南国の陽光が、白い砂浜を照りつけていた。
船旅の間に抱いていた休暇への期待は、教師の一言によって跡形もなく消え去った。
「――ではこれより、本年度最初の特別試験を行いたいと思う」
壇上に立つ真嶋智也は、一年生たちを見渡しながら淡々と説明を始めた。基本のルールは以下のようなものであった。
①無人島で一週間の集団生活を送る。終了日は8月7日正午。
②各クラスに試験専用として300ポイントを支給。そのポイントで生活に必要な物資を購入可能。
③試験終了時に残っているポイントは、クラスポイントに加算。
④担任は試験終了まで担当クラスと行動を共にする。毎日午前8時、午後8時に点呼を行い、不在の場合−5ポイント。
⑤試験中は、GPSを備え、着用者の体調を監視する腕時計の着用を義務。
⑥試験でのリタイア者1人につき−30ポイント。
⑦他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属クラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントを全没収。
説明が進むにつれ、生徒たちの表情から余裕が消えていった。特に、物資の購入とリタイアに関するルールへの反応は大きかった。
食料も水もなしに一週間を過ごすことはできない。慣れない環境での集団生活となれば、精神的な負担も避けられないだろう。
生徒たちの反応を確認した真嶋は、説明を終えた。
「それでは、腕時計を配布する。各自、受け取ったら装着しておくように」
号令に従い、腕時計が一人ずつ手渡されていく。生徒たちは画面の表示を確認し、機能について話し合ったり、試験への不満を漏らしたりしていた。
赤司も腕時計を装着し、その画面に目を落とした。
体温、脈拍、活動状況、GPS。
健康管理だけが目的なら、ここまでの機能は必要だろうか。
事故や体調不良への対応という説明は成立する。だが、位置情報を取得できる以上、学校側は生徒の行動を把握し、必要に応じて介入できる。
試験の管理だけでなく、生徒の行動を制限するための仕組みでもあるのだろう。
赤司は考えを切り上げ、周囲へ視線を戻した。今は腕時計の意図を推測するより、与えられた条件を把握する方が先決だった。
やがて、Aクラスの生徒たちは初期物資の前に集まった。
テント二張り、懐中電灯二本、マッチ一箱。それに人数分の日焼け止めと歯ブラシ。希望する女子生徒には生理用品も支給されるという。
物資を見下ろした橋本が、呆れたように声を上げた。
「へぇ……テント2つに、懐中電灯2つ、マッチ一箱ね。こんなので40人の共同生活なんて無謀な話だな」
「おい。勝手に物資に触るな、橋本」
箱の中を覗き込む橋本を、戸塚が咎めた。
「まあまあ、そう怒るなって弥彦」
「親しくもないのに下の名前で呼ぶな……!」
橋本は悪びれず、薄い笑みを浮かべている。対する戸塚は苛立ちを隠さなかった。
坂柳派の橋本と、葛城を慕う戸塚。二人の相性は明らかだった。
「その辺にしておけ、二人とも」
見かねた葛城が口を挟む。
「す、すみません。葛城さん」
戸塚は素直に引き下がり、橋本も肩をすくめて一歩退いた。
場が落ち着くと、葛城は隣の赤司へ視線を向けた。
「赤司、皆が集まったようだ。これからどうする?」
赤司は様々な眼差しを向けるクラスメイトたちを見渡した。
彼に好意的な生徒は少なくない。以前から関心を寄せていた女子生徒に加え、中間テストや期末テストで模擬テストによる支援を受けた者たちもいる。葛城を慕う生徒の一部も、赤司の能力を認めていた。
こうしたクラスの半数の生徒たちは、赤司派と呼べる集団になりつつある。
一方で、坂柳有栖を支持する坂柳派、葛城を再びリーダーの座へ戻そうとする葛城復権派、特定の人物に従うつもりのない中立派もいた。
同じクラスでも、全員が同じ方向を向いているわけではない。
だが、赤司はそれ自体を問題とは考えていなかった。意見の違う者が集まる以上、対立は避けられない。重要なのは、それぞれの思惑を把握し、適切に扱うことだった。
赤司は一歩前へ出た。
「まず、簡潔に現状をまとめよう。先ほども説明があったように各クラスには試験専用ポイントとして、300ポイントが与えられているが、Aクラスに関しては坂柳の不在により270ポイントでのスタートとなる」
坂柳有栖の不参加は、試験開始前から決まっていた。リタイア者一人につき30ポイントの減点。そのルールは、参加できない生徒にも適用される。
「ああ、既に我々は十分の一のポイントを失っていることになる。痛手、と言わざるを得んな」
赤司の言葉に葛城も頷く。
「坂柳め、余計なことを――」
「止めろ、弥彦」
毒を吐こうとする戸塚を制した葛城は、険しい表情を崩さなかった。
赤司はクラスメイトたちへ向き直る。
「葛城の言う通り、ここで坂柳を攻めることに意味は無い。俺たちは同クラスと言う一蓮托生である以上、時に足を引っ張ってしまうこともあれば、逆に誰かの背中を支えることもできるだろう」
その言葉に感銘を受けたような顔をする者もいれば、綺麗事だと言いたげな者もいた。赤司は両方の反応を見ていたが、指摘はしなかった。
「それに、俺たちのクラスポイントは他クラスとは大きく数値を離している。たかだか30ポイントのマイナスに慌てる必要はない」
夏休み開始時点でのクラスポイントは、Aクラスが1045、Bクラスが663、Cクラスが522、Dクラスが90。
最も近いBクラスとも368ポイントの差がある。30ポイントを失ったところで、Aクラスの優位は揺らがない。Bクラスが試験専用ポイントを全額残せたとしても、逆転されることはない。
もっとも、一週間分の物資を一切購入せずに過ごすことなど不可能だろう。
「じゃあ無理して節約はしないってことか? こんだけの物資じゃ、とてもじゃないがこの人数が生活なんてできないぜ。まともな生活をするには結構なポイントが必要だろう?」
橋本が手を挙げながら尋ねる。
「ああ。無駄なポイントの消費をするつもりはないが、過度な我慢を要求するつもりもない。その辺り、必要だと思う物は人それぞれあるだろう。適宜、相談してほしい」
その返答に、女子生徒の一部が安堵した。
先ほど簡易トイレの説明を聞いた際、声にならない悲鳴を上げていた者も少なくない。衛生面の不安は、集団生活では無視できなかった。
節約そのものが目的になっては、本来必要な判断を誤る。得られる利益と代償を比較し、必要なところには使う。それが赤司の方針だった。
「ポイントの使用方針についてはそんなところだ。次に追加ルールについて考えようか」
赤司はマニュアルを開き、該当する項目を指で示し、追加ルールについての説明を行う。
❶島の各所には“スポット”が設けられている。スポット占有にはキーカードが必要。
❷スポットを占有するごとに1ポイントのボーナス。8時間ごとに占有権がリセットされる。
❸他クラスが占有しているスポットを許可なく使用した場合、−50ポイントのペナルティ。
❹キーカードを使用できるのはクラスで選んだリーダーのみ。キーカードにはリーダーの名前が記載されている。
❺正当な理由なくリーダーを変更できない。
❻試験最終日の点呼時に、他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。リーダーの特定に成功した場合は、正答数×50のポイントを獲得。リーダーを当てられたクラスは−50ポイントのペナルティ。またリーダーを外した場合も−50ポイントのペナルティとなる。
❼リーダーを当てられたクラスは、スポット占有によるボーナスポイントを損失する。
赤司はマニュアルを閉じた。
「やはり要はリーダーを誰にするかと言う点だろうね」
待っていたかのように、戸塚が声を上げた。
「俺はこれだけの責任を任せられるのは葛城さんだと思う」
戸塚にとって、葛城が再びクラスの中心に立つことは、単なる願望ではない。慎重で規律を重んじ、責任を背負える葛城こそ、この試験に相応しいと考えているのだろう。
しかし、当の本人は首を横に振った。
「いや、この試験ではリーダーを隠すことが重要だ。赤司や俺では目立ち過ぎてしまう」
リーダーを当てられれば50ポイントを失い、スポット占有のボーナスも失う。赤司や葛城のように他クラスにも知られた人物では、相手に推理の手掛かりを与えかねない。
追加ルールを理解している生徒たちも、葛城の意見には概ね同意していた。
戸塚が反論しようと口を開いたところで、赤司は真嶋へ視線を向ける。
「真嶋先生。リーダーは今日の夜の点呼までに決めれば良い、と言うことでしたね?」
「ああ。それまでに決まらないようであれば、こちらで勝手に決めることになる」
「なら、まだ時間は十分にある。焦って決める必要も無いだろう。もしリーダーを希望する者がいれば俺に教えてほしい」
赤司はそれだけ告げ、話題を移した。
今は島の地形もスポットの位置も分からず、リーダーを選ぶ判断材料が不足している。自ら希望する者がいるなら、その意思を確かめておく価値もあった。
「次にスポットについてだ」
葛城が口を開いた。
「それについては幾つか心当たりがある。船がこの島を一周した際に、気になる場所を見つけた」
船上では、島を一周する途中で意味深なアナウンスがあった。島内に試験用の施設が用意されている可能性は高い。
「今日の点呼までにベースキャンプを決める必要がある。スポットのいずれかが適しているはずだ」
赤司はマニュアルの末尾に記された地図を見た。島の輪郭以外、情報はほとんどない。
地図を切り取り、葛城へ渡す。
「とにかく今はこの島ついての情報が必要だ。手分けして行いたい」
「まずはスポットの調査を含め、この島の大部分を占める森の探索だ。葛城を中心に行なってもらいたい。体力に自信のある者、特に男手を借りたい」
森は島の大部分を覆っている。地図だけでは内部の様子が分からない以上、実際に歩いて調べる必要があった。ただし、道に迷ったり体力を消耗したりすれば、点呼に間に合わなくなる危険もある。
最初に手を挙げたのは、戸塚をはじめとする葛城派の男子生徒たちだった。
続いて、吉田や島崎ら赤司と交友のある生徒、鬼頭や橋本ら坂柳派の生徒も加わる。
最終的に、葛城を含め十四人の男子生徒が探索に参加することになった。
「葛城。班分けは任せるが、森では何があるか分からない。3人1組をベースとして考えてほしい」
「了解した」
葛城は地図を受け取り、参加者の顔を確認した。
赤司は橋本へ視線を向ける。
「だが、橋本はこちらで居残りだ。任せたいことがある」
「え、マジ?」
思わぬ指名に、橋本が目を丸くした。
赤司の側に残れること自体は、悪い話ではないらしい。驚きの表情には、どこか嬉しそうな色も浮かんでいた。
そんな反応に赤司は苦笑し、マニュアルからメモ用紙を二枚切り取って橋本へ渡した。
「お前はここで荷物番だ」
「え」
「ふっ、冗談だ。後から説明する」
橋本は眉を上げたが、それ以上は追及しなかった。
二人のやり取りにクスッと笑みを浮かべる女子生徒たちへ赤司は向き直る。
「次に任せたいのは、浜辺を辿って島の外周を調査してほしい。これは女子達に任せたい。白石、西川、任せても良いか?」
「はい。わかりました、赤司くん」
「オッケー、征ちゃん」
二人はすぐに返事をした。
赤司は頷き、さらに神室へ目を向ける。
「神室さん、君の力も借りたい。どうだろうか?」
「はぁ? 何でわたしが?」
神室はあからさまに不満そうな顔をした。坂柳派の彼女にとって、赤司の指示に従うのは快いことではないのだろう。
しかし、赤司は気にせず理由を説明した。
「運動神経もそうだが、なりより君は周りがよく見えている。だからこそ調査でも良い結果を得てくれると期待してのものだ」
神室は少し目を細めた。単なる人手ではなく、自分の能力を評価した上で声をかけられたと理解したのだろう。
やがて、小さく息を吐いた。
「良いわ。そっちに加わればいいんでしょ」
そう言って、白石たちのもとへ歩いていく。
赤司は残る女子生徒たちを見渡した。
「あと数人。そうだな、7人ほど力を貸してくれる者はいないかな?」
今度も、比較的すんなりと手が挙がった。
赤司はメモ用紙に島の輪郭を写し取り、白石と神室へ一枚ずつ渡す。
「二班に分かれて、それぞれ反対方向から浜辺を歩いていってほしい。もし徒歩での行き来が不可能だと判断したら戻ってきて構わない」
外周を調べれば、浜辺がどこまで続くのか、崖や岩場があるのか、森を迂回できるのかが分かる。移動経路を決める上でも重要な情報だった。
ただし、危険を冒してまで調査を続ける必要はない。情報を得るために生徒を失えば本末転倒だった。
指示を終えた赤司は、橋本を含む残りの生徒たちへ視線を移した。
男子六人と、探索に参加しなかった女子生徒たちが残っている。
「残ったメンバーには、マニュアルを見て必要な物資の選定の意見を出し合いつつ物資を見張っててほしい。あとはテントの張り方なども確認しておいてくれると助かる。橋本に指揮を任せる」
橋本は一瞬目を見開き、すぐに頷いた。
「なるほどな。そりゃ俺が適任だな、了解した」
この役割に橋本を選んだのには理由があった。
物資の選定、とりわけ衛生用品や生活用品については、女子生徒の意見を聞く必要がある。だが、赤司や葛城が直接指示を出せば、遠慮して本音を言えない者もいるだろう。
その点、橋本は女子とでも自然に会話し、相手の懐へ入り込むのが上手い。必要なものを率直に指摘できる空気を作るには、適任だった。
「探索時間は森も浜辺も3時間を期限とし、ここに集合する」
赤司は念を押し、購入したボールペンとペットボトルの水を探索班へ配った。
「それからこれだけの暑さだからね。無理は禁物だ。それでリタイアになってしまえば元も子もない」
成果を急ぐあまり、無理をする者が出る可能性はある。危険を避け、確実に情報を持ち帰ることもまた、立派な貢献だった。
全員の準備が整うと、赤司は静かに告げた。
「さあ、征こうか」
その一言を合図に、Aクラスは三つの集団に分かれ、それぞれの役割を果たすべく動き始めた。
♢
橋本に最低限の指示を伝えると、赤司は一人で森へ踏み込んだ。
草が生い茂り、地面には太い木の根が張り出している。傾斜もきつく、足を滑らせれば転倒しかねない。
それでも、赤司の足取りに迷いはなかった。
トレーニングの一環として、山道を走るトレイルランニングを取り入れたことがある。ここまで荒れた道を進むのは初めてだったが、未舗装の地面や傾斜に応じて歩幅を変える感覚は身についていた。
木の根を避け、安定した足場を選びながら、無駄なく前へ進む。
単独行動なら、誰かの歩調に合わせる必要もなく、進路の判断も自分だけで完結する。負傷時に助けを求めにくい危険はあるが、赤司は承知の上でこの行動を選んでいた。
船上で島を一周した際、彼は地形を観察し、不自然に開けた場所や海岸から見える人工物に目を留めていた。学校側がわざわざ島を一周させたことも考え合わせれば、試験用の施設がある可能性は高い。
葛城も気になる場所を見つけていたようだが――。
「……葛城とは違う場所になるだろうね」
慎重な葛城なら、まず生活拠点として適した場所を探すだろう。水や食料を確保しやすく、全員が安全に過ごせる環境を優先するのは自然な判断だった。
一方、赤司が求めているのは、単なる居住地ではなかった。
坂道を登り切ると、木々の向こうに塔がそびえ立っていた。
「やはり、灯台だったか」
島に灯台があっても不思議ではない。だが、学校が管理する無人島にある以上、単なる航行用の施設とは限らなかった。
赤司は扉を開け、内部へ入った。
壁際には見慣れない装置が据えられている。赤司はその形状を確かめると、すぐに察した。
「なるほどね。これがスポット占有のための設備か」
予想は当たっていた。やはりここも試験用のスポットの一つだった。
さらに、灯台という立地そのものにも価値がある。周囲より高い場所に建てられている以上、島を見渡せる可能性が高い。
赤司は装置を確認し、反対側に設置された梯子へ向かった。
金属製の梯子は壁面にしっかりと固定されていた。赤司は迷わず登り、簡素な展望台へと辿り着いた。
「悪くない景色だな」
眼下には鬱蒼とした森が広がっている。地上から島の全容を把握するのは難しいが、高所からなら木々の間に点在する空き地が見えた。
それらは、自然にできた空間というより、意図的に切り開かれたような形状をしている。
赤司は目を細めた。
あれらも学校側が用意したスポットなのだろう。灯台以外にも施設があると考えれば、複数のスポットを巡らせ、生徒同士を競わせる試験の構造が見えてくる。
視線を遠くへ向けると、展望台から見渡せるのは島の半分ほどだった。反対側は木々に遮られ、地形までは分からない。
それでも、地上を歩くだけでは得られない情報があった。
赤司は浜辺へ目を向ける。
白い砂浜の上を、五人ほどの人影が海岸線に沿って移動している。顔までは判別できないが、白石たちの班だろう。指示通り、調査を進めているようだった。
そして、彼はある一点へ視線を向けた。
赤司の口元に、静かな笑みが浮かぶ。
「――ああ。
塔の上の王は、眼下に広がる景色を見つめながら、勝利へのピースを組み始めていた。
・灯台についての補足。
原作で綾小路が一人で探索している際に、高台の上にある塔のようなスポットを発見している。梯子を登れば浜辺を一望できそうと綾小路は感想を述べていたが、綾小路は役に立たないスポットと判断。
そして、近くの洞窟のスポットを押さえていた葛城も、目立つリスクを考慮して、この塔を占有しなかった……という描写があったので、灯台という形でスポットを登場させます。
ちなみに、スポット占有をすれば、灯台の灯りを使用できる。
Aクラス 試験専用ポイント推移(初期値:300P)
・坂柳不在によるペナルティ −30P
・飲料水(40人分)−6P
・ボールペンセット −1P
1日目15時現在 263P
原作とはなるべく違う展開になるように頑張りたいと思います。
引き続き、感想や評価をいただけると大変、励みになります。
どうぞ、よろしくお願いいたします。