膝を抱えて泣く、いつかの小さなわたしへ   作:しらなぎ

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「「…………ッ!?」」

 顎を外しそうなほど口を開き、ルフィとウソップが叫ぶ。

 

「オカマが釣れたああああああ!?」

 

 カルーにしがみつく全身白い男と「……」と見つめ合うと、男は「シィ〜〜まったァ! あちしったらなに出会いがしらのカルガモに飛びついたりしてんのかしら!!」とそのまま海に落ちてゆき、沈んでいった。

 

「……えっ」

「えええ!? 落ちたぞ!?」

「クアーッ!?」

「浮かんで来ねェ!?」

「ゾローーッ」

「助けた方がいいのか!? カナヅチかァあいつ!?」

「つーか誰だよ!」

「分かんねェ! ゾロー!」

「どう考えても怪しいだろ!」

「このまま見捨てるのも目覚め悪ィよ……行くぞ!」

「ひとりで行け」

「もし罠だったらクルーがひとり死ぬぜ!」

「なんで偉そうなんだよ! ったく…」

 

 どデカいため息と共にゾロが折れ、ウソップとゾロが海に飛び込んでいく。しばらくして、気を失った男を抱えて船に上がった。

 男は白鳥を2匹(?)つけ、背中に"オカマ道"と織られた服を着る、どこから見ても怪しさ満点の主張の強いオカマだった。

 

「いやーホントにスワンスワン」

 すぐに目を覚ました男は片手を上げておそらく謝罪を口にする。下睫毛のような独特なメイクは水に濡れても一切乱れていない。

 

「見ず知らずの海賊さんに助けてもらうなんて、この御恩一生忘れません! ……あと温かいスープを一杯頂けるかしら?」

「「「ねェよ!」」」

「図々しいなコイツ!」

 

 リアン島で食料を手に入れたとは言え、余裕があるというわけではないし、アヤシサしかない男に譲るメシはない。

「アラ!」

 2階から様子を窺うビビに気付くとウインクを飛ばす。

「あなたカーーワイーーわねー好みよ♡ 喰っちゃいたい、チュッ♡」

「うっ…………」

 ビビは思わず顔を歪めた。変な人だ。

 オカマだが、女性もいけるっぽい。そしてずいぶんマイペースだ。

 

「お前泳げねぇんだなー」

「そうよう。あちしは悪魔の実を食べたのよう」

「どんな能力なんだ?」

「そうねい、じゃああちしの船が迎えに来るまで慌てても何だしい、余興代わりに見せてあげるわ! これがあちしの能力よーう!!」

 

 ロザリーもナミの隣で男を観察するように眺めていたが、男は立ち上がった瞬間、腕を引くとルフィを張り倒した。

「うべっ!」

 バツン!という音と共にルフィがひっくり返る。

「ルフィ!」

「何を…」

 一味はとっさに構え、ゾロは刀を抜き、ロザリーはゾロの後ろに下がったが、一味は男の姿に言葉を失った。

 

「まーってまーってまーってよう! 余興だって言ったじゃないのよーーう!!」

 両手を前に出し、余裕で笑っている男の顔が、ずいぶん見慣れたものに変化していたのだ。

「な……!?」

 

「ジョ〜〜〜ダンじゃなーーいわよーーう!!」

 

 表情も、服装も、言葉遣いも違うのに、どう見てもそこにいるのは……ルフィだった。聞き慣れた船長の声だ。

 一味は驚きに硬直し、起き上がったルフィも「……はっ?? おれだ!」と首を傾げている。

 

「ビビった!? ビビった!? がーっはっはっは!」

 

 笑いながら左手で顔に触れるとカシャンと元のビックリ箱のような顔に戻る。

「これがあちしの食べた"マネマネの実"の能力よーう!!」

「マネマネの実……!」

「声も……」

「体格まで同じだったぜ……!!」

「スッスゲーーーッ」

 目を飛び出して驚愕し、呆気に取られる一味の頬に、男は順にポン、ポン、ポンと触れて言った。

「まァもっとも、殴る必要性はないんだけどねーーいっ」

 じゃあやるなよということをガハハと暴露した男は、流れでロザリーにも触れようとしたが、彼女は咄嗟にサッと下がるとゾロの背中に隠れた。

「……?」

 怪訝そうにゾロが彼女を見下ろす。眉毛が八の字になっているロザリーに、「余興だもの、ムリにとは言わないわよーう」とウインクを飛ばした。

 

「この右手で…」カシャッとウソップに。

「顔にさえ触れれば」カシャッとゾロに。

「この通り誰のマネでも」カシャッとチョッパーに。

「で〜〜〜きるってワケよう!!」カシャッとナミに。

 

 表情こそ男のままだが、見た目は完全にクルー達だ。男はナミのまま「体もね♡」と服をはだけさせる。

「「「ブッ!」」」

「やめろ!!!」

 ナミの鉄拳が飛び、ついでにルフィたちも殴られた。男はタンコブを作って「ア〜〜ウチ!」と泣いている。当然の制裁である。

 

「さて、残念だけどあちしの能力をこれ以上見せるわけには」

「お前すげー!」

「もっとやれー!」

「見たいぞー!」

「さ〜ら〜に〜〜〜!!」

 ナミの全力鉄拳でもマッタク無傷のように立ち上がり、締めようとした男だったが、ルフィたちの囃し立てる声や口笛に乗せられクルクルとダンスをして見せる。

「ノリノリじゃないのよ」

 ナミは呆れ、ゾロは興味を失ったように端で座り込んでいる。ロザリーもニコニコ拍手はしているが、ゾロの隣にちょこんと座り向こうに混ざるつもりはなかった。

 大してそう話もしないが、ゾロに脅えもせず周りをウロウロしたり気安く触れようと来てくる女を横目で眺めた。ゾロは男はもちろん、ロザリーのことも信用していなかった。

 

「メモリー機能つきいっ!!」

「うおおおっ!!」

 ルフィたちは楽しそうに盛り上げた。

「過去に触れた顔を決して! 忘れな〜〜〜い!」

 カシャン、カシャン、と色々な人間になってみせる男にフロアは熱狂を迎えている。

「くだらねェ…」

「あはは…」

 吐き捨てた一人言にロザリーは苦笑で答えた。

「んっ?」

 小さく漏らし、首を傾げたまま男を見つめるロザリーにゾロは「なんだよ」と問いかけた。

「ん……見たことがある人がいた気がしたんだけど…」

 一瞬で顔が変わってしまうので、思い出す前に流れていってしまった。

 

「どーうだったあ!? あちしの隠し芸! 普段人には決して見せないのよーう!?」

「「「イカスー!!」」」

 

 ついに全員で肩を組み「がーっはっは!」と男の笑い声を掛け声に、一緒に踊り出してしまった。ロザリーも手を叩いて「素敵ー!」と野次を飛ばしておく。

「やってろ」

 楽しげな彼らの耳には冷たい声は届かないようだ。

 

「すごいわね、一瞬で仲良くなって…名前も分からないのに…」

 呆れとも感嘆ともつかない声でロザリーがつぶやく。

「バカなんだよあいつらは」

「そうね…それがルフィの魅力だと思うわよ」

 否定はできなかったが、あの空気感は彼の周りをいつも取り巻いている。楽しさが伝染していく力というか…そういうものをロザリーは持っていないから、少し眩しい。

「おれはお前も信用しちゃいねェぞ」

「……」

 剣豪の斬撃のように鋭く冷たい視線を受けた彼女は、彼の瞳を見つめて沈黙した。そしてニコッと口元だけで笑う。知ってるよ、という笑みだった。ゾロに微塵も気圧されていないことが、その優しく甘やかす理解者のような眼差しで分かり、彼はイラッと眉をしかめた。

 無害そうでひ弱そうで、簡単に摘み取れる花みたいな雰囲気だが、無害な顔をしている人間ほどそう"見せている"だけだと知っている。

 

「ねぇ、何か船がこっち来るわよ。あんたの船じゃないの?」

 ナミが見つけた船は、猛スピードでメリー号に向かってきていた。

 スワンのコートを纏った男は手すりに飛び乗った。

「アラ、もうお別れの時間!? 残念ねい」

「「「エ"ーーーッ!!」」」

 この短時間でどれだけ仲良くなったのか、3人は濁音でショックを受けている。男は背中を向けたまま海を見つめる。

「悲しむんじゃないわよう。旅に別れはつきもの! でもこれだけは忘れないで!」

 振り返った親指を立てる男の目元は、キラリと光っていた。

「友情ってヤツァ……付き合った時間とは関係ナッスィング!!!」

「うおおーーーっ」

 

 感涙する3人が、別れを惜しみながら彼の船に大きく手を振った。そこにはたしかに友情があった。

「また会おうぜーー!!!」

「単純よねあんた達……」

「名前…」

 ナミはやれやれと肩を竦め、ロザリーはまだ名前が気になっていたが、3人の声にかき消された。また会いたいなら名前が必要では…でもあれだけ船も本人も特徴的なら関係ないか…。

 

 白鳥頭のマスト、コートの文字とおなじ"おかま道"と描かれた帆の、どう見てもこの男の船だとしか思えない主張の激しい船に飛び乗り、男は叫んだ。

「さァ行くのよお前たちっ!!」

「「ハッ! Mr.2・ボン・クレー様!!」」

「「「!?」」」

「Mr.2!!」

「あいつが……Mr.2・ボン・クレー!?」

 

 振り返った頃には船は彼方。一味は呆然と船を見送るしか出来なかった。

 

「ビビ! お前顔知らなかったのか!?」

「ええ、私Mr.2とMr.1ペアには会ったことがなかったの。能力も知らないし! 噂には聞いていたののに……Mr.2は……大柄のオカマでオカマ口調、白鳥のコートを愛用してて背中にはおかま道(ウェイ)と」

「「「気づけよ」」」

 

 やっぱりこの船の人はみんなおバカさんなのかもしれない…。

 

「……さっきあいつが見せた過去のメモリーの中に父の顔があったわ……!」

 僅かに震えながら絞り出したビビに、ロザリーは「あっ」と気付いた。そうだコブラ国王……。新聞で彼の顔を見たことがある。

「あいつ一体……父の顔を使って何を……!?」

「例えば王になりすませるとしたら……相当良からぬことも出来るよな……」

「そうね…反乱の引き金を引くとか、民の目の前でダンスパウダーを使って見せるとか……」

「そんな!」

 少し考えただけでも、あれほどの変身能力、使い道は死ぬほどある。しかもマネマネの実の能力の場合、声や体格まで完璧にコピーされるのだ。

「既に彼がコブラ国王の顔をコピーしているということは、接触したことがあるのでしょうし、彼の部下もコピーされているかもしれない。もしかしたら既に国王の姿で活動したこともあるのかしら…」

「父の姿で好き勝手されたら…!」

「厄介な奴を取り逃しちまったな」

「あいつ敵だったのか……?」

 チョッパーは少し悲しそうだ。ロザリーは彼を抱き上げた。「やめろー!」と身をよじったが、撫でていると大人しくなった。

 

「敵に回したら厄介な相手よ……! あいつがこれから私達を敵と認識したら……! さっきのメモリーでこの中の誰かに化けられたら、私達仲間を信用出来なくなる」

 

 ゴクリとお互いを見交わす一味だが、ルフィは「そうか?」と首を傾げた。その一言で、僅かに漂っていた不安な空気が霧散する。

 ゾロがニヤリと口端を釣り上げた。

「いや、今あいつに会えたことをラッキーだと考えるべきだ。……対策が打てるだろ」

 

*

 

 海を進めること数日。

 巨大な海王類、海ネコが出現し、一味はアラバスタの気候海域に突入していた。

「後ろに見えるあれらも……アラバスタが近い証拠だろ」

 海にはいくつもの船が浮かび、全てにB・Wのマークが入っている。ビリオンズと呼ばれる社員たちがゾクゾクと集まり、少なくとも200人以上の敵がいる。

 

「いい、い、今のうちに砲撃するか!?」

「行ってぶっ飛ばした方が早ェよ!」

「バカ気にすんな、ありゃザコだ!」

 動揺するウソップをゾロは不敵に笑い飛ばした。珍しくサンジも同意し、余裕にタバコをくゆらせている。

「そうさ! 本物の標的を見失っちまったら終わりだぜ。こっちは9人しかいねェんだ」

 ナチュラルに自分が数に入っていることに、ロザリーはドキリとした。

「大丈夫よ、こいつらは強いから!」

「え、ええ…」

 不安そうに腕を撫でている彼女に気付き、ナミが励ますように背中を叩く。

「ロザリーちゅわ〜ん♡ おれが守ってあげるからね〜♡ もちろんナミさんもビビさんがおれが命を懸けて守るから、ずっと一緒にいよう♡」

「頼むわね。もちろん私も戦うつもりだけど…」

「!! ナミさんがおれに頼みを……!? こりゃ実質婚約……!」

「違う」

「つれないナミさんも麗しい〜〜♡」

「ハハ……」

 

 茶番を横目にゾロが腕を包帯でギュッと巻き付けた。

「とにかくしっかり締めとけ。今回の相手は謎が多すぎる」

「なるほど」

「これを確認すれば仲間を疑わずにすむわね」

 ゾロが考案したボン・クレーの対策方法。

 それは左腕にバツ印を描き、その上に包帯を巻き付けて印にするというものだった。

 ロザリーもビビに巻いてもらう。

 

「そんなに似ちまうのか? その"マネマネの実"で変身されちまうと…」

「そりゃもう"似る"なんて問題じゃねェ。"同じ"なんだ」

 あの時サンジだけは船の中にいてボン・クレーの容姿も能力も見ていない。

「惜しいなーお前、見るべきだったぜ」

「おれァオカマにゃ興味ねェんだ」

「おれ達なんか思わず踊ったほどだ」

 サンジも徹底しているが、ウソップ達も大概だ。

 

「あんな奴が敵の中にいると、うかつに単独行動も取れねェからな!」

「なあ、おれは何をすればいいんだ!?」

 チョッパーの質問にロザリーも共鳴した。てててと寄って、カルーと並んで不安そうにウソップを見つめる。

「出来ることをやればいい、それ以上はやる必要ねェ。勝てねェ敵からは逃げてよし! 精一杯やればよし!!」

「お前それ自分に言ってねェか?」

 いい事を言ったのにサンジがシレッと突っ込んだ。

「クエ!!」

「おれに出来ることか……わかった!」

「できること……」

 チョッパーとカルーまでやる気の返事をした。こんなに小さいのに……。

 ロザリーは手のひらを見つめ、ギュッと手首を握り締めた。鈍い痛みがする。もう怪我は治っているから、幻肢痛だ。

 戦えないと始めに公言しているから、彼らはロザリーに戦闘を期待していないだろう。ロザリーだって戦いたくないし、船に乗る時は戦うつもりもなかった。

 今までのように雑用として使ってもらって、船の中の強い誰かに取り入って、気に入られて、望まれれば身体をひらいて……。

 海軍や賞金稼ぎの目に留まらないよう、目立たないように生きてきたし、これからもそうするつもりだった。

 

 でも、クロコダイルは邪悪だ。

 彼の邪悪を、自分の「目立たないように生きる」という我欲を優先して、仕方のないことだと見ないふりをすれば……幼い頃の自分が受けた仕打ちを、自分で肯定してしまうことになる。

 そんなことは絶対に嫌だった。

 踏みにじられていい国も、踏みにじられていい人もこの世界にはいないはずだ。

 わたしが踏みにじられたことは決して「仕方のない」ことではないはずだ。許してはいけないことのはずだ。世界が許しても、わたしだけは決して。そう信じないと立ち上がることも出来なかった。

 だから……だからわたしも、わたしに出来ることを。

 

 下ろしていた髪を三つ編みに纏め、丸メガネをかける。前髪を手でグシャグシャにかき混ぜると、あっという間に背景に消えそうな野暮ったい女になった。

 滅多に見かけない、ライムゴールドの明るい金髪だけは隠しようがなかったが、帽子を被ればある程度目立たなくなる。

 

「島にいた時もその格好してたわよね? 理由があるの? そのメガネも伊達なんでしょ?」

「…人に溶け込めた方が情報とかが得やすいかなって」

「もったいねェ、ロザリーちゃんの薔薇のように可憐な美貌が隠れちまうなんて」

「弱そうに見せた方が人は油断してくれるものよ」

 分厚いグラスが反射し、垂れた前髪で隠れた横顔からは彼女の表情は見えなかった。

 

 港が近づき、西の入江に船を隠すことにしたら麦わらのルフィ達は、円になって不敵に笑いあう。

 左腕を伸ばし、拳を突き合わせる。

「これから何があっても、左腕のこれが…仲間の印だ!」

 

 ビビは仲間たちの喧騒を聴きながら、嬉しそうにギュッと握り締めた。そして、ロザリーも同じようにしていることに気付く。

 顔は見えないけど、ビビの瞳にはロザリーが喜んでいるように映った。

 

*

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