黄色世界探査記録#01
だいぶ年季の入っている黄色いカーペットだ。恐らく30年ほど前、19年代頃の物だろう。壁もこれまた黄色い壁紙が使われている。その上こちらも年季が入っているのだろう、黄ばんでいて余計に目に悪い。天井は言うまでもなく黄色く、蛍光色のライトが私が今居る通路の先の先まで並んでいる。時々、チカチカと消えかかっているライトが、ほんの一瞬だけ黄色い通路に黒い影を落としていた。
床も黄色、壁も黄色、天井もライトも黄色。黄色黄色黄色黄色。かのゴッホもこの通路を目の当たりにしたら左耳だけでなく右耳も切り落としたくなるだろう。それ程までに、この空間は異常に黄色い。
「さて、どこかなここはぁ。」
声は響かず、カーペットと壁に染み込んで行った。
気がつくと、私はこの空間に居た。しかし、このような空間を私は生まれてこの方初めて見た。見知らぬ場所だ。誘拐であろうか?もし、そうなのだとしたらどのような目的で手足もしばらずこの空間に放置するという行為に及ぶのだろう。誘拐の線は薄いだろう。
このような異常事態では、常々、考えるよりも行動に移した方が良いという持論がある。行動によって起こりうる事象が、良いことであれ悪いことであれ、このような空間で停滞よりかはマシだろう。と言うよりも、一刻も早くここを出たい。この空間に1時間もいたら、私は両耳を引きちぎる自信がある。幸いな事に一本道であり、後ろには壁があるのみだ。進むべき方向が定まっているというのはありがたい。
そうして私は、細長く黄色い道を誘い込まれるように奥へ奥へと進んで行った。
しばらく奥へ進んでみると壁に直面した。行き止まりだ。いや、正確には行き止まりではないのだが。
「これは、少し気が乗らないなぁ。」
穴があった。壁に少しかがめば入れるであろう位置に大きな丸い穴が存在していた。その穴は横ではなく下に続いているようで、入ったら滑り台のように下へと落ちていくのだろう。通路の中には照明はないようだ、真っ暗闇が奥へと続いている。一度入ってしまえば二度と戻れなさそうなその穴に、私は踏みとどまっていた。いくら考えるよりも行動に移すべきだと考えていてもこれは少しばかり躊躇してしまう。しかし、後ろは正真正銘行き止まりでありこの穴以外に別の空間に通じていそうな穴や扉もなかった。つまるところ選択肢はたった一つ。この穴に入り落ちる。それだけだ。
しばらくその穴の前で尻込みした後、私は意を決してその穴に入ることにした。穴の縁に手を掛けて、慎重に入ろうと思っていたのだが、どうにも穴の中の素材がツルツルと滑るようになっている。私は足に力を入れられず、手の力のみでしばらくしがみついた後、指に限界が来て、勢いよくその穴の中、滑り台を滑ることになった。
「ほぎゃあああっ!!?」
全身を浮遊感が包み込み、時々左右に揺られながら40秒ほどだろうか、私は滑る勢いのまま、暗闇の出口から排出された。
盛大に尻もちを着いた私は、暗闇から急激に明るい場所へと叩き付けられた衝撃に目を眩ませていた。しばらくして目を慣らした私は意外なものを目撃した。まあ、案の定黄色い空間に飛び出した事は意外でもなく、最悪の事態から免れていないことは明白だが、想定の範囲内だった。それよりも驚くべきは私の目に飛び込んできた、黒髪、年端もいかない少女だった。
少女は勢いよく排出された私に驚いたのか、その場で硬直していた。暫くするとこちらを見つめている事に気づいたのか、弾けるように私から逃げていってしまった。
「あぁっ、ま、待ってぇ!」
私はこの説明できない異様な状況の手掛かりとして、なんとしてでも少女から話を聞かなければならない。痛むしりを抑えて、私は少女を追いかけ始めた。
ここは、先程の一本道の通路と違い、迷路の様な広い空間なのだろう。先程から追いかける最中何度も右折と左折を繰り返しているのに、一向に壁にあたらない。不思議な空間であった。
そして、少しばかり疑問に思った事がある。先程、私はあの穴に入り滑り落ちたのだが、よく考えるとあれは少しばかりおかしい。40秒だ。約40秒私はあの暗闇を滑り落ちていたのだが、あの暗闇の中は摩擦で足を固定できない程ツルツルとした素材でできていた。摩擦力のないあの空間で滑っていたのならかなりの速度が出ているはずだ。実際私は穴から排出された時、かなりの速度で床に叩きつけられた。床がカーペットだったからある程度の衝撃を吸収してくれたが、それでも数分追いかけている今なお、尻がヒリヒリと痛む程には速度が出ていた。その速度で滑って尚、40秒。私が元々居た空間とこの迷路のような空間はかなり高低差があるだろう。それこそ、2階から1階どころではなく10階程の高低差があるのではないだろうか。しかしながら、私の近隣の住居には10階建ての建物など存在しないのだ。私は気付いたらここに居た。薬などの影響で、数十分程の記憶が混濁することは有り得るが、ほんの一瞬と感じさせる程意識を飛ばし、かつ数時間も意識を奪うのに、副作用を感じさせず、覚醒後すぐに行動できるようになる薬など、存在しないだろう。つまり、私がここに来たのはほんの一瞬のうちにこの空間へと飛ばされたと考えるのが自然である。ということになる。ここは、一体どこなのだろうか。
と、少女を追いかけながらこの空間について思考を巡らせていると、いつの間にやら、広い空間へと出てきた。
少女は、いなくっていた。その代わりにその空間では何人かの人間が座っていたり、寝ていたり。まるでこの部屋に居住しているかのように存在していた。しばらくその光景に戸惑っていると、その集団のうちの一人が私に気づいて寄ってきていた。
「お、新入りだな。」
若い、しかし凛とした女性の声だった。その女性は私に近づいて来て挨拶を…………
…………甲冑…………?
甲冑だ。中世の騎士のような格好をした女だった。コスプレだろうか。この異常事態に?
「む、戸惑っているようだな、この空間に。しかしまあ、無理もない」
いや、戸惑っているのはこの空間ではなく、貴方なのだが。
「ふむ。見たところ学者のようだな。筋肉がまるでついていない。」
そう言うと女は自身の顎に手を当て、私の周りをくるくる歩きながら私の筋肉の品評を始めた。この女、筋肉のない男を全員学者だと思っているのか?いや、私は研究者なのだからあながち間違っていないが。
いや、違う。そういうことではない。
「あのぉ、悪いんですがぁ、ここがどこか分かりますかねぇ。」
女は、私の話を聞いて、大きな瞳をぱちくりと瞬かせた後。ガハハと大きな笑い声をあげ、
「知らん!」
と答えた。
なんなんだ。こいつは。
「しかしまあ。何も知らないという訳では無い。ここがどこかは知らないが。ここがどういう場所かは知っているぞ。」
すると女は、がしゃりと振り返り、大足で集団の元へと歩いていった。
「ついてこい!紹介してやる。」
私は、数瞬遅れて、その女の後ろに小走りって向かった。数瞬しか遅れていないというのに、その女に追い付くのに少し体力を要した。
「ひとまず。私からだな。」
2Mはあるだろう。甲冑女は巨体だった。金髪のポニーテールを揺らし、首から下を甲冑が覆い尽くしていて、腰に大きな剣をさしている、遠目から見ると男の騎士のように見える。その甲冑の下には私よりも遥かに筋肉が備わっているのだろう。甲冑の重さをものともせずに身体を動かしていた。
「アルネスだ。王国直属の騎士団で騎士をしていた。」
どうにも、コスプレや妄言ではないらしい。それは彼女の筋肉と、本物の鉄で出来た甲冑。そして銀でできている真剣が指し示している。そのどれもが本当に使い込まれているようで、彼女が人斬りをするコスプレ異常者でもない限り、甲冑の錆が本物の騎士であることを物語っていた。本物の騎士ってなんだ。
「公国との戦争中に奇襲にあってしまってな。落馬した時、気付いたらここに居た。ここに来てから2年ほどになるか。まあ。荒事は私に任せろ。」
そう言うと、彼女はガシャンと自身の胸を打った。頼もしそうな女だ。筋肉で人を判断するのは褒められた志向じゃないが。
「はーい!じゃあっ、次はアタシがやるねっ!」
と、ぴょんぴょん跳ねてアルネスと同じ視界に入ろうとする少女がいた。少女と言っても、さっきの黒髪の少女とは似ても似つかない、と言うよりも甲冑女と同レベルのイロモノがそこにはいた。
紫色の、ドレス、だろうか?全体的にフリフリとしたお姫様チックな服を着込んでいる。手には、杖、というよりかはニッポンのアニメに出てきそうな魔法のステッキを手に持っている。
「愛と勇気を振り撒く魔法少女、フラワー☆バイオレットだよっ!バイオレットって呼んでねっ!よろしくねっ!!!」
ニッポンのアニメに出てきそうな魔法少女だった。
「あーっ。でもでもっ、フラワーって呼ぶのもっ、ぜんっぜんナシじゃないんだよっ!むしろっ、ウェルカムっていうかっ!他にも他にも!オレット……なんてっ!仲良くなってからじゃないと許さないんだけどねっ!きゃはっ!」
と、頬に両手を当てくねくねしながら喋りかけてきた。喋りかけているのかこれ?独り言じゃなくて?
甲冑女の百倍濃い少女が出てきた。何だこの子は。華奢な身体からは想像できない声量で自己紹介とは名ばかりの独り言をぶち当ててきた。
「アタシはねっ!お友達と悪い怪人を退治してたのっ!もちろん!魔法少女は最強だから愛と勇気の力で退治できたんだけど!ちょっと油断しちゃってたみたいっ!怪人の散り際の攻撃に当たっちゃった!それで、気絶しちゃったのっ!それでそれで!気付いたら、ここにいたって訳っ!ここに来てからは、1年くらいかなっ!アルネスお姉ちゃんに負けないくらい荒事は得意だからねっ!任゛せ゛て゛ね゛っ!!!!」
有り得ない声量で捲し立てられてしまった。鼓膜が破れる。しかしながら、この子本人はあまり悪気がないのだろう。だって、ものすごいキラキラした目でこっちを見ている。黄色い壁や床よりも、ある種目に悪い。私は精一杯の笑顔を作って、よろしく、と手を差し出した。ぱぁぁぁ!という擬音と共に目を更に輝かせ、ものすごい勢いで手をぶんぶんされた。
「おぉ、新入りか。実に久しぶりじゃないか」
ここに来て、やっとまともな人間が来た。デニムのジーパンに黒いシャツ。背は170後半はあるだろうか。欧米人の好青年と言った具合である。最初の二人と比べると特筆すべき点がないが、これでいい。これがいいんだ。青年は笑顔で私に手を差し出し、握手を求めた。私も笑顔で、快く握手を返した。
「名はナンバー102。君たち地球人から見たら宇宙人と呼ばれる生命体だ。」
……ん?
今なんと言った?ナンバー102?名が?というより、宇宙人?宇宙人と言ったかこの男。
「暇つぶしにこの世界に来た。この世界に来てからはざっくり140年ほどか。この中では最古参に当たるな。」
握手した自身の手が、だんだん強ばっていくのを感じる。
……何を言っているんだ?一から十まで理解出来なかった。先程の子から捲し立てられた時より理解が追いつかない。
「君はつまり、観測者であり、導き手なわけだ。ふむ。彼が手癖で作ったにしては。なかなかどうして。上手くできているではないか。自覚が足りないようだから言っておくがね。残念ながら第三惑星の連動性では君を補足する事は大いに難航すると思うよ。アルキメデスの独り言を囁くよりかは効果的だと思うがね、人形を独り歩きさせるときは糸をしっかりと断ち切らないと空間が瓦解しかねないという点で見れば、素晴らしい出来だと評価せざるを得ないが。酷とも言えるね。」
…………。
「そこら辺にしておけ、102。新入りが口を開けたまま固まっているぞ。」
と、アルネスが助け舟を出してくれたおかげで男はハッと我に返り、手を離してくれた。
「おっと!すまないね。我々の言語は地球人用にまだスマート化されていないのだよ。拙い言葉遣いを許してくれ、ミセス。」
と、恭しく頭を下げてくれた。言ってる事の意味が分かれば、良い人なのか?
……いや、ありえないな。
「とまぁ、他のやつの紹介はこの辺りか?」
アルネスが手を叩き、場をまとめてくれる。
「とりあえず、いつまでも新入りと言う訳にもいかんだろう。名を聞こうか?」
三人の視線が、こちらに集まる。私の番、という訳だ。この3人より濃い自己紹介ができるとは思えないが。シンプルに、おわらせよう。
「えっとぉ、私の名前はぁ、ヒューストンっていいまぁす。詳しい事はぁ、言えないんですけどぉ、とある研究所で研究員をしてまぁす。」
すると、102が興味を示したようで、質問を投げかけてきた。
「ほぉ、研究者。具体的にはなんの研究をされているのかな?」
まぁ、気になるだろう。私の研究内容。いつもならぼかして喋るのだが、ここにいる人間にぼかす意味も無いだろう。上も納得してくれるはずだ。
最悪、記憶を消せば良いのだし。
「簡単に言えばぁ、この世の常識外の生命や物体を調査、研究してまぁす。つまり、この異常空間は、バリバリの研究対象でぇす。」
おまえらもな。
この自己紹介に3人は三者三葉の反応を示してくれた。
「ふむ。研究者、か。それはつまり学者というわけだな!うむ!やはり私の審美眼に間違いはないな!しかしながら、その、この空間に迷い込んだばかりなのに、すぐにこの空間を研究対象とするのはなんというか、……」
「へぇっ!研究者なんて本当にいたんだっ!漫画とかぁアニメのお話だと思ってたっ!しかもしかもっ!ヒューストンお姉ちゃんすっごく若いよね!研究者っておじいちゃんなイメージあったからっ!若いお姉さんな研究者ってっ!なんだかすっごく……」
「ふぅん?そう言う風なテクスチャが貼られてるんだ?いやまぁ、役割の運命上そうたりうるのは仕方が無いことだと思うけれど、少しばかり意外だね?この世界においてそのテクスチャはある意味荷運び牛的意味合いが込められているから想像に欠けていたよ。ただ、僕のレコードに収められていないから勝手な意見ではあると思うのだけれど、言わせてもらうとそれは……」
「「「変」」」
「そっかなぁ?」
お前らに言われたくないんだが。
というか異常物体の研究に誰も触れてこない方が変だと思うのだが?私だけ?そっかぁ。
「ところでぇ、黒髪の女の子見ませんでした?その子を追いかけていく内にここにたどり着いたんですけどぉ、」
アルネスがやはりか、と言った顔で質問に答えてくた。
「君も見たのか。ここに来る連中は皆、102以外その少女を辿ってここに来ているんだよ。」
そう、だったのか。彼女はこの空間に迷い込んだ人をこの広場に誘い込んでいるのだろう。それに、どんな利益があるのかは分からないが、彼女がこの空間の何らかの鍵を持っている可能性があるな。もう一度会うためのを方法を探しておかなければ。
「私たちは彼女のことをゴーストって呼んでるよ。幽霊みたいに出たり消えたりするからな。」
実際、私はこの広場へと辿り着く瞬間まで少女を追っていたのだ。位置関係上ここの連中が節穴じゃない限り少女がこの部屋に入るのを見るだろう。つまるところ、彼女にはなんらかの空間転移能力があるとみて良いだろう。
使い込まれた鎧を来た女、声量系魔法少女、自称宇宙人に幽霊と呼ばれる少女。その上この異様に広い空間と私の身に起きた異常な空間転移現象。研究するべき事が山ほどあるな。全くもってワクワクする時間外業務だが、今日は疲れた。どうやらここにはベッドなどないようで皆、カーペットに直接寝転んでいた。私も例に習ってカーペットに寝転んだが、ふかふかしていて思いの外寝心地が良い。これならば、直ぐに眠れそうだ。
今日、この日を持って、黄色世界現地調査の一日目とする。良い一日があらんことを。