港町「ナノハナ」に着くなり、ルフィは「肉〜〜〜〜〜!!!」と叫んで1人で突っ走ってしまった。仲間が止める暇もなかった。
フローリェンで譲られた食料は野菜や果実ばかり、魚も釣れず、ずっと肉を食べていない。我慢の限界だったのだろう。
「あのバカ……」
ナミは怒りと呆れで大きなため息を吐き、ビビはアワアワしている。
「どうしよう、ナノハナは広いからルフィさんを探すとなると大変よ!」
「心配ねェよビビちゃん。町の騒がしいところを探せばいい。いるはずだ」
「ハハハ! そりゃいえてる」
「それよりあいつにはもっと懸賞首だってことを自覚してほしいのよね。こんな大きな町では特に…!」
「たしかに初めて会った時も、警戒心がまるでなかったものね…自己紹介するし…」
「でしょ!?」
同意を得て、ロザリーの手をガシッと握ったナミに苦笑いする。後先がなさすぎて尊敬するほどだ。ロザリーは変装までしているのに。
「バカ正直に海賊王になる男だとか言って回って…町で名前とか聞かれたら答えちゃわないでしょうね!?」
「ほっとけ、どうにでもなる」
心配で気が立っているナミやビビと違い、ゾロは気負いもなくドンと構えている。
「待ってあれは……! Mr.3の船!」
入り江にドルドルの身を動力源としたバロック・ワークス幹部の船を見つけ、ビビは汗を垂らした。ロザリーが船に乗る以前に、彼とは交戦しているらしい。
「とりあえず人がいない方へ避難しましょう」
一味は町の外れへ案内され、顔がバレているメンバーは身を潜めることになった。
「服は必要よね。これじゃ目立ちすぎる」
「そうね…砂漠じゃ肌を出す人は少ないから…」
「酒」
「てめェ誰が買いに行くと思ってんだマリモ!」
「何日飲んでねェと思ってんだグルマユ!」
「まぁまぁ…どっちにしろ水は買ってくるから」
「水と酒はちげェよ!」
「うゥ…」
「大丈夫、チョッパー?」
まだ敵に顔を見られていないのはサンジ、チョッパー、ロザリーだが、チョッパーは町に入ってからずっと調子が悪そうだ。
「休んでてね。2人で買いに行くわ」
「ごめんな…」
シュンとしているチョッパーを撫で、サンジを振り返る。
「さ、早く行きましょうサンジ」
「初めてのデートだね♡ エスコートは任せてくれ♡」
「メモは?」
「バッチリさ♡」
それぞれからのリストと、ビビから聞いた砂漠越えに必要なリストを書き込んだメモを指の間に挟んでいるのを確認し、ロザリーは町に向かった。
「途中でルフィも回収できたらいいけど…」
「あー、どうせ騒ぎでも起こして海兵に追われてるだろうからなァ」
ナノハナは港町だけあって、店が立ち並び泳ぐように人が歩いていた。喧騒があちらこちらから響いている。
この中から探すのは難しそうだ。
「最初にお買い物してしまいましょうか」
「そうだな。まずは必須の水と食料か」
「水を売っているなんて砂漠の国ならではね。今は干ばつが酷いらしいから、たくさんは買えないかもしれないわ…」
「買えるだけ買おう。酒も一応水分には違いねェし、あった方がいいか…仕方ねェ」
嫌そうな横顔にクスッと微笑む。
仲が悪いけれど、意外とお互い気にかけあっているのが外から見るとわかりやすくて、ロザリーからすればゾロもサンジも年頃の少年みたいで可愛らしい。
目に付いた店で食料を買い込んでいくが、やはり水の専門店はなかなかなかった。
やっと見つけた店に入るが、やはり流通量自体が減り、数樽しか手に入れることが出来ない。
「足りるかしら…。あ、お酒」
「入るか」
だが、酒も水から作られる上に嗜好品だ。値段が高騰していて、瓶のものしか売っていない。購入はしたが、店に出たあとサンジが眉をしかめた。
「さすがに高ェな…それだけ貴重だってことか」
「水を飲めないというのは、つらいでしょうね…」
ナノハナは港町だから海水を汲み上げてろ過できるが、他の町にも配らなければいけないので需要が高騰しているのだ。ロザリーは一人旅している時に、何度か遭難したり漂流しているので、その辛さを全てではなくとも共感できるつもりだ。
「いつ助かるか分かんねェ飢餓は心も飢えていくしな」
隣を歩いているサンジが何気なく答えた。その後すぐ「憂い顔のロザリーちゃんは萎れる花みたいで切ないぜ…でもカワイイ…」といつものように煙をハートにしたが、その何気ない言い方に、むしろ実感めいたものを感じる。
「もしかして…サンジにもそんな経験が…?」
「え…今おれ出てたか?」
「ううん。ただ、なんとなくそうかなって」
「……まァガキの頃…2ヶ月以上海で遭難しちまったことがあってね。おれん時は助けてくれた人がいたが……この国の干ばつは自然災害だろ。先が見えねェのはきちィだろうな」
「サンジ…」
この人は痛みに共感できる人なんだな。そう思って、胸がコトリと鳴る。
ロザリーは多少飢えかけた経験があるというだけだし、それほど悪い記憶として残っている訳じゃない。多分、それはサンジにとって大きい経験だったんだろう。
話してくれてありがとう、と言うべきか迷った。野暮かしら。…
「ただでさえ苦しんでいるもの。クロコダイルによってさらに苦しめられるなんて、そんな酷いことないわ」
「ああ。七武海だかなんだかしんねェが、ビビちゃんを傷付ける奴なんざさっさとぶっ飛ばしちまおう」
「ふふっ、頼もしいわ」
なんだかサンジの背中が大きく見える。
本当にこの船にはいい人しかいないんだなぁ…。
と、胸が温かくなるような、クロコダイル討伐へのやる気が高まるような気分に浸っていると、何かに気付いたサンジが「!」と足を止めた。
「どうしたの? もしかして敵が……」
「この衣装……素晴らしいぜッ」
彼は近くのショーウィンドウを指して、「ロザリーちゃんにぜってェ似合う♡ 砂漠の踊り子になったナミすゎんとビビちゅわんも…日照りを吹き飛ばすほど美しいんだろうなァ〜〜〜〜♡」と妄想の世界に旅立っている。
さっきまでの格好良くて思慮深く感じた彼の余韻が一気に消え去ってしまい、ロザリーは「はぁ…」と力が抜けた。
もったいない人……。
これがなかったら素敵なのに。
残念な目で見られていることに気づかず、サンジは店員さんにもメロリンしながら、ロザリーに「これ着てほしいなァ♡」と衣装を差し出した。彼女は苦笑して一蹴する。
「ムリ」
「え……エェ〜〜〜〜〜ッッ!?」
「そんなに驚かれると思ってなかった…」
「じゃこれは?!」
「イヤ」
「こ…これなら!?」
「ヤダ」
「クウウウッ……!!!」
「おお…」
涙を流してサンジは言葉もなく床をドンドン叩いて打ち震えている。そんなにか…。ロザリーは少し引いてしまった。しゃがんで、眉を下げて慰める。
「ええと、ごめんなさい。わたし肌をあまり見せるのは…」
「いつも着てる清楚なワンピースももちろん君のエレガントな雰囲気にバッチリ似合ってる! でも、こういう…開放的な衣装もきみの新たな魅力を引き出してくれるはずだ! 必ず似合う! おれが保証する!」
「おお…」
すごい語るなこの人……。勢いに少し圧倒されるが、ロザリーは折れない。ニコッと音が鳴る笑顔で黙殺した。
「ナミとビビにはきっと似合うわね。一応上に羽織るものも選んだ方が…」
「そ…そんな…おれの夢が……! ぜってェ似合うのに……踊り子ロザリーちゃん……」
縋るようなサンジがあまりにも哀れだったので、自分の腕を撫でて迷う。期待の目で見つめられても困る…。迷うのは、言うか否かだ。
「サンジ…」
「はいっ♡」
「あなたのことを教えてくれたから言うけど…」
ドキ、としてサンジは黙る。サンジの隣にしゃがみ込んだロザリーは、笑顔を浮かべてはいるが、身体は強ばっているように感じたからだ。
彼女は耳元でささやいた。
「背中にひどい傷痕があるの。昔の傷よ。あまり人に見られたくなくて…」
しまった。
言わせたくないことを言わせてしまった。
「あ…悪ィロザリーちゃん…」
彼女は指を立てて「しーっ」と、鼻にシワを寄せて笑った。彼女っぽくない、屈託がなくて無邪気で子供っぽい顔だ。
気にしてないよ。の意味を込めて、悪戯が成功した子供みたいに笑っている。そう笑って"見せてくれている"。
だからサンジは何も言えなかった。
「じゃあ、清楚でセクシーな、きみにピッタリの衣装を探そう」
「ええ。似合うのを選んでね♡」
ウィンクに撃ち抜かれ、メロリンするサンジだったが。やらかしたなと内心で不甲斐なく思った。
彼女はまだ、この船に慣れようとしてくれている途中だったのに、と。態度には出さず深くうなだれた。
これじゃア紳士失格だ。
*
「ホラ、帰りますよ」
「あああ〜〜〜ッレディたち〜〜〜…! だが優しいロザリーちゃんに耳をつねられるのも役得だ……! あァッ選べねェ…ッ」
「捨てていくわよ」
「つれないロザリーちゃんもカワイイぜメロリン♡」
目を離すとあっという間に女の子にフラフラついていくサンジを、最初は邪魔するのも…と自主的に戻るのを見守ろうとしていたが、待ちの姿勢では永遠に買い物が進まないことに気づいた。
それでも始めは控えめに「サンジさん…」と声をかけた。彼はすぐ戻ってきて「一人にさせちまってごめんよ」と殊勝な態度で謝ってくれる。
そして数分後に振り返るとメロメロになったサンジが夢遊病患者のように女の子を口説き始めているのだ。
仕方なくロザリーが「もう…わたしといるんだから、他の子に余所見しないでください…」と甘え、心臓を潰されたサンジはしばらく健気な犬のようにあとを着いてきていたが、気付けばナミやビビへのお土産と称して香水やアクセサリーの店の店員を口説いている。
もう病気だった。
おそらく一生治らないたぐいの。
諦めたロザリーはサンジの耳を引っ張ってむりやり連れていくことにした。言っても聞かない…聞く気がない…いや、女性を目にした瞬間すべての理性をうしなう病気だからこうするしかないのだ、
「買い漏らしはないかしら?」
「あァ、そのはずだ」
「じゃあ戻りましょう。みんなが待ってるわ」
「…その前に」
サンジは懐から何かをつまんで差し出した。
「香水?」
「ああ、さっき店で買ったんだ。苦手な香りじゃないといいんだけど」
「わたしの分も買ってくれたの? ありがとう」
おそらく、ナミたちの分と一緒に用意してくれていただろうと予想はつけていたけど、2人の時に渡してくる男の子っぽい感じがくすぐったくて、少し驚く。
薄い黄緑色の小瓶だった。精緻な模様が書いてあり、硝子が光を弾いて小さな虹を作り出している。軽く手首に振りかけると熱砂の夜のような、しっとりして大人っぽい香りが漂った。
「いい匂い…」
「良かった」
ロザリーが呟くと、ソワソワを押し殺してじっと様子をうかがっていた彼はパッと顔を明るくする。
「ロザリーちゃんはいつも甘くて爽やかな香りがするけど、こういう落ち着いてて少しスパイシーな香りも似合うと思ったんだ。選んだ衣装にもピッタリだ」
「ふふ、大事に使うわ。どう?」
手首を彼の顔に近付けるとサンジは鼻をふくらませて大げさに仰け反り、「砂漠の星空みてェだ〜おれの心はきみの光に囚われて一生離れられそうにない♡」と大げさにクネクネした。
「…クスッ」
分かりきった反応だけど、褒められて悪い気はしない。
船を降りる時にこの香水も置いていくことになるけれど、サンジがこうして優しさを見せてくれることがロザリーにはうれしかった。
「お待たせ。遅くなってごめんなさい」
「!」
「おかえり。町はどうだった?」
「ルフィさんは見つけられなかったの」
「そう、仕方ないわ。どこで油売ってんのかしら」
潜伏している場所に戻り、ナミ達と合流する。騒動の声はあちらこちらから聞こえてきたが、なにぶん人も多く、ルフィらしき声を捕らえることは出来なかった。
まず着替えを渡し、変装することになった。
ロザリーは一味から離れ、廃墟らしき建物の中でいそいそと着替える。サンジと選んだ衣装は、一応踊り子衣装ではあるが、ナミ達のものより随分露出が少ない。
背中は薄布でキッチリ隠れ、その上からレースのカーディガンも羽織った。とはいえ、胸の谷間とお腹は見えるから少し恥ずかしい。
「素敵っ♡ こういうの好きよ、私!」
外からナミの歓声が聞こえた。彼女は気に入ったようだ。ビビは「これは庶民というより踊り子の衣装よ…?」と戸惑っている。
ロザリーも出ていくと、
「やっぱり似合うよロザリーちゃん♡ ここはこの世の天国か…!?」
と、3人の踊り子たちに頬を染めて鼻血でも出しそうなほど大歓喜だった。それぞれの衣装に似合うアクセサリーや髪飾りなども選び抜いているのだから、彼のレディファースト…いや、女好きは筋金入りだ。
ロザリーもゴールドのイヤリングとネックレスで飾り立てている。
「いいじゃないか踊り子だって庶民さ〜♡♡ 要は王女と海賊だとバレなきゃいいんだろ?」
「でも砂漠を歩くには」
「大丈夫! 疲れたらおれが抱っこして歩くしよ〜ホホ♡」
眉毛も目尻も鼻の下も50メートルも伸ばして手をワキワキさせる変態紳士だが、男の方には辛辣な言葉を投げかけている。
チョッパーはトナカイゆえその発達した嗅覚でグロッキーになっていた。ナノハナは香水の町。入り交じる強い香りに酔ってしまったのだ。
「中には香りの強いものもあるから…」
「これとか?」
「ウオオやめろお前ェ!!」
しかしナミはサンジからのお土産を機嫌よくプシュッと首元にふりかけて居る。オレンジとハーブっぽい香りが華やかに包み込んだ。
「奈落の底までフォーリンラブ♡」
「アホかてめェ」
「あァ!?」
いつも通りケンカを始めた2人を置き、一味はそろそろ出発することになった。必要な物資は揃い、次はオアシスの「ユバ」に向かう。
そこには反乱軍の本拠地があるらしい。
「待て、隠れろ!」
ゾロが顔つきを険しくし、ビビの腕を引いた。近くで騒ぎが起こっている。
「何?」
「海軍だ。なんでこの町に……!?」
海兵たちが「逃がすな!」「追えーッ」「息の根を止めろォーッ」とドウドウ走り抜けて行った。
「えらい騒ぎ様だぜ…海賊でも現れたか」
しかし追われているのはルフィであった。
(お前かーーーッ)
一味の心の叫びがハモった。
しかもルフィは野生の勘でも発動したのか、突然ピタッと動きを止めて振り返ると「よう! ゾロ!」と叫んだので、一味はすっかり海軍に正体が割れてしまった。
変装も何もかもオシマイである。
「お! みんないるなー」
「バカ! てめェひとりでマいてこい!」
「うわわわアレ白猟のスモーカーよ!」
ロザリーは遠目から見覚えのある顔を見つけると、悲鳴を上げて逃げるスピードをグンと早めた。
「知ってるの?!」
「海軍大佐の能力者ッ! あの人死ぬほどしつこいことで有名なのよ!」
東の海(イーストブルー)をナワバリに海賊たちを執念で追いかけ回すスモーカーは楽園(パラダイス)でも海賊たちから悪名高い。
元々海軍の中佐以上には注意を払って生きてきたが、一度ロックオンされたら地の底までついてきて捕縛していく彼は、とりわけ絶対に認識されたくない海兵のひとりだった。とにもかくにも彼から"海賊"と認識されたら終わりなのだ。
「逃がすかっ!! "ホワイト・ブロー"!」
「ルフィ!」
白煙がルフィの背中に迫り、あわやという寸前、低い男の声が響く。
「"陽炎"!」
燃え上がる炎の壁が、スモーカーの煙の手をかき消した。
「今度は何!?」
「ルフィは!?」
煙と炎が轟きを上げて晴れていく合間に、男の背中が見える。
「お前は"煙"だろうがおれは"火"だ。おれとお前の能力じゃ勝負はつかねェよ」」
「誰なの、あれ…!?」
ルフィは呆然と立ち尽くした。ロザリーも目を剥いて彼を見つめる。
「………エース……!?」
「変わらねェな、ルフィ」
オレンジのテンガロンハットの下から、男はニヤリと笑んだ。
「エース……」
ロザリーの囁きは、炎の煙の中にか細く立ち上って、誰の耳にも届かず溶けていった。