分霊とかで説明はつきますが、致命的な矛盾があれば、別ユニバースということで。
「申し開きは?」
首に剣を突きつけ、問う。
金の長髪にサングラス。大きく着崩した白いシャツに裾の長いジャケットのストリートファッション。知っている
「言ったろ? 惜しいって」
「…………はぁ」
ため息を吐くしかない。
現在でははぐらかすような物言いだが、無数の未来でそれぞれ異なる回答。そこでは随分と素直に疑問に答え、明らかに未来視を想定したやり方でこちらに情報を開示してくる。
「あれはまだ熟れる。ひげが枯れる前に収穫するものじゃない」
ため息しか出ないが、意味が無いようなので剣を下ろす。価値観に大きな隔たりがあるが、敵意が無いことは伝わった。何より、こいつにはもう抵抗の余地はない。
「で、お前自身は何なの?」
見当はついたし、エキドナとも意見は一致したが、一応の確認。本人の自認も知りたい。
「オレか? 知ってるだろう?
今度はどの可能性でも同じ回答。……まぁいいとして。
重要なのは、最初に名乗った
かくあるべしと世界を塗りつぶすのが権能というものだ。人間では大抵の場合レベル40代でようやく辿り着く代物であり、目の前の存在はその域に達していない。中身が悪魔だからこその無茶だが、悪魔にしても使うのは30からがせいぜい。なので20にも達さないレベルでの行使は相当な無謀。その証拠に、アナライズした彼の体はボロボロで、しばらくは初歩の霊能さえ行使出来ないだろう。
それを趣味のためとのたまうのは性格なのか何なのか。
「ついて来い。支払いは早い方がいい」
そんな様でありながらデカイ態度を取るのも性分なのか。
大人しくついていけば、向かうのは先程から見えていた都市。つい昨日見た遺跡のような巨大建造物を中心に、現代建築が並ぶ観光地のようなチグハグな街。宗教的な必要性と現代の利便性に折り合いをつけた結果、観光地に似たのだろう。
「説明いるか?」
「……随分と親切だ」
「……流石に弁えたんじゃないかい」
「聞こえてるぞ」
舌打ちしつつも解説はしてくれるようだ。
ここは異界に再建されたテノチティトランらしい。
スペインに征服され、その組織基盤を破壊されたアステカの霊能組織が築き上げた水上異界都市。その二百年近く後、最後まで抵抗を続けていたマヤ系の霊能組織も同じく地上の拠点を失い、この都市へと合流。現在では二つの霊能組織の拠点となっている。
元のテノチティトランに発生していた精霊を核に構築された小規模異界が、約五百年かけて精霊の成長と共にここまで拡張したのだとか。
「それだとおかしいな。主神格の転生体なんて重要人物だろう。何で避けられてる?」
行き交う市民から門番に至るまで、腫れ物を扱うかのごとき態度だ。ここらへんの文化には詳しくないが、祀る神に対する態度ではない。
「ここを仕切ってるのは鳥公だ。心臓を捧げん奴らに祀られる気はない」
不機嫌そうに顔をしかめたテスカトリポカが語る。
ここが出来た当時、敗残兵であり難民であったアステカ霊能者達は生贄を差し出せる余裕が無かった。そうして、大規模な供犠を要求しない神格へ信仰を集約した結果、ケツァルコアトルが中心となった。
そして時が過ぎ、余裕を取り戻した頃には生贄の文化が受け入れられないほどに価値観が変わっていた。長年続いている伝統ならまだしも、廃れた信仰に捧げるには人の命は重くなり過ぎていた。
「じゃあ何でここに居るんだい?
たまたまここに転生したって訳じゃないだろう?」
エキドナが発したのは当然の疑問。この振る舞いと、完全に神の自認となっていることからして、転生先まで自分で用意したと考えるのが妥当だ。しかし、彼の信仰基盤はここには残っていない。
「
それ以外に答えるつもりは無いようだ。
暫し、無言で街の中心部へと向かう。明らかに重要施設っぽい場所まで顔パスだ。個別での信仰は廃れていても、主神格の権威は健在らしい。そりゃ腫れ物扱いにもなるか。
いくつかの建物を通り、地下へと降りる。
方角と移動距離からして、街の中央にあった神殿の地下。整備され、水中であることを忘れさせる場所にそれはあった。
山と見紛うほど巨大な、黒ずんだ金属質の塊。表面は融けて固まったように歪み、岩とも金属ともつかない鈍い光沢を帯びている。
そして、その頂上付近。
金属質の岩塊から突き出すように、僅かな結晶質の部分が覗いている。
「あんたらの目当ての品だ。ちと変質してはいるがな」
【Tips】翡翠暦盟
メシア教に迫害された中南米の霊能者達が新たに結成した霊能組織。アステカ系とマヤ系が中心となっている。
敗残兵達は、落陽を再起の時と定めた。新たな太陽と共に立ち上がるため、彼らは牙を研ぎ続ける。
彼に親は無く、名前も無かった。
あったのは彼に針を刺しメスを入れる研究者と、HM-01という識別番号。そして神の教えだけ。
そこで彼と、その
天使様の下僕たれ。神の尖兵たれ。救世主たれ。
その言葉は、白衣についた染みのように脳髄で主張し続けた。
ある日、聖書にある救世主の御業と自身の能力が違うことに疑問を持った彼は教壇に立つ神父に問う。
「僕達は石をパンに変え、水をワインにすることはできません。救世主とは何なのでしょう」
神父は考える様子もなく、当然の事のように答えた。
「良い疑問です。
救世主の御業は、神がその時の人々に必要だと考えた物を与えるのです。かのキリストの際は食料が我々に必要だとお考えになったのでしょう。
しかし、今は飽食の時代。食料ではなく、より多くの人々に教えを広げる武力こそが神は我々に必要だとお考えになられたのです。故に、あなた方は類稀なる力を持って生まれたのです」
賢しらに神の意を語る詭弁であったが、研究室育ちにとってそれは聖書の一節となった。
投薬の度に肉体に変化が起こる。
自らにとってそれは好ましいものであったが、そうでなかった者はいつの間にか会わなくなった。
魔法陣の中心に立たされ、聖句を唱えられる。
感覚が研ぎ澄まされ、より上位の知覚を得た。その日の夜、同室の者が発狂して暴れだしたのを、熱線で焼ききった。
互いに殺し合わされるような事は無かったが、それでも戦闘訓練はさせられた。彼に比肩できるものはいなかった。
その日々が続くほどに、古びた櫛の歯が抜けていくように
そんな日々を踏まえれば、彼は良く育った。奇跡的と言っていい。メシア教が彼を称える際に口にする「奇跡の子」という称号は、彼を良く表していた。
しかし、現実は非情だ。
実験室で彫刻された彼の精神は、現実とのギャップに酷く苦しんだ。
任された仕事は、教え導くべきメシア教徒の子女を攫ってくることだった。神に導かれるべき者を、なぜ神の名の下に奪うのか。彼には理解できなかった。
天使も司教も姦淫に耽り、自分もそれに誘われた。救世主たれと説いた口で、欲望に溺れる姿を見せつけられた。
染まってしまえれば楽だったろう。振り払えるほどに強ければ従ってはいまい。その類稀なる肉体は、それに見合う精神を育む最中であった。
支柱となるはずだったアイデンティティは、刺さった地面が腐り始めていた。
精神が肉体に追いつくより先に、試練は訪れた。
暴れ回る悪魔から、彼は一人の子供を助けた。
教えられた通りに。
救世主であるべく。
圧倒的な力で叩きのめし、頼れる背中を見せつけた。
安心させるように笑顔を作り振り返ると、出迎えたのは恐怖の視線。
未だ状況を飲み込めていなかったのかもしれない。単純に、彼が力を見せすぎたのかもしれない。
確かなのは、子供に非はなかったということ。
けれど、腐食した基礎の上に建つ「救世主」というアイデンティティを崩すのには十分過ぎた。
視線は解消され、頭部の消えた死体が残った。
薬品の匂いと共に、彼は目覚めた。
「救世主様!」
即座に気付いた若い従者が駆け寄る。その手には医薬品が握られており、今も治療にあたっていたことが伺えた。
「……何をしている」
「治療を。外傷は既に治療されているようでしたが、酷く消耗しておられたよう──」
「誰がそんなことを聞いた」
低い声に、従者の口が閉じる。
普段と比べて幾分重い体を起こした。
「奴はどこだ」
「……はい?」
「あの異教徒だ。まさか追っていないなどとは言うまいな」
遅れて気が付き、彼の元へ集まって来た他の従者にも合わせて問う。
その中で最も長く付き従ってきた従者が答える。
「我々が現場に到着した時には、救世主様しかおられませんでした。周辺に痕跡も無く、追跡が困難であったため、倒れておられた救世主様の治療を優先しました」
「逃げたか」
「はっ。その通りかと」
答えた従者の額に汗が浮かぶ。彼にとって、下手な悪魔を相手にするよりも余程重圧のかかる時間だった。
ホームランダーが顎に手を添えて黙り込み、重苦しい沈黙がその場を支配する。
最も若手の従者が、それを払い除けた。
「救世主様。本国へ連絡した方がいいのではないでしょうか」
最悪な方向に。
「敵の実力を上方修正する必要があります。救世主様をこれほど消耗させる者が、他にいないとも限りません」
他の者達が一斉に顔を強張らせる。
止めろと目で訴える同僚にも、完全に表情の消えたホームランダーにも気づかず、若手の従者は続ける。それは完全に正しい意見で、何よりも現実を見ていた。
目の前に立つ男を除いて。
「援軍を要請し、体勢を整えるべきです。救世主様お一人で当たる必要は──」
肉の焼けた匂いが漂う。救世主を案じる言葉を紡ぐ口は閉じられた。永遠に。
「そうだな。奴は現地の人間では無かった。
あの周辺で地下に何かあるのか?」
感情の抜け落ちた頭が、急速に回り始める。
「はっ! 調査予定の隕石があったかと」
細心の注意を払っていた従者は、寸分の遅れもなく期待に応えた。しかし、その口が二度と開かれることは無かった。
ホームランダーがベッドから下りる。
「Vを持ってこい」
残った全員が競い合うように物資へと向かった。目の前の男と向き合うくらいなら、ゴミを漁るほうがマシだった。
「あの時も、お前達がいたな」
その声に振り返った時には、一人を除いて地につくべき足が既に無かった。
悲鳴と苦悶の声が響く。
「ユダを見落としていたようだ」
最後の一人が、命乞いでもするようにV型覚醒剤を差し出す。
受け取った直後、その頭部も消失した。
「キリストは一度死に、そして蘇った。
救世主とは、そうなのだ」
薬液の注射と共に、伽藍堂となった精神に以前とは違う何かが注がれていく。
「私はここで一度死に、そして蘇る」
玄関をくぐった彼を出迎えたのは、祝福するかのような陽光。天上の輝きを一身に浴びたその顔には、笑顔が浮かんでいた。
「完全なる救世主となって」
心の底からの笑顔が。
【Tips】V型覚醒剤
人を悪魔に近づける霊薬。幼児期が最も安定しやすい。
強靭な肉体と一つの特化した能力を与えるが、それ以外の霊能の自力習得が不可能になる。
これで覚醒した者は追加投与により力を増すが、原理から考えれば末路は明らかだ。
テスカトリポカ
人間に転生した分霊。肉体も自分で用意した。
普段は武器商人として活動。この後優羽製やガイア連合製の武器の取引を打診する予定。
【物事を組み替える】権能を持つ。転移や因果逆転も可能な全能神に相応しい強力な権能だが、干渉する相手によって負荷が変わる。
本霊と共通して闘争を好み、戦士を愛する。それに加えて個人的趣向として、より刺激的な戦いを求めている。終末という闘争の場の特等席に現れない筈が無かった。
HM-01
研究所生まれ研究所育ち。
環境が良ければちゃんとヒーローになれたかもね。