獲りされる前に片付けるんだ!」
発奮したメカニックらから歓声があがる。
さて、ここからは時間勝負だ。奴が居眠りしてくれている間にクルマを形にできるかどうか。
沈みかけた陽は、町をすっかり橙と黒の二色に染め上げていた。
*
「ああっ! エミーちゃん!」
装備を換装中のクルマの前に突如現れたのは、ツナギ姿に戦車帽を被った小柄な中年男性。このクルマの所有者、アカオニその人だった。
彼はクルマから取り外されてクレーンで吊り上げられたコントロールユニットを見上げ、悲鳴をあげている。厳めしい髭面はその渾名の通り真っ赤に染まっていた。
「やべえ……アカオニの旦那、まだ生きてたのか」
怖気づくノグチ君を尻目に、僕はアカオニの元に向かっていった。
「ご無事で何よりでした。ご注文とは仕様が少々変わっていますが、奴を仕留められる仕上がりになっています」
愛車を勝手に改造され、激昂してもおかしくない状況だったが、アカオニは意外にも直ぐに冷静さを取り戻していた。町の危機的状況を察しているのだろう。自分のクルマには不釣り合いな巨砲を前にして、その表情はやや神妙な面持ちに変わっていた。
「全く……取り付け予定だった120ミリで歯が立たないのは、直接やり合った私が一番よく解っている。で、こいつならやれるんだろうな?」
「ええ、やれます」
正直なところ確信は無いが、これ以上の手がある訳でもない。やるしかないのだ。
「しかし、Cユニットも積み替える必要があったのか?」
アカオニはエミーと呼んだ装置を心配そうに見上げている。通常三名から四名で運用する戦車を単独で動かすには、このCユニットと呼ばれる制御装置が不可欠となる。これ一つで自動運転や火器管制、砲弾の装填から索敵までこなしてくれるのだ。だがこのエミーは非常に重く、シビアな重量と出力のバランスが求められる今回の改造においては取り外さざるを得なかった。
「代わりはありません。Cユニット無しの三人乗りでいきます。弾も徹甲弾二発のみ。予備の一発までなら主砲の機構で自動装填できますので装填手も無しです」
おまけに防御用の装甲タイルも外せるだけ外している。最低限の前面装甲の他、重量バランスを取る為の背面装甲などを除けば殆ど裸も同然だ。全ては主砲で一撃する為だけに調整されていた。
「そういう事ならば私は乗るぞ。私のクルマだ。構わんな?」
これは願ってもない申し出だった。乗員が足りなければウチのメカニックたちで賄うところだったのだ。やはり餅を頼むのなら餅屋に限る。
「では不本意かもしれませんが、操縦手をお願いします。僕は調整したてのクルマや砲の運用全般を管理したいので……」
「それで結構。それと、砲手も足りないなら紹介できるぞ。乗っていたレンタルタンクをやられてクルマにあぶれたハンターだが、昼間の戦闘では奴に手傷を負わせた腕利きだ」
言うとアカオニは返事も待たずにプレハブ事務所の方に歩き出した。
「電話はあそこか? 借りるぞ」
これまた言いっぱなしで事務所の中に消えていってしまう。相変わらずせっかちな人だ。だが、その行動力は修羅場では頼りになる。
整備中のクルマに戻ると、操縦手候補でもあったノグチ君が安堵の表情を浮かべていた。その肩を拳で軽く小突いてやる。
「命拾いしたかな。まあその分整備の方はよろしく頼むよ」
「了解す!」
威勢の良い返事に思わず顔が綻ぶ。
大勢の命がかかった重要な戦いだが、正直なところ僕自身も興奮を抑えきれないでいた。長年改造を重ねた大砲の実戦投入。そして久しぶりの戦車戦。やはり僕はメカニックであり、モンスターハンターなのだ。
*
太陽はすっかり冷たい夜に沈みきり、薄っすらとした青い三日月が砂漠の町に淡い影を落としている。
オムニタイラントに狙われるのを恐れてか町の灯の殆どは消えており、向かう先、廃墟群と化した東区だけが、火事の残り火によるまばらな光をチラつかせていた。
205ミリ砲を積んだアカオニ号は、僕を車長とし、操縦手としてアカオニ、砲手にはそのアカオニからつい先程紹介されたばかりのハンターの男が乗り込んでいる。機を逸してしまい、実はまだ名すら聞いていない。
「社長さん、動くたびに車体が軋むんだがコレ大丈夫なのかい?」
インカムに入る彼の声は少々聴き取りづらい。狭い車内には気を吐くエンジンの音と、舗装道路に噛み付く履帯の音とに混じって、金属同士が擦れ合うような不快な雑音が響きつづけていた。
「ちょっと走ったくらいじゃバラバラになったりしないようには出来てるよ。一発撃ったら分からないけどね」
クルマのキャパシティを遥かに超える重量の砲を強引に取り付けた結果、シャシー全体にかなりの負荷がかかっている。このまま長時間放置するだけでもシャシーの変形や各部品の破損は免れないだろう。
結局はエンジン出力もあと一息足りず、工場内で修理した装甲車で牽引しながら何とか前に進めているという状態だ。
「何にせよ、あのトカゲ野郎に一矢報いる有難いチャンスだ。もう一発はぶちかましてやらんと、とても死に切れん」
先の戦闘で受けた傷で興奮が高まっているのか、名も知らぬハンターは闘争心をあらわにしている。一方、その奥で操縦レバーを握るアカオニは比較して落ち着いた様子だ。
「そこの自警団の連中が言っていたのだが、トカゲというよりキョーリューだかティーレックスだかいう大破壊前の生き物に近いようだな。まあトカゲの親戚には違いないようだが」
自警団の連中とは、現在このクルマを牽引する装甲車に乗り込んだ二人組の事である。ハンターオフィスに避難していたところ、運転経験があるということでアカオニが引っ張ってきた人材だ。なんでもオムニタイラントの第一発見者でもあるらしい。
此度の攻撃には僕たちや彼等の他にも、ハンターオフィスの音頭取りで多数の人間が参加してくれている。ハンターの僅かな生き残りの中には怖気付いている者も少なくないようだが、特別報酬を餌にして渋々ながら出てもらっているらしい。
彼等には他の整備工場で修理されていたクルマやレンタルタンクで別働隊を編成してもらっている他、僕の工場で整備したもう一輌の装甲車の乗員としてこの車列に加わってもらってもいる。町の各所で擱坐したクルマは固定砲台として使われるようだが、鉄の棺桶に入りたくないハンター連中の代わりに、自警団の有志が決死隊として乗り込んでいるのだという。
そろそろ奴の姿を視認できてもいい頃合いだ。既に砲の射程距離内には収めているはずだが、あの巨体を上手く瓦礫と夜の闇に隠しているようで、その位置は判然としない。眠っているうちに何とか先制したいが……
唐突に正面上方に光が瞬き、その淡い期待は裏切られる。僕たちのクルマと装甲車の間に何かが弾け、車体全体が衝撃に震えた。既に奴は目を覚ましていたのだ。装甲車は車輌後部が著しく破損し、牽引用フックも吹き飛んでしまっている。こちらのクルマも完全に立ち往生だ。
会敵直後、打ち合わせ通りに僕らの後方に控えた車輌から照明弾が放たれ、夜の空に賞金首オムニタイラントの上半身が橙色に浮かび上がった。
一見して肉食である事を悟らせる鋭い牙とそれを支える両顎。全身に針鼠の如く砲やランチャーを生やし、何発ものミサイルを抱えた両翼は夜の全てを包み込もうとするかのように打ち広げられていた。照明弾の光と夜の闇とに彩られたその姿は荘厳さすら感じさせる。
稀代の巨竜を目の当たりにするや、瞬時に僕のハンターとしての血が沸き立つ。
「正面右! 狙えるか!?」
言う間に機銃弾の雨が降り注ぎ、砲塔を回し始めた車体のそこかしこを打った。
「仰角が上がらねェ! 腹辺りだが!?」
「撃て!」
発射と同時に、身体がシートに押し付けられるような凄まじい衝撃。耳をつん裂く轟音に眩暈がするが、急ぎ攻撃の効果を確認せねばならない。天井のハッチを開け放ち、飛び出すように車外に身を乗り出した。
空を舞う照明弾は未だに巨体を照らし続けている。砲撃は奴の腹部に大きな風穴を空けていたが、その生命活動を絶つには至っていなかった。傷口から大量に出血しながらも、奴はその闘争本能をむしろ活性化させているようにも見える。
夜の町に怒りに満ちた咆哮が響き渡った。別働隊からの砲撃が奴の側面を叩いて注意を引こうとするも、その目が見据えているのは深手を負わせた張本人の僕らだけだ。大きく前傾姿勢を取った奴のその背には巨大な砲身が急速に形成されつつあり、その砲口は間違いなくこちらに向けられていた。撃たれれば避けようも防ぎようも無い。が、今ならば奴のその頭部を狙える。
「あと一発、撃てるか!?」
「狙いがズレた! しかも砲塔が回らねェ!」
恐らく元々過積載だったところに射撃の反動によるシャシーの歪みが重なったのだろう。奴は既に砲の指向するやや右に移動してしまっており、何とかして照準をそちらへ向けねばならない。車体そのものの旋回も試してもらってはいるが、エンジンの馬力が足りず、履帯はしっかり地面を噛んだまま動かなかった。
辺りを見渡すと、自車の左手側に砲撃戦を避けて後退した自警団たちの装甲車が見える。
「頭に横から突っ込め!」
身振り手振りを交えながら在らん限りの声で叫ぶ。返事は無いが、意図は汲んでくれたらしい。装甲車はタイヤを切り返してこちらのクルマの左側面前寄りに向き直ると、そのままスピードを上げてきた。
「右旋回のままアクセル踏みっぱなし! 砲手! 衝撃と同時に回頭するぞ!」
言い切ってから間を置かずに装甲車が突っ込んできた。数十トンの鉄塊同士の激突の凄まじさ。弾き出されぬよう、ハッチの手摺りを握り締める。横からの衝撃に補助を受け、左右の履帯がそれぞれ逆方向に動き始めた。
そして僕らの205ミリ砲の先端と、遂に砲身の生成を終えた奴の視線とが一直線に繋がれた瞬間。照明弾の明かりが消え、夜が視界を満たす。
「てェ!!」
眼前を埋め尽くす緋い炎。月下に咲く大輪の花。その美しい凶暴な光は、僕の脳裏深くに刻まれるとともに、瞬く間に夜の闇に散って消えた。
後方車輌から発射された照明弾が再び周囲を照らすと、そこには下顎を残して頭部を吹き飛ばされたオムニタイラントの死骸が無惨な姿を晒していた。
戦い終えたクルマを装甲車のライトで照らしてもらい、破損箇所を繁々と観察する。二度の射撃を経てクルマのシャシーは大きく変形してしまい、砲身との連結も外れかかってしまっている。無理な稼働が祟ってか、エンジンからも異音が確認できた。
「Cユニットがあったら画面は真っ赤だったろうなあ」
砲手を務め上げたハンターがそう言いながら車内から這い出て、煙草に火を付けてから砲塔の縁に腰掛けた。
「ちゃんと直るんだろうな」
続けて出てきたアカオニの顔は戦いの興奮で紅潮していたが、その表情はあまり浮かない様子だ。愛車がこの有様では無理もない。
「やるだけやってみますよ。今回の賞金から足は出ないと思いますが……まあ、勝手に弄った手前、勉強させてもらいますから」
クルマのスカートに描かれた鬼の面が跳ね飛んだ油で汚れているのに気付き、僕は鬼の目元に垂れた濁った涙を革手袋でそっと拭ってやった。
*
あれ以来、工場もスタッフたちもフル回転の日々が続いている。クルマの修理は予約待ちの状態で、町の設備の復旧などにもメカニックが引っ張り凧なのだ。インフラに関しては損得抜きでやってはいるが、それでも今回の件でウチがかなり潤ったのは間違いない。中には「キョーリュー様様」などと不謹慎な軽口を叩くスタッフもいる始末だ。
205ミリ砲はアカオニのクルマから取り外され、再び自宅一階の作業場に戻ってきていた。クルマはボロボロになったが、こちらには損傷は殆ど見当たらない。
僕は砲の整備がてら、その砲身側面に一輪の花のペイントを施した。あの戦いの中で見た、砲の消炎器から漏れる美しい火に、かつての仲間の背に彫られていた緋い花の図柄を思い出したのだ。やはりこの大砲はあの頃の僕らに繋がっている。
「おぅい! ボンっ!」
戸外からオッさんの呼ぶ声がする。ただでさえ短い休憩時間が今日は早目に終わってしまったようだ。
──生きていればまた繋がる日もあるだろう。
僕は作業場の明かりを消して戸を開き、照りつける太陽の下に飛び出した。
了