後日、あの四人とそれぞれが率いる組織の代表として、キルゲは呼び出された。呉越同舟の寄り合いでしかないものの、一緒くたに扱う気であるのは明らかだった。
「あなた達の処遇ですが」
机の向こう側に座る彼女が告げる。
我々の今後を。
「欧州に行って頂きます」
「……追放、ということでよろしいですか?」
予想はしていたことだ。
私達がしたことは、この支部のみならず、ガイア連合全体としても看過できない秩序を乱す行為。あのような見せしめを行った以上、下す沙汰など決まっていたに違いない。
「いえ、違いますね」
「出来れば暫しの猶予を……違うのですか?」
では何故欧州に?
「ええ。欧州にて、魔術知識や文化の収集を行ってもらいます。無論、支援は行いましょう」
移動拠点を用いた探索。魔術知識のサルベージ。文化資源や
彼女が言うには、これが私達の受ける罰であると。
「知っての通り、日本以外は魔界環境となっているため、メシア教や野良の悪魔、その他の障害が予想されます。分類としては、懲罰部隊ということになるでしょう」
「……随分と手厚いですねぇ」
「きちんと成果を期待していますので。地図は当てにならないですし、障害もある中であればこの程度は必要だろうと」
手渡された資料には、具体的な説明が載っている。
改装型ホエールキング*1なる船を拠点に、滅却師システムの中間機*2や量産霊装多数。その他の要望も多少であれば聞くとも。
収集対象は魔術知識に加えて、文学や学術的資産。さらにワイン用品種のブドウにブランド酒の酵母、その製造技術。
「趣向品の方がメインということですか?」
「ガイア連合には酒好きの方が多いので良く売れます。特に、酒造を行う方向けですね」
「この、過去視による発掘とは?」
「私も詳しくはありませんが、概要なら」
この技術収集において問題になったのが、メシア教による焚書。自然と消えた技術もあったでしょうし、半終末の変動で失われた物も多いでしょう。ですが、それ以上に自ら以外を徹底的に潰さんとするメシア教による被害が大きかったはずです。
というより、現存する物の方が少ないでしょう。
そこで、過去視だそうです。
土地の縁から情報を発掘し、それをサルベージする。そんな夢物語があるんだとか。
「仕組みは私には理解出来ませんが、効力は本物です」
「ええ、まぁ。それは疑っていませんとも」
霊装と術式の概要が書かれたページもあったが、それだけでは理解が及ばない。けれども、疑う余地は無かった。
「探索時の指針については特に指定しません。定期的な報告で成果を上げてくれれば結構です」
「それは……良いのですか?」
「私達は欧州に詳しくありませんから。確実に見つかる場所を最初に探索するのも良いでしょう」
「……! ありがとうございます!」
故郷に帰って良いと、そう言ってくれているのだ。
「──ですが、ホエールキング以外の拠点は許可しません。資材の管理は徹底してもらいます。目を逃れることが出来ると思わないことです」
「それでも、それでもです。必ずや役に立って見せましょう」
望外の恩赦。これに文句を言う者は私直々に片付けましょう。死と復活を体験したことで、停滞していた霊格も上がりましたから。
「まぁ今すぐでは無いんですが。
ひとまずは、あなた達の保有する魔術知識と霊装の情報を纏めて提出してください。ホエールキングが準備出来るのが一週間後なのでそれまでに」
「ええ、賜りました」
早速取り掛かりましょう。あれだけ上を見せられたのですから、秘伝だの門外不出だので秘匿するのは馬鹿らしい。皆がそう同意してくれると思うのですが。
それにしても、気になりますね。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「何でしょう。大抵の情報は資料にあると思いますが」
「……働きすぎではありませんか?」
こうして話している間にも、おそらく眼鏡の霊装による遠見によって視界を増設し、念動力系の霊装によって複数の事務仕事を同時に片付ける彼女。複数のPCが打鍵音を鳴らす様は彼女が五人いるかのよう。それぞれの内容まで正しく理解出来ているのでしょうか。
「これですか?
並列思考の訓練がてら行っています。慣れればそう難しくありませんよ」
「ははは……そうでしたか。それは失礼しました」
◆◇◆
「随分寛大な処罰にしたね」
「提案したのは君だろう?」
「それはそうだけど」
最近は専ら匿名であるという建前を示す装備になったドゥーム衣装を、出回り始めた展開型デモニカの技術によってナノグローブに収納する。
話を円滑にすすめるなら、最初から最後まで宮津優羽はいない方がいい。
「もっと厳しい罰にすると思ってたよ」
「例えば?」
「蘇生と死亡ループ、回復付肉刑……八つ当たりだなこれ」
どれもクソ手間がかかるわ。殺して終わりでいいかも。
「手間暇かけるほどの恨みは無いかな。一歩間違えば、あそこにいたのは私だから」
「そう?」
「そう。それに、今後は刑罰のレパートリーにあの懲罰部隊が入るから」
確かに、便利に使える刑務所としてもいいのか。
「うまいことやったね。トップに据える人材もちょうどそれ向きだ」
「彼は望郷の念が強かったから、上手く恩を売れたと思う」
成果さえ出すなら探索順なんてどうでもいいわけで、こちらの損無く彼に恩を売れた訳だ。なんなら故郷の上空を探索の中継点にしても良い。ホエールキング以外の拠点を作るなとは言ったが、停泊場所は指定していないのだから。それで成果を挙げられるかは手腕によるだろうが。
そもそもそれに気づけるかも分からん。
「あと……その、目が合うのはどうにかならないかな?」
「そんなに気になる?」
「意識して視線を固定する程度には」
その言葉に、不満を表明するように飛び出してくるのはティンダロスの猟犬。あちこちの角からニュルっと現れるのは確かに不気味。
「今回は良かったけど、無敵の人になったら危ないじゃん」
「護衛は理解しているけど、たまに視界に現れるのは
「キミらそんなことしてたの?」
視線を向ければ、しらばっくれるような態度。ていうか
キミらの猟犬って国家の狗とかの意味だったよね。普通にペットじゃん。悪魔らしく名前に引っ張られたんか。
「じゃあ
契約のパスを通して訴えられる抗議は無視。
「そもそも何処から拾ってきたの?」
「いや、普通に目が合ったから」
頻繁に未来視過去視をしてれば、たまに目が合うのだ。何度かそうしている内に、「仲間になりたそうにこちらを見ている」ってなったので、COMPを使って契約した。
今では、ステルスの出来る護衛として便利使いしている。
それは良いとして。
「支給品は恵まれてるけど、今の欧州で長期間活動するなら最低限。詳細は出さず、表向きには欧州行きの懲罰部隊。これならこっちの面子が潰れることも無いんじゃないかな。一回死んでるし」
口に出してみたが、甘いとは言われるだろうが、致命的に駄目なレベルではないだろう。まだ実害が出る前だったのも大きい。
「うん。琴刃がいいならいいんじゃない?」
「それは良かった。少し、不安だったんだ」
納得は全てに優先するらしいからね。双方納得してるならそれが最上だ。
仕事は片付いたし、もういい時間か。
「じゃあ帰るね」
「私はもう少し」
◆◇◆
カタカタと、打鍵音が静まった部屋に響く。
今なお五台ものパソコンで仕事を続ける琴刃は、作業を止める様子が無い。もはや前倒しの前倒し。期限が先の先にあるようなタスクにさえ手を出している。
彼女は、当主となってからずっとこのような日々を送ってきた。覚えることが多かった。至らぬ点が数え切れなかった。そんな自覚が彼女を仕事に打ち込ませ、成長してからも自罰的なまでに多忙な日々を送ってきた。
けれど、今となっては五台ものパソコンを動かしてまで、今日やるべき仕事など残っていない。
「随分と……仕事熱心だね」
「──! はぁ、何でしょう」
妖艶に、禍々しく、沼のような不穏さを纏ったエキドナが、いつの間にか机に腰掛けている。既に鯉口を切っていた器剣叢雲の柄から手を離した。
「労いだよ。連日
「それは……ありがとうございます?」
目に見えて疑問符を浮かべる琴刃に、エキドナの気配はより深まる。
「真に有能な人間はスケジュールを立てるのが上手いそうだよ」
「……はぁ。私はまだやることが多いんですが」
「今日、日が沈んでまで、五台ものパソコンを使ってかい?」
いい加減に苛立ちを表し始めた琴刃を押しつぶすように、エキドナの気配がさらに膨れる。
「ええ。私は、貴方のように知識の神では無いので」
「ほう」
琴刃にとって、ここまで何を言いたいのか分からないエキドナは初めてだった。何時もの簡潔明瞭な言葉遣いが演技だったのかと思うほどに。
「キミは、そんなに仕事がしたいのかい?」
「しなければならないだけです」
刃を突きつけあっているかのような空気が部屋に満ちる。精神を逆撫で続けるエキドナに、琴刃もうんざりしていた。
「最も大切な仕事を放棄してまでかい?」
時が止まった。
そう錯覚してしまうような静寂が満ちた。
「何のことか分かりません。今日は様子がおかしいですよ。休んだらいかがですか」
「そうだね。キミが休むといい」
「ですから、何の話をしているんですか?」
「分からないのかい? これ以上無く明確なことだ」
「やはり様子がおかしいですよ。何か無茶でもしたんですか」
「キミさ。妻として何をやっているんだい?」
再び静寂が満ちる。
苛立ちを霧散させるほどの呆れを滲ませるエキドナと、時が止まったように動かない琴刃。
やがて、油の足りない機械のように動き出す。
「……妻としても、日々努力しています」
「そうかい?」
琴刃が語り始める。一つ一つ、確かめるように。
「鍛錬して強くなって」
「それで?」
「彼の仕事を増やさないよう片付けて」
「ふぅん」
「今回は少し失敗してしまいましたが、煩わしいことが彼に行かないようせき止めて」
「で?」
「それで……」
止まる。何か、気づいてはならないものに気づいてしまったように。
「終わりかい?」
「…………」
「そうだね。キミが言ったことは全て、やるのが宮津琴刃である必要は無い」
それが、答えだった。
「王には王の、戦士には戦士の、それぞれにしか出来ないことがある」
「……でも、私がやればより良いはず」
「それは、キミの立場を鑑みて言っているのかい?」
既に、琴刃にもエキドナが何を言いたいのか明白だった。
「はぁ。何でボクがこんなことを。キミの母親みたいじゃないか」
エキドナが机から下りる。もう、語ることは無いと。
「仕事が好きなら止めないさ。けど、優先順位くらい考えた方がいい」
優羽の位置を契約のパスを通じて探りつつ、転移魔術を展開する。
「いい加減、子供の一人作ったらどうだい?
……あーもーヤダヤダ。やっぱり母親みたいだ」
そう言い残し、エキドナは消えた。
静寂だけが残る。
パソコンが打鍵音を響かせることも無い。
──パァン!
「イタっ………………よし」
メトラ「昨夜はお楽しみでしたね」
改装型ホエールキング
滅却師システム中間機を起点に、兵装を霊力兵装を主軸にした型。さらに、せっかくなので