喪失少女よ、手を伸ばせ─或いは、誰が為の頌歌─ 作:レインドロップ
「……あんた、随分つまらなさそうに劇を見てたね」
「つまらないもの。ありふれたどころか、いりもしない脚色までしているわ。あんなんじゃリアリティの欠けらも無い。もっと彼女はお転婆だったし、何度も折檻を受けたわ。それを描けないだなんて、3流以下の脚本家ね。死んだほうが良いわ」
気軽に話しかけて後悔した。随分と毒が強い人だ。あるいは評論家気取りなのだろうか。
その上、この物語の原型を、どこかで見たことがあることかのように話している。
しかし、その可愛らしい見た目にそぐわない、低めの声で、そんな毒を吐くものだから、少し笑みが零れてしまった。
「……初対面の人間と話して笑うなんて、礼儀がなってない人ね」
「いやなに、手厳しい意見だとね。でも。ならなんで最後まで見てたのかな?」
「……気紛れよ。つまらないものも、無駄に時間を費やすよりはマシだもの。例え夢の中だとしてもね」
気まぐれで、好きでもない劇を最後まで見るとは、なんとも時間の無駄だと思うのだが。
だが私は、彼女と話を続けることを選んだ。
それこそ、気紛れという奴だろうか。或いは、『夢の中』なんて言い方が気になったのか、それか『彼女を放っておかない方が良い』と感じたからかもしれない。
「そう……ならあんたは、どういう劇が好きなの?」
「悲劇よ。救われることのない、陰惨な悲劇。観客まで苦しむほどの、残酷なやつよ。舞台の上だけじゃ足りないもの」
「……悲劇か」
好みまでアクが強すぎる女だ。即答するほどにそんな悲劇が好きなのようだ。随分と退屈な生活でも送っているようだ。
まったく、見た目はいいと言うのに残念なやつじゃないか。
それに対して、さっきまで関わっていたあのトリトニアは――と、無意識のうちに頭の中で比較しようとしてふと気づく。
少し似ている気がする、がそんな気がするだけかもしれない。
そもそも纏っている空気が違う。こんな陰気臭い、少し狂気を感じるほどの空気とは真逆の女の子だ。
「……ちょっと、聞いてるの?」
どうやら考えすぎていたようで、呼びかけられてやっと気付いた。
「自分から話しかけてきておいて無視だなんて、いい度胸ね。覚えておいてあげるから、名前を教えなさい」
「……あー……うん、すまない。私は智星、咲葉智星。あんたは?」
「……さ、さき……秋津の人はみんな変な名前ね……まぁ、覚えておくわ、智星。私はラジアータ、
「劇……」
どういうのが好きなのだろう。
記憶が無いせいで、軽率にこれが好き──だなんて言えない。
しかし答えないのは良くない。最初に浮かんできた答えで返すことにした。
「私はそうね……歌劇とか、かしら」
「ふぅん、歌劇……」
何となくで浮かんだ答えに、なにやら考え込み始める。
劇作家か何かなのだろうか。次の劇の案でも私に求めたのか?
いや、流石に自意識過剰だろう。初対面なのを忘れてはいけない。
「──やっと見つけました!智星さん!」
自戒の念を込めていると、今度こそは遠くから声が聞こえた。
振り返ってみれば、見覚えのある白銀の少女。
「トリトニア。私を探してたの?」
「はい、病院から連絡を受けまして……」
流石に、記憶喪失となれば伝わるのだろうか、であれば半ば保護者扱いか。こんな小さな少女に保護されるほど私は弱くないはずなのだが、記憶が無いともなればそうも言えないのかもしれない。
身体に問題が無いとは言え、身体能力自体には気を遣うべきであると言われたばかりだ。
「……ふぅん。トリトニア……そう、今はそうなのね」
「……?あなたは……」
話し込んでいて少し意識が向いていなかったが、さっきよりも数段機嫌が悪そうにしているラジアータがいるのに気付く。
「…………ま、いいわ。私は行くわ、智星。次は……私の舞台に招待してあげる」
トリトニアのそれとよく似た綺麗な礼をし、立ち去るラジアータを、頭を傾げながらトリトニアは見送る。
私も私でよく分からないことが多いが、良いだろう。嫌いな奴ではない。
「話を戻しますね、智星さん。教会に来ませんか?私もそこに身を寄せているんです」
「教会に?」
「はい。記憶も、身寄りもない方であれば、きっと受け入れてくださいますよ」
なるほど、まぁ行先もない。とりあえずは助けを求めるのも悪くないだろう。
「……とりあえず行ってみるかな。ありがとう」
「いえ、友人に手を差し伸べるのは当然のことですから。それに……彼女、どこかで見たことある気がするんです。それも、教会の文献や、伝聞で……」
似姿でしかないとは思うが、しかしそれにしては存在自体に違和感を感じる女だった。
私もまた、彼女のことを聞いて回ろうか、などと思いながら、思考を巡らせるトリトニアに先導され、教会への道を歩き始めた。
どうも、レインドロップです。
第3話、お楽しみいただけたでしょうか。
次回から、本格的に物語が動きます。
不思議な雰囲気を纏う、彼岸花の少女、ラジアータと出会った智星の、この先はどのように動くのか……どうぞご期待を。