喪失少女よ、手を伸ばせ─或いは、誰が為の頌歌─ 作:レインドロップ
「こちらが、私が贔屓になっている病院です。事情はお伝えしていますから、お名前を伝えれば大丈夫です。それと、その……申し訳ないのですが、わたくしはこれで失礼しますね。実は、教会に戻らないといけないのです」
「えぇ、どうも。またあったらその時はよろしく、トリトニアさん」
「はい、智星さん。それから……次に会う時は、トリトニアで大丈夫ですよ。それでは、新たな友人に、海風のご加護があらんことを」
美しい、整った一礼を見せ、恐らく教会での決まり文句であろう一言を付け足してから、彼女は元気に駆け去っていく。
それを見届けた後、病院へ入ればすぐに案内され、これほどの数調べる必要があるのか、と疑うほどの数の検査を受けさせられた。
どうやらかなり過剰な伝え方をしたらしい。過保護の気がある。
だが、結果としては――特に異常はなく、強いて言えば分かりきっていた記憶喪失と、そして平均的な人よりも肺機能が弱いことだけが明らかになった。
「……えっと……どうしたもんかな……」
検査が終わり、結果も言い渡されてから病院から1歩外へ出て、ビルのようなものが浮かぶ空を眺めながらふと呟く。
今の私は、1文無しの記憶喪失。名前くらいしか持ってるものがなければ、それも本名かは不明。
何か問題を起こしてしまえば、ついでにと碌でもない冤罪を持たされることだろう。
教会とやらで、唯一の知り合いであるトリトニアに助けでも求めようか、と取り留めのない思考を繰り返していると、
「聖女フリージアの物語!開演だよ!ほらそこの旅行者さん、見ていきな!お金は取らない路上劇だから安心していいからね!」
なにやら客引きらしき人に捕まったので、やることもないからと人ごみの中へまんまと近づいていく。
トリトニアに連れられ歩いてくるうちの明るい雰囲気にでも充てられたのだろうか。『私らしくない』などと言ったら、自分のことを分かっているような表現になってしまうが――私らしくない。
しかし、折角だからと警戒もしつつ、大人も子供も集まり、路上で繰り広げられる演劇を眺めている中に、私も入り込む。
『少女が15歳になる歳。その村では小さな祭りが行われた。大人達の目を盗んで村の外に出た彼女に、神が語りかけてきたのが、聖女フリージアの始まりとされているのはご存知の通り――』
そんなナレーションとともに、少女らしい役者が、なにやら隠れている素振りを見せながら現れる。
『フリージアはその時に初めての神託を受け、そして──』
半分聞き流しながら眺めていると、楽しそうに観劇している客に紛れた、真っ赤なドレスを着た、どこか測るような視線で劇を見ている、不機嫌そうな少女と、視線が交差した――気がした。
その少女がどうも気になる。他の存在とは、あまりにも纏う雰囲気がズレていた。羊の群れの中に、山羊を1匹入れたかのような違和感があった。
どうしてあんなに不機嫌そうなのだろうか。嫌なら立ち去ればいいものを、などと値踏みするように思っているうちに、その路上劇は終わっていたようだ。
みるみるうちに人が散逸し、そして挙句に時折役者へチップを投げる人がいるだけの街角に変わった。
しかし、彼岸花を思わせる彼女はまだ、相変わらず不機嫌そうにその場所に立っている。
よせばいいものを、どういうわけか警戒心を忘れ去った私は興味本位で近づき、話しかけたのだ。
或いはこのまま、この好奇心を放っておけなかっただけかもしれない。
「……あんた、随分つまらなさそうに劇を見てたね」
その言葉に振り向いた彼女は、恐ろしい程に紅い、そして引き込まれるような瞳を持っていた。
どうも、レイフィアレです。
とはいえ、読んでくれた方々へ感謝の言葉以外、特に言うことはありませんが。
まぁともかく、ご覧くださりありがとうございました。次回をお楽しみに。