(完結)ホラズム王国の恋模様   作:埴輪庭

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最終章「覚悟が決まった国王陛下の場合」②

 ◆

 

 歴史を動かすのは理念や理想だけではない。むしろそれを具現化するための、冷徹にして緻密な計画と組織、そして資金である。

 

 カーマイン王が構想した「神殺し」は、その本質において、旧来の宗教という巨大企業を倒産に追い込み、自らが立ち上げる新規事業に市場を移行させようとする壮大な経営戦略であったと言えよう。

 

 計画の第一段階は新たな崇拝対象、すなわち「偽神」の創造から始まった。

 

 カーマイン、ラザール、ブレンダンの三人は数夜にわたり、王宮の最奥で密議を重ねた。

 

 彼らが創り上げた神の名は、「理(ことわり)と慈悲の御子」。このネーミング自体が、既存の神への巧みなカウンターとして設計されている。すなわち、絶対的な権威と沈黙によって君臨する旧い神に対し、理(理性)と慈悲(具体的な救済)という、人間が理解し、共感しうる価値を前面に押し出したのである。

 

 その教義は革新的かつ、民衆の心を的確に捉えるものであった。

 

 第一に、人身御供の完全な否定。「理と慈悲の御子」は、命を奪うことを最も忌むべき罪とし、代わりに「人の知恵と努力」こそが、最も尊い捧げ物であると説く。

 

 第二に、具体的な恩恵の約束。旧い神が与えるのが天候の安定や戦勝といった曖昧で証明不能な恩寵であるのに対し、偽神は医療や知識、あるいは農業技術といった、目に見える形での救済を祝福するとした。これは人々の漠然とした不安ではなく、日々の生活に根差した切実な欲求に応えるものであった。

 

 第三に、教義の柔軟性。聖典は固定されず、新たな科学的発見や哲学的思索によって常に更新され、発展していくとされた。これは思考停止を求める権威主義的な宗教とは対極に位置する、知的好奇心を肯定する思想であった。

 

 さて、いかに優れた製品(偽神)を開発しようとも、それを市場(民衆)に届け、信頼を勝ち取るための販売網とマーケティング戦略がなければ、絵に描いた餅に終わる。計画の第二段階は、協力者の確保、すなわち偽神教団の母体となる組織の結成であった。

 

 カーマインの密使が夜の闇に紛れて王都を駆け巡る。彼らが接触するのは既存の体制に何らかの不満や疑念を抱く、いわば「異端者」たちであった。

 

 最初のターゲットは教会内部の改革派だ。若い神官の中には上層部の腐敗や教義の形骸化に憤りを感じている者が少なくない。密使は彼らに接触し、王が新たな信仰の可能性を模索していることを、ごく断片的に、しかし暗示的に伝えた。

 

 神の名の下に私腹を肥やす神官長に反感を抱く者、純粋な信仰心ゆえに、人身御供という教会の暗部に苦悩していた者。彼らは王の計画の全貌を知らされぬまま、しかし「より清浄な信仰」という理想に惹きつけられ、カーマインの網にかかっていく。

 

 次に集められたのは、邪神教団によって家族や故郷を奪われた者たちであった。彼らは邪教の暴虐に対して何ら有効な手を打たず、ただ祈りを強いるだけの神と教会に深い絶望と憎悪を抱いていた。カーマインは彼らに対し、復讐の機会ではなく「自らの手で邪悪を討ち、新たな秩序を築く」という大義を与えた。無力感に苛まれていた彼らにとって、それは抗い難い魅力を持つ提案に他ならなかった。

 

 そして最も重要な協力者が、最新の科学技術を持つ学者や医師たちである。彼らは教会の権威によって、その研究を「神への冒涜」として弾圧されてきた歴史を持つ。カーマインは彼らに潤沢な研究資金と、その成果を存分に発揮できる「舞台」を提供することを約束した。すなわち、偽神教団が行う「奇跡」の、科学的な仕掛け人としての役割である。

 

 こうして聖職者、復讐者、科学者という本来決して交わることのない人々が、王カーマインという一点の求心力の元に秘密裏に集結し始めた。それは、来るべき思想戦争のための特殊部隊の編成であったと言えよう。

 

 そして、計画の第三段階、すなわち「最初の奇跡」の準備が、水面下で着々と進められていた。

 

 ◆

 

 ラザールの情報網は、辺境のナーヴァス村で邪神教団の残党が井戸に毒を投じたことにより、深刻な疫病が発生したとの報を掴んでいた。通常であれば教会は調査団を派遣し、祈祷師が儀式を行う事になっている。それは神の力が健在だった頃には意味をもっていたが、現在では多少体調が持ち直す程度だろう。

 

 そして──事態はその様になった。

 

 祈祷ではもはや病の蔓延を食い止める事が出来ず、村人たちにも犠牲者が出始めた。

 

 ここでカーマインが動いた。彼は密かに集めた医師団の中から最良の者たちを選び出し、偽神教団の聖職者を装わせてナーヴァス村へと派遣した。彼らの任務は疫病の原因を特定し、治療法を確立すること。そしてその救済のすべてを、「理と慈悲の御子」の御業として演出することであった。

 

 馬車に積まれたのは聖水や護符ではない。最新の薬草学の知識いった、本物の「奇跡」を起こすための道具であった。

 

 この作戦が成功すればその効果は絶大なものとなるだろう。旧い神が救えなかった命を新しい神が救った。これほど強力な宣伝(プロパガンダ)は存在しない。カーマインの計画は神学論争のような高尚なものではなく、民衆の最も卑近な、しかし最も切実な「生きたい」という願いに直接訴えかける高度に計算された心理戦だったのである。

 

 神殺しな謀略が静かに進行する一方で、王城の一角では若さゆえの純粋な激情が、一つの決断を下そうとしていた。

 

 王太子ハリスとイセリナの王都脱出。

 

 それはカーマインの描く壮大な絵図においては、計算された偶発事象とでも言うべきものであった。

 

 ハリスは父である王カーマインの書斎に、最後の直談判に訪れた。

 

「父上、どうか神託の撤回を。王の権威をもってすれば、不可能なことではないはずです!」

 

 懇願する息子の姿に、カーマインは表情一つ変えず、ただ静かに首を振った。

 

「ならぬ。神の決定は、王であろうと覆せぬ」

 

 その答えは、ハリスの最後の期待を打ち砕くに十分であった。彼は絶望に顔を歪め、父への反発を露わにする。

 

「ならば、私は私の道を行くまで。イセリナを連れてこの国を出ます」

 

 決死の覚悟を告げる息子に対し、カーマインは僅かな沈黙の後、意外な言葉を口にした。

 

「……三日だけ待て」

 

 それは王としてあるまじき言葉であった。王位継承者の国外逃亡を、事実上黙認するに等しい。ハリスは父の真意を測りかねたが、この三日間という猶予が自分たちのためのものであることだけは理解できた。

 

 彼は父の冷たい仮面の下に、一瞬だけ親としての情がよぎったのだと、そう信じたかった。

 

 実際、カーマインには確かにハリスに対する情はある。だからこそ神殺しを決めたのだから。とはいえ、この言葉ばかりはハリスの心情に寄り添って発されたものではない。というにも、この三日間は逃亡計画を完璧な「悲恋の物語」として演出するための、必要不可欠な準備期間に他ならなかったからだ。

 

 約束の三日後。月も隠れる闇夜、ハリスとイセリナは、イセリナの父であるフォルティス公爵が手引きした僅かな供を連れて、王宮の秘密通路から脱出した。フォルティス公爵は娘の運命に絶望し、王の不甲斐なさに憤り、最終的に王太子に与することを決断したのである。無論、カーマインが公爵の動きを把握していないはずはなかった。王とはその気になれば、城壁の石の一つ一つが持つ記憶すら知ることができる存在なのだ。

 

 脱出は計画通りに進んだ。意図的に配置された手薄な警備網を易々と突破し、一行は王都の喧騒を背に自由を求めて馬を駆る。

 

 彼らの胸には悲壮な決意と、未来への仄かな希望が交錯していた。王宮に残された者たちの苦悩や、自分たちの行動が国家に与える影響など、今は考える余裕もない。愛する者と共に生きる。その一点が彼らにとっての世界の全てであった。

 

 ◆

 

 さて、王太子とその婚約者の逃亡という前代未聞の事態は、翌朝には王宮を揺るがす大スキャンダルとなった。廷臣たちは色を失い、神官長アウレリウスは「神への最大の冒涜である」と激怒し、即座に追跡部隊を編成するよう王に迫った。

 

 カーマインはいかにも狼狽したという風情でそれを許可した。しかし彼が追跡部隊の指揮官に下した命令は、奇妙なものであった。

 

「全力を挙げて追跡せよ。ただし、決して捕らえてはならぬ。二人の行く先々で、その姿が多くの民の目に触れるよう、細心の注意を払え」

 

 これは追跡ではなく、むしろ監視であり、宣伝活動であった。追跡部隊はつかず離れずの距離を保ちながら、二人の逃避行を追い続ける。その過程で『王太子と公爵令嬢が神の非情な神託から逃れるために全てを捨てて旅をしている』という物語が、まるで吟遊詩人の歌のように意図的に、そして劇的に民間に広められていったのである。

 

 王国宰相ラザールにこの手の事をさせれば、右に出るものはおさおさいないだろう。

 

 酒場では旅人たちが噂を交わす。

 

「聞いたか? 王太子様とイセリナ様が、お二人だけで旅を続けておられるそうだ」

 

「なんというおいたわしいことだ。神は、なぜあのような美しいお二人の愛を引き裂こうとなさるのか」

 

「それに比べて教会様は、肥え太った神官様が贅沢三昧。俺たちの税金は、どこに消えてるんだか」

 

 カーマインの狙いはまさにそこにあった。

 

 ハリスとイセリナという若く美しい恋人たちの悲劇は、民衆の同情を引くためのこの上なく効果的な媒体となる。人々はこの「生きた物語」に自らの感情を投影し、神託の非情さとそれを司る教会の傲慢さを肌で感じ始めるであろう。同情は、やがて疑問へ、そして疑問は、権威への不信へと繋がっていく。

 

 カーマインは自らの息子と未来の娘を壮大な政治劇の主役として、危険な舞台へと送り出したのである。

 

 それは非情な采配であったが、しかし、二人を生贄として神に捧げるよりははるかに人間的な選択であった。

 

 かくして王都では偽神誕生の準備が、そして荒野では悲恋の物語が、それぞれカーマインの筋書き通りに進行していく。二つの歯車はまだ遠く離れた場所で、しかし確実にかみ合いながら、ホラズム王国という巨大な機械を未知の、そして不可逆の未来へと動かし始めていたのであった。

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