いつもより短いです。
遠くの空が、わずかに明るみ始めていた。
多くの生徒が寝静まる早朝、灯台の外に設置された二つのテントは静まり返っていた。
灯台の入り口では、赤司征十郎がキャンプ用の椅子に足を組んで座り、簡易テーブルに置いた紙コップのコーヒーを飲んでいた。
「……さて、どのクラスかな」
赤司は森の方へ視線を向けた。木々の向こうから、こちらへ近づいてくる気配がある。やがて、一人の男子生徒が姿を現した。
「やあ。神崎君だったかな」
現れたのは一年Bクラスの神崎隆二だった。その後方には、もう一人の男子生徒が控えている。
早朝から待ち構えている人物がいるとは思わなかったのか、神崎は驚きを隠せなかった。
「……突然すまない。昨日の灯台の明かりが気になってな。この島の仕様なのか、誰かが占有しているのかを気になって来た」
神崎は一瞬ためらったものの、姿を見られた以上、正直に話す方が得策だと判断したようだった。
「まだ点呼まで時間がある。よければ一緒にどうかな」
赤司は手元の紙コップを持ち上げた。
「分かった。柴田も一緒に良いか?」
「もちろん」
神崎が後方の生徒を示すと、赤司は二人分の椅子を用意した。インスタントコーヒーのドリップパックをセットし、電池式ケトルから湯を注ぐ。
コーヒーの香りが周囲に広がった。
「マジか……この無人島で水以外飲むと思ってなかったわ」
近づいてきた柴田は、意外そうに声を漏らした。
「ああ……ずいぶん羽振り良くポイントを使ってるんだな」
神崎は電気ケトルやキャンプ用の椅子、そして嗜好品であるコーヒーを見渡した。試験中の生活に不可欠なものとは思えない。
「そうだね。だから皆には黙っていてくれると助かる。皆が寝静まっている間だけの細やかな楽しみのつもりだからね」
赤司は抽出を終えたコーヒーを二人の前に置いた。
神崎はテントを見た後、背後の灯台へ目を向けた。
「……塔内を居住スペースにすることで、最初に支給されたテントだけで全員分の寝床は確保したのか」
「まあ、展望台のスペースも利用して辛うじてだがね」
赤司が上を指すと、神崎と柴田も展望台を見上げた。柵の近くでは、二人の生徒が寄りかかるようにして眠っている。
「ふっ、本来は今の時間の見張りを彼等にお願いしていたんだけどね。眠ってしまったようだから代わりに俺がここに座っていたと言うわけだ」
神崎は納得したように頷いた。
「正直、ここをベースキャンプにするメリットは薄いと思っていたが……認識を改める必要がありそうだな」
灯台の内部を寝床に利用すれば、テントの数が足りなくても多くの生徒を収容できる。さらに、高所から周囲を見渡せるため、見張りにも適していた。
ただ、一つだけ腑に落ちない点がある。
「では、昨日の灯台の明かりは何だったんだ? アレでは自らの拠点を晒しているに他ならない」
慎重に拠点を運用している赤司が、わざわざ位置を知らせる理由は何なのか。
赤司は意味深な笑みを浮かべた。
「ふっ、残念ながらこれ以上は答えられない。クラスの戦術に関わる事だからね」
赤司がAクラスの戦術を明かす義理はない。神崎もそれ以上の追及は控えた。
「……すまない、詮索しすぎたな。だが、意図はある。そう言うことだな」
「好きに受け取ってもらって構わないよ」
神崎は手元のコーヒーを飲み干した。
「色々と聞かせてもらって感謝する。それとコーヒーもな……俺たちのベースキャンプは森の南西にあるスポットだ。折れた大木が目印としてある。もし必要な情報があれば遠慮なく尋ねに来てくれて構わない」
自分たちの拠点を教えたのは、神崎なりの感謝なのだろう。
赤司は軽く頷いてから尋ねた。
「では、リーダー情報を」
「ムリに決まっているだろう……」
「ふっ、冗談だ」
神崎は呆れたように返した。互いの健闘を祈り、柴田とともに森へ戻っていく。
二人の姿が木々に消えると、赤司はその方向を見つめた。
「――さて、彼はこちらの意図をどこまで汲んでくれるかな」
水平線から太陽が昇り始めていた。
♢
朝の点呼からしばらく経ち、島には強い日差しが降り注いでいた。
赤司は灯台が作る日陰に椅子を置き、マニュアルを確認していた。灯台の上では、吉田が双眼鏡で周囲を監視している。
森の奥から近づく気配を感じ取った赤司が顔を上げると、吉田が声をかけた。
「こっちに誰か来てるぞ、赤司!」
吉田は双眼鏡を目に当て、森の方を指し示した。
赤司は来訪者を迎えるため、灯台の前へ歩いていく。
「……今度はお前たちか。近藤、小宮」
姿を現したのは、同じバスケットボール部に所属する近藤と小宮だった。
二人はどこか気まずそうにしていた。赤司は彼らの口元が脂で光り、食べかすが付着していることに気づいた。
「よ、よう。赤司」
小宮はためらいがちに声をかけた。普段は同じ部活の仲間でも、試験中は別のクラスに所属している。龍園の指示で動くことに、後ろめたさがあるのかもしれない。
赤司は二人の様子を察し、穏やかに告げた。
「そう怯えるな。大方、龍園の指示で来たのだろう? 何を聞かされても、クラス間での試験中である以上、お前達を責めることは何も無い」
クラスごとに利害が異なる以上、別のクラスの指示に従うことは責められる行為ではない。赤司は要件を尋ねた。
近藤が答える。
「……龍園さんから、ビーチでクラス対抗のイベントを開くから伝えてこいって言われたんだ」
赤司は丘の向こうに広がる浜辺へ視線を向けた。
「ほう。だが、それなりの褒賞が期待できなければ他クラスは参加しないだろうな。何か用意しているのか」
「ああ。だから勝ったクラスには、試験専用ポイントを100ポイント譲渡するって言ってたぜ」
赤司は目を細めた。
試験専用ポイントは、終了時に残った分がクラスの評価に影響する。100ポイントという褒賞は、簡単に無視できる額ではなかった。
「時間は正午。島の一番デカい浜辺で開催するってよ。じゃ、じゃあ俺たちはちゃんと伝えたからな」
二人が立ち去ろうとした時、赤司が声をかけた。
「――ポケットの膨らみ。スナック菓子の袋と炭酸衣料のペットボトルと言ったところか。何度も言わせるな、食事管理にもう少し気を使え」
二人の足が止まった。
「「……は、はい。すんません」」
「全く……船に戻ったら個別メニューを組む。覚悟しておけ」
龍園がDクラスへのアピールに用意した菓子やコーラだったのだろう。しかし、赤司は二人の食生活を見過ごすつもりはなかった。
強制練習を宣告された二人は、声にならない悲鳴を上げながら去っていった。
「……相変わらず、面白いことを考えているようだな。龍園 翔」
赤司はそう呟き、出掛ける支度を始めた。
♢
森の中では、葛城を中心とした探索班が地形の調査を続けていた。
赤司は彼らと合流し、龍園からの招待を伝えた。勝者には試験専用ポイント100ポイントが与えられるという。葛城は探索を離れ、赤司とともに浜辺へ向かうことになった。
そこへ更に橋本が合流した。彼も別口で企画を聞き、Aクラスの生徒たちへ伝えていたようだった。
三人が森を抜けて浜辺へ到着すると、葛城が足を止めた。
「な……何を考えているんだ……」
砂浜では、Cクラスの生徒たちが盛大に遊んでいた。バーベキューを楽しむ者、ビーチバレーに興じる者。海上では水上バイクが波しぶきを上げている。
試験開始からまだ二日目だ。多くの生徒が食料や水を確保し、ポイントの消費を抑えようとしている中、Cクラスは惜しげもなく資金を使っていた。
赤司が灯台で楽しんだコーヒーなど、比べものにならないほどの豪遊だった。
橋本はすでにこの光景を見ていたのか、苦笑いを浮かべるにとどめた。
浜辺の向こうから、水着姿の龍園が瓶飲料を片手に近づいてきた。
「――よう。ようやく来たかよ、赤司」
「ずいぶんとバカンスを楽しんでいるようだね、龍園」
「ハッ、俺はこんなクソ暑い無人島でお前らみたいに、せこせこ節約してポイントを残そうなんて考えてねぇからな」
龍園は瓶を傾け、飲料を飲み干し、口の端を伝う水滴を拭う。
「俺らは今日、楽しむだけ楽しんだら全員でリタイアして、豪華客船で羽を伸ばすつもりだ。だからその前に精々苦しんでるお前らに施しをしてやろうって思っただけさ」
不敵な笑みを浮かべる龍園を、赤司は観察した。
全員でリタイアするという言葉が本当なら、Cクラスは試験の得点を放棄することになる。だが、龍園が結果を考えずに動くとは思えなかった。今回の豪遊にも、何かしらの狙いがあるのだろう。
「ほら、来いよ。他のクラスの連中はお前らを待ち侘びてるぜ」
龍園に続いて浜辺の奥へ向かうと、大きなパラソルの下にテーブルと椅子が用意されていた。すでにBクラスの一之瀬と、Dクラスの平田が到着している。
四つの席のうち、三つは埋まっていた。赤司が腰を下ろすと、龍園、一之瀬、平田もそれぞれの席に着く。周囲には、各クラスの主要メンバーが控えていた。葛城と橋本も赤司の後ろに立つ。
こうして四クラスの代表格が一堂に会した。
龍園の誘いに裏があることは、誰もが承知していた。それでも100ポイントという褒賞は無視できない。企画の内容を見極めるため、彼らはこの場に集まったのだ。
龍園は面々を見渡し、愉快そうに口元を歪めた。
「ハッ……エサに釣られてプラプラと良くもまあ、揃ったもんだなぁ」
挑発に反応する者もいたが、正面から言い返す者はいなかった。龍園の人間性を知る者ほど、ここで感情的になることの無意味さを理解している。
赤司は龍園の表情を窺った。
龍園の思惑は未だ測りかねていたが、ただ100ポイントを譲渡するだけの企画ではないだろう。
「まあいい、とっとと説明するとしよう。お前らに争ってもらうゲームをな」
龍園はそう述べ、彼の用意したゲームの内容を説明し始めた。
Aクラス 試験専用ポイント推移(初期値:300P)
・坂柳不在によるペナルティ −30P
・飲料水(40人分)−6P
・ボールペンセット −1P
・電池式ケトル −8P
・キャンプ用椅子×3 6P
・インスタントコーヒーセット 2P
・暗視機能付き双眼鏡 20P
2日目12時現在 227P
なお、描写されてない物資も購入しているものはあるため、実際の残額はもっと少ない。
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どうぞ、引き続きよろしくお願いします。
意味深なゲームの感じ出てますが、次回は、チキチキビーチバレー対決編です。