「は?」
昼下がり。週に一度の、俺が直々に決裁する必要のある案件を処理する日。相談役として同席している兼定さんと、報告を上げるヘルタの前で間抜けな声を上げることになった。
「聞き間違いかな? もう一度言って」
「ヨーロッパ系の霊能組織、いわゆる難民が貴方と直接渡りをつけようとしつこいから、処理する許可を貰えない?」
あーね。は?
「組織として関わるなら宮津家を通せって言ったよね?」
「別に個人でもそれは変わらないけど。
もちろん言ったけど、こっちが式神なのを盾に使い魔じゃ話にならないとか」
仕草にも言動にも呆れが滲むヘルタ。
使い魔なのは事実だが、名古屋支部のほとんどを取り仕切り運営する、俺の代理人なんだけど。俺の書類仕事を週一に抑える彼女に文句でもあんのか。
「だから、処理しようと思ったのだけど」
「どうやって?」
「異界で不慮の事故」
「よし「少し、待っていただきたい」……何です?」
早速許可を出そうとした俺に、兼定さんが待ったをかける。
「せめて手を汚すのは私達が。この事態、我々の不甲斐なさが起こしたようなものです」
腹を切るのも辞さないというような顔──面倒なので許さないし蘇生するが──で申し出る。語られる事情は、確かに否定出来ないもの。
戦後、日本の霊能者がメシア教による根切りを受けたのは知っての通り。それにより彼らは才能ある血統を途絶えさせられ、今に至るまでの苦境を形作った。
それは、海外の霊能組織であっても知っている有名なことだ。
「我々は比較的被害が少なく、また、貴方の霊装によって力を取り戻しましたが、それは復権を意味していません。
霊装は霊装でしかなく、私達の枯れた血が解決したわけではないのです」
そう、故郷を失った者達にとって、彼らはあまりにも頼りなかった。寄らば大樹の陰という言葉があるように、彼らからすれば、大樹の下に居たいのであって、それに付き従う枯木に寄りかかりたい訳ではないのだ。
「事情は、分かった。神剣護持会も再建途中というか、基礎もまだな状態だろうし」
もっと他にあるだろとか意見はあるが、気持ちは分かった。
「それとこれとは話が別だけど。
だってナメてるよね。宮津家だけじゃなく、頼ろうとしてる俺のことも」
宮津家を窓口にしたのは俺だ。名古屋支部という組織を運営しているのも俺。
宮津家を通して庇護下に入りたいと申し出てくるのは認めよう。結論は別として、きちんと手続きを踏んだ正当な申し出だ。
支部の依頼や取引を通して縁を繋ごうとするのも認めよう。ガイア連合基準なのでハードルは高いが、有用だと認めれば重用もするだろうさ。
「必要性もないのに頭越しは駄目だよね。
これを認めると仕事が増える」
俺が決めたことに従わずに俺の力を借りようというのは、実にナメてる。
そして面倒なことに、コイツらだけがそう考えているとは限らない。全員では無いだろうが、一定数必ずいる。そして永遠に俺を煩わせる。
「ヘルタ、処理は無し。せっかくの生贄だ、有効に活用しよう」
「対応は? 面倒なんだけど」
「無視で良い。あんまり執拗いようならそいつだけ消せ」
一罰をもって百戒を示す。良い言葉だ。一の労力で百の仕事を無くせる。
方針は決まった。
「見せしめということですか。しかし、どのようにして?」
急に置いて行かれた形となった兼定さんが疑問を呈する。ヘルタはそもそも面倒を解消したいと相談してきたのでこれで解決だが、この事態に責任を感じている彼はそうもいかないか。
「力が物足りないというのなら、それを示すだけです」
「しかし、彼らは難民といえども歴史ある霊能組織。我々では贔屓していただいても勝てるか分かりません」
「組織の強弱はここでは関係ありません。示すべきは序列。丁寧に逃げ道を潰しましょう。この業界では個が群に勝るなどありふれたことですから」
【Tips】名古屋支部を利用する者なら、ヘルタ人形を見ない日は無いと言っていい。それ程までに、至る所で目にするだろう。
用途毎に強さは異なるが、その根幹は変わらない。本体とその主の耳目手足となることだ。
呼吸とは、武人にとって厄介な隣人だ。
動きの間に必ず差し込まれる休符。どれほど激しくかき鳴らそうと、これを無くすことは出来ない。
吸えば緊張し、吐けば脱力する。繊細に自らをコントロールする戦場において、強制的に挟まれる呼吸は鬱陶しいことこの上ない。故に、古今東西の武術は自らの呼吸を飼い慣らし、敵の呼吸を見定めることに腐心する。
それもこれも、
目の前の彼女は、玉のような汗を顔に浮かべつつも息を乱さず、指先どころか剣先にまで意識を張り巡らせるような緊張感を纏う。彼女の舞は流麗でありながら戦の薫りを濃く漂わせ、神に捧げる儀式であることを忘れさせる。
足元には霧が浮かび、その中でパチパチと何かが弾け、得も言われぬ熱気が立ち上る。閉め切られた部屋だというのに風が吹き、超常の存在をありありと示していた。
しかし、それも唐突に終わる。
「ハァっハァっ」
「お疲れ様。結構いいんじゃない?」
床に剣を突き立て、それを杖にするようになんとか立っている琴刃の首にタオルをかけてやり、飲み物を差し出す。
必要不可欠な生理現象を肉体の性能によって後回しにし続けたが、未だ人の域に留まる身では流石に限界が来たらしい。
ただ舞うだけなら、レベルにして25に至った彼女がこうも疲労困憊になることはない。呼吸さえも邪魔だと切って捨てる程に深い集中で霊力を操り、身に余りかねない巨大な力を制御しようとしていたが故のこと。
さながら、水で満たしたコップを溢さずに振り回すような難行。これでは参るのも無理はない。
「最初と比べれば随分と良くなった」
「君の役に立つにはまだ足りないだろう?」
「役に立つの定義にもよると思うよ。少なくとも今は役に立ってるし」
それが俺と同じ戦場に立つという意味なら難しいが。
「それでは足りないだろう。
私が、示さなければならないんだ」
彼女がこうまで必死になるのも、分からんでもない。なにせこれは、戦前の宮津家にあったもの。実感は湧かないが、誇りとかそういうのだろう。技術は技術でしかないと考える俺としては、拘る事かとも思ってしまう。だが、俺が怠惰を旨とするように、彼女にも何か芯があるのだろう。
とは言っても、これは復興するにあたって魔改造した物。化石のような断片しか残っていなかった技術だ。
神道系の最終手段にして十八番。神を降ろす霊能。
それを不遜にも戦闘中に行う。武を舞とし、神へと捧げる儀式とする。それが宮津家の秘伝だった……らしい。
断定しようにも資料が無い。これでも断片的な情報を何とかまとめた方だ。
これを見つけたのだって、祭りで舞う神楽の練習を見ていた時だ。それは、ガイア連合に所属する他の神道系術者の神楽と比べて、あまりにも武の色が強すぎた。違和感を覚え、直感も働いたために情報収集をしたものの、手がかりは得られず。ヤケになって草薙剣本神に聞くという反則を用いてやっとこの程度という有様。
祭神に謁見する手順さえまともに残っていないんだから無理もない。
だが、基本思想さえ残っているなら十分だ。何も忠実に再現する必要は無い。結論が出るなら途中式は自由だ。
降ろす神は言うまでもなく天叢雲剣。直接体に降ろすのは負荷が大きい。神剣として剣に降ろそう。
戦闘の仕草そのものを神楽とするのを更に拡張。各属性の龍撃によって天候を表し、もって
剣だけ強くても意味が無い。草薙剣を振るうのはヤマトタケルだ。ならば
そうして得るのが天叢雲剣の権能。界を支配し、天災の化身となる力。
それが『晴天流』。
コンセプト以外再現しようとは考えず、知りうる最適解をまとめ上げた。
琴刃はそれをほぼ習得している。本人的には降ろせる力の大きさが物足りないようだが、神格と殴り合うのでなければ十分だ。
「少しは休んだ方がいいよ〜」
「メトラさん。お久しぶりです」
「うむ、よきにはからえ。でもタメでオッケー」
今日は用事があるのでメトラ同伴。このやり取りも何度目か。一応中身を教えているからか、神職として畏まってしまうらしい。
「今日は渡す物が二つほど」
空間拡張された鞄から刀を取り出す。白を基調に金が飾る、身の丈程もある大太刀。
「これを、はい」
「任された」
「えっ」
出した物の気配に困惑しつつも、両手を差し出した琴刃をスルーし、メトラへと渡す。別に意地悪では無い。大事な儀式の一環だ。
常にメタトロンを演じていても、その根幹はミトラという在り方は、彼女に特異な力を発現させた。それは詐称能力。類似点さえあれば一時名を騙ることの出来る能力でもって、遠い異郷の、されど同じ太陽神の名を騙る。
「コホン。『確かに受け取りました。では相応しき者へ下賜しましょう』」
咳払いと共に神の気配を纏うメトラ。今この時、この言葉の間だけ彼女は天照大神。
物欲センサーに阻まれながらもヤマタノオロチを見つけ出し、その口に金属を突っ込み、倒して取り出す。更にそれをウルへと加工し、最適な器として打ったのがこの刀。
今の一幕をもって、この刀は打ち終わる。天叢雲剣の足跡を辿ることで、神の器として完成する。
神を降ろすことを前提としたためにあえて不完全に完成させるのは邪道も邪道。頼んだのがそういうロマンを理解するタイプで良かった。俺らの大半は理解できそうな気もするが。
琴刃が息を呑む。直接の祭神でなくとも、神話体系の主神として敬う相手の気配に感じる所があったのだろう。跪き、仰々しく、それこそ儀式の一幕のように受け取った。
そのまま、導かれるように鯉口を切る。僅かに見える刀身は宝石のように鮮烈な赤。引き抜く手は止まらず、そのまま抜刀へ、と……。
「これは……慣れが必要ですね」
「縮める方が楽だったから……」
刀身だけで
「必ず、相応しくありましょう」
刀を鞘に収め、再び跪いた琴刃が気を取り直して宣言する。
非常に絵になる光景なのだが、渡す側がパジャマみたいな格好で浮遊するゲーミングチェアにふんぞり返ってるし、受け取る側も鍛錬直後で汗だくだ。締まらない。魔法でこっそり汗を乾燥させておいた。
「じゃあ次ね。
これが新しい滅却十字。特権仕様だからマニュアルも見といて」
「え」
「それと模擬戦の予定が入ったよ」
「いや、あの……」
「相手は欧州の難民霊能組織複数。流石に組織の代表だけだけど」
「ちょ、何言って……」
「何回もやるのは面倒だから一遍に、琴刃がボコってね」
「は?」
「配信もするから。メトラよろしく」
「はぁぁぁぁ!?」