【完結済】機動戦士ガンダム ブライト・ノア「このおにぎりを作ったのは誰だあっ!」 美味しんぼ   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

1 / 24
究極のメニューと至高の往復ビンタ

U.C.0092年9月。サイド1、ロンデニオン。

 

東西新聞ロンデニオン支局、文化部。

 

――地球の新聞社が、なぜスペースコロニーに支局を構えているのか。その説明を求める者は、この支局には1人もいない。だが記録係として、私は一応の由来くらいは書き留めておく。

 

一年戦争において、ジオン公国が徹底した報道統制と、コロニー落としの情報隠蔽を行ったことは、戦後の連邦政府にとって決して消えない汚点だった。だからこそ連邦は、戦後復興の象徴として「民間報道機関の独立性を保証する」という方針を対外的に掲げた。国家に接収されることなく生き延びた地球の主要新聞社は、その流れに乗る形で、コロニー各所に常駐支局を構えることを許された。東西新聞ロンデニオン支局も、そうして生まれた拠点の1つだ。

 

もっとも、「新聞」という呼び名は、もはや看板だけの遺物に過ぎない。紙もインクも、コロニー内では貴重な資源だ。配給の古米や麦と同じように、紙資源もまた軍需と民需の綱引きの対象になる。だから東西新聞の実体は、コロニー公衆回線を通じて各家庭の端末や、居住区の共有掲示板端末へ配信される電子稿だ。編集部が受け継いでいるのは紙面ではなく、1000年続く「東西新聞」というブランドと、その名の下に積み重ねられた取材倫理だけ。私たちは今日も、紙のない新聞を書いている。

 

私、キッカ・コバヤシは19歳。大学に籍を置きながら、東西新聞文化部の特別寄稿記者としてロンデニオン支局に詰めている。なぜ自分のような若輩に現場取材を任せるのか不思議に思ったが、すぐにその疑問を飲み込んだ。一年戦争は、地球圏の人口のおよそ半分を奪った。連邦軍でさえ、弱冠19歳のブライト・ノアが戦艦の艦長を任された時代だ。経験より結果、資格より実績。人材の払底したこの時代、若さは欠点ではなく、むしろ現場では歓迎される条件だった。宇宙世紀とはそういうものだ、と誰かが言った。誰が言ったかは記録していない。

 

支局長命令は単純明快だった。「究極のメニュー、サイド1篇。至急」。創刊1000周年記念連載。東西新聞が総力を挙げる企画に、なぜかこの辺境コロニーの港が舞台に選ばれた。理由は、文化部長付きの資料整理補助を務めるリィナ・アーシタが、あるレポートにこう書いたからだ。若年ながら、その冷静さと処理能力を買われ、文化部長の補佐として企画の実務を取りまとめている。

 

「配給と補給の崩壊した土地にこそ、真の食の姿がある」

 

リィナは眼鏡の奥で瞳孔を「正確」の2文字だけに固定したまま、今日も伝票の山を崩さずに積み上げている。彼女の存在なくしてこの支局は3日で破綻する。

 

「これ、食べ物なのかそれともただの書類なわけ!?」

 

木箱を覗き込んで叫んだのは、文化部の現地契約スタッフ、エル・ビアンノ、19歳。食いしん坊選手権があれば、宇宙世紀の歴史上、名前が刻まれるであろう逸材だ。持ち前の行動力と食欲を買われ、支局の食企画で実食と現場取材を担当している。

 

「食べ物です。ですが書類上は配給先が未定です」

 

「じゃあ食べちゃっていいよね」

 

「その浅はかな発想が、サイド1で1番危険です」

 

そこへ、倉庫の向こうから地響きのような足音がした。全員の肩が一斉に強張る。美食倶楽部主宰、ブライト・ノア。地球連邦軍大佐、ロンド・ベル司令にして旗艦ラー・カイラム艦長。ロンデニオン寄港中、港湾補給部門との連絡調整に顔を出す一方、軍務とは無関係な私的な集まり「美食倶楽部」を主宰している。本人いわく「至高を語るのに、階級章は要らん」。

 

「――至高の名の下に、問おう。このおにぎりを作ったのは、誰だあっ!!!」

 

ドン!! と木箱を叩き割る音。彼の手の中には、崩れかけた不揃いのおにぎりが握られていた。

 

「女将を呼べッ!! 女将を呼んでこいッ!!」

 

その一声で、奥から静かに歩いてきたのがファ・ユイリィだった。グリプス戦役ではエゥーゴのMSパイロットとして戦い、その一方で非番時には子供たちや負傷者の世話にも当たってきた彼女は、現在は民間人として東西新聞文化部の現地協力者を務めている。文化部きっての名コック、そして誰もが認める「女将」。ブライトが唯一、正面から言い返せない相手でもある。

 

「呼ばれて来ました。何かご不満でも?」

 

「不満などという言葉では生ぬるい。ふざけるなぁぁぁっ!! これが飯だと!? これでは至高どころか、供物にすらなっておらん!! これを兵に握らせたのは誰だ!?」

 

パァン!! パァン!!

 

伝説の往復ビンタが、新兵の頬に炸裂した。新兵はその場に崩れ落ちる。ため息をついたファが、静かに割って入った。

 

「ブライトさん。怒る前に、まず手本を見せてあげたら? 口で言うより、握った手のほうが正直よ」

 

「……くっ。分かった。見せよう。これが至高だ」

 

ブライトは古米と麦を分け、片方はすぐ炊き、片方は30分吸水させた。炊き上がった飯を、たった2度だけ返し、表面がまとまった瞬間にピタリと止めた。

 

エルが真っ先に頬張った。

 

「――――ッ!!!!」

 

時間が止まった。天窓から差す弱い光が、黄金の稲穂の海に変わった。存在しないカモメが、実習棟の中を悠々と横切っていく。

 

「うまああああああい!!! 10点満点中、12点です!!」

 

「私は10点満点しか信じない。だが今のは……悪くない」

 

ブライトが珍しく、口の端をわずかに上げた。その時、リィナが割れた眼鏡のブリッジを押し上げながら、冷静に告げた。

 

「至高のメニューにも、究極のメニューにも、まだ足りないものがあります。原価です」

 

「原価だと」

 

「このおにぎり1個の完成に要した燃料と人件費を、配給待ちの300人に按分すると――正直、今夜の主役はこのおにぎりではありません。あの子です」

 

リィナが指し示した先、配給所の片隅に、名簿にない少年が、じっとこちらを見つめていた。両親の記載もない、この港では「未確認」とだけ呼ばれる子供だ。私は彼に何かを差し出すことはせず、ただその視線を、手帳にそっと書き留めた。

 

「今日はまだ、何もしてあげられない。でも、見なかったことにはしない」

 

私はその一部始終を、東西新聞文化部の記者として、手帳に書き留めた。

 

「至高でも、究極でもない。ただ、うまいものはうまい、と、いつかあの子が思えるかどうか。それだけを、私たちは書き続ければいい」

 

後日、帝都新聞側の評論家が、私の書いたこの記事を評してこう言い放ったという。

 

「コバヤシはんの記事はカスや」

 

――上等だ。カスと言われようが、私は東西新聞文化部の記者として、究極のメニュー、サイド1篇を書き続ける。

 

翌週、倉庫の向こうから、ラーメンの湯気と、聞き覚えのある怒鳴り声が上がった。どうやら次の取材も、穏やかには終わらないらしい。

 

至高のブライト・ノアと、究極の私たち。この長い連載こそが、ロンデニオンの港に生まれた、たった一つの、うまいものの記録なのだから。




お気に入り登録や評価で応援していただけると大変励みになります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。