投稿時間んん……!
出帆
青い海を切り裂くように、一隻の豪華客船が進んでいた。
白亜の船体は朝日を反射し、穏やかな波の上を滑るように航行している。船上から望む水平線は果てしなく、都市の喧騒とは無縁の景色が広がっていた。
船内のラウンジには、朝食を取る生徒達の姿がある。
夏休みを利用した二週間のクルージング旅行。最初の一週間は無人島に用意されたペンションで過ごし、残りの一週間は再び客船での生活を楽しむ。学校側から伝えられた予定は、それだけだった。
少なくとも、生徒達の多くはそう受け止めている。
普段とは異なる環境。豪華な食事に、自由に利用できる船内施設。これから始まる休暇への期待が、ラウンジのあちこちで弾んでいた。
しかし、その賑やかな空間の一角に、周囲とは少し異なる空気を纏ったテーブルがあった。
四人がけの円卓。その一席に腰を下ろした赤司征十郎は、手元のコーヒーカップを傾けていた。
穏やかな微笑を浮かべる彼の視線は、正面に座る女子生徒へと向けられている。
「――それで話とは何かな。一之瀬」
ピンクブロンドの長髪を持つ少女――一之瀬帆波は、ストローをくわえていた口元からアイスティーのグラスを離した。
一年Bクラスの中心人物である彼女は、何気ない仕草ですら人目を引く。整った顔立ちに、柔らかな表情。本人がそれを意識しているかどうかは別として、異性の視線を集めるには十分な容姿だった。
そして、向かいに座る赤司もまた、学年でも指折りの美男子である。
そんな二人が同じテーブルを囲んでいれば、周囲から注目されるのも当然だった。
「時間をとってもらってごめんね。実は赤司くんに相談したいことがあったんだけど……」
一之瀬は周囲に視線を巡らせ、困ったように笑った。
会話を聞き取ろうとするほど露骨ではない。だが、時折こちらへ向けられる視線が、二人の存在を意識していることを物語っていた。
「それを言うならこちらこそだ。前々から話があると言われていたのにも関わらず時間を取れなかったからね」
赤司は申し訳なさそうな様子もなく、淡々と答えた。
一之瀬から相談を持ちかけられたのは、夏休みに入る直前のことだった。
しかし、その直後から赤司はインターハイに出場するため、学外へ出ていた。電話であれば時間を作れると伝えたものの、一之瀬は大事な時期に悪いからと遠慮した。
その結果、二人がこうして顔を合わせるまでに一週間以上の時間が空いたのである。
「そんなことないよっ。昨日が決勝戦だったんだよね。大丈夫? 疲れてない?」
「ああ。多少の疲労感は残っているけど、問題は無いよ」
実際、疲労がないわけではない。
昨日は男子バスケットボール部のインターハイ決勝戦。激戦を制し、表彰式を終えた部員達は急いでバスへ乗り込み、その日の夜には学園へ戻っていた。
そして翌朝には、こうして船上にいる。
身体を休める時間としては、決して十分とは言えない。それでも赤司の表情に、目立った疲れは見られなかった。
「私は観れなかったんだけど。観れた人はみんな、すっごい試合だったって言ってたよ! 赤司くんが大活躍だったって」
一之瀬がそう口にするのには、理由があった。
これまで高度育成高等学校では、アマチュアスポーツの大会が生徒達へ配信される機会は限られていた。試合の結果こそ知らされても、競技そのものを目にする機会は少なかったのである。
だが、バスケットボール部の実績に加え、赤司自身が学校側へ働きかけたこともあり、今回は異例の措置が取られた。
インターハイ決勝戦のライブビューイング。
校内の映画館を利用し、試合を生中継するという試みだった。
赤司の知名度もあって、観覧希望者は殺到。部員の関係者や所属クラスの生徒が優先的に席を確保し、残りの席は抽選で割り振られた。
その反響は学校側の予想を上回り、冬のウィンターカップでも同様の企画を実施することが検討されているほどだった。
それだけ注目を集めた試合である。
しかし、褒め言葉を向けられた本人は、静かに首を横へ振った。
「俺だけではない。あの場で戦った者、皆が充分に役割を果たしたからこそ得た勝利だ」
言葉に飾り気はない。
自分の功績を謙遜しているわけでもなかった。赤司にとって、勝利とは必ずしも個人の能力だけで成立するものではない。選手一人ひとりが役割を果たし、互いの力を最大限に引き出した先にあるものだった。
その考えに、一之瀬は目を細める。
「うん。そっか」
短い返答だった。
だが、その声音には先ほどまでとは異なる温かさがあった。
一之瀬は、他人の成果を自分のものとして誇ることよりも、仲間と共に得た結果を大切にする人物だ。
だからこそ、赤司の言葉が自然と胸に響いた。
自分と同じ考えを持つ人間が、殺伐としたこの場所にいてくれる。
その事実に、小さな喜びを覚えていた。
もっとも、赤司は彼女の内心をすべて理解したわけではない。
ただ、先ほどまでとは異なる眼差しを向けられていることには気づいていた。
「……話を戻そう。俺に相談したいこととは何だろうか」
赤司がそう促すと、一之瀬はわずかに姿勢を正した。
「……その、ね。もしかしたら赤司くんも聞いているかもしれないけど……実は私も4月に生徒会に立候補したんだ」
予想通りの話題だった。
これまで接点らしい接点のなかった一之瀬が、わざわざ赤司に相談を持ちかける。そうなれば、生徒会に関する話だろうという程度の見当はついていた。
「けど面接で断られちゃって。この学校の仕組みとかもその後に知ったし、クラスの事もあって、どうしようかと思ったんだけど……やっぱり私、生徒会に挑戦してみたいんだ」
言葉の途中で、一之瀬は一度だけ視線を落とした。
四月の面接で不採用となったこと。それから学校の仕組みを知り、クラスをまとめる立場として日々を過ごしてきたこと。
その間に、彼女の中でも考えることはあったのだろう。
生徒会は、単に優秀な生徒が集まる場所ではない。学園の運営に関わり、全校生徒の利益と秩序を考える組織だ。クラス内の問題を解決するだけでも容易ではないこの学校で、さらに大きな責任を引き受けることには相応の覚悟がいる。
それでも一之瀬は、もう一度挑戦する道を選ぼうとしていた。
「それでなんだけど、現生徒会の赤司くんから見て、私はどうしたら良いかなって……って、ごめんねっ、なんか漠然過ぎる質問だよね」
最後は、少しばかり恥ずかしそうに笑った。
ほぼ初対面の相手に尋ねるには、確かに漠然とした質問である。
しかし、彼女の立場を考えれば理解できない話でもなかった。
同学年で生徒会に所属している生徒は赤司だけだ。現役の役員に話を聞こうとすれば、彼に頼るのが最も確実だったのだろう。
「そうだね。一緒のクラスでは無いから一之瀬の成績や生活態度なんかは詳細までは把握していない。その辺りで俺から君に何かを助言をすることはできないだろう」
赤司は率直に答えた。
ただ、一之瀬に悪い噂があるという話も聞いていなかった。むしろ、彼女がクラスをまとめる姿勢や、他人への接し方については、学年内でも好意的な評価が多い。
生徒会の役員として相応しい模範生であることは、ほぼ間違いないだろう。
「ひとつ聞かせてほしい。面接をしたようだが、担当したのは堀北会長で間違いないか」
「うん、そうだけど……」
一之瀬は僅かに困惑した。
今の質問が、先ほどの相談とどう繋がるのか分からなかったのだろう。
赤司は彼女の返答を聞くと、一つ頷いた。
「ならば、もう一度面接をすれば通るはずだ」
「え?」
思わず聞き返す一之瀬。
赤司の口調には、冗談めいた響きがまるでなかった。
「堀北会長は君にこう言ったんじゃないか? “今はまだ時期では無い”、と」
「う、うん。たしかにそう言ってた気がする」
「であれば、そういうことだ。君に何かが不足していたと言うよりは、タイミングの問題であったということだ」
赤司は、堀北学の判断に一定の理由があったと考えていた。
四月に生徒会へ立候補した一年生には、葛城康平と一之瀬帆波がいた。どちらも真面目で誠実な生徒であり、学園生活を送る上で問題となるような欠点も見当たらない。
それでも、堀北学は二人を生徒会に加えなかった。
単に一年生を信用していなかったから、という理由では説明がつかない。
むしろ、問題は彼らの性格にあったのだろう。
実直であることは長所だ。だが、状況によっては弱点にもなる。上級生の言葉を疑わず、正面から物事を受け止める者ほど、意図的な誘導には対処しにくい。
特に生徒会には、南雲雅という存在がいる。
次期生徒会長の座を狙い、独自の影響力を広げようとしている二年生。堀北学と南雲の間には、表面上の役職だけでは測れない対立がある。
その南雲の影響を受けやすい人間を、何も知らないまま生徒会へ加えることは避けたかったのではないか。
一之瀬の場合は、さらに別の懸念もあっただろう。
容姿の整っている彼女の場合、南雲の悪癖を考えれば、無用な面倒に巻き込まれる可能性も否定できない。
だからこそ、堀北学は時期を待った。少なくとも赤司は、そう推測していた。
そして現在。
生徒会には、南雲に対抗し得る一年生が一人いる。
赤司征十郎。
堀北学と密約を結び、彼の意図を理解した上で生徒会へ加わった存在だ。赤司が内側にいる以上、堀北学が一年生の加入を警戒する理由は以前よりも薄れている。
もちろん、彼の推測がすべて正しいとは限らない。
だが、面接で明確な欠点を指摘されたわけではないのなら、もう一度挑戦する価値はある。
「……そっか。たしかに、あの時じゃ学校のこともまだ把握出来てなかったから」
一之瀬は、どこか納得したように呟いた。
四月の時点では、彼女もまだ学園の仕組みを十分に理解していなかった。自分のクラスをまとめることすら、手探りの状態だったのである。
生徒会が何を求めているのか。どのような責任を負うのか。
それらを知らないままでは、どれほど優秀であっても、役員としての適性を示すことは難しかったのかもしれない。
何より、もう一度面接を受けること自体が、彼女の覚悟を示す機会になる。
「一之瀬が嫌でなければ、俺から堀北会長に推薦をしようか?」
「え!? そ、そこまでしてもらうなんて悪いよっ」
慌てて手を振る一之瀬。
その反応を見て、赤司は少しだけ口元を緩めた。
「そんな事はない。実を言うと最近は書類仕事に追われることも少なくなくてね。誰かの手を借りるにしても生徒会には上級生しかいなくて、なかなかに頼りにくい」
それは、決して誇張ではなかった。
先日の審議以降、南雲は赤司に回す仕事の量を増やしていた。以前の倍近い書類が届くことも珍しくない。
中には、一役員である赤司が目を通して良いのか疑わしい資料まで混じっていた。
要するに、副会長が抱える仕事の大半が、赤司の机へ流れ込んでいるのである。
加えて、インターハイへの出場もあった。
部活動と生徒会の仕事を両立させることは可能だ。だが、時間が無限にあるわけではない。大会期間中に後回しとなった仕事は、当然のように残っている。
今回の旅行にすら資料を持ち込み、空き時間を使って処理する予定だった。
休暇とは、名ばかりである。
「ふふ、なるほどね。だから、私を推薦してくれるんだ」
一之瀬は笑みをこぼした。
書類の山に埋もれる赤司の姿でも想像したのだろうか。それとも、上級生ばかりの生徒会で一人だけ肩身の狭い思いをしている姿を思い浮かべたのか。
いずれにせよ、先ほどまでの遠慮は幾分か薄れていた。
「そう言う打算もあっての提案と受け取ってもらって構わないよ。どうだろうか?」
赤司は、あえて打算という言葉を使った。
善意を前面に出す必要はない。彼女に借りを作ることを望んでいるわけでもなかった。
一之瀬が生徒会へ加われば、仕事を分担できる可能性がある。それだけでも、赤司にとっては十分な利点であるが――。
一之瀬は一度目を閉じると、ゆっくりと頷いた。
「うん。じゃあ、お言葉に甘えてお願いしても良いかな」
「ああ。なら、堀北会長にはさっそく連絡をしておこう。この旅行から帰った後に、すぐに時間を取り分けてくれるはずだ」
赤司は学生証端末を取り出し、簡潔なメッセージを作成した。
推薦の意思と、帰校後に面接の機会を設けてほしいという要望。それだけを記し、送信する。
返事を待つ必要はない。堀北学であれば、こちらの意図は理解するだろう。
端末を置くと、一之瀬が改めて頭を下げた。
「ありがとう、赤司くん」
「気にする事はないさ。言っただろう? 打算込みの提案なんだ、と」
「ふふ、そっか」
一之瀬は、嬉しそうに笑った。
赤司はそれ以上、何も言わなかった。
感謝されるいわれはない。これは善意などではない。言葉通り、紛れもない打算だ。
彼女が生徒会へ加わることは、赤司にとっても望ましい展開なのだから。
◇
一之瀬と別れた赤司は、書類整理のために自室へ戻ろうとしていた。
客室フロアへ続く廊下は静かで、ラウンジの喧騒も遠くなっている。窓の外には青い海が広がり、船の進行に合わせて白い波が流れていた。
そんな廊下の向こうから、場違いな鼻歌が聞こえてくる。
赤司が視線を向けると、一人の男が悠然と歩いていた。
いや、正確には歩いていたというより、廊下を我が物顔で闊歩していた。
その格好は、半裸。身に着けているのは、ブーメランパンツ一つだった。
「お、お客様、困りますっ! 濡れたまま廊下を歩かれては……!」
タオルを手にした従業員が、必死の形相で後を追っている。
しかし、当の本人は気にする様子もない。
「ハッハッハ! 生憎と私は物心ついた時から身体は拭かない主義なのだよ」
彫刻のように鍛え上げられた肉体を惜しげもなく晒しながら、男は高らかに笑った。
「昔から良く言うだろう? 水も滴る良い男とね! ハッハッハ!!」
その姿を見て、赤司は思わず足を止めた。
見覚えがあるどころではない。
これほど自由奔放な振る舞いをする人間は、そう多くないだろう。
「相変わらずのようだね、高円寺」
声をかけられた男は、ようやく歩みを止めた。
「おや、赤司ボーイじゃないか。こうして会話をするのは入学式以来だね」
高円寺六助。
一年Dクラスに所属する生徒であり、赤司にとっては入学前から知る人物だった。
二人の家は、政界にも財界にも影響力を持つ名家として知られている。社交の場で顔を合わせたことも何度かあり、互いの存在を知らないわけではなかった。
もっとも、親しい友人と呼べるほどの関係ではない。
入学式の日に軽い世間話を交わした。それが、現在までの数少ない接点だった。
「あ、あのぉ……」
従業員が、申し訳なさそうに赤司へ視線を向けた。
先ほどまで何を言っても歩みを止めなかった高円寺が、赤司の声には反応したのである。ならば、彼から注意してもらえないかと期待しているのだろう。
だが、赤司は苦笑するしかなかった。
「すみません。彼を動かす言葉は俺も持ち合わせてはいない」
「当然だとも。私の歩みは誰にも左右される事はないのだからねぇ」
高円寺は満足げに頷いた。
その独創性には、ある種の面白味がある。能力だけを見れば、学園内でも屈指の人物だろう。
しかし、協調性という点では、何を言っても無駄だ。
少なくとも、今この場で彼を説得することに時間を割く価値はない。
「互いに良い船旅にするとしよう」
「ああ」
赤司は短く別れを告げ、歩き出した。
高円寺もまた、再び鼻歌を口ずさみながら反対方向へ進んでいく。
これ以上、言葉を交わすこともないだろう。
そう考えていた赤司の背中に、声が届いた。
「赤司ボーイ」
足を止める。
振り返ると、高円寺は前を向いたままだった。
「
その言葉に、赤司は僅かに眉を動かした。
何を指しているのか。
学園生活での振る舞いか。それとも、入学以前から知っている人間として、何か思い当たる節でもあるのか。
答えを待つように、赤司は黙っていた。
「昔と変わらず、
高円寺の声は、先ほどまでと変わらない。
ふざけた調子でありながら、そこには妙な確信があった。
赤司はすぐには答えなかった。
失うことを恐れている。
その言葉が何を意味するのか、思い当たるものが全くないわけではないが――。
「――昔馴染みのよしみだ。
それだけを告げると、高円寺は再び歩き始めた。
呼び止める様子もなければ、説明を加えるつもりもないらしい。
残された赤司は、その背中を見つめた後、静かに口を開いた。
「そうはならないよ、高円寺」
声は廊下に落ちた。
高円寺の耳には届いているはずだった。しかし、彼は振り返らない。
「俺は敗北を知らない。これからもそうだ。例え、お前が相手であってもね」
それは、赤司征十郎にとって揺るがぬ事実だった。
高円寺の言葉が何を意図していたのか。
その答えは、今はまだ分からない。
だが、分からないからといって、立ち止まる理由にはならなかった。
赤司は今度こそ歩き出そうとした。
その時だった。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まりください。間も無く島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧いただけるでしょう』
船内放送が、廊下に響き渡った。
赤司は足を止め、窓の外へ視線を向けた。
遠くの水平線に、薄らと島影が浮かんでいる。
これから向かう場所。
そして、この旅行の本当の目的が明らかになる場所でもあった。
赤司は小さく息を吐いた。
自室へ戻り、書類を片付ける予定だったが、今からでは落ち着いて作業をする時間もないだろう。
彼は予定を変更し、窓越しに島影を見つめた。
◇
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れずに持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また暫くお手洗いには行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいてください』
船内放送が流れてから、きっかり三十分後。
一年生の四クラスに所属する生徒達は、無人島の砂浜に整列していた。
目の前には、青い海と白い砂浜。そして、その背後には鬱蒼とした森林が広がっている。
気温は高く、日差しも強い。
砂浜に立っているだけでも汗が滲み、これから始まる生活の厳しさを静かに予感させた。
生徒達の前には、壇上が設けられていた。
そこへ、一人の教師が上がる。
一年Aクラスの担任である真嶋智也だ。
「今日、この場所に無事につけたことを、嬉しく思う。しかしその一方で1名ではあるが、病欠で参加できなかった者がいることは残念でならない」
真嶋の言葉を聞き、赤司は僅かに視線を動かした。
参加できなかった一名。
それが誰なのかは、考えるまでもない。
坂柳有栖。
彼女がこの地に降り立たないことは赤司も予想していた。
「いるんだよなぁ、病気で旅行に参加できない奴。かわいそ」
その時、Dクラスの生徒が小声で呟いた。
悪意を込めた言葉というより、何気ない茶々だったのだろう。
しかし、その声を聞いたAクラスの生徒達が、鋭い視線を向けた。
空気が変わる。
その反応は、坂柳を侮辱されたことへの怒り――では無かった。何よりその視線をぶつける生徒達は坂柳を慕う連中では無い。
むしろ、Dクラスという存在そのものに向けられた敵意。
赤司は僅かに首を傾け、背後に立つ葛城へ声をかけた。
「何かあったのか?」
「……はぁ。あとで説明する」
葛城は頭を抱え、ため息混じりに答えた。
彼の視線は、Dクラスの生徒達へ向けられていた。Aクラスの中には葛城を慕う戸塚の姿もあり、今の反応には彼らの感情も関係しているのだろう。
説明すると長くなると判断し葛城はそれだけを述べた。
赤司もそれ以上、追及しなかった。
真嶋は生徒達の様子を一瞥すると、壇上の中央へ立ち直した。
「――ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
初の“特別試験”。
今、本当の意味でのクラス間闘争が幕を上げる。
引き続き感想や評価をいただけると励みになります。
どうぞよろしくお願いします。